01 行くぞガラル地方!数多の出会いと繋ぐ願い
名前ーイズー
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夜空にかかる運河はひどく目の奥に焼き付いて、決して忘れることのない楔となって残り続けている。代用というのは、もともとそこにいたモノを取り換えればいいだけなのだから簡単に済ませてしまえばいいのに、それが出来ないのは、結局振り切れていない証拠なのだと思えば、手元に戻ることのないそれにいつまでも縋り付き、戻りもしない日常を思い起こして入りびたる私を人は笑うだろう
「イズ、治ったからってまだ分かんないんだから四日前みたいに泥とか葉っぱとかつけて帰ってこないでよ。私がおばあちゃんに怒られちゃう」
「それなら帰る前に取っ払えば問題ないね」
「あ、もしかして一昨日も昨日も比較的綺麗なまま帰ってきたのってそういうこと!?ワンパチが嗅いでるからなんだと思ったけど…やっぱダメ!探し物なら私も一緒に探すから」
「研究もあるのに迷惑かけられないよ、大丈夫。私がやらかさないようにクロバットを連れてるから」
「あ、こら自然にポケモンを出すなぁ!」
「夕方には帰るから!行ってきまーす」
心配の声に背を向けて田園地帯を通り過ぎ私は南に位置する森へ向かう。入り口で降りて補装された道をどんどん進んでいけば、寂れたアーチが目に入った。石で作られたそれは途中から欠けてしまっているのにそれは不思議な均衡を保ち続けている。祭壇のようにも見えるそこには石碑が置いてあるけれど、アンノーン文字も読むのがやっとな私には全く分からない。イッシュで海底遺跡を探索したときも壁画の文字はちんぷんかんぷんで何度海流に呑まれたか分からない。何か解き明かさないといけない謎でもあるならば今度ソニアに教えてもらおう。
あたりをきょろきょろ見渡して、なんの手掛かりも見つけられなかったから、待ってくれていたクロバットの背に乗って人の足では踏み込めないところまで上空から回る。
目を覚ますまで五日間、体が日常生活を送るために不便じゃなくなるまで約三日、起きた初日が全身痛いし頭もガンガン傷んだけれど痛み訴えるのも三日坊主なのかな。起きてからの回復が目覚ましいとお医者さんには少し引かれながら褒められた。だけど体力や体重が落ちてしまったのも確かだから無理はしていけないと念押しされている。
大分奥へ行けばあれほど生い茂っていた木々が開けている場所が見えてくる、私はクロバットに声を掛け地上へ降りてもらった。既に辺りにいたポケモンたちが侵入者に気づいて影からこちらを覗いている様子が伝わる、視線とかは結構感じやすい質だ。警戒を強め地を蹴る音や羽ばたきが遠のいてくのもしばしば。私は別に縄張りを荒らしに来たわけじゃないから自然体を装って、石碑の奥にある池よりもさらに広く深そうな沼を目の前にしていそいそと服を脱ぎ始めた。これにはちゃんとしたわけがある。
意識を失って目を覚ました私が最初に会ったのはガラル地方のポケモン博士、マグノリアさん。老齢の女性で見た目に感じたけれど落ち着きを孕んだ丁寧な口調、私の額に彼女の手をのせて熱がないことも確認できたからか朗らかに笑った顔を見て緊張も、怯えも形を潜めてしまった。するりとお礼と自分の紹介が口から零れて、それをきっかけに彼女からは私が此処にいる経緯を大体教えてもらった。
ダイマックスの竜巻に巻き込まれて気を失った私は風の勢いでまどろみの森にある川に溺れていたらしい、第一発見者が見つけた時には引き上げられていたらしい。全身あちこち打ち付けて傷も負ったけれど幸い命に別状はなく、いたって健康体に戻れた。自分の身が安心できる状況なのにはほっと胸をなでおろしたがそうもいっていられない状況が待ち受けていた。その話をマグノリアさんがしようとした時忙し気に部屋へ入ってくる。
オレンジ色の髪をサイドにまとめハートの髪飾りを付けてお洒落な人だったけれどよほど急いでいたのだろう、髪は所々はねていて息も上がってしまっている。どうやら私が起きたことで飛んできてくれたらしい女性はソニアと名乗った。綺麗な慧眼の目元にはくっきりとくまがのっていて、あいまって疲れているように見えた。
「へえ、ソニアのおばあちゃんがマグノリアさんなんだ」
「そうなの、だから将来何になるか考えた結果ポケモン博士の助手になっちゃって、今じゃ研究が山積み……」
「それは…お疲れ様。研究って凄く難しそう、テーマを絞ったり対象の調査をしたりするんでしょう?少しだけ手伝っただけでも大変だったから……大分寝れてない感じだし?」
「あ、やっぱわかる?まともな睡眠取れていないんだよね~」
ソニアと入れ替わるようにして部屋を後にしたマグノリアさん、彼女が座っていたところにソニアさんがおずおずと座ったけれど、私は人と話すのは嫌いじゃない。寧ろ好きだ、ナナカマド博士と話すときもそうだけれど知恵がある人と話すと自分が知らないことを聞ける。それにソニアは見るからに綺麗だ、大人のお姉さん、気さくで明るくてとても話しやすくて、直ぐに打ち解けることが出来た。初めは敬語で話してたけれどソニアに「さん付けも敬語もなしッ」といわれてしまい、くだけた会話は少しこそばゆい。
それに彼女からは私を心配していたという気持ちはひしひしと伝わってきて本当に申し訳なくなる。ガクッと肩を落とした彼女の姿も相まって。寝不足なの私も要因の一つだよね絶対…。
「でも、あなたの意識が戻ってよかったよ!初めて見た時は本当にぐったりしてて…」
「本当にご迷惑おかけしました…ごめんなさい」
「何も謝ることは無いよ、イズが無事、それでいいじゃない」
「…ありがとう、ソニア」
二回目になると、それ以上謝り続けるのも相手の気持ちに悪いから素直に甘えてしまう。
マグノリアさんと話した際この話題は出ていて、勿論私は謝った、そうすることしか出来なかった。動くと痛みが走るから頭を下げて謝ることも出来なくて、無責任で無礼者。
だけどマグノリアさんは静かに首を横に振って言った。
「こういう時は、ありがとうと、素直に受け入れていいんですよ。」
「え……」
「誰しも失敗はしますし、あなたはまだこども、子供を助けるのは大人の役目なんですから、大人の力をバンバン借りなさい。それでも納得がいかないんだったら同じ轍を踏まないようにする。それでいいのよ」
「……ありがとう、助けてくれて、ありがとうございました」
「よく言えました」
骨ばった小さな手が私の頭を撫でてくれた感触が今も残っている。
手を差し伸べてくれる人たちがこれまでもいたけれど、そういえば私、ちゃんといえていただろうか。なんだか久々に笑って、ありがとうって言えた気がする。
「ところで、イズは5日前初めてガラル地方に来たんでしょ?」
ソニアに話を振られて名残惜しい感覚を少し頭を振って払う。
そう、私が治った直後に動き出すきっかけになった大事な話はこれだ。
「うん、…あれ、なんで知ってるの?」
礼に自己紹介、容態ばかり話してて、私がいつ来たかは話しきれてなかったことだ、それに私はあの日から日が経過してることに未だ実感がわかないけれどやけに細かくて、少し首を傾げる。
様子に気づいたソニアは得心がいったような顔をした。
