短編
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新世界を生み出す!
そんな大層なことをあちこちで言いふらしていた不思議な集団、旅に出立ての頃は何を言っているのだろうと物事の本質を理解すことが出来なかった。
ミオシティの図書館には小さい頃から親に連れて行ってもらい、シンオウ地方にまつわる神話や御伽噺を何度も読み返したものだけれど、赤いギャラドスを探す探検番組にならって最東端にあるシンジ
湖へ何度脚を運んでも色違いのギャラドス、本に記された幻のポケモンには会えはしない。
伝承は実態を持たず時代で移ろいゆくものだと信憑性を疑い続ける中、決して捏造ではなく姿を見れないのだから幻という括りになるのだと、あの日から思い知った。
ポケモン勝負を仕掛けるトレーナーは、みんな輝いて見えて勝っても負けても楽しそうにしている。私もテレビでしか見たことないカッコいいチャンピオンの姿に憧れてポケモントレーナーになることを夢見た。
当然勝つことよりも負けてばかりな時期は多かったし、やるせない思いがあったけれど負けがあるから対策を練ったり違う視点から考えたりすることが出来る。成長の過程に数えられるそれは悔しくも無駄ではないと思っていた。
だけど、あの日を境に私のその考えは甘えだったのだと、何も見えていないのだと思い知らされた。
異常な存在だった、度々街で見かけては懲りずに何か問題を起こしている集団をポケモン勝負で懲らしめているところに彼は突如赴いてきた。
逆立った髪に深堀の目の下はくまが刻まれ、危ない予感がしたけれど絆が深まったポケモンたちとなら何でもできる、機械じみた問いかけに苛立ってバトルを受けてたち、破れ、奪われた。
何日と時間をかけて、皆のレベルを上げて本拠地のビルの地下に潜り込んだ先にいたのは
あの時勝てていれば
つけ上がっていなければ
私が、皆の力を引き出せたなら
もっと、強かったら
見たことないポケモンたちがぐったりとしながらも私の傍に寄ってくれる。
だけど、目の前で目を閉じる君のことしか見れなくて、誰かに声を掛けられても子供でしかなかった私は泣き叫んでいることしか出来なかった。
*
歪な色を放つ鎖が宙を舞い、猛々しい咆哮が二重になって空気までをも震わせる。
暗雲が立ち込める柱の先は今にも稲光が落ちてきそうなほど不穏で、酷く胸がざわついた。
紙面でしか見たことのない聞いたことのない姿が今そこにある。
だけど、それをも凌駕する激しい怒りがその場を支配し、一点に落ちた影が大きく渦を描いて広がっていった。膨らんでいく影は妖しく灯す光で男を凝視していて、影から伸びる手が怒号をあげながら彼を飲み込もうとして、私の足は自然と踏み出していて得体の知れない渦の中に…。
*
目の前に伸びている影法師、手を上げ足を振ればその度に黒い形は変わっていく。
不思議なものだ、太陽もないのにどこからか光は差していて私の足元にはちゃんと影があるのだから。
「不完全、ね。でも完全、完璧だったらその世界はちょっとつまらなさそうだよね。
私のこと不完全で醜いっていったくせに、最後は少しだけ認めてくれたし」
そんなわけないかと一人ケラケラ笑う私は重力に逆らってまるで蝙蝠が洞窟でぶら下がっているようにしてその場に座っていた。この世界が空間が歪んでいて元居た世界の重力の働き方が違うらしい。真っ直ぐ歩いていてもいつの間にか逆さまに歩いていることはざらで、かといって頭に血が昇るわけではないのだから全く不思議な世界だ。
何処からともなく風を切る音がして、ふと上を向いてみれば静かにこちらを見つめる巨大な影があった。その異様な姿にはどこか畏怖の念を抱いてしまうけれど、やはりあの二匹同様浮世離れした神々しさに惹かれてしまって出会った当初に抱いた恐怖は今ではどこにもない。
「あ、来てくれたんだね」
彼、と言っていいのか分からないけれど、取り合えず彼と呼ぶことにしよう。———雄雌の区別はあるんだろうか?
