01 行くぞガラル地方!数多の出会いと繋ぐ願い
名前ーイズー
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声が聞こえた気がした、聞き覚えのあるような、ないような。微睡んでいた意識はゆるりと浮上したが視界は真っ暗で誰もいない。此処にいるのは私だけで只の幻聴であったと主張するように。
暗闇に一人は嫌だな、寂しくなるから。誰かいるの、そう問おうとして口を開いたが喉から声がでることはなくて無音の時間が過ぎていく。全身が金縛りにあったようにピクリとも動かせない中不思議と恐怖心というものが生まれることは無く、時間と空間が歪んだ此処では心が虚ろであった。先ほどまで自身を襲っていた眠気も覚めてしまった、暇になって漆黒の世界に穴があくくらいじっと見つめてみたところで何も起きやしない。はあ、と音にならないため息をついたところでふと思い至った。
そういえば、私は一体何をしていたんだろうか。自分の体が自身のものだと思えないくらい感覚の薄れた体が揺蕩う中で、気の抜けた頭から記憶の引き出しを漁っていく中で大事なものを取り出した。
そうだ、ポケモン達と旅をしていたんだ。
「君のトモダチは不思議だね。仲良しなのは伝わってくるけれど……そうか、悲しいんだね」
まるで若葉のような髪色の人にそう言われたっけ。悲しいのは何でって問いかけたっけ、友達は人間の言葉を理解してくれるのに私はポケモンという種族の言いたいことを分かってあげられないから。何か知っているなら言ってほしいと話したのに、何も話してくれなかったんだよな、最後になんて言ってたっけ……って違うその後だ、今考えたって結局分かんなかったんだから後回し。———それから家に帰って、皆と暫く戯れていたら、母さんに呼ばれて、何を見たんだっけ。
また声がする。まるで水面に落ちた雫が波紋を広げていくように行き渡る。
あなたは誰?どこにいるの。そう呼びかけたくても喉に何かが詰まったように声が出ない。
どうして、誰かの声は届くのに、私がはなつことは出来ないの。
いつの間にか黒い靄が自身を囲い込み声から遠ざけていく。抵抗する間もなく闇がさらに深くなっていったとき、一筋の光が差し込んだ。
誰かが私の名前を呼んだ。空を裂くような叫びが空間を破り入り込んでくる。
一気に軽くなった体と共にずっと閉じていた瞼を持ち上げれば、黒い影がドンドン近づいてきてて、私のからだは。再びかすむ視界の中で、私は確かに見た。必死に水を掻き駆けあがる後ろ姿を。
*
鳥ポケモンの囀りが開けた窓から入り込んできてゆるりと視界をずらせばちょうど風が吹き込んできた、レースのカーテンがふわりと流れていく。地元の風は肌を刺すような冷気を纏っていたがこれは少しからっとしていて暖かい、仄かに緑の香りが混ざっていて自然と顔のこわばりが緩んだ。
何か夢を見ていたが殆ど覚えていない、しかしそれをきっかけに飛び起きた体はいきなり痛みを訴えてきて状態を起こしたまま蹲った。下唇を噛みしめ痛みをこらえる中で激しい頭痛に苛まれながらも必死に情報を整理する。私はこれまで何をしてたっけ…その前に私は一体、誰だ。
「シンオウ地方クロガネシティ出身のイズ」
聞く相手もいないのに一人でポンポン自分の特徴をあげていく。髪色、目の色、年齢、最初のパートナー…ここまで言えれば取り合えず記憶喪失の疑いはないのではなかろうか。少し不安だからもう少し自問自答してみようかと思いながらも、声が出ないという事案が無いのは一安心なのだが。
痛みが落ち着いた体をゆっくりと倒し横になる、見慣れない天井、甘い香りのする部屋、ふかふかのベッド。ここは一体どこなのだろう。病院?違う、可愛らしい家具が並び彩られた部屋、私はどうやら誰かの家のベッドをお借りしているらしい。
誰かを呼ぼうにも大声は出せなさそうだし、体も動かないから少しぼーとしていたら映画館に座っているように映像が勝手に流れ、私はまた旅をしようと思ったきっかけを思い出していた。
母さんに呼ばれた私は、数人のコメンテーターが批評する報道番組映すテレビに目を奪われた。
この世界にはポケットモンスター縮めてポケモンと称する不思議な生物がすんでいる。その数は100,200と増えていき今では800近くの多くのポケモンが発見されあちこちに生息しているらしい。進化の仕組みがどういうものか分からないけれど、こんなに姿かたちを変えて反映しているのだから、ポケモンってすごいよね。
シンオウ地方を飛び出たさきでものびのびと暮らし時には陣地を巡って取っ組み合い、あるときには群れを作って行動する、その地域の環境に合わせ姿形を変えたりとその進化には終わりが見えない。
更に取り上げられていくその地域特有の進化、まだ見たことのないポケモンに対する知的好奇心を抑えることは出来なかった。思い立ったが吉日、足りないものをフレンドリーショップで買い足した後、シンオウ地方を拠点にポケモンの進化を研究しており、旅立ちの日からお世話になっているナナカマド博士に一応報告して、これまで共に旅をしてくれた手持ちをクロバットとドダイトスを残して預けた。出かけ先の服を見繕うがなんともかわいげのないパンツスタイル、いいもん、クロバットに乗るんだからスカートでもはいたら誰得でもないものがチラリしてしまう。それにあっちに行けばブティックだってあるだろうし。リポーターの人もお洒落だった気がするからきっといい服売ってるでしょ。
リュックは数年使っているけれど痛みはそれほどじゃないからそのまま使うことにして。
「イズ、また旅に行くの?流石に急すぎじゃない?」
