01 行くぞガラル地方!数多の出会いと繋ぐ願い
名前ーイズー
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今日も今日とて水面に映る自分の顔を眺めていると一瞬強く吹き荒れた風に水が流され酷く歪んだ自身の姿には思わず笑ってしまった。暫くすれば普段通りの静けさが戻ってきて、むしポケモンがはっぱや木の実を食べる音、川面がぴちゃんと跳ねる音、木の葉の揺らぎが清閑とした森をにぎやかにしている。何気ないこの時間が好きだと考えた刹那物音に敏感な全身が総毛だった。
ガサガサガサと木が大きく揺らぎ鳥ポケモンが一斉に森の外へ飛び出していく。驚いて陸地や水中にいたポケモンたちはいっせいにこちらへ逃げるように向かってくる。何事かと身を震わせながら逃げてきた方を見ていると、木々の間を縫って一つの影がボチャンと水しぶきを上げて川に落ちたのを見た。どうしようと一瞬迷いながらも勢いのまま踏み出し現場に向かってしまったのはこの場にいない友達が見たものと酷似していたからか。
予知夢とは、すごい。ムンナが言っていたことはちゃんと当たっていたと話したい。
森の深部には人造的な石碑がありその向こう側には木々に囲まれるようにして川上から流れてくる水が溜まっている。辿り着いたはいいものの何をどうすればいいのだろうか、何が落ちてきたかもわからない、正体不明のものに足が引けてしまう。ポコリ、と水面の一点に気泡が幾つも浮かんでははじけているのが見えたが、すぐに無くなってしまった。
その時、頭の中で閃光が弾け一つの情景が流れ込んでくる。
「水中で息を吐いたら、その分水が圧迫されるからこういう風に気泡っていう泡が出来るんだよ!こういう風にね…スゥー…」
深く息を吸い込み姿を消した彼女は透き通る水の中でゆらゆらと揺れブクブクブク…と突如連鎖的に現れる幾つもの膨らみに驚いていると、水面下から勢いよく浮き上がってきた彼女はへにゃりと垂れた長い髪から雫を幾つも滴らせケラケラと笑っていた。
「ね、スゴいでしょう!」
笑みを絶やさない彼女を真似して自身も水中へ潜り息を吐いてみた。ボコッと口から幾つもの泡が漏れ、不思議とリング状に広がったそれが水面に向かいはじけて消える。
本当だ、スゴい!と思ってしまったが最後、簡単に口と鼻から水が浸入してきて息が急に苦しくなり、体にも上手く力が入らない。パニックになり始めたその時、なにかが体に巻き付き、あれよあれよといつの間にか陸に戻っていた。ゆっくり目を開ければ丸い瞳が心配そうに伏せていて硬い額で傷つけないよう優しく突き合わせてくれて不安な気持ちが晴れていく。
「———ごめんね!まさか真似すると思わなくて…直ぐポケモンセンターに行こう!ここからだと…よし、———、ボールに戻っててね直ぐに元気になるから!」
赤い光に包まれて、自身が入ったボールは胸の前で抱えられているから彼女の顔がよく見える。髪を乾かす暇なんてないから彼女の唇は青くなっている。走っていくうちにポロポロととめどなく溢れるそれに、足元を並走する友達は大丈夫だよと一つ鳴く。
誰かを一身に追いかける夢はたまに見るのだが、何気ないワンシーンが唐突に浮かぶことがある。走馬灯というのは死の間際に過去の記憶を見せるというが、果たしてこれはその部類なのだろうか、はたまた別の意図を孕んでいるのか分からない。プルプルと小鹿のように震える足、どれだけ時間が経過したか分からない が怯えを振り払い深く息を吸い込むと、息を止めるのと同時に水中へ飛び込んだ。
ボリュームのある鬣や尻尾が重くうまく泳げないが、いつの日からかこの森で過ごし始めた。何もわからなくて何度も失敗してきた。ポケモン同士の縄張り争いに巻き込まれることは何度もあって一杯けがをしたし、隠していた木の実もいつのまにか消えてしまっていて、ムンナ達に助けてもらわなければ今こうして生きていないかもしれない。
助け合いは大事な言葉だけど、弱肉強食も力が地位を示す世界において当然の摂理。