そんな彼はちっぽけな人間なんて特に気にもしないのだろう、反対側の世界にはごまんと人やポケモンが澄んでいるけれど彼からしたらどれも同じに感じるに違いない。ふっと姿を消してしまいそうだった彼の背中へ咄嗟にいつもの言葉を向ける。
「今日も入れてくれてありがとうね」
何処からか彼の返事がしたが遠のいていく様子からきっとパトロールにでも向かうんだろうと思って、元の世界からは考えられない異常が日常と化してしまった私はまたその場に座り込んだ。
父の姿に憧れて10歳の誕生日に故郷を旅立ちポケモントレーナーとして各地を巡った。その道中、シンオウ地方を拠点とするギンガ団が色々騒ぎを起こして、挙句神々を怒らせた。
そして私はその神様にどうも受け入れてもらえたらしい、怪我無く返ったその後最後のジムにも挑んで無事集めきった8つのバッジを手に突き進んだシンオウ地方のポケモンリーグではあと一歩というところでチャンピオンに敗れてしまった。
ギンガ団の首領は怒りや悲しみという負の感情に対して激しい嫌悪感を抱いていたけれど、そういう気持ちがあるから私は今を楽しく生きている。感情を除いた世界というのは想像できないけれど、もし無くなってしまったらこの悔しさも今までの感動もなかったことになってしまうのだから良しとはしたくない。
一時期怒り狂っていた時期はあったけれどそれが虚しいだけだということに長い時間をかけて気づけたのも人間として成長するきっかけになったんじゃないかと空っぽの頭で肯定してみる。
「あ。おかえり。どこか悪いところはあった?」
いつのまにか音もなく背後に迫っていた彼に私が訪ねてみるとふいっと視線を逸らされた。それが果たしてなにも無かったのかそうでないのかいまだに私は判別できずにいる。人は話す相手に頷いたり返事をするものだ。表情に気持ちが出にくい彼をじっと見続ける今日、私は何も成長できていない。
「喋ってくれるようにはなったけどな———」
やるせなくなって無防備にその場に寝っ転がった、空間のゆがみでまるで天井に張りついているような気分だが目の前に地面があっても気にしない。気にし続けたら気がまいってしまうだろう。仰向けになると改めて此処は現実とは異なる。人は住んでいないのに小屋や橋があちこちに浮遊している、朝にも夜にも来たことはあるけれどいつみても夜明け前の空みたいな群青、天地には厚い雲が広がっていてどこまで続いているのか予想もつかない。
「ここにずっと一人なんでしょ…それは寂しいよねえ」
そんなことを言っていると何か感づいたのかギラティナが近寄ってきたのでなんでもないよと繕ったけれど、じっとこちらを見てくるので隠し事はだめらしい。
「あはは、ごめんね、悪いことじゃないんだ。
ディアルガも、パルキアも、きっと私達には想像できないところに住んでいるんだろうけれど、あなたは私たちが住む世界の裏側にいるわけでしょ?私にとって当たり前の人の声、ポケモンの姿が此処じゃ見れない。
寂しくないのかなぁって思ったんだ」
重力が可笑しいからと言って空気がないわけはない、だけど所々漂う黒い靄は毒素があるらしく一時吸ってしまいそうになった時はギラティナが振り払ってくれて事なきをえたこともある。詳しくは分からないけれど、シンオウ地方のチャンピオンで考古学を研究するシロナさんに聞いてみたら、現実世界で起きたひずみがこの世界に害として生じるらしい。その悪性の雲だったり。
「——キャアッ!?」
こうして突然爆発が起きることも少なくはなく、足場が大きく揺れてぐらついた体は其の度に地面から離れ何もない空間に落ちていく。終わりが見えない先に真っ逆さま、だけど体は揺蕩いながら下へ向かっていく感覚だけは未だに慣れない。そしてこの中を自由気ままに動き回れる主にも。
「…助かったよ、迷惑かけてごめんね」
案の定私は先に下へまわり待っていてくれた彼の頭上に着地する、そのまま私を降ろさず原因となる場所に向かうようだ。分裂させた翼のようなものをくねらせながら一つの柱に辿り着き、彼が螺旋のように周囲を回ると見る間に砕けたそれは他と同様元の形に修復されていく。