「ダンデくんが言ってたの……て、あぁ、イズにはいろいろ紹介しないとね。まあその話はあとにしよう、どうせ近々会えるだろうし」
「?うん、わかった…ソニアの言う通りよ、今回来るのが初めて」
「流石に何も持たないではこないよね…?」
「連れてきたポケモンはクロバットだけだけど……」
「あ、ポケモンは一匹だけか」
少しほっとした様子のソニアだったけれどすぐに表情は悲しそうなものに崩れる。私も口にしたことで足りないものに気づいた。肌身離さずにいたモノ、動ける範囲であたりを探ったけれどその影がどこにもなかった。
「ソニア、私のカバン見てない……?」
「実は、ホップがイズに会った時にはもう何も持っていなかったみたいなのよ。クロバットのボールはあの子自身が咥えていたけれど、カバンは多分飛ばされる中で落としてるんだと思う」
「ほっぷ?」
「イズを森から連れて来てくれた男の子、多分明日には会えるよ、来るって言ってたから」
ソニア自身もよく行く森の道や近辺を探してみたり、私がダーテングに遭遇した林の近くをダンデさんという人も探してくれたみたいだけど10日以上たった今も見つかっていないみたい。ここまでくるとスマホの充電は切れているから逆探知は出来ないだろうし水没してればおしゃかだ。自力で探すほかない。ソニアは見つけ出せなくてごめんと謝ってくれたけれどもとはといえば私自身がまいた種だ。それこそ謝ることはないと即答した。
私はカバンに大した荷物を入れてはいなかった。旅先で必需品は買おうと思って着替えは最低限しか入れてなかったし、占めてたのはポケモンに何かあった時用の回復薬や木の実。それ以外に財布やスマホといった私のもの、それから母がくれたポフィン。
取り合えず目的地に着いた初日はクロバットの背に乗って飛んで廻るというのが私のやることだ。そういう時は気持ちも浮かれてるし、ショルダーベルトをきつめにしているから体に密着していたんじゃないかなと推測。どこで記憶が途切れたかも曖昧だしむやみやたらに探し回っても意味はないだろう。だからガラル地方に降り立ってから半分以上寝て過ごした今日、私はハロンタウンからそれたまどろみの森でクロバットに監視されながら森の中を探してきた。人の足でいけないところにはクロバットの力を借りて移動して、普段人が踏み込まないところも歩き回っているからポケモンが飛び出すこともある。そういう時はクロバットが戦闘に出てくれるが、ソニアから「森のポケモンたちはそれほど強くないけれど数は多いから気を付けてね」といわれている以上必要以上の力を向けるわけにはいかない。クロバットは微妙な加減をしてもらいながらポケモンたちを追い払ってくれている。だけど元々戦うことが好きな子だ。たまにピリッと張り詰める空気、そろそろ発散しないと爆発してしまいそうな雰囲気も見られるから早々にカバンを見つけ出さなくては。
そんなこんなで森の中を大分探し回ったけれどあの目につくカバンは見つからなくて、地上にないならば残るはまどろみの森を横断する川底だけ。
「こういう時泳げる子がいたら力を借りれるんだけどね」
だけど連れてこなかったのは自分の意思だ、嘆いたところで意味はない。
森の入り口付近に沿う下流を上っていく、川底はそれほど深くなく目視で確認できたから意外とどこかに落ちて居たり、引っ掛かってたり、とも思ったけれど淡い期待は儚く消えて再び人の足でたどり着ける森の深部に戻ってきてしまった。不思議な石碑の壇上に上がらせてもらい、私は池を見渡す。河水が流れるということは上流があるはずで、目の前の池も十分広いが何度か見に来ても量が減っているようには見えないためここを湧かせる源があるはずだ。探し回ったが何も見つけられなかった池を後にして奥へ進むと更に開けたとこに広がる大きな沼。この先にも川は繋がっているからきっと山の水が流れてきているんだろうなと、クロバットにのせてもらって見えた景色から察する。
シンオウ地方も西と東を隔てるようにテンガン山が聳え立ちあちこちに滝が流れていたけれど、ガラル地方も山岳が連なり自然が溢れている。初日には遠めでも立派な建造物が見えたし早く見つけ出して各地を回ってみたいものだと思いを馳せて、息を整えた私はクロバットに一声かけて汚れのない沼に潜る。
ボチャンと水が跳ね、温度の低い水がまとわりつく。木々の葉が重なって陽光がそれほど差さない森の中に反して、水中にはどこまでも日の光が差しこみ、澄み渡っている。冷水が肌を刺す感覚は当に忘れてしまった。不純物を含まない透き通った水はだいぶ先まで見通せたけれどここは大分深いらしい、底の砂が光に反射してチカチカ輝いているのは見えた。頑張って息を続けないと川底を探せないな。
病み上がりのからだであることに変わりはないし何度も潜ればその分体力も削がれていく。人気のない場所に人間がいてポケモン達にもストレスだろうから。
石碑近くの池を探した時にも所々にいたが、ここのポケモンたちは少し体が小さめだろうか?それに群れを成して泳いでいる様子もある。あっちにはコイキングが、流れに逆らえない弱いポケモンだと言われているけれどここは流れがとても緩やかで、彼らは気持ちよさそうに泳いでいる。岩場の影から覗くのはドジョッチだ、私を気にしているのか細長い体をくねくねさせている。
底の方へ潜っていくとちょっと厄介なのが居た。ひげうおポケモン、ナマズン。ドジョッチの進化系だけどその神経はすこし研ぎ澄まさ気配を感じると大暴れして地震を引き起こすと言われている。今は川底に散らばる砂で体を転がして遊んでいるから私に関心はないみたい。暴れられて襲われるのは良くない結末だから慎重に探そう。他にも仲間がいるかもしれないし。
一旦浮上した私は上空を旋回するクロバットの姿を目に留めて、もう一度深く息を吸い込み深部を目指す。それにしても水中で生きるポケモンは水圧とかを気にせず自由に動き回れるんだからすごいなあ。私は水を掻き続けないとすぐ浮き上がってしまう、息継ぎしなければ水中に留まることは出来ないし。
潜る最中あちこちに目を配る、潜るにつれて明度は下がっていくけれど完全に途切れることは無くなんとか視認できる範囲で会ったことは救いだ。揺蕩うポケモンたちもいるし、岩場にぶつかるのは避けたいから周りに注意して潜水を続けたが、奥に泳ぐにつれて岩場の圧迫感が強まるからもしやと思ったけれど、川底は水面ほどの規模はなく半分にも満たないようだ。これは好都合、川底が広ければその分息継ぎする回数が増えて一日で探す時間も少なくなる。水は流れていくのだからカバンがどこかに流されてしまってもおかしくはないのだ。上流になければ更に上るか、下流を探しに行かないといけないし。
「…んん?」
コポリと口から空気が漏れてしまったけれど、私はある一点を凝視した。
今日もすでに何度か水面に上がってしまっているし、徐々に日も傾いて来ていた。川底に届く光も少なくなっていき少し眉間に皺をよせないと視点が定まらなかった。暮れる空に浮かぶ一番星のように岩場の影で何かがキラリと輝いたのだ。
川底にいるポケモン達に気づかれないようにしながら光に近づいてみるとどうやら洞穴のようだ、中を覗けばポケモン一匹が入れそうな大きさでそれほど深くもなく、使い込んでいても明るい夜空のような色を持つそれは私の目を縫いとめた。
(あった…!)