違和感のある体で立ち向かえるように臆病な自分を振り切ってきた。水中にだってそこを縄張りとするポケモンは居るし、遊んで泳ぎはしても目的を持って素潜りをしたことなんてこれまで一度と無い。沢山の不安を覚えながらも何かに掻き立てられるようにして必死に中心部まで泳ぎ一気に肺に空気をため込んで潜ってみると川底に転がる影が。それを目にした時まるで電撃を浴びた様な痺れが全身を走る。
電気技を身に受けたわけではなく体が動かないということもない、寧ろどこにこんな力があったのかというくらいすごい勢いでそれに近づき最近覚えた念力を使い、一気に浮上を目指す。
水面まであと少し、必死に足を回し水をかいていくが、やはり慣れないことは体力の消耗が激しく、息が続かない。駄目だと念じていても空気を欲する要求は意識に反し開口してしまい。空気の泡が水中に溶けていき口内に水が侵入してくる。
苦しい、痛い。体が重い。
それでも諦めないと念力には意識を集中し続ける。これ以上沈んでは助けられるか分からない、そんなのは嫌だ。
水圧を受け力を無くしていく脚は錆びた機械のように動きが鈍い。前へ前へと思っても気持ちだけが先走るだけで次第に意識が遠のき水面が離れていく。
無力が身に染みて目の裏が熱くなり零したものは空に溶けていく。
自分は、何も助けられないのだろうか。夢の中で苦しみを知った自分は、君を助けられないんだろうか。
気を失う直前何かが腹を掴み、緩やかに水が傍を流れていくと視界が一気に白ばんだ。
*
まどろみの森、木々が鬱蒼と茂り森の中には木洩れ日が射しこみ神秘的だ、人気が無く静かな空間はものを考えるうえでも自分にとっては大好きなものだとホップは思っている。
彼の夢はガラル地方のチャンピオンになること、彼の実兄であるダンデは現チャンピオンであり、近々こちらに出向いてポケモンをくれるという。
兄を目指して準備を進めてきた、ワクワクする気持ちは収まらず手持ちのウ―ルーと騒いでいたら母にうるさいと叱られ外に出された。待っている間何もすることが無ければまた騒いで親に怒られてしまうのでなんの気なしによく訪れる近所の森に入っていた。
「あれ、今日はやけに湿気ってるぞ?」
「メエエ?」
「こんなに霧がでていることあったっけ?」
森の中はいつもの様子と違うことに気づき相棒のウールーと首を傾げながら深い霧が立ち込めている中へ歩みを進め最深部を目指す。途中草むらをかき分けているとことりポケモン、ココガラが飛び出してきたため一戦交えた。ウールーは相手に臆せず体当たりをくらわせ危なげなく勝ち星を掴んだ。目を回していたココガラはそれほど時間をかけずパチリと目を覚まし森の中を飛んでいく。
「ココガラ―ありがとなー」
「メェェ」
バトルをしてくれたことにお礼を言って、先に進もうと足を踏み出そうとした時
ウォーン
聞き覚えのない獣の鳴き声が森の中に響き渡る。何事かと見渡しても霧が深まり遠くまで見通すことが出来ない、ジワリと汗が垂れるが此処で立ち止まっても仕方がないとホップは勇敢に奥地を目指し走り出した。
「メェ…」
「なんか、やばい感じの霧に突っ込んじゃったな…ウールーはボールに戻ってるか?」
「メエエエ!」
「一緒にいてくれるのか!ありがとな」
ボールに戻ることを拒否したウールーを前に、ホップは嫌な予感が胸の内に膨らみ内心ほっとしていた矢先それは的中する。
間近のものさえ識別できないほど霧が森の中に立ち込めており、方角も分からなくなってしまったのだ、さらに近づく謎の遠吠え。これまで聞いたことのない声に動揺せずにはいられなかった。
「兄貴、早く来てくれないかな…」
ぽろりと、大きな背中を思い出し呟くと背後から見られているような気がしておそるおそる振り返った先には見たことが無い不思議なポケモンが佇んでいた。
獣のような風貌で青い毛を生やしている。どこからか吹き抜ける風に鬣は揺らめき圧倒的存在感を示していた。
「え、ポケモンか!?」
「メェ!」
「あ、待てウールー!」
尻込みしたホップだったが、相棒を守ろうとウールーは真正面から向かっていき体当たりを謎のポケモンに食らわせる。しかし、全く動じた様子を見せないそのポケモンが一鳴きするだけで空気はびりびりと震えウールーはコロコロと転がって後退してしまう。