今日は大分大きな揺れだったから一つに留まらなかったらしい、その後も周囲を散策しながら日々の入る柱をどんどん直していく。それを見ると、この世界で現実世界を支えることが彼にとっての使命なのかと考えてしまう。
彼の感情をここ暫く見ていても読み取れない阿呆だけれど、こうして歪みを直しに行く度何となく怒っているんだろうと察することは出来るし、元に戻った姿を見てはどこか満足そうだし。此処にいることをいやとはしていないのだろうなと。
だからあの時、握り締めたボールを彼に投げることは無かった。
「ねえねえ、ちょっと聞いてほしいんだけどさ」
相変わらず当てもなくどこぞへ飛んでいく彼の頭に寝そべりながら軽く小突いてみる。
体大きいし、意外と安定感のある頭。
「私さ、シンオウを出てみようと思うんだ」
特に反応なし。長い尻尾もいい感じに舵をとっている。
何気ない会話、いつも通りの対応、それが何となく嬉しくて思わず神に相応する彼の頭を撫でてしまった。
「最近ギンガ団の残党がまた悪さをしてたんだけど、ハンサムさんっていう国際警察の人があっという間に捕まえてくれたんさ!見事な隠れ蓑だったよ、いや、隠れ岩というべきか?相棒のグレッグルとの連携も見事でさ~所属の名はだてじゃないね~、もしかしてみてた?」
問いかけてみたが彼は上目にこちらを見やるだけでうんともすんとも言わない。
きっと私が最初に出した話題と何の関連があるんだという顔なのだろうか。あれ、私少しずつ君のこと分かってきてる?なんてね。
「アカギさんがどこかに行っちゃった後もギンガ団が動いているのは知ってたからさ、なんとなく離れがたかったんだよね。また、皆が苦しい思いをしているのはみたくなかったし…でも、ハンサムさんの御蔭でそれも終わった。
いや、もしかしたらまだ悪事を働こうっていう人もいるかもしれないよ?けど、私がここに留まり続ける理由は無くなったかなって」
むくりと体を起こし、鞄にしまってあった一つの冊子を取り出して彼に見えるように見開きのページの端を持って彼の眼もとに寄せる。そこには自然の中に囲まれた伝統ある木造の塔が大々的に映され様々な説明文とインタビューに繋げる端書が載っていた。
「カントー地方、151匹のポケモンの第1発見者であるオーキド博士がいて、命の根源っていわれる幻のポケモンミュウの情報が特に多いところなの。シンオウにも世界の創始者といわれる神様がいるらしいけどね。まあアナタみたいに凄いポケモンがいるんだもの、居てもおかしくはないよね~会ってみたいなぁ、図鑑がドンドン埋まるよ」
旅の記録でもあるポケモン図鑑が今やほとんどうまり、伝説級のポケモンさえも乗っている。ちゃんとタイプや身丈体重まで、皆素直に協力してくれたおかげだ。いけるかなと思って人間の体重計に片足乗せただけで壊れるし陸上とかで使うメジャーを数籠ってきても足りなくて二度手間となってしまったのは本当に申し訳なかった。なめてた。
「私もちょっとは大きくなったし、遠くに行ってみようと思うんだ。強さに固執したってシロナさんに勝てた試しもないし、ちょっと自分磨きと言うか、探しみたいな…。
もっとポケモンたちと仲良くなって強くなりたいのはポケモントレーナーとしての性だけど、一番はさっき言ったミュウとか見たことないポケモンに会いたい、知らない文化を学んで沢山のものを目に焼き付けたい。私のお父さんが、そういう人らしいからさ」
おくりの泉の傍にある一つの洞穴の先は大きな空洞が出来上がっておりまるで迷路のような構造となっている。あちこちにアンノーン文字が散らばっていて全く理解が出来なかったけど、何度も迷子になるうちに暗号であることに気づいて何とか最深部に辿り着いた時、彼は態々この世界に通る入り口を作ってくれたのだ。近くを通った時、ふと思い出した時、気分が落ち込んだ時私の勝手な事情で度々残し続けている歪みに潜り込んで此処、反転世界へ遊びに来ていた。だけど、それも今日で一度終わり。
「だからさ、ここには当分来れなくなる、まあ、私うるさかっただろうし、あなたにとってはいいでしょ。いつも勝手に押しかけられてるようなもんだし」