旅先で買ってからずっと共にしてきた青いレザーボストンバッグ。片方のショルダーハーネスが留め具から外れてしまって水中に垂れていたおかげで見つけることが出来た。きっと竜巻に飛ばされた後肩から外れて川底に落ちていったのだろう。
コポ、と再び気泡が口元から昇っていく。そろそろ息も苦しい、一緒に引き上げて捜索を終了としたいところだったが水をしっかり含んでいたそれは水圧と重ねてとても重く、体力を使いまくった身には中々に厳しい。
しかし諦めるわけにもいかない、さっとカバンの具合を確かめたが穴やチャックがあいている様子はなく中身は入っているようだった。思い出の詰まったカバンに変わりはない。私は力を振り絞って水をかき浮上を試みる。カバンはずしりと下へ降りようとするが岩場を掴みながら登ればそれほど苦ではないことに気づき順調に上って水面までもう少しというところに来た。
ふと、さっきまでゆうゆうと泳いでいたポケモンたちの姿が見えないことに気づいた。なんだか嵐の前の静けさというように、私が空気を漏らす音以外何もない。刹那、幾つかの泡が目の前を通り過ぎ水面に昇っていく、その感覚が狭まっていくや否や水の流れが変わり見るからに不穏な気配、嫌な予感がし、私は急いで上を目指した時、激しい海流が生まれ咄嗟に岩場にしがみついたものの、打ち付ける様な流れが襲い掛かり保ち続けていた空気を零してしまう。一気に水が入り込み酸素を求めた体はもう根性でカバンを握り締め水面を目指す。
水流の勢いは凄まじく泳ぐたびに流されてしまい不意に後ろを顧みてみれば、のんきな顔をしている顔が鬼の形相に代わったナマズンが大口をあけて私に迫っていた。
(洞穴に入ってて、川底にいたポケモン……もしかして、ナマズンの的になってたのこれ?!)
そうなれば、私はナマズンから餌か何かを奪い取った略奪者だ、しかもあのナマズン遠目に見てたせいだと思うけど結構大きくない?確かアローラ地方には主ポケモンていう他の個体より巨大なボスポケモンがいるんだっけか…ってそんなこと考えてる場合じゃない。
手にしたものを放すわけにもいかないが、ナマズンが尾ひれを水に打ち付けるたびに水中が揺れて上手く泳げない。水面までもう少しだというのに。
何で必死になっているんだろう、カバン一つに。また買えばいいじゃないか。中のものだって水にやられて駄目になっているだろうに。使えば使うだけ人目につかないところは少しずつ劣化していく。買い換えたら声を掛けられることもあった。
でも、これを見るたびに思い出すから、濁りのない水のように清澄なラピスラズリに染まったそれが揺らめく君を。決して忘れぬように、行く先の導となるように。
猛スピードで追ってくるナマズンに恐怖を覚えながらなんとか辿り着いた水面に顔を出した私は相棒の名を呼ぼうとして大量の水を飲んでたことに気づいた。咳と一緒に水が吐き出されは何も入り込んだそれはツンとした痛みを引き起こす。
「ッくろ」
影に何とか呼びかけようとするも一層強く水面が揺れて気づけば大きな波が今にも打ち付けようとしていた。とにかく陸に近づこうとしても、下方でナマズンが怒り、荒れ狂って発生する波でうまく泳げない。
怒らせる気はなかったんだ、でもこれは私のだから。一生はなさないたからものだから。
だけど足元に影が迫ってきた、吊り上がった目がこちらを捕えている。
駄目かな、体を浮かばせるのにも力を加えないと厳しくて、気を抜けば簡単に沈んでしまう。放したくはないし逃げる体力もないしどうしようもなくなったとき、視界が暗くなった。
違う、私の周りだけ、陰がどんどん広がっていく、あれ、この感覚デジャヴ?前にもあったな、つい最近。
見上げてみると太陽を背に迫る大きな影、そのなかでひときわ輝く黄金の双眸と目がかち合った瞬間には自分が宙に浮いていることに気づいた。一瞬遅れてナマズンが水上に大きな体を揺らしはねると再び水面下に戻っていく。余りのでかさに言葉を失っていたら自身を支える腕が脱力したように緩んだ。
「まったく、気温が高いと言っても森の中は冷えやすいし水中ならそれ以上だろう。無理はだめだって言われてたんじゃないか?」
「パギュア」
相互が呆れたように肩を竦めてて、自分のせいだと思いながらも思わず笑いが込み上げる。
「ほんとに、息ぴったり」
「おいおい、俺たりは君のことを心配していってるんだぜ」
「すみません、シンクロしてたから、つい」
陸地まで運んでもらうと眼が転がり落ちてしまいそうなほどに目を見開き涙を溜めるクロバットが居た。お目付け役にここまでするトレーナーは中々いないと思う。大丈夫だと伝えようとして一人で歩こうとしたら全然力が入らず倒れそうになったところを支えてもらった。優しい君は直ぐ近寄ってくれたから重しをぶら下げてるような腕を持ち上げてクロバットの頭を撫でれば、心なしか笑ってくれたような気がする。
「さて、言いたいことは山ほどあるがとりあえず、服を着なさい」
岩陰に脱ぎ捨てられた私服を目に留めた私は正直疲労困憊だったけれど、背を向けた彼にも悪くて重い体を叱責して水気をタオルで拭きながらいそいそと服を着た。
ちらりと彼を見やればこっちに背を向けたまま。それにしてもあのマント、何か載ってると思ったけど色んな柄があるな、なんだろう。
*
山の影に太陽が沈み黄色に空が移ろい夜を待つばかりの黄昏時、夕方に返るという約束は結局のところ口約束でしかなく、戻ったらソニアにどやされることは間違いない。
だが私も言い訳しよう、何故か帰ることを許さずここで説教を受けていたのだと。人の心はあるようでリザードンが傍らに佇み温めてくれているのは救いであったが、リザードンの尻尾が私の背後に回るようにしているのは主人の意をくんで退路を断っているように思えてしまう。
「あの」
「お、終わったか。じゃあ、そこに座ってくれ」
「え」
服を着終えた私が一声かけると、彼はすぐさま私に座るよう言い、お互い地べたに腰を下ろしたかと思えばそこから小言が止まらなかった。さっきも言われたけれど何度も念押しされてるけれど無茶をしていい体じゃないのに何をしているんだとか色々。
私も理由を話そうとしたけれどその点は既に聞いていたらしく、だからこそ無理ない範囲で出来ないなら人を頼れと、何かあってからでは遅いのだからと。
保護者のように捲し立てられてぐうの音も出なかった私は「はい」と「おっしゃる通りです」「すみません」を繰り返した。
一連のことを的確に指摘した彼は一息ついて、かぶっていた帽子を目元が隠れるくらいまで下した。
「君が反省していることは伝わるからこれ以上は言わないが、君のことを心配する人もいるんだ。それに折角治ったのにまた怪我をしては、これからの旅に支障がでてしまうだろう」
「はい、すみません…」
「…とにかく、無事でよかったが、もうああいう格好をするのもやめなさい」
「…どうせへるもんじゃ……なんでもないです、ごめんなさい、気を付けます」
「よろしい」
水中を探すため、背に腹は代えられないから下着のほかは脱いで潜っていたが、それもまずかったらしい。濡れたそれは軽く透けてるし、まあ、そういうことなんだろうけど。だって水着ないし。これ以上言い訳を考えてたら心の内まで見透かされそうな目を向けられたから素直に謝った。彼もそれで妥協してくれたらしい、一拍おいて脱いだ帽子をかぶり直していた。気まずい時間が流れ、川のせせらぎしか聞こえない森の中、何か話そうと思って私は後回しにしてしまったがこうなる経緯を話す。