テレビが途中の中家を飛び出し、数時間事後には大量に買い物して帰ってきた私をギョッとしたように見ていた母さんだったけれど、思うところがあったのだろう。静かに私の部屋に来て内心ウキウキしながら黙々と準備を進めていた私に話しかけてきた。
「みたことないポケモンがそこにいるの、じっとしてられないよ」
「それでも、イッシュ地方から帰って半月もしてないのよ?その前は南の方…ジョウトとカントー地方だっけ?そこだって一回は帰るって言ったくせにカントーのジム巡りしたらもう片方の地まわり始めちゃって…」
「う…」
「他にもここ行きたいあそこ行きたいからって……あなた、あの人に似てバトルは好きだしその筋もあるから色々試してみたいんだとは思うけれど…ポケモンのこともちゃんと可愛がってるみたいだし…」
「うむむ…」
流石というべきか、なんというか。
ポケモントレーナーとして放浪している父親はかなりの実力者らしい、というのも私は物心ついてからは父親と顔を合わせたことがない。全部母から聞いた話だ。
1年帰らないことはざらでたまにポケモンと一緒に映った写真をメールで送ってくるくらい、いつ帰ってくるのと聞いたときには私が何処かうろついているときに一時帰宅してるときもあったという。その時くらい呼んでくれれば良いのに。
家のこと放りっぱなしな父みたくはなりたくないけど親子の縁とは切っても切れないものでその血筋にある私は彼の娘に変わりないのだろう。その父の関係もジムリーダーを親子2代で務めて居たり、地下通路の発掘に精を出した爺さんも親戚らしいし、冒険心は抑えられない家系だなとしみじみ思う。
「だから、イッシュの時はこまめに連絡したでしょう?」
「足りないわあんなの!ご飯たべる、寝る、どこどこでポケモンバトル、クルージングなう。写真を乗っけるからどこにいるとか何してるとか分かるけれどアンタ体言止めでしか会話できないの?!もうちょっと赤裸々に親に近況報告とかなさいよ!!ほんとずぼらなところ変わらないんだから!」
スマホを見ながら私とのやり取りを見返しているようで、私の必要最低限の会話に苛立っている。
「…すいません」
「イズは何かに目移りして自分のことおろそかにしがちなんだから、気をつけなさいね」
的を射た母の発言にはぐうの音もでない。
正直いつ帰ってるかは定かでないけど、長く父親は帰ってきてないから母さんも寂しいんだろう、珍しく感情を表に出して怒っている。だけど私だって言われっぱなしは癪だ、八つ当たりを受けた気がして私も言い返す。
「私は父さんみたいにメールだけじゃなくて、電話もかけてるでしょう?色々喋ってるじゃない、ああしたこうしたって。画面見続けて文字に起こしてる暇あったらその時したいことやりたいの。
それに、母さんだって人のこと言えるの?確かに私が一時期連絡しなかった時期があったけどそれいうて二日だからね?たったの二日。しかも事前に洞窟に入るから連絡できるか分からないって私言ったでしょ、電波悪いからって。「うんわかった」って母さんも言ってたでしょ?それなのに洞窟から抜けたらなに?ジョーイさんが切羽詰まった様子で来るから何事かと思えばさあ色んなポケモンセンターに連絡してまわるって大人の行動としてどうなのよ、範疇超えてるわ」
「う……だって、イズのことが心配だったんだもの」
喉を詰まらせた母さんはそれを機にしゅんと身を縮こまらせた。真っ向から言い返せてすっきりした私はふんと鼻息を鳴らしてしまう。
余談だが、そんな騒動を起こしたため流石に同じ轍を踏みたくはないから親子揃えて最新型のスマホに買い替えたのだ、いろいろ刷新され高機能すぎて使いこなせないけれど、親とやり取りしてSNS見れたら別にいいや。
中断してしまった手を再度動かし始め、使いたい時に出せるよう物を整理しながら鞄に詰めていく。傷薬、戦闘不能になっても元気になれる不思議な欠片。ポケモンを捕まえるためのボール———私は基本ヒールボールしか持っていかない。お金がない駆け出しの頃はモンスターボールだったけど、このボールならポケモン達を少しだけでも元気にすることが出来るから。後は木の実かな。ラムとオボンの実…。
「今回もちゃんと連絡するよ、それに今のケータイって相手の位置情報とか知れるんでしょう?よかったね、娘ストーキングできるよ」
「変な言い方しないで…でも、それいいわね、どうやるの?」
「は?…明日にでもショップ行くなりネットで調べるなりしなよ。私分かんないし。
ともかく!私が行ってみたいと思ったらいく、ポケモンのさらにすごい可能性を見に行くの」
「…そう、イズがそう思うなら、止はしないわ」
意外にも母が突っかかってくることは無くて、すんなりと身を引いた。
突っかかってしまった分居心地が悪くて捨て台詞。
「別に、母さんに止められたってやると決めたらやるんだから」
母さんが話し始めたら直ぐ私の心配ばかり。もう5年は一人で旅してるんだからそんな子供扱いすることないのに。
「…なんだか、前のイズに戻ったみたいね」
「そう?なんか変わった?」
背中で会話をすれば仮面を載せているように簡単に対話できる。
そりゃあ、なるたけ母さんを心配させたくないし、今年には15になる。それっぽい見た目になってると思いたい。
「あの子が居なくなってから、イズね、凄く急いでる気がしたから」
大人ぶって無理やり押し込むのは簡単で、天気に恵まれた翌日に旅立ち、その日の内にダイマックスポケモンに出会い、技を受けて飛ばされるなんて、全くひどいスタートだ。青天の霹靂ってこういうこと?私なんか悪いことした?