自虐になってしまって少しばかりブーメランを受けたけれど、彼の塩対応から大して歓迎されてないのは確かだし、私を乗っけたまま仕事を済ませ出入り口まで送ってくれたのはさっさと行けということだろう。ハイハイ言う通りにしますよ。
私は頭上から滑るようにして地上に降り立つと彼にバイバイと言って通路に体を入れかけた時だった。
体が一気に後方に引っ張られ抵抗する間もなく尻もちをついてしまった、現実世界の出入り口付近はどうやら元の世界の重力に近づくらしく地面にしたたか打った自分の尻をさすりながら腰を上げる。痛すぎる、これ絶対骨に入った、此処で後ろに引く奴なんかひとりしかいないだろう。
「ちょっと、何して」
コツリ、と割れ物に触れる様な優しい加減で彼の口元が私の開けたおでこを小突く。先はそれなりに尖っているから多少の痛みが伴っていたけれどどこか優しい顔をした彼を見て、私は何気なく自分の手をでこに添えた。熱なんてないのに、触ったら金属みたいに硬くてひんやり冷たかったのに、掌が当たる部分は何科の温もりが残っている。
「え、えへへ」
意外と私、ゆるしてもらえてたのかな。
勘違いじゃなければ、彼からアクションを起こしてくれたのだ。
例え言葉を理解できなくても行動の由来を知れなくても、今見れたものがあれば十分だった。
「…ん、なに…あ、そう、これ食べたかったのね。いや、いつものことだもの、なんでこの日に限って忘れてたんだか。ちょっと待ってね」
だけど、そんなことなかったみたい。彼はその後私の背後を見つめ振り返った私の背中軽く突いてくるものだから何用かと思ったけれどいつもやっていることを忘れていた。
こうして反転世界に行くようになってからタダで行くのも申し訳なくって、母にならったポフィンをつくって持っていくようにしていたのだ。彼はどうやら辛いのや渋いのは好まないらしく好みを当てるまで多少の時間がかかった。
「これ渡すのも最後だからいっぱい作って来たんだよ、モモンの実をふんだんに使ったポフィン。ほんと初見おっかない姿してるくせに、現実世界を支える存在って祀られてるのに、反転世界の主は甘いのが好きってギャップだよね」
鞄にしまっていた包みを取り出してほどけば、そこにはたんまり入った桃色のポフィン、それを見た彼は見るからにウキウキとしていてこの時ばかりは彼は喜んでいると説明できる。
「これ、此処においてくからさ好きな時に食べなよ。あ、でも早いうちに食べきらないとだめよ、味が落ちちゃうから」
善は急げ、あいさつ回りもこれで終盤だ。
母が記憶にない祖母から貰ったという抹茶色に幾つもの渦が刺繍された包みをその場に広げ彼が食べやすいようにした。
重さを感じない鞄を持ち直して私は再度出口へ向かう、今度こそさよならだ。
「それじゃあギラティナ、またね。いってきます」
*
ようやく去ったと思いきや再び舞い戻ってきて何を言うのかと思えば少女は忘れていたと言った様子で早口で言葉を残す。
「食べ終わったらその風呂敷取っておいてね!それなくしたら怒るから、もうポフィン持ってこないから!」
それだけ言い放って早々に現実世界へと帰っていった。反転世界にある柱の一部は現実世界を覗く鏡ともなっており、少女が確かに洞窟を抜け立去ったのを見届けてギラティナは自身と彼女を繋ぐ通り道を閉ざす。
かくれいずみの道を経由して辿り着くもどりのどうくつ。
はいってすぐにそびえる柱に刻まれた文字に従い深部に向かえば新たな石板が此処のある意味を示す。
『いのち かがやくもの いのち うしなった もの
ふたつの せかいが まじる ばしょ』
現世とあの世の狭間であることを、少女は知る。
「お願いがあるんだ。私、大嫌いな奴らに大切な友達と離れ離れにされたの、ちゃんと謝ったりお礼も言えないままわかれることになっちゃって。
ねえギラティナ、もし、もしさ、会うことが出来たなら。
…もう一度———なんて、ギラティナは天国と地獄の門番ではないもんね」
今にも泣きそうな顔をしながら一滴も涙を見せない頑固者は遂にこの地方の外へ旅立っっていく。