「ここに来た時に持ってきた荷物を落としてて、ずっと森の中を探してたんです。
だけど見つからないから川にあるかなと思って、それで運よく沼の底にあった探し物を見つけたんですけど、取る際中に此処を縄張りにしているポケモンを怒らせてしまって…」
「あぁ、ここのナマズンは少し気性が荒いからな…」
「あれ、知ってるんですか」
「ん、そうだな」
さっきまでの激動が嘘のように軽く波うつ沼に彼は視線を移し、私も何となく見やる。
「この辺りは争いごとも少ないから進化を迎えるポケモンたちが少ない様なんだ、俺もあのナマズンには何度か会っているが比較的身体も大きいしあちこち細かな傷をつくっているからきっとここの主なんだろうと思ってね」
「確かに、ここに住むポケモン達少し小ぶりでした!ナマズンは確かに…うん、大きい」
「だろう?まぁ、誰しもお気に入りを取られるのは嫌だがその青いカバンは君の大切なものなんだよな。それならしょうがないことだ」
「でも、ナマズンが持っててくれたから下流にまで探さずに済んだので今度お礼します!」
「そうだな、それならあいつも機嫌を直してくれるぜ。
さて、日が落ちる前に君のことをマグノリア博士のところまで送ろう。流石に危ないからこいつに乗ってくれ」
私は頷いて一緒に説教を受けてくれていたクロバットの頭を撫でてボールに戻すと両脇に手を指しこまれて持ち上げられた私はリザードンの背にまたがっていた。飛んでいると冷えるからと彼が来てるマントを渡されたけれど、私の身に余る大きさですっぽり埋もれてしまったから後ろにまたがった彼に文句を言って亀の如く顔を出した。
思った以上に重い、だけど、すごくあたたかい。
リザードンが飛び立つ、行くまで時間をかけた森の深部からどんどん離れていく中私はタイミングを逃していて聞けていなかったことを尋ねる。
「前、どこかで会いましたよね?」
「うん、こもれびばやし付近でね……あの時は、俺の不注意で君を危険な目に合わせてしまってすまなかった」
「気に止まないでください、あれは私の勉強不足が問題でしたし……マグノリアさんやソニアさん達に助けてもらってみての通り泳げるまで回復したので!」
「そうか!それはいいことだ……だけど、キミは病み上がりだって話だったのに博士の家を訪ねてもいないから探しに来てみれば…ほんと無茶をするんだな」
さっきしこたま起こったからかここでは困ったように彼は笑う。
「本当は君が目を覚ました時にすぐ様子を見にいきたかったんだが、何分仕事も溜まっていてね……弟との約束も遅れてしまった」
「…弟」
目を覚ました翌日、マグノリア博士とソニア以外の人が訪ねてきた。逆立った小紫の髪、ぱっちり開いた朝日のような双眼は私の姿を捉えると安堵しながら慌ただしく駆け寄ってきてくれた。見たことある目だなと思いながらもちゃんとお礼を伝えてお互い自己紹介。彼は此処、ブラッシータウンの隣町に位置するハロンタウンに住むホップ。彼が私を森から病院まで運んでくれたようで、当時の状況を色々と教えてくれたのだ。しかし信じがたいな、伝説のポケモンが私のことを助けてくれてたなんて。でもそうでなければ死んでいたかもしれないんだよな。
ん?それだとあの夢は?ホップにみせてもらった伝説のポケモンの姿が載った伝記を見ると狼のような大型犬のようないでたち。私が水中で見た姿はもっと一回り小さくて覚えている記憶ではふわふわとしていた。
「ねえホップ、ガラルに伝わる伝説のポケモンって…ウールーみたいにもこもこって感じじゃないけど…、こう、ふわふわってしてる?」
ホップの隣でころりと横になり眠るウールーに目をやりながら話してみれば彼は考えるように顎に手を当てて呻った。
「うーん、俺が見た限りじゃシュッとしたイメージだったぞ。この本よりも優しい顔をしてて、なんていうかな、パルスワンよりは毛が長いけれど」
「パルスワン?」
「えっと、図鑑も持ってきたんだ……あ、これ。ソニアがワンパチを連れてるだろ?その進化系なんだぞ」
「え、あの丸っこいのがこんなスタイリッシュになるの?可愛さマックスじゃん」
「だよな~、ポケモンの進化って俺らが思いつくのと違うときがあるから面白いぞ!」
だけどそんなこと聞いてどうしたんだ、と尋ねてくるホップに私は正直に夢のことを話してみた。ホップが見せてくれる姿と私が夢の中で溺れている時に見た姿が異なって見えたこと。妙にざわつく胸に知らないふりをしていたけれど、色々掘り起こしていたホップは思いあたることがなかったようでごめんと肩を落として謝ったから気にしないでと返した。
「勿論伝説のポケモンたちが助けてくれたってことは理解してるんだけど、多分、彼らの前に私を助けようとしてくれたこがいると思うんだ。なんだか分かんないけどずっと呼んでくれていた気がして…だから私は起きることも出来たのかもしれないし。その子も含めてちゃんとお礼がしたいの」
「イズってすごく優しいんだな。だからきっとザシアンとザマゼンタが助けてくれたんだ」
「……」
優しい?私が?
違う、違うよホップ。私は人で、ポケモンたちの力を借りないと何もできない。
偽善で突っ込んで、逃れようとしている背徳者。
「私は、ちゃんと話せるうちにやれることをやりたいだけだよ」
「ん?そうか」
分かったのか分からなかったのか曖昧な返事をしたホップだったけれど、何かを思い出したようにそういえば、と切り出したから何事かと思ったけれど調度部屋にソニアが入ってきてホップにそろそろ帰るように伝えた。
ホップは用事も残している中会いに来てくれたみたいでその日は帰ると言って早々に部屋を出てってしまった。彼が思いだしたことは聞かずじまいだったけれどまた今度聞けばいいだろう。
「どうかしたのか?」
「あ、すみません、ぼーっとしてました」
「体は疲れてるだろうから、今日はしっかり休むんだぞ」
物思いに耽っていた私を心配して声を掛けてくれた彼は、面と向かってみれば体格はいいし背も高い。まるで王を彷彿とさせるマントが品格を生んでいて、どこか遠い存在に思えてしまう。
森を発ってからそれほど時間をかけず辿り着いたマグノリア博士の家、私はお世話になっている家。ドアベルを鳴らし家主が出てくるまで態々リザードンから降ろしてくれた彼はそのまま待ってくれるみたいだ。
「今日は、ありがとうございました」
「礼には及ばないぜ、君のクロバットが森の上空で飛んでるのが見えたからそれを目印に来たんだ。キミの相棒を褒めてやってくれ」
「…そうします、でもあなたに助けていただいたのも事実なので。あ、これ、お返ししますね」
道中ずっと被るようにして掛けていたマントを彼に返し、そういえばいまだに彼の名前を知らないことに気づいた。
「私、シンオウ出身のイズって言います」
「あ、自己紹介もしていなかったな……俺はダンデ、よろしくな」
差し出された手を握ると調度ドアが空きソニアが出てくる。
「あ!やっと帰ってきた!って、イズまた濡れてるじゃない!」
「雨に濡れて…」
「イズ、また怒られたいのか…懲りないな。
彼女の探し物が川底にあって潜って取って来たそうだ。温めてきたつもりだが病み上がりだし早めに休ませてあげてくれ」
「ダンデ君に見に行ってもらって正解だったわ、ありがとう。責任をもってお預かりします。
ほら、イズ、早くお風呂入りなさい。それじゃあね、ダンデ君!」