よく見てみると、体のあちこちには包帯が巻かれていたりガーゼが張られていたりと思ったよりも重症らしい。思わずため息をついて空気を取り込めば香水の独特な甘い匂いが鼻孔を掠めた、目玉をぐるりと回し改めて室内を見渡してみる。綺麗に整頓された部屋は壁紙や家具を見ても可愛らしい。それから棚に飾られたいくつかの写真立てとトロフィー…。
「あら、目が覚めたようね」
突然人の声がして、足元の方へ視線を向ければいつの間にいたのだろう、白衣を着たいかにも博士っぽいお婆さんがそこにいた。コツコツと、歩く支えとする杖をつくたびに音が鳴る。
えっと、何話そう。
「おはようございます」
「おはよう、大分ぐっすりだったわね」
間をつくりたくなくて咄嗟に挨拶が飛び出たけれど、お婆さんはにこやかに笑って返してくれた。それから寝起きの私に水を飲ませてくれた、一口含むとカラカラに乾いていた喉には大分刺激が大きかったらしい。。一点に引っ張られるような鈍い痛みにうめき声しか出せずにいると、お婆さんが背中をさすってくれた、マジすみません。
落ち着いてからもう一度飲んで近くの棚においてくれる。その一連の動作を見ているお婆さんは目尻に幾つかしわを刻みながら安堵したように柔和に笑う。
「お水、ありがとうございます……えっと、あの、ここは」
「そうですね、貴女には色んなことを話さないといけません。私より詳しい人もいるけれど離れでグースカ寝ているし、代わりにお話ししましょう」
呆れたように表情を曇らせながらも、お婆さんは話してくれた。
「貴女は、計5日間意識を失っていたのです」
ぐっすりどころじゃないじゃん、なんだって?
*
やらなければいけない仕事は沢山あるのに、気持ちに余裕が持てた幼馴染の弟くんはいつまでたっても興奮した気が収まらないようで、既に山の影に太陽が落ちそうな今も熱弁は続く。
「それでな、ソニア、俺,
その見たことないポケモンに咥えられたんだぞ!軽々持ち上げてさ、そのまま森の中はしっていたんだぞ!赤い奴と青い奴がいてさ」
「はいはい誘拐された話はもう耳にタコができるくらい聞かされたわ、それにその赤と青のポケモンはザシアンにザマゼンタでしょ?」
自分は今現実味のないことを言っているはずだが、曇りなき眼でこちらを見てくるものだし終わりの見えない無限会話地獄に辟易としてしまい、塩対応になっている。最初の驚きが嘘みたい。
「えっ、そうなのか!?」
「ちょっと、一方的に話してるだけで、何回もこうして挟んでいるのにホップって何も聞いていないのね!?このくだりも何度したと思ってるの!?」
「全然分かんなかったぞ…」
「もう…ザシアン、ザマゼンタっていうのはね、ガラル地方に伝わる伝説に……」
日が暮れてからようやく無限ループを断ち切ってホップは早々に帰っっていった、あの時間は何だったのだろうと呆気にとられながらも帰り際二階を見上げたホップの後ろ姿を私はちゃんと見ている。
「そりゃあ心配だよね…」
女の子を病院に入院させてから3日、まどろみの森で何故か危ない状況だった身元の分からない少女は、病院で処置を受け安定した状態になったものの未だに目を覚ましていない。脳波とか臓器のこととかいろんな話をされたけれど正直良く分からないし只眠っているだけにしか見えないから、頷きながら話す祖母と先生の会話を邪魔しないように口を閉ざす。
じっと女の子を見ていたら手続きは済んだみたいで帰り支度を始める祖母にならって椅子に座ってた私は腰を上げたときだった。
「ソニア、アーマーガアタクシーを呼んでおいて」
「え?わかった…」
病院は祖母の家から端を渡ってすぐのところにある、研究所までだって遠い距離じゃない。どこか悪いところがあるんだろうか、そう心配してしまったけど再び先生と話しだしてしまった祖母に聞き返すことも憚られ、私は素直にタクシーを呼び寄せ待機してもらった。だけど数分後また呼ばれて戻った先の光景と続けられた言葉には流石に物申した。
「お、おばあちゃん本気?!」
「本気も何も、これが最善ですよ」
「だからって…」
目先にいたのは担架で寝る女の子、その隣にはいつも通りの祖母の姿。
まさか、連れて帰るなんて、そんな話聞いてないよ!第一意識も戻っていないというのにどう看病するというのか、栄養とかどうするの、点滴とか家にはないし。
「ここ数日入院している様子を聞いたけれど、反応はあるそうよ。呼びかければ身じろぐし瞼がぴくぴく痙攣したり、ただそこからの発展が無い。
先生と話して決めました。体は鞭打ち状態だから安静にしていること、軽傷で済んでいる部分の包帯やガーゼは定期的に取り換えること、何かあったら知らせることを条件に、私の家に連れて行きます」
「…っそんなことして、本当に何かあったらどうするのよ?!この子の素性だって知れないのに」
病院に連れて行ってから冷静になった頭が気づいたが、少女に関する情報が何一つない。