その背を見届けたギラティナは器用に地面に置かれたポフィンを幾らか口に含んだが、大量に残されたポフィンはいつもよりどこか甘みが薄かった。
臆せず飛び込んだお前を
いつも笑いかけてくれるお前を
此処で、待っている
どうか、その小さな体にかかる重荷をいつか降ろせる時が来ることを願って。
出立を迎え▼
そんな大層なことをあちこちで言いふらしていた不思議な集団、旅に出立ての頃は何を言っているのだろうと物事の本質を理解すことが出来なかった。
ミオシティの図書館には小さい頃から親に連れて行ってもらい、シンオウ地方にまつわる神話や御伽噺を何度も読み返したものだけれど、赤いギャラドスを探す探検番組にならって最東端にあるシンジ
湖へ何度脚を運んでも色違いのギャラドス、本に記された幻のポケモンには会えはしない。
伝承は実態を持たず時代で移ろいゆくものだと信憑性を疑い続ける中、決して捏造ではなく姿を見れないのだから幻という括りになるのだと、あの日から思い知った。
ポケモン勝負を仕掛けるトレーナーは、みんな輝いて見えて勝っても負けても楽しそうにしている。私もテレビでしか見たことないカッコいいチャンピオンの姿に憧れてポケモントレーナーになることを夢見た。
当然勝つことよりも負けてばかりな時期は多かったし、やるせない思いがあったけれど負けがあるから対策を練ったり違う視点から考えたりすることが出来る。成長の過程に数えられるそれは悔しくも無駄ではないと思っていた。
だけど、あの日を境に私のその考えは甘えだったのだと、何も見えていないのだと思い知らされた。
異常な存在だった、度々街で見かけては懲りずに何か問題を起こしている集団をポケモン勝負で懲らしめているところに彼は突如赴いてきた。
逆立った髪に深堀の目の下はくまが刻まれ、危ない予感がしたけれど絆が深まったポケモンたちとなら何でもできる、機械じみた問いかけに苛立ってバトルを受けてたち、破れ、奪われた。
何日と時間をかけて、皆のレベルを上げて本拠地のビルの地下に潜り込んだ先にいたのは
あの時勝てていれば
つけ上がっていなければ
私が、皆の力を引き出せたなら
もっと、強かったら
見たことないポケモンたちがぐったりとしながらも私の傍に寄ってくれる。
だけど、目の前で目を閉じる君のことしか見れなくて、誰かに声を掛けられても子供でしかなかった私は泣き叫んでいることしか出来なかった。
*
歪な色を放つ鎖が宙を舞い、猛々しい咆哮が二重になって空気までをも震わせる。
暗雲が立ち込める柱の先は今にも稲光が落ちてきそうなほど不穏で、酷く胸がざわついた。
紙面でしか見たことのない聞いたことのない姿が今そこにある。
だけど、それをも凌駕する激しい怒りがその場を支配し、一点に落ちた影が大きく渦を描いて広がっていった。膨らんでいく影は妖しく灯す光で男を凝視していて、影から伸びる手が怒号をあげながら彼を飲み込もうとして、私の足は自然と踏み出していて得体の知れない渦の中に…。
*
目の前に伸びている影法師、手を上げ足を振ればその度に黒い形は変わっていく。
不思議なものだ、太陽もないのにどこからか光は差していて私の足元にはちゃんと影があるのだから。
「不完全、ね。でも完全、完璧だったらその世界はちょっとつまらなさそうだよね。
私のこと不完全で醜いっていったくせに、最後は少しだけ認めてくれたし」
そんなわけないかと一人ケラケラ笑う私は重力に逆らってまるで蝙蝠が洞窟でぶら下がっているようにしてその場に座っていた。この世界が空間が歪んでいて元居た世界の重力の働き方が違うらしい。真っ直ぐ歩いていてもいつの間にか逆さまに歩いていることはざらで、かといって頭に血が昇るわけではないのだから全く不思議な世界だ。
何処からともなく風を切る音がして、ふと上を向いてみれば静かにこちらを見つめる巨大な影があった。その異様な姿にはどこか畏怖の念を抱いてしまうけれど、やはりあの二匹同様浮世離れした神々しさに惹かれてしまって出会った当初に抱いた恐怖は今ではどこにもない。
「あ、来てくれたんだね」
彼、と言っていいのか分からないけれど、取り合えず彼と呼ぶことにしよう。———雄雌の区別はあるんだろうか?