ソニアさんに回れ右をさせられた私は家の中へ連れていかれる。私もさよなら言わないと。
肩は固定されているから首をできるだけ回して玄関先にいるダンデさんに声を掛けた。
「ダンデさん———」
「イズ!明日迎えに行くぜ」
何を言ってるんだと思えば、ダンデさんの隣にリザードンが並びその顔つきはどちらも引き締まり捕食者のように私の視線をぬい留めた。
「ポケモンバトルをしよう」
「何故??」
「俺がキミたちと戦ってみたいと思ったからだ」
整った顔立ちなのにまるで少年のように笑い、彼はリザードンに飛び乗ると早々に去ってしまう。追おうにもソニアさんに風呂へ連行されるし、玄関は閉まるし、どうやら私に否定する権利はないらしい。
そしてその後、私の行動はダンデさんからソニアを伝いマグノリアさんにばれて、長い説教と研究の手伝いをさせられることを、この時はまだ知らなかった。
▼憂鬱な明日、踊る心音
「イズ、治ったからってまだ分かんないんだから四日前みたいに泥とか葉っぱとかつけて帰ってこないでよ。私がおばあちゃんに怒られちゃう」
「それなら帰る前に取っ払えば問題ないね」
「あ、もしかして一昨日も昨日も比較的綺麗なまま帰ってきたのってそういうこと!?ワンパチが嗅いでるからなんだと思ったけど…やっぱダメ!探し物なら私も一緒に探すから」
「研究もあるのに迷惑かけられないよ、大丈夫。私がやらかさないようにクロバットを連れてるから」
「あ、こら自然にポケモンを出すなぁ!」
「夕方には帰るから!行ってきまーす」
心配の声に背を向けて田園地帯を通り過ぎ私は南に位置する森へ向かう。入り口で降りて補装された道をどんどん進んでいけば、寂れたアーチが目に入った。石で作られたそれは途中から欠けてしまっているのにそれは不思議な均衡を保ち続けている。祭壇のようにも見えるそこには石碑が置いてあるけれど、アンノーン文字も読むのがやっとな私には全く分からない。イッシュで海底遺跡を探索したときも壁画の文字はちんぷんかんぷんで何度海流に呑まれたか分からない。何か解き明かさないといけない謎でもあるならば今度ソニアに教えてもらおう。
あたりをきょろきょろ見渡して、なんの手掛かりも見つけられなかったから、待ってくれていたクロバットの背に乗って人の足では踏み込めないところまで上空から回る。
目を覚ますまで五日間、体が日常生活を送るために不便じゃなくなるまで約三日、起きた初日が全身痛いし頭もガンガン傷んだけれど痛み訴えるのも三日坊主なのかな。起きてからの回復が目覚ましいとお医者さんには少し引かれながら褒められた。だけど体力や体重が落ちてしまったのも確かだから無理はしていけないと念押しされている。
大分奥へ行けばあれほど生い茂っていた木々が開けている場所が見えてくる、私はクロバットに声を掛け地上へ降りてもらった。既に辺りにいたポケモンたちが侵入者に気づいて影からこちらを覗いている様子が伝わる、視線とかは結構感じやすい質だ。警戒を強め地を蹴る音や羽ばたきが遠のいてくのもしばしば。私は別に縄張りを荒らしに来たわけじゃないから自然体を装って、石碑の奥にある池よりもさらに広く深そうな沼を目の前にしていそいそと服を脱ぎ始めた。これにはちゃんとしたわけがある。
意識を失って目を覚ました私が最初に会ったのはガラル地方のポケモン博士、マグノリアさん。老齢の女性で見た目に感じたけれど落ち着きを孕んだ丁寧な口調、私の額に彼女の手をのせて熱がないことも確認できたからか朗らかに笑った顔を見て緊張も、怯えも形を潜めてしまった。するりとお礼と自分の紹介が口から零れて、それをきっかけに彼女からは私が此処にいる経緯を大体教えてもらった。
ダイマックスの竜巻に巻き込まれて気を失った私は風の勢いでまどろみの森にある川に溺れていたらしい、第一発見者が見つけた時には引き上げられていたらしい。全身あちこち打ち付けて傷も負ったけれど幸い命に別状はなく、いたって健康体に戻れた。自分の身が安心できる状況なのにはほっと胸をなでおろしたがそうもいっていられない状況が待ち受けていた。その話をマグノリアさんがしようとした時忙し気に部屋へ入ってくる。
オレンジ色の髪をサイドにまとめハートの髪飾りを付けてお洒落な人だったけれどよほど急いでいたのだろう、髪は所々はねていて息も上がってしまっている。どうやら私が起きたことで飛んできてくれたらしい女性はソニアと名乗った。綺麗な慧眼の目元にはくっきりとくまがのっていて、あいまって疲れているように見えた。
「へえ、ソニアのおばあちゃんがマグノリアさんなんだ」
「そうなの、だから将来何になるか考えた結果ポケモン博士の助手になっちゃって、今じゃ研究が山積み……」
「それは…お疲れ様。研究って凄く難しそう、テーマを絞ったり対象の調査をしたりするんでしょう?少しだけ手伝っただけでも大変だったから……大分寝れてない感じだし?」
「あ、やっぱわかる?まともな睡眠取れていないんだよね~」
ソニアと入れ替わるようにして部屋を後にしたマグノリアさん、彼女が座っていたところにソニアさんがおずおずと座ったけれど、私は人と話すのは嫌いじゃない。寧ろ好きだ、ナナカマド博士と話すときもそうだけれど知恵がある人と話すと自分が知らないことを聞ける。それにソニアは見るからに綺麗だ、大人のお姉さん、気さくで明るくてとても話しやすくて、直ぐに打ち解けることが出来た。初めは敬語で話してたけれどソニアに「さん付けも敬語もなしッ」といわれてしまい、くだけた会話は少しこそばゆい。
それに彼女からは私を心配していたという気持ちはひしひしと伝わってきて本当に申し訳なくなる。ガクッと肩を落とした彼女の姿も相まって。寝不足なの私も要因の一つだよね絶対…。
「でも、あなたの意識が戻ってよかったよ!初めて見た時は本当にぐったりしてて…」
「本当にご迷惑おかけしました…ごめんなさい」
「何も謝ることは無いよ、イズが無事、それでいいじゃない」
「…ありがとう、ソニア」
二回目になると、それ以上謝り続けるのも相手の気持ちに悪いから素直に甘えてしまう。
マグノリアさんと話した際この話題は出ていて、勿論私は謝った、そうすることしか出来なかった。動くと痛みが走るから頭を下げて謝ることも出来なくて、無責任で無礼者。
だけどマグノリアさんは静かに首を横に振って言った。
「こういう時は、ありがとうと、素直に受け入れていいんですよ。」
「え……」
「誰しも失敗はしますし、あなたはまだこども、子供を助けるのは大人の役目なんですから、大人の力をバンバン借りなさい。それでも納得がいかないんだったら同じ轍を踏まないようにする。それでいいのよ」
「……ありがとう、助けてくれて、ありがとうございました」
「よく言えました」
骨ばった小さな手が私の頭を撫でてくれた感触が今も残っている。
手を差し伸べてくれる人たちがこれまでもいたけれど、そういえば私、ちゃんといえていただろうか。なんだか久々に笑って、ありがとうって言えた気がする。
「ところで、イズは5日前初めてガラル地方に来たんでしょ?」
ソニアに話を振られて名残惜しい感覚を少し頭を振って払う。
そう、私が治った直後に動き出すきっかけになった大事な話はこれだ。
「うん、…あれ、なんで知ってるの?」
礼に自己紹介、容態ばかり話してて、私がいつ来たかは話しきれてなかったことだ、それに私はあの日から日が経過してることに未だ実感がわかないけれどやけに細かくて、少し首を傾げる。