まさか街中にいそうな格好をしていて森の先住民とは思えないし…普通に年ごろの女の子だ。育ち盛りのホップより少し背が高いように見えるから10代半ばくらいだろうか、そのくらいの予測しか出来ない。いまや生活必需品のスマホや財布さえ持っておらず、道中ホップに落としたのか聞いてみると「アイツ、ポケモンの傍に寝てるだけでなんの荷物も持ってなかったぞ」と返されてしまって、川に落としたこと以外今の条件からは考えられなかった。
まいった、ポケモンの研究者としては尊敬しているけれど困っている人をなんでもかんでも助けようとする祖母の意固地な姿勢を前に、アタシは手で顔を覆った。
「素性が知れなくとも、この子のことを探している人がいるかもしれません」
祖母の凛とした姿は声にも表れて、うなだれていた私は祖母を横目に見ればその真っ直ぐな眼差しに気圧されて、自然を取り繕って視線をずらした先には担架の上で寝る女の子の脇には深く落ち込んだクロバットが心配そうに少女を見つめていた。
「先生は協力するとおっしゃってくださった、少女ももう少しで起きようとしている、その彼女をひたむきに見守るポケモンがいる。何かきっかけが作れるのであれば私は動いてみたいと思いますよ」
クロバットを撫でる手はしわがれていて少女のものとは全く異なる、声も見た目も違うのにクロバットは嫌な気一つ見せず寧ろ嬉しそうにすり寄っていた。
「…分かったわよ、でも、そういうからにはその子が目を覚ますまではおばあちゃんが面倒見てね!私は勝手が分かんないから、代わりに研究所の仕事するから、それでいいでしょ?」
「ありがとうソニア、世話をかけますね」
「別に…もとはといえばダンデくんの責任だし…チャンピオンだからって放りっぱなしは納得いかないわね」
「まあ、彼も多忙でしょう。ダンデに任せきりにはせず、出来ることは私達で、この子を助けてあげましょう。何かあったら電話をすればいいし」
プルルル、プルルル
着信音の設定は色々あるけれど飾り気のないそれが鳴り響く、いつのまにか机に伏せて寝てしまっていたようだ。グッと体を上に伸ばしていれば凝り固まった筋肉が引き延ばされパキポキと関節が音を鳴らす。昨夜は強制的に祖母から取り上げた資料の解析や作成に取り組んでいたのだけれど、何なのこの量は、これを今まで一人で捌いてきたってこと?おばあちゃんとんでもないわ…。
祖母の仕事量に昏倒しそうになりながらも徹夜で仕上げいつのまにか寝落ち、助手として動いて何年もたったのに何の進展も見えず見えない重圧がのしかかる。
「…あ、そうだ、電話!」
一瞬意識からそれていた着信音がまた煩わしく鳴り響き、今度は居留守せず画面を操作し着信を押す。急いでしまって発信主を把握していなかったけれど第一声に自分を呼ぶ声に安堵した。
「おばあちゃん、どうしたの…もしかして、女の子に何かあった?」
「ええ、無事目を覚ましましたよ、早く来なさい」
「…え?いや、私今研究所…て、ん、女の子、起きたの?」
「アナタのことだから寝落ちしてるんだと思ったけれど…風邪を引くよ、早くいらっしゃいね」
それだけ告げて祖母からの電話は途絶えた。
…きっかけ作りって言ってから1日も絶たずに目を覚ますなんて誰が予想しただろう、長丁場を覚悟していたというのに。隠れて決心したことはあっというまに達成されてしまったためどこかふわふわとしたままアタシは身支度を適当に整えて祖母の家に向かった。
道中、心配しているだろう彼らに一報入れるのだけは忘れずに。
「…あ、ホップ?うん、女の子起きたみたい、おばあちゃんの家にいるから予定空いてたらおいで」
ホップは電話をかけると直ぐ取ってくれたが今日はなにかしら準備することがあるようで用事のない明日来るそうだ。
さてもう一人、このことを伝えておかないといけない人がいる。多忙で、いつもどこかを駆けまわっていて、追いつけない背中。会議とかあるかな、でも一応かけないと分からない。そう思い至ったアタシはスマホの画面を下にスライドし目当ての名前をタップする。奇怪的なコールが続く、10回近く鳴れば電話に出れないだろうから留守電にだけでも入れておこうか。そう思ってコールが切り替わるのを待っていると唐突にノイズが走り慌ただしい背景が耳元に押し寄せる。声の調子からも少しばかり忙しい様子が分かるから手短に用件を伝えて通話を終えよう。
「…………あ、ダンデ君、お疲れ。ごめん寝忙しい時に、女の子が起きたみたいで……うん、うん、そっか、無理はしないでね。それじゃ」
賑わう街中、忙しないリーグ。ポケモン研究所を離れ祖母の家がもう間近というところで自然と流れた目が見据えたのは数多のポケモンが生息するワイルドエリアの向こう、遠目に見えたエンジンジム。
そうか、もうそんな時期か。思いにはせた過去の挑戦。それをそっと閉じながらアタシはおばあちゃんの家に帰った。
▼イズは目を覚ました!