そんな彼はちっぽけな人間なんて特に気にもしないのだろう、反対側の世界にはごまんと人やポケモンが澄んでいるけれど彼からしたらどれも同じに感じるに違いない。ふっと姿を消してしまいそうだった彼の背中へ咄嗟にいつもの言葉を向ける。
「今日も入れてくれてありがとうね」
何処からか彼の返事がしたが遠のいていく様子からきっとパトロールにでも向かうんだろうと思って、元の世界からは考えられない異常が日常と化してしまった私はまたその場に座り込んだ。
父の姿に憧れて10歳の誕生日に故郷を旅立ちポケモントレーナーとして各地を巡った。その道中、シンオウ地方を拠点とするギンガ団が色々騒ぎを起こして、挙句神々を怒らせた。
そして私はその神様にどうも受け入れてもらえたらしい、怪我無く返ったその後最後のジムにも挑んで無事集めきった8つのバッジを手に突き進んだシンオウ地方のポケモンリーグではあと一歩というところでチャンピオンに敗れてしまった。
ギンガ団の首領は怒りや悲しみという負の感情に対して激しい嫌悪感を抱いていたけれど、そういう気持ちがあるから私は今を楽しく生きている。感情を除いた世界というのは想像できないけれど、もし無くなってしまったらこの悔しさも今までの感動もなかったことになってしまうのだから良しとはしたくない。
一時期怒り狂っていた時期はあったけれどそれが虚しいだけだということに長い時間をかけて気づけたのも人間として成長するきっかけになったんじゃないかと空っぽの頭で肯定してみる。
「あ。おかえり。どこか悪いところはあった?」
いつのまにか音もなく背後に迫っていた彼に私が訪ねてみるとふいっと視線を逸らされた。それが果たしてなにも無かったのかそうでないのかいまだに私は判別できずにいる。人は話す相手に頷いたり返事をするものだ。表情に気持ちが出にくい彼をじっと見続ける今日、私は何も成長できていない。
「喋ってくれるようにはなったけどな———」
やるせなくなって無防備にその場に寝っ転がった、空間のゆがみでまるで天井に張りついているような気分だが目の前に地面があっても気にしない。気にし続けたら気がまいってしまうだろう。仰向けになると改めて此処は現実とは異なる。人は住んでいないのに小屋や橋があちこちに浮遊している、朝にも夜にも来たことはあるけれどいつみても夜明け前の空みたいな群青、天地には厚い雲が広がっていてどこまで続いているのか予想もつかない。
「ここにずっと一人なんでしょ…それは寂しいよねえ」
そんなことを言っていると何か感づいたのかギラティナが近寄ってきたのでなんでもないよと繕ったけれど、じっとこちらを見てくるので隠し事はだめらしい。
「あはは、ごめんね、悪いことじゃないんだ。
ディアルガも、パルキアも、きっと私達には想像できないところに住んでいるんだろうけれど、あなたは私たちが住む世界の裏側にいるわけでしょ?私にとって当たり前の人の声、ポケモンの姿が此処じゃ見れない。
寂しくないのかなぁって思ったんだ」
重力が可笑しいからと言って空気がないわけはない、だけど所々漂う黒い靄は毒素があるらしく一時吸ってしまいそうになった時はギラティナが振り払ってくれて事なきをえたこともある。詳しくは分からないけれど、シンオウ地方のチャンピオンで考古学を研究するシロナさんに聞いてみたら、現実世界で起きたひずみがこの世界に害として生じるらしい。その悪性の雲だったり。
「——キャアッ!?」
こうして突然爆発が起きることも少なくはなく、足場が大きく揺れてぐらついた体は其の度に地面から離れ何もない空間に落ちていく。終わりが見えない先に真っ逆さま、だけど体は揺蕩いながら下へ向かっていく感覚だけは未だに慣れない。そしてこの中を自由気ままに動き回れる主にも。
「…助かったよ、迷惑かけてごめんね」
案の定私は先に下へまわり待っていてくれた彼の頭上に着地する、そのまま私を降ろさず原因となる場所に向かうようだ。分裂させた翼のようなものをくねらせながら一つの柱に辿り着き、彼が螺旋のように周囲を回ると見る間に砕けたそれは他と同様元の形に修復されていく。