様子に気づいたソニアは得心がいったような顔をした。
「ダンデくんが言ってたの……て、あぁ、イズにはいろいろ紹介しないとね。まあその話はあとにしよう、どうせ近々会えるだろうし」
「?うん、わかった…ソニアの言う通りよ、今回来るのが初めて」
「流石に何も持たないではこないよね…?」
「連れてきたポケモンはクロバットだけだけど……」
「あ、ポケモンは一匹だけか」
少しほっとした様子のソニアだったけれどすぐに表情は悲しそうなものに崩れる。私も口にしたことで足りないものに気づいた。肌身離さずにいたモノ、動ける範囲であたりを探ったけれどその影がどこにもなかった。
「ソニア、私のカバン見てない……?」
「実は、ホップがイズに会った時にはもう何も持っていなかったみたいなのよ。クロバットのボールはあの子自身が咥えていたけれど、カバンは多分飛ばされる中で落としてるんだと思う」
「ほっぷ?」
「イズを森から連れて来てくれた男の子、多分明日には会えるよ、来るって言ってたから」
ソニア自身もよく行く森の道や近辺を探してみたり、私がダーテングに遭遇した林の近くをダンデさんという人も探してくれたみたいだけど10日以上たった今も見つかっていないみたい。ここまでくるとスマホの充電は切れているから逆探知は出来ないだろうし水没してればおしゃかだ。自力で探すほかない。ソニアは見つけ出せなくてごめんと謝ってくれたけれどもとはといえば私自身がまいた種だ。それこそ謝ることはないと即答した。
私はカバンに大した荷物を入れてはいなかった。旅先で必需品は買おうと思って着替えは最低限しか入れてなかったし、占めてたのはポケモンに何かあった時用の回復薬や木の実。それ以外に財布やスマホといった私のもの、それから母がくれたポフィン。
取り合えず目的地に着いた初日はクロバットの背に乗って飛んで廻るというのが私のやることだ。そういう時は気持ちも浮かれてるし、ショルダーベルトをきつめにしているから体に密着していたんじゃないかなと推測。どこで記憶が途切れたかも曖昧だしむやみやたらに探し回っても意味はないだろう。だからガラル地方に降り立ってから半分以上寝て過ごした今日、私はハロンタウンからそれたまどろみの森でクロバットに監視されながら森の中を探してきた。人の足でいけないところにはクロバットの力を借りて移動して、普段人が踏み込まないところも歩き回っているからポケモンが飛び出すこともある。そういう時はクロバットが戦闘に出てくれるが、ソニアから「森のポケモンたちはそれほど強くないけれど数は多いから気を付けてね」といわれている以上必要以上の力を向けるわけにはいかない。クロバットは微妙な加減をしてもらいながらポケモンたちを追い払ってくれている。だけど元々戦うことが好きな子だ。たまにピリッと張り詰める空気、そろそろ発散しないと爆発してしまいそうな雰囲気も見られるから早々にカバンを見つけ出さなくては。
そんなこんなで森の中を大分探し回ったけれどあの目につくカバンは見つからなくて、地上にないならば残るはまどろみの森を横断する川底だけ。
「こういう時泳げる子がいたら力を借りれるんだけどね」
だけど連れてこなかったのは自分の意思だ、嘆いたところで意味はない。
森の入り口付近に沿う下流を上っていく、川底はそれほど深くなく目視で確認できたから意外とどこかに落ちて居たり、引っ掛かってたり、とも思ったけれど淡い期待は儚く消えて再び人の足でたどり着ける森の深部に戻ってきてしまった。不思議な石碑の壇上に上がらせてもらい、私は池を見渡す。河水が流れるということは上流があるはずで、目の前の池も十分広いが何度か見に来ても量が減っているようには見えないためここを湧かせる源があるはずだ。探し回ったが何も見つけられなかった池を後にして奥へ進むと更に開けたとこに広がる大きな沼。この先にも川は繋がっているからきっと山の水が流れてきているんだろうなと、クロバットにのせてもらって見えた景色から察する。
シンオウ地方も西と東を隔てるようにテンガン山が聳え立ちあちこちに滝が流れていたけれど、ガラル地方も山岳が連なり自然が溢れている。初日には遠めでも立派な建造物が見えたし早く見つけ出して各地を回ってみたいものだと思いを馳せて、息を整えた私はクロバットに一声かけて汚れのない沼に潜る。
ボチャンと水が跳ね、温度の低い水がまとわりつく。木々の葉が重なって陽光がそれほど差さない森の中に反して、水中にはどこまでも日の光が差しこみ、澄み渡っている。冷水が肌を刺す感覚は当に忘れてしまった。不純物を含まない透き通った水はだいぶ先まで見通せたけれどここは大分深いらしい、底の砂が光に反射してチカチカ輝いているのは見えた。頑張って息を続けないと川底を探せないな。
病み上がりのからだであることに変わりはないし何度も潜ればその分体力も削がれていく。人気のない場所に人間がいてポケモン達にもストレスだろうから。
石碑近くの池を探した時にも所々にいたが、ここのポケモンたちは少し体が小さめだろうか?それに群れを成して泳いでいる様子もある。あっちにはコイキングが、流れに逆らえない弱いポケモンだと言われているけれどここは流れがとても緩やかで、彼らは気持ちよさそうに泳いでいる。岩場の影から覗くのはドジョッチだ、私を気にしているのか細長い体をくねくねさせている。
底の方へ潜っていくとちょっと厄介なのが居た。ひげうおポケモン、ナマズン。ドジョッチの進化系だけどその神経はすこし研ぎ澄まさ気配を感じると大暴れして地震を引き起こすと言われている。今は川底に散らばる砂で体を転がして遊んでいるから私に関心はないみたい。暴れられて襲われるのは良くない結末だから慎重に探そう。他にも仲間がいるかもしれないし。
一旦浮上した私は上空を旋回するクロバットの姿を目に留めて、もう一度深く息を吸い込み深部を目指す。それにしても水中で生きるポケモンは水圧とかを気にせず自由に動き回れるんだからすごいなあ。私は水を掻き続けないとすぐ浮き上がってしまう、息継ぎしなければ水中に留まることは出来ないし。
潜る最中あちこちに目を配る、潜るにつれて明度は下がっていくけれど完全に途切れることは無くなんとか視認できる範囲で会ったことは救いだ。揺蕩うポケモンたちもいるし、岩場にぶつかるのは避けたいから周りに注意して潜水を続けたが、奥に泳ぐにつれて岩場の圧迫感が強まるからもしやと思ったけれど、川底は水面ほどの規模はなく半分にも満たないようだ。これは好都合、川底が広ければその分息継ぎする回数が増えて一日で探す時間も少なくなる。水は流れていくのだからカバンがどこかに流されてしまってもおかしくはないのだ。上流になければ更に上るか、下流を探しに行かないといけないし。
「…んん?」
コポリと口から空気が漏れてしまったけれど、私はある一点を凝視した。
今日もすでに何度か水面に上がってしまっているし、徐々に日も傾いて来ていた。川底に届く光も少なくなっていき少し眉間に皺をよせないと視点が定まらなかった。暮れる空に浮かぶ一番星のように岩場の影で何かがキラリと輝いたのだ。
川底にいるポケモン達に気づかれないようにしながら光に近づいてみるとどうやら洞穴のようだ、中を覗けばポケモン一匹が入れそうな大きさでそれほど深くもなく、使い込んでいても明るい夜空のような色を持つそれは私の目を縫いとめた。
(あった…!)