暗闇に一人は嫌だな、寂しくなるから。誰かいるの、そう問おうとして口を開いたが喉から声がでることはなくて無音の時間が過ぎていく。全身が金縛りにあったようにピクリとも動かせない中不思議と恐怖心というものが生まれることは無く、時間と空間が歪んだ此処では心が虚ろであった。先ほどまで自身を襲っていた眠気も覚めてしまった、暇になって漆黒の世界に穴があくくらいじっと見つめてみたところで何も起きやしない。はあ、と音にならないため息をついたところでふと思い至った。
そういえば、私は一体何をしていたんだろうか。自分の体が自身のものだと思えないくらい感覚の薄れた体が揺蕩う中で、気の抜けた頭から記憶の引き出しを漁っていく中で大事なものを取り出した。
そうだ、ポケモン達と旅をしていたんだ。
「君のトモダチは不思議だね。仲良しなのは伝わってくるけれど……そうか、悲しいんだね」
まるで若葉のような髪色の人にそう言われたっけ。悲しいのは何でって問いかけたっけ、友達は人間の言葉を理解してくれるのに私はポケモンという種族の言いたいことを分かってあげられないから。何か知っているなら言ってほしいと話したのに、何も話してくれなかったんだよな、最後になんて言ってたっけ……って違うその後だ、今考えたって結局分かんなかったんだから後回し。———それから家に帰って、皆と暫く戯れていたら、母さんに呼ばれて、何を見たんだっけ。
また声がする。まるで水面に落ちた雫が波紋を広げていくように行き渡る。
あなたは誰?どこにいるの。そう呼びかけたくても喉に何かが詰まったように声が出ない。
どうして、誰かの声は届くのに、私がはなつことは出来ないの。
いつの間にか黒い靄が自身を囲い込み声から遠ざけていく。抵抗する間もなく闇がさらに深くなっていったとき、一筋の光が差し込んだ。
誰かが私の名前を呼んだ。空を裂くような叫びが空間を破り入り込んでくる。
一気に軽くなった体と共にずっと閉じていた瞼を持ち上げれば、黒い影がドンドン近づいてきてて、私のからだは。再びかすむ視界の中で、私は確かに見た。必死に水を掻き駆けあがる後ろ姿を。
*
鳥ポケモンの囀りが開けた窓から入り込んできてゆるりと視界をずらせばちょうど風が吹き込んできた、レースのカーテンがふわりと流れていく。地元の風は肌を刺すような冷気を纏っていたがこれは少しからっとしていて暖かい、仄かに緑の香りが混ざっていて自然と顔のこわばりが緩んだ。
何か夢を見ていたが殆ど覚えていない、しかしそれをきっかけに飛び起きた体はいきなり痛みを訴えてきて状態を起こしたまま蹲った。下唇を噛みしめ痛みをこらえる中で激しい頭痛に苛まれながらも必死に情報を整理する。私はこれまで何をしてたっけ…その前に私は一体、誰だ。
「シンオウ地方クロガネシティ出身のイズ」
聞く相手もいないのに一人でポンポン自分の特徴をあげていく。髪色、目の色、年齢、最初のパートナー…ここまで言えれば取り合えず記憶喪失の疑いはないのではなかろうか。少し不安だからもう少し自問自答してみようかと思いながらも、声が出ないという事案が無いのは一安心なのだが。
痛みが落ち着いた体をゆっくりと倒し横になる、見慣れない天井、甘い香りのする部屋、ふかふかのベッド。ここは一体どこなのだろう。病院?違う、可愛らしい家具が並び彩られた部屋、私はどうやら誰かの家のベッドをお借りしているらしい。
誰かを呼ぼうにも大声は出せなさそうだし、体も動かないから少しぼーとしていたら映画館に座っているように映像が勝手に流れ、私はまた旅をしようと思ったきっかけを思い出していた。
母さんに呼ばれた私は、数人のコメンテーターが批評する報道番組映すテレビに目を奪われた。
この世界にはポケットモンスター縮めてポケモンと称する不思議な生物がすんでいる。その数は100,200と増えていき今では800近くの多くのポケモンが発見されあちこちに生息しているらしい。進化の仕組みがどういうものか分からないけれど、こんなに姿かたちを変えて反映しているのだから、ポケモンってすごいよね。
シンオウ地方を飛び出たさきでものびのびと暮らし時には陣地を巡って取っ組み合い、あるときには群れを作って行動する、その地域の環境に合わせ姿形を変えたりとその進化には終わりが見えない。
更に取り上げられていくその地域特有の進化、まだ見たことのないポケモンに対する知的好奇心を抑えることは出来なかった。思い立ったが吉日、足りないものをフレンドリーショップで買い足した後、シンオウ地方を拠点にポケモンの進化を研究しており、旅立ちの日からお世話になっているナナカマド博士に一応報告して、これまで共に旅をしてくれた手持ちをクロバットとドダイトスを残して預けた。出かけ先の服を見繕うがなんともかわいげのないパンツスタイル、いいもん、クロバットに乗るんだからスカートでもはいたら誰得でもないものがチラリしてしまう。それにあっちに行けばブティックだってあるだろうし。リポーターの人もお洒落だった気がするからきっといい服売ってるでしょ。
リュックは数年使っているけれど痛みはそれほどじゃないからそのまま使うことにして。
「イズ、また旅に行くの?流石に急すぎじゃない?」
テレビが途中の中家を飛び出し、数時間事後には大量に買い物して帰ってきた私をギョッとしたように見ていた母さんだったけれど、思うところがあったのだろう。静かに私の部屋に来て内心ウキウキしながら黙々と準備を進めていた私に話しかけてきた。