今日は大分大きな揺れだったから一つに留まらなかったらしい、その後も周囲を散策しながら日々の入る柱をどんどん直していく。それを見ると、この世界で現実世界を支えることが彼にとっての使命なのかと考えてしまう。
彼の感情をここ暫く見ていても読み取れない阿呆だけれど、こうして歪みを直しに行く度何となく怒っているんだろうと察することは出来るし、元に戻った姿を見てはどこか満足そうだし。此処にいることをいやとはしていないのだろうなと。
だからあの時、握り締めたボールを彼に投げることは無かった。
「ねえねえ、ちょっと聞いてほしいんだけどさ」
相変わらず当てもなくどこぞへ飛んでいく彼の頭に寝そべりながら軽く小突いてみる。
体大きいし、意外と安定感のある頭。
「私さ、シンオウを出てみようと思うんだ」
特に反応なし。長い尻尾もいい感じに舵をとっている。
何気ない会話、いつも通りの対応、それが何となく嬉しくて思わず神に相応する彼の頭を撫でてしまった。
「最近ギンガ団の残党がまた悪さをしてたんだけど、ハンサムさんっていう国際警察の人があっという間に捕まえてくれたんさ!見事な隠れ蓑だったよ、いや、隠れ岩というべきか?相棒のグレッグルとの連携も見事でさ~所属の名はだてじゃないね~、もしかしてみてた?」
問いかけてみたが彼は上目にこちらを見やるだけでうんともすんとも言わない。
きっと私が最初に出した話題と何の関連があるんだという顔なのだろうか。あれ、私少しずつ君のこと分かってきてる?なんてね。
「アカギさんがどこかに行っちゃった後もギンガ団が動いているのは知ってたからさ、なんとなく離れがたかったんだよね。また、皆が苦しい思いをしているのはみたくなかったし…でも、ハンサムさんの御蔭でそれも終わった。
いや、もしかしたらまだ悪事を働こうっていう人もいるかもしれないよ?けど、私がここに留まり続ける理由は無くなったかなって」
むくりと体を起こし、鞄にしまってあった一つの冊子を取り出して彼に見えるように見開きのページの端を持って彼の眼もとに寄せる。そこには自然の中に囲まれた伝統ある木造の塔が大々的に映され様々な説明文とインタビューに繋げる端書が載っていた。
「カントー地方、151匹のポケモンの第1発見者であるオーキド博士がいて、命の根源っていわれる幻のポケモンミュウの情報が特に多いところなの。シンオウにも世界の創始者といわれる神様がいるらしいけどね。まあアナタみたいに凄いポケモンがいるんだもの、居てもおかしくはないよね~会ってみたいなぁ、図鑑がドンドン埋まるよ」
旅の記録でもあるポケモン図鑑が今やほとんどうまり、伝説級のポケモンさえも乗っている。ちゃんとタイプや身丈体重まで、皆素直に協力してくれたおかげだ。いけるかなと思って人間の体重計に片足乗せただけで壊れるし陸上とかで使うメジャーを数籠ってきても足りなくて二度手間となってしまったのは本当に申し訳なかった。なめてた。
「私もちょっとは大きくなったし、遠くに行ってみようと思うんだ。強さに固執したってシロナさんに勝てた試しもないし、ちょっと自分磨きと言うか、探しみたいな…。
もっとポケモンたちと仲良くなって強くなりたいのはポケモントレーナーとしての性だけど、一番はさっき言ったミュウとか見たことないポケモンに会いたい、知らない文化を学んで沢山のものを目に焼き付けたい。私のお父さんが、そういう人らしいからさ」
おくりの泉の傍にある一つの洞穴の先は大きな空洞が出来上がっておりまるで迷路のような構造となっている。あちこちにアンノーン文字が散らばっていて全く理解が出来なかったけど、何度も迷子になるうちに暗号であることに気づいて何とか最深部に辿り着いた時、彼は態々この世界に通る入り口を作ってくれたのだ。近くを通った時、ふと思い出した時、気分が落ち込んだ時私の勝手な事情で度々残し続けている歪みに潜り込んで此処、反転世界へ遊びに来ていた。だけど、それも今日で一度終わり。
「だからさ、ここには当分来れなくなる、まあ、私うるさかっただろうし、あなたにとってはいいでしょ。いつも勝手に押しかけられてるようなもんだし」
自虐になってしまって少しばかりブーメランを受けたけれど、彼の塩対応から大して歓迎されてないのは確かだし、私を乗っけたまま仕事を済ませ出入り口まで送ってくれたのはさっさと行けということだろう。ハイハイ言う通りにしますよ。