旅先で買ってからずっと共にしてきた青いレザーボストンバッグ。片方のショルダーハーネスが留め具から外れてしまって水中に垂れていたおかげで見つけることが出来た。きっと竜巻に飛ばされた後肩から外れて川底に落ちていったのだろう。
コポ、と再び気泡が口元から昇っていく。そろそろ息も苦しい、一緒に引き上げて捜索を終了としたいところだったが水をしっかり含んでいたそれは水圧と重ねてとても重く、体力を使いまくった身には中々に厳しい。
しかし諦めるわけにもいかない、さっとカバンの具合を確かめたが穴やチャックがあいている様子はなく中身は入っているようだった。思い出の詰まったカバンに変わりはない。私は力を振り絞って水をかき浮上を試みる。カバンはずしりと下へ降りようとするが岩場を掴みながら登ればそれほど苦ではないことに気づき順調に上って水面までもう少しというところに来た。
ふと、さっきまでゆうゆうと泳いでいたポケモンたちの姿が見えないことに気づいた。なんだか嵐の前の静けさというように、私が空気を漏らす音以外何もない。刹那、幾つかの泡が目の前を通り過ぎ水面に昇っていく、その感覚が狭まっていくや否や水の流れが変わり見るからに不穏な気配、嫌な予感がし、私は急いで上を目指した時、激しい海流が生まれ咄嗟に岩場にしがみついたものの、打ち付ける様な流れが襲い掛かり保ち続けていた空気を零してしまう。一気に水が入り込み酸素を求めた体はもう根性でカバンを握り締め水面を目指す。
水流の勢いは凄まじく泳ぐたびに流されてしまい不意に後ろを顧みてみれば、のんきな顔をしている顔が鬼の形相に代わったナマズンが大口をあけて私に迫っていた。
(洞穴に入ってて、川底にいたポケモン……もしかして、ナマズンの的になってたのこれ?!)
そうなれば、私はナマズンから餌か何かを奪い取った略奪者だ、しかもあのナマズン遠目に見てたせいだと思うけど結構大きくない?確かアローラ地方には主ポケモンていう他の個体より巨大なボスポケモンがいるんだっけか…ってそんなこと考えてる場合じゃない。
手にしたものを放すわけにもいかないが、ナマズンが尾ひれを水に打ち付けるたびに水中が揺れて上手く泳げない。水面までもう少しだというのに。
何で必死になっているんだろう、カバン一つに。また買えばいいじゃないか。中のものだって水にやられて駄目になっているだろうに。使えば使うだけ人目につかないところは少しずつ劣化していく。買い換えたら声を掛けられることもあった。
でも、これを見るたびに思い出すから、濁りのない水のように清澄なラピスラズリに染まったそれが揺らめく君を。決して忘れぬように、行く先の導となるように。
猛スピードで追ってくるナマズンに恐怖を覚えながらなんとか辿り着いた水面に顔を出した私は相棒の名を呼ぼうとして大量の水を飲んでたことに気づいた。咳と一緒に水が吐き出されは何も入り込んだそれはツンとした痛みを引き起こす。
「ッくろ」
影に何とか呼びかけようとするも一層強く水面が揺れて気づけば大きな波が今にも打ち付けようとしていた。とにかく陸に近づこうとしても、下方でナマズンが怒り、荒れ狂って発生する波でうまく泳げない。
怒らせる気はなかったんだ、でもこれは私のだから。一生はなさないたからものだから。
だけど足元に影が迫ってきた、吊り上がった目がこちらを捕えている。
駄目かな、体を浮かばせるのにも力を加えないと厳しくて、気を抜けば簡単に沈んでしまう。放したくはないし逃げる体力もないしどうしようもなくなったとき、視界が暗くなった。
違う、私の周りだけ、陰がどんどん広がっていく、あれ、この感覚デジャヴ?前にもあったな、つい最近。
見上げてみると太陽を背に迫る大きな影、そのなかでひときわ輝く黄金の双眸と目がかち合った瞬間には自分が宙に浮いていることに気づいた。一瞬遅れてナマズンが水上に大きな体を揺らしはねると再び水面下に戻っていく。余りのでかさに言葉を失っていたら自身を支える腕が脱力したように緩んだ。
「まったく、気温が高いと言っても森の中は冷えやすいし水中ならそれ以上だろう。無理はだめだって言われてたんじゃないか?」
「パギュア」
相互が呆れたように肩を竦めてて、自分のせいだと思いながらも思わず笑いが込み上げる。
「ほんとに、息ぴったり」
「おいおい、俺たりは君のことを心配していってるんだぜ」
「すみません、シンクロしてたから、つい」
陸地まで運んでもらうと眼が転がり落ちてしまいそうなほどに目を見開き涙を溜めるクロバットが居た。お目付け役にここまでするトレーナーは中々いないと思う。大丈夫だと伝えようとして一人で歩こうとしたら全然力が入らず倒れそうになったところを支えてもらった。優しい君は直ぐ近寄ってくれたから重しをぶら下げてるような腕を持ち上げてクロバットの頭を撫でれば、心なしか笑ってくれたような気がする。
「さて、言いたいことは山ほどあるがとりあえず、服を着なさい」
岩陰に脱ぎ捨てられた私服を目に留めた私は正直疲労困憊だったけれど、背を向けた彼にも悪くて重い体を叱責して水気をタオルで拭きながらいそいそと服を着た。
ちらりと彼を見やればこっちに背を向けたまま。それにしてもあのマント、何か載ってると思ったけど色んな柄があるな、なんだろう。
*
山の影に太陽が沈み黄色に空が移ろい夜を待つばかりの黄昏時、夕方に返るという約束は結局のところ口約束でしかなく、戻ったらソニアにどやされることは間違いない。
だが私も言い訳しよう、何故か帰ることを許さずここで説教を受けていたのだと。人の心はあるようでリザードンが傍らに佇み温めてくれているのは救いであったが、リザードンの尻尾が私の背後に回るようにしているのは主人の意をくんで退路を断っているように思えてしまう。
「あの」
「お、終わったか。じゃあ、そこに座ってくれ」
「え」
服を着終えた私が一声かけると、彼はすぐさま私に座るよう言い、お互い地べたに腰を下ろしたかと思えばそこから小言が止まらなかった。さっきも言われたけれど何度も念押しされてるけれど無茶をしていい体じゃないのに何をしているんだとか色々。
私も理由を話そうとしたけれどその点は既に聞いていたらしく、だからこそ無理ない範囲で出来ないなら人を頼れと、何かあってからでは遅いのだからと。
保護者のように捲し立てられてぐうの音も出なかった私は「はい」と「おっしゃる通りです」「すみません」を繰り返した。
一連のことを的確に指摘した彼は一息ついて、かぶっていた帽子を目元が隠れるくらいまで下した。
「君が反省していることは伝わるからこれ以上は言わないが、君のことを心配する人もいるんだ。それに折角治ったのにまた怪我をしては、これからの旅に支障がでてしまうだろう」
「はい、すみません…」
「…とにかく、無事でよかったが、もうああいう格好をするのもやめなさい」
「…どうせへるもんじゃ……なんでもないです、ごめんなさい、気を付けます」
「よろしい」
水中を探すため、背に腹は代えられないから下着のほかは脱いで潜っていたが、それもまずかったらしい。濡れたそれは軽く透けてるし、まあ、そういうことなんだろうけど。だって水着ないし。これ以上言い訳を考えてたら心の内まで見透かされそうな目を向けられたから素直に謝った。彼もそれで妥協してくれたらしい、一拍おいて脱いだ帽子をかぶり直していた。気まずい時間が流れ、川のせせらぎしか聞こえない森の中、何か話そうと思って私は後回しにしてしまったがこうなる経緯を話す。
「ここに来た時に持ってきた荷物を落としてて、ずっと森の中を探してたんです。
だけど見つからないから川にあるかなと思って、それで運よく沼の底にあった探し物を見つけたんですけど、取る際中に此処を縄張りにしているポケモンを怒らせてしまって…」
「あぁ、ここのナマズンは少し気性が荒いからな…」
「あれ、知ってるんですか」
「ん、そうだな」