「みたことないポケモンがそこにいるの、じっとしてられないよ」
「それでも、イッシュ地方から帰って半月もしてないのよ?その前は南の方…ジョウトとカントー地方だっけ?そこだって一回は帰るって言ったくせにカントーのジム巡りしたらもう片方の地まわり始めちゃって…」
「う…」
「他にもここ行きたいあそこ行きたいからって……あなた、あの人に似てバトルは好きだしその筋もあるから色々試してみたいんだとは思うけれど…ポケモンのこともちゃんと可愛がってるみたいだし…」
「うむむ…」
流石というべきか、なんというか。
ポケモントレーナーとして放浪している父親はかなりの実力者らしい、というのも私は物心ついてからは父親と顔を合わせたことがない。全部母から聞いた話だ。
1年帰らないことはざらでたまにポケモンと一緒に映った写真をメールで送ってくるくらい、いつ帰ってくるのと聞いたときには私が何処かうろついているときに一時帰宅してるときもあったという。その時くらい呼んでくれれば良いのに。
家のこと放りっぱなしな父みたくはなりたくないけど親子の縁とは切っても切れないものでその血筋にある私は彼の娘に変わりないのだろう。その父の関係もジムリーダーを親子2代で務めて居たり、地下通路の発掘に精を出した爺さんも親戚らしいし、冒険心は抑えられない家系だなとしみじみ思う。
「だから、イッシュの時はこまめに連絡したでしょう?」
「足りないわあんなの!ご飯たべる、寝る、どこどこでポケモンバトル、クルージングなう。写真を乗っけるからどこにいるとか何してるとか分かるけれどアンタ体言止めでしか会話できないの?!もうちょっと赤裸々に親に近況報告とかなさいよ!!ほんとずぼらなところ変わらないんだから!」
スマホを見ながら私とのやり取りを見返しているようで、私の必要最低限の会話に苛立っている。
「…すいません」
「イズは何かに目移りして自分のことおろそかにしがちなんだから、気をつけなさいね」
的を射た母の発言にはぐうの音もでない。
正直いつ帰ってるかは定かでないけど、長く父親は帰ってきてないから母さんも寂しいんだろう、珍しく感情を表に出して怒っている。だけど私だって言われっぱなしは癪だ、八つ当たりを受けた気がして私も言い返す。
「私は父さんみたいにメールだけじゃなくて、電話もかけてるでしょう?色々喋ってるじゃない、ああしたこうしたって。画面見続けて文字に起こしてる暇あったらその時したいことやりたいの。
それに、母さんだって人のこと言えるの?確かに私が一時期連絡しなかった時期があったけどそれいうて二日だからね?たったの二日。しかも事前に洞窟に入るから連絡できるか分からないって私言ったでしょ、電波悪いからって。「うんわかった」って母さんも言ってたでしょ?それなのに洞窟から抜けたらなに?ジョーイさんが切羽詰まった様子で来るから何事かと思えばさあ色んなポケモンセンターに連絡してまわるって大人の行動としてどうなのよ、範疇超えてるわ」
「う……だって、イズのことが心配だったんだもの」
喉を詰まらせた母さんはそれを機にしゅんと身を縮こまらせた。真っ向から言い返せてすっきりした私はふんと鼻息を鳴らしてしまう。
余談だが、そんな騒動を起こしたため流石に同じ轍を踏みたくはないから親子揃えて最新型のスマホに買い替えたのだ、いろいろ刷新され高機能すぎて使いこなせないけれど、親とやり取りしてSNS見れたら別にいいや。
中断してしまった手を再度動かし始め、使いたい時に出せるよう物を整理しながら鞄に詰めていく。傷薬、戦闘不能になっても元気になれる不思議な欠片。ポケモンを捕まえるためのボール———私は基本ヒールボールしか持っていかない。お金がない駆け出しの頃はモンスターボールだったけど、このボールならポケモン達を少しだけでも元気にすることが出来るから。後は木の実かな。ラムとオボンの実…。
「今回もちゃんと連絡するよ、それに今のケータイって相手の位置情報とか知れるんでしょう?よかったね、娘ストーキングできるよ」
「変な言い方しないで…でも、それいいわね、どうやるの?」
「は?…明日にでもショップ行くなりネットで調べるなりしなよ。私分かんないし。
ともかく!私が行ってみたいと思ったらいく、ポケモンのさらにすごい可能性を見に行くの」
「…そう、イズがそう思うなら、止はしないわ」
意外にも母が突っかかってくることは無くて、すんなりと身を引いた。
突っかかってしまった分居心地が悪くて捨て台詞。
「別に、母さんに止められたってやると決めたらやるんだから」
母さんが話し始めたら直ぐ私の心配ばかり。もう5年は一人で旅してるんだからそんな子供扱いすることないのに。
「…なんだか、前のイズに戻ったみたいね」
「そう?なんか変わった?」
背中で会話をすれば仮面を載せているように簡単に対話できる。
そりゃあ、なるたけ母さんを心配させたくないし、今年には15になる。それっぽい見た目になってると思いたい。
「あの子が居なくなってから、イズね、凄く急いでる気がしたから」
大人ぶって無理やり押し込むのは簡単で、天気に恵まれた翌日に旅立ち、その日の内にダイマックスポケモンに出会い、技を受けて飛ばされるなんて、全くひどいスタートだ。青天の霹靂ってこういうこと?私なんか悪いことした?