「ウールー!くそぉ、どうしよう…っあれ?」
謎のポケモンに向き直ったはずが、さっきいた場所にはいない。
どこかへいってしまったのだろうか。
「グオゥ」
「アレ」
振り返ったらまた背後にそのポケモンが居て、襟首を加え上げ、走り出した。ってあれ。
「えええ!?ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ!どうしようどうしよう…ウールー!何とか兄貴でも誰でもいいからこのこと伝えてくれ———!」
軽く首が閉まっているけれどなりふり構っていられない。叫べるだけ声を出してウールーに伝言を残し、何もできないまま謎のポケモンに連れ去られてしまった。
「…メエ?」
相方の遠のいていく声に何とか気づき、目を覚ませば霧が晴れた場所に転がっていたウールー、良く通っている道だしホップのことが心配だが追いかけるよりも彼の言う通りにしようと思い、踵を返してホップの自宅へ駆けだした。
*
「ヒエエエどこまで連れてくんだよ~列車よりも早え~…」
霧が深くなっていく中何も見えないホップだったが、自身を加えるポケモンは迷うことなく右へ左へ曲がっては川を飛び越え駆け抜けていく。自分の何十倍も速い脚、景色が目まぐるしく変わり一人感想をごちながらも襟首を支点にぶら下がっている状態のホップは何度も振り子のように大きく揺れぐるぐると目を回していた。
それほど時間は経過していなかったのかもしれないが揺れまくった頭では何も考えることが出来ず、自身を連れ去ったポケモンが静かに地上へ卸してくれたのだがものの数秒も持たずへなへなと倒れ込む。
「うわぁずっと目が回ってるぞ~…」
力ない声に流石に謎のポケモンも配慮が足りなかったと改めたのかホップの頬を一舐めするも、視界の揺らぎが落ち着くまでは時間を要した。
暫くして揺らぎが落ち着いたホップであったが、目の前の光景を見て「まだ俺調子戻ってないのかな」と零すほかなかった。
森の中で現れたポケモンは青かったが、目の前にいるそれは紅い体躯に群青の鬣がまるで侍のようにまとまり、風に揺らいでいる。前者よりもがっちりとしたイメージを持つが、見た目が似ていること以上は考えられなかった。威厳あるポケモンの腹部にはもたれかかるようにしている少女がいたから。
兄と一緒に見た映画で、不思議な鉱石を持った少女が空から落ちてくる場面があったが、これでは
「…兄貴、森の中に女の子がいるぞ」
謎の少女がそこにいたとしか説明しようがなかった。
*
そこからの流れはトントンと進んでいった、連れてくる分にも一瞬だったかもしれないけれど立ち直りまで時間がかかったから、ホップはもう良く分からない。
というのも、2匹の謎のポケモンはどうやら彼を女の子に会わせたかったようだった。青いポケモンに背中を突かれて促されるまま少女に近づいてみれば二匹が心配そうにしているのも納得がいった。全身ずぶぬれで、呼吸がか細い、寒さゆえか唇も青く、手の甲に自分の手を重ねてみると氷のように冷たい。何故こんな状況になっているのか分からなかったが彼らが助けようとしてくれたのは理解し、とにかく病院へ連れて行かなければと思い至る。
「二人ともこの子を助けてくれたんだな、ありがとう!俺が病院に連れていくから安心してくれ!」
「ウォーウ」
覇気のある姿に腰が引けてしまうのはしょうがないことだと思うが、彼らは別段気にする様子はなく、優しい眼差しで終始力なくもたれかかる少女を起こすポップを眺めていた。不可抗力でポケモンの赤い毛並みに触れたのだが大分ふわふわでギャップを感じてしまうも、もう一度触りたくなる欲求は抑えた。
此処から帰らないと助けることが出来ない。ホップは迷うことなく背負おうとして少女に背を向けた時だった。赤い見た目のポケモンが態々回り込んできたと思ったらまたその体制を低くしたのである、その行為の糸が分からずボケッとしていればそれは顎でしゃくったりホップに鼻面を突いてきたりして何かを伝えようとしているようだった。
「もしかして、乗せてってくれるのか?」
少女が落ちないよう慎重に持ち上げて乗せてからホップはポケモンの背に乗るもどこを掴んでいればいいのか躊