さっきまでの激動が嘘のように軽く波うつ沼に彼は視線を移し、私も何となく見やる。
「この辺りは争いごとも少ないから進化を迎えるポケモンたちが少ない様なんだ、俺もあのナマズンには何度か会っているが比較的身体も大きいしあちこち細かな傷をつくっているからきっとここの主なんだろうと思ってね」
「確かに、ここに住むポケモン達少し小ぶりでした!ナマズンは確かに…うん、大きい」
「だろう?まぁ、誰しもお気に入りを取られるのは嫌だがその青いカバンは君の大切なものなんだよな。それならしょうがないことだ」
「でも、ナマズンが持っててくれたから下流にまで探さずに済んだので今度お礼します!」
「そうだな、それならあいつも機嫌を直してくれるぜ。
さて、日が落ちる前に君のことをマグノリア博士のところまで送ろう。流石に危ないからこいつに乗ってくれ」
私は頷いて一緒に説教を受けてくれていたクロバットの頭を撫でてボールに戻すと両脇に手を指しこまれて持ち上げられた私はリザードンの背にまたがっていた。飛んでいると冷えるからと彼が来てるマントを渡されたけれど、私の身に余る大きさですっぽり埋もれてしまったから後ろにまたがった彼に文句を言って亀の如く顔を出した。
思った以上に重い、だけど、すごくあたたかい。
リザードンが飛び立つ、行くまで時間をかけた森の深部からどんどん離れていく中私はタイミングを逃していて聞けていなかったことを尋ねる。
「前、どこかで会いましたよね?」
「うん、こもれびばやし付近でね……あの時は、俺の不注意で君を危険な目に合わせてしまってすまなかった」
「気に止まないでください、あれは私の勉強不足が問題でしたし……マグノリアさんやソニアさん達に助けてもらってみての通り泳げるまで回復したので!」
「そうか!それはいいことだ……だけど、キミは病み上がりだって話だったのに博士の家を訪ねてもいないから探しに来てみれば…ほんと無茶をするんだな」
さっきしこたま起こったからかここでは困ったように彼は笑う。
「本当は君が目を覚ました時にすぐ様子を見にいきたかったんだが、何分仕事も溜まっていてね……弟との約束も遅れてしまった」
「…弟」
目を覚ました翌日、マグノリア博士とソニア以外の人が訪ねてきた。逆立った小紫の髪、ぱっちり開いた朝日のような双眼は私の姿を捉えると安堵しながら慌ただしく駆け寄ってきてくれた。見たことある目だなと思いながらもちゃんとお礼を伝えてお互い自己紹介。彼は此処、ブラッシータウンの隣町に位置するハロンタウンに住むホップ。彼が私を森から病院まで運んでくれたようで、当時の状況を色々と教えてくれたのだ。しかし信じがたいな、伝説のポケモンが私のことを助けてくれてたなんて。でもそうでなければ死んでいたかもしれないんだよな。
ん?それだとあの夢は?ホップにみせてもらった伝説のポケモンの姿が載った伝記を見ると狼のような大型犬のようないでたち。私が水中で見た姿はもっと一回り小さくて覚えている記憶ではふわふわとしていた。
「ねえホップ、ガラルに伝わる伝説のポケモンって…ウールーみたいにもこもこって感じじゃないけど…、こう、ふわふわってしてる?」
ホップの隣でころりと横になり眠るウールーに目をやりながら話してみれば彼は考えるように顎に手を当てて呻った。
「うーん、俺が見た限りじゃシュッとしたイメージだったぞ。この本よりも優しい顔をしてて、なんていうかな、パルスワンよりは毛が長いけれど」
「パルスワン?」
「えっと、図鑑も持ってきたんだ……あ、これ。ソニアがワンパチを連れてるだろ?その進化系なんだぞ」
「え、あの丸っこいのがこんなスタイリッシュになるの?可愛さマックスじゃん」
「だよな~、ポケモンの進化って俺らが思いつくのと違うときがあるから面白いぞ!」
だけどそんなこと聞いてどうしたんだ、と尋ねてくるホップに私は正直に夢のことを話してみた。ホップが見せてくれる姿と私が夢の中で溺れている時に見た姿が異なって見えたこと。妙にざわつく胸に知らないふりをしていたけれど、色々掘り起こしていたホップは思いあたることがなかったようでごめんと肩を落として謝ったから気にしないでと返した。
「勿論伝説のポケモンたちが助けてくれたってことは理解してるんだけど、多分、彼らの前に私を助けようとしてくれたこがいると思うんだ。なんだか分かんないけどずっと呼んでくれていた気がして…だから私は起きることも出来たのかもしれないし。その子も含めてちゃんとお礼がしたいの」
「イズってすごく優しいんだな。だからきっとザシアンとザマゼンタが助けてくれたんだ」
「……」
優しい?私が?
違う、違うよホップ。私は人で、ポケモンたちの力を借りないと何もできない。
偽善で突っ込んで、逃れようとしている背徳者。
「私は、ちゃんと話せるうちにやれることをやりたいだけだよ」
「ん?そうか」
分かったのか分からなかったのか曖昧な返事をしたホップだったけれど、何かを思い出したようにそういえば、と切り出したから何事かと思ったけれど調度部屋にソニアが入ってきてホップにそろそろ帰るように伝えた。
ホップは用事も残している中会いに来てくれたみたいでその日は帰ると言って早々に部屋を出てってしまった。彼が思いだしたことは聞かずじまいだったけれどまた今度聞けばいいだろう。
「どうかしたのか?」
「あ、すみません、ぼーっとしてました」
「体は疲れてるだろうから、今日はしっかり休むんだぞ」
物思いに耽っていた私を心配して声を掛けてくれた彼は、面と向かってみれば体格はいいし背も高い。まるで王を彷彿とさせるマントが品格を生んでいて、どこか遠い存在に思えてしまう。
森を発ってからそれほど時間をかけず辿り着いたマグノリア博士の家、私はお世話になっている家。ドアベルを鳴らし家主が出てくるまで態々リザードンから降ろしてくれた彼はそのまま待ってくれるみたいだ。
「今日は、ありがとうございました」
「礼には及ばないぜ、君のクロバットが森の上空で飛んでるのが見えたからそれを目印に来たんだ。キミの相棒を褒めてやってくれ」
「…そうします、でもあなたに助けていただいたのも事実なので。あ、これ、お返ししますね」
道中ずっと被るようにして掛けていたマントを彼に返し、そういえばいまだに彼の名前を知らないことに気づいた。
「私、シンオウ出身のイズって言います」
「あ、自己紹介もしていなかったな……俺はダンデ、よろしくな」
差し出された手を握ると調度ドアが空きソニアが出てくる。
「あ!やっと帰ってきた!って、イズまた濡れてるじゃない!」
「雨に濡れて…」
「イズ、また怒られたいのか…懲りないな。
彼女の探し物が川底にあって潜って取って来たそうだ。温めてきたつもりだが病み上がりだし早めに休ませてあげてくれ」
「ダンデ君に見に行ってもらって正解だったわ、ありがとう。責任をもってお預かりします。
ほら、イズ、早くお風呂入りなさい。それじゃあね、ダンデ君!」
ソニアさんに回れ右をさせられた私は家の中へ連れていかれる。私もさよなら言わないと。
肩は固定されているから首をできるだけ回して玄関先にいるダンデさんに声を掛けた。
「ダンデさん———」
「イズ!明日迎えに行くぜ」
何を言ってるんだと思えば、ダンデさんの隣にリザードンが並びその顔つきはどちらも引き締まり捕食者のように私の視線をぬい留めた。
「ポケモンバトルをしよう」
「何故??」
「俺がキミたちと戦ってみたいと思ったからだ」
整った顔立ちなのにまるで少年のように笑い、彼はリザードンに飛び乗ると早々に去ってしまう。追おうにもソニアさんに風呂へ連行されるし、玄関は閉まるし、どうやら私に否定する権利はないらしい。
そしてその後、私の行動はダンデさんからソニアを伝いマグノリアさんにばれて、長い説教と研究の手伝いをさせられることを、この時はまだ知らなかった。
▼憂鬱な明日、踊る心音