よく見てみると、体のあちこちには包帯が巻かれていたりガーゼが張られていたりと思ったよりも重症らしい。思わずため息をついて空気を取り込めば香水の独特な甘い匂いが鼻孔を掠めた、目玉をぐるりと回し改めて室内を見渡してみる。綺麗に整頓された部屋は壁紙や家具を見ても可愛らしい。それから棚に飾られたいくつかの写真立てとトロフィー…。
「あら、目が覚めたようね」
突然人の声がして、足元の方へ視線を向ければいつの間にいたのだろう、白衣を着たいかにも博士っぽいお婆さんがそこにいた。コツコツと、歩く支えとする杖をつくたびに音が鳴る。
えっと、何話そう。
「おはようございます」
「おはよう、大分ぐっすりだったわね」
間をつくりたくなくて咄嗟に挨拶が飛び出たけれど、お婆さんはにこやかに笑って返してくれた。それから寝起きの私に水を飲ませてくれた、一口含むとカラカラに乾いていた喉には大分刺激が大きかったらしい。。一点に引っ張られるような鈍い痛みにうめき声しか出せずにいると、お婆さんが背中をさすってくれた、マジすみません。
落ち着いてからもう一度飲んで近くの棚においてくれる。その一連の動作を見ているお婆さんは目尻に幾つかしわを刻みながら安堵したように柔和に笑う。
「お水、ありがとうございます……えっと、あの、ここは」
「そうですね、貴女には色んなことを話さないといけません。私より詳しい人もいるけれど離れでグースカ寝ているし、代わりにお話ししましょう」
呆れたように表情を曇らせながらも、お婆さんは話してくれた。
「貴女は、計5日間意識を失っていたのです」
ぐっすりどころじゃないじゃん、なんだって?
*
やらなければいけない仕事は沢山あるのに、気持ちに余裕が持てた幼馴染の弟くんはいつまでたっても興奮した気が収まらないようで、既に山の影に太陽が落ちそうな今も熱弁は続く。
「それでな、ソニア、俺,
その見たことないポケモンに咥えられたんだぞ!軽々持ち上げてさ、そのまま森の中はしっていたんだぞ!赤い奴と青い奴がいてさ」
「はいはい誘拐された話はもう耳にタコができるくらい聞かされたわ、それにその赤と青のポケモンはザシアンにザマゼンタでしょ?」
自分は今現実味のないことを言っているはずだが、曇りなき眼でこちらを見てくるものだし終わりの見えない無限会話地獄に辟易としてしまい、塩対応になっている。最初の驚きが嘘みたい。
「えっ、そうなのか!?」
「ちょっと、一方的に話してるだけで、何回もこうして挟んでいるのにホップって何も聞いていないのね!?このくだりも何度したと思ってるの!?」
「全然分かんなかったぞ…」
「もう…ザシアン、ザマゼンタっていうのはね、ガラル地方に伝わる伝説に……」
日が暮れてからようやく無限ループを断ち切ってホップは早々に帰っっていった、あの時間は何だったのだろうと呆気にとられながらも帰り際二階を見上げたホップの後ろ姿を私はちゃんと見ている。
「そりゃあ心配だよね…」
女の子を病院に入院させてから3日、まどろみの森で何故か危ない状況だった身元の分からない少女は、病院で処置を受け安定した状態になったものの未だに目を覚ましていない。脳波とか臓器のこととかいろんな話をされたけれど正直良く分からないし只眠っているだけにしか見えないから、頷きながら話す祖母と先生の会話を邪魔しないように口を閉ざす。
じっと女の子を見ていたら手続きは済んだみたいで帰り支度を始める祖母にならって椅子に座ってた私は腰を上げたときだった。
「ソニア、アーマーガアタクシーを呼んでおいて」
「え?わかった…」
病院は祖母の家から端を渡ってすぐのところにある、研究所までだって遠い距離じゃない。どこか悪いところがあるんだろうか、そう心配してしまったけど再び先生と話しだしてしまった祖母に聞き返すことも憚られ、私は素直にタクシーを呼び寄せ待機してもらった。だけど数分後また呼ばれて戻った先の光景と続けられた言葉には流石に物申した。
「お、おばあちゃん本気?!」
「本気も何も、これが最善ですよ」
「だからって…」
目先にいたのは担架で寝る女の子、その隣にはいつも通りの祖母の姿。
まさか、連れて帰るなんて、そんな話聞いてないよ!第一意識も戻っていないというのにどう看病するというのか、栄養とかどうするの、点滴とか家にはないし。
「ここ数日入院している様子を聞いたけれど、反応はあるそうよ。呼びかければ身じろぐし瞼がぴくぴく痙攣したり、ただそこからの発展が無い。
先生と話して決めました。体は鞭打ち状態だから安静にしていること、軽傷で済んでいる部分の包帯やガーゼは定期的に取り換えること、何かあったら知らせることを条件に、私の家に連れて行きます」
「…っそんなことして、本当に何かあったらどうするのよ?!この子の素性だって知れないのに」
病院に連れて行ってから冷静になった頭が気づいたが、少女に関する情報が何一つない。