私は頭上から滑るようにして地上に降り立つと彼にバイバイと言って通路に体を入れかけた時だった。
体が一気に後方に引っ張られ抵抗する間もなく尻もちをついてしまった、現実世界の出入り口付近はどうやら元の世界の重力に近づくらしく地面にしたたか打った自分の尻をさすりながら腰を上げる。痛すぎる、これ絶対骨に入った、此処で後ろに引く奴なんかひとりしかいないだろう。
「ちょっと、何して」
コツリ、と割れ物に触れる様な優しい加減で彼の口元が私の開けたおでこを小突く。先はそれなりに尖っているから多少の痛みが伴っていたけれどどこか優しい顔をした彼を見て、私は何気なく自分の手をでこに添えた。熱なんてないのに、触ったら金属みたいに硬くてひんやり冷たかったのに、掌が当たる部分は何科の温もりが残っている。
「え、えへへ」
意外と私、ゆるしてもらえてたのかな。
勘違いじゃなければ、彼からアクションを起こしてくれたのだ。
例え言葉を理解できなくても行動の由来を知れなくても、今見れたものがあれば十分だった。
「…ん、なに…あ、そう、これ食べたかったのね。いや、いつものことだもの、なんでこの日に限って忘れてたんだか。ちょっと待ってね」
だけど、そんなことなかったみたい。彼はその後私の背後を見つめ振り返った私の背中軽く突いてくるものだから何用かと思ったけれどいつもやっていることを忘れていた。
こうして反転世界に行くようになってからタダで行くのも申し訳なくって、母にならったポフィンをつくって持っていくようにしていたのだ。彼はどうやら辛いのや渋いのは好まないらしく好みを当てるまで多少の時間がかかった。
「これ渡すのも最後だからいっぱい作って来たんだよ、モモンの実をふんだんに使ったポフィン。ほんと初見おっかない姿してるくせに、現実世界を支える存在って祀られてるのに、反転世界の主は甘いのが好きってギャップだよね」
鞄にしまっていた包みを取り出してほどけば、そこにはたんまり入った桃色のポフィン、それを見た彼は見るからにウキウキとしていてこの時ばかりは彼は喜んでいると説明できる。
「これ、此処においてくからさ好きな時に食べなよ。あ、でも早いうちに食べきらないとだめよ、味が落ちちゃうから」
善は急げ、あいさつ回りもこれで終盤だ。
母が記憶にない祖母から貰ったという抹茶色に幾つもの渦が刺繍された包みをその場に広げ彼が食べやすいようにした。
重さを感じない鞄を持ち直して私は再度出口へ向かう、今度こそさよならだ。
「それじゃあギラティナ、またね。いってきます」
*
ようやく去ったと思いきや再び舞い戻ってきて何を言うのかと思えば少女は忘れていたと言った様子で早口で言葉を残す。
「食べ終わったらその風呂敷取っておいてね!それなくしたら怒るから、もうポフィン持ってこないから!」
それだけ言い放って早々に現実世界へと帰っていった。反転世界にある柱の一部は現実世界を覗く鏡ともなっており、少女が確かに洞窟を抜け立去ったのを見届けてギラティナは自身と彼女を繋ぐ通り道を閉ざす。
かくれいずみの道を経由して辿り着くもどりのどうくつ。
はいってすぐにそびえる柱に刻まれた文字に従い深部に向かえば新たな石板が此処のある意味を示す。
『いのち かがやくもの いのち うしなった もの
ふたつの せかいが まじる ばしょ』
現世とあの世の狭間であることを、少女は知る。
「お願いがあるんだ。私、大嫌いな奴らに大切な友達と離れ離れにされたの、ちゃんと謝ったりお礼も言えないままわかれることになっちゃって。
ねえギラティナ、もし、もしさ、会うことが出来たなら。
…もう一度———なんて、ギラティナは天国と地獄の門番ではないもんね」
今にも泣きそうな顔をしながら一滴も涙を見せない頑固者は遂にこの地方の外へ旅立っっていく。
その背を見届けたギラティナは器用に地面に置かれたポフィンを幾らか口に含んだが、大量に残されたポフィンはいつもよりどこか甘みが薄かった。
臆せず飛び込んだお前を
いつも笑いかけてくれるお前を
此処で、待っている
どうか、その小さな体にかかる重荷をいつか降ろせる時が来ることを願って。
出立を迎え▼