まさか街中にいそうな格好をしていて森の先住民とは思えないし…普通に年ごろの女の子だ。育ち盛りのホップより少し背が高いように見えるから10代半ばくらいだろうか、そのくらいの予測しか出来ない。いまや生活必需品のスマホや財布さえ持っておらず、道中ホップに落としたのか聞いてみると「アイツ、ポケモンの傍に寝てるだけでなんの荷物も持ってなかったぞ」と返されてしまって、川に落としたこと以外今の条件からは考えられなかった。
まいった、ポケモンの研究者としては尊敬しているけれど困っている人をなんでもかんでも助けようとする祖母の意固地な姿勢を前に、アタシは手で顔を覆った。
「素性が知れなくとも、この子のことを探している人がいるかもしれません」
祖母の凛とした姿は声にも表れて、うなだれていた私は祖母を横目に見ればその真っ直ぐな眼差しに気圧されて、自然を取り繕って視線をずらした先には担架の上で寝る女の子の脇には深く落ち込んだクロバットが心配そうに少女を見つめていた。
「先生は協力するとおっしゃってくださった、少女ももう少しで起きようとしている、その彼女をひたむきに見守るポケモンがいる。何かきっかけが作れるのであれば私は動いてみたいと思いますよ」
クロバットを撫でる手はしわがれていて少女のものとは全く異なる、声も見た目も違うのにクロバットは嫌な気一つ見せず寧ろ嬉しそうにすり寄っていた。
「…分かったわよ、でも、そういうからにはその子が目を覚ますまではおばあちゃんが面倒見てね!私は勝手が分かんないから、代わりに研究所の仕事するから、それでいいでしょ?」
「ありがとうソニア、世話をかけますね」
「別に…もとはといえばダンデくんの責任だし…チャンピオンだからって放りっぱなしは納得いかないわね」
「まあ、彼も多忙でしょう。ダンデに任せきりにはせず、出来ることは私達で、この子を助けてあげましょう。何かあったら電話をすればいいし」
プルルル、プルルル
着信音の設定は色々あるけれど飾り気のないそれが鳴り響く、いつのまにか机に伏せて寝てしまっていたようだ。グッと体を上に伸ばしていれば凝り固まった筋肉が引き延ばされパキポキと関節が音を鳴らす。昨夜は強制的に祖母から取り上げた資料の解析や作成に取り組んでいたのだけれど、何なのこの量は、これを今まで一人で捌いてきたってこと?おばあちゃんとんでもないわ…。
祖母の仕事量に昏倒しそうになりながらも徹夜で仕上げいつのまにか寝落ち、助手として動いて何年もたったのに何の進展も見えず見えない重圧がのしかかる。
「…あ、そうだ、電話!」
一瞬意識からそれていた着信音がまた煩わしく鳴り響き、今度は居留守せず画面を操作し着信を押す。急いでしまって発信主を把握していなかったけれど第一声に自分を呼ぶ声に安堵した。
「おばあちゃん、どうしたの…もしかして、女の子に何かあった?」
「ええ、無事目を覚ましましたよ、早く来なさい」
「…え?いや、私今研究所…て、ん、女の子、起きたの?」
「アナタのことだから寝落ちしてるんだと思ったけれど…風邪を引くよ、早くいらっしゃいね」
それだけ告げて祖母からの電話は途絶えた。
…きっかけ作りって言ってから1日も絶たずに目を覚ますなんて誰が予想しただろう、長丁場を覚悟していたというのに。隠れて決心したことはあっというまに達成されてしまったためどこかふわふわとしたままアタシは身支度を適当に整えて祖母の家に向かった。
道中、心配しているだろう彼らに一報入れるのだけは忘れずに。
「…あ、ホップ?うん、女の子起きたみたい、おばあちゃんの家にいるから予定空いてたらおいで」
ホップは電話をかけると直ぐ取ってくれたが今日はなにかしら準備することがあるようで用事のない明日来るそうだ。
さてもう一人、このことを伝えておかないといけない人がいる。多忙で、いつもどこかを駆けまわっていて、追いつけない背中。会議とかあるかな、でも一応かけないと分からない。そう思い至ったアタシはスマホの画面を下にスライドし目当ての名前をタップする。奇怪的なコールが続く、10回近く鳴れば電話に出れないだろうから留守電にだけでも入れておこうか。そう思ってコールが切り替わるのを待っていると唐突にノイズが走り慌ただしい背景が耳元に押し寄せる。声の調子からも少しばかり忙しい様子が分かるから手短に用件を伝えて通話を終えよう。
「…………あ、ダンデ君、お疲れ。ごめん寝忙しい時に、女の子が起きたみたいで……うん、うん、そっか、無理はしないでね。それじゃ」
賑わう街中、忙しないリーグ。ポケモン研究所を離れ祖母の家がもう間近というところで自然と流れた目が見据えたのは数多のポケモンが生息するワイルドエリアの向こう、遠目に見えたエンジンジム。
そうか、もうそんな時期か。思いにはせた過去の挑戦。それをそっと閉じながらアタシはおばあちゃんの家に帰った。
▼イズは目を覚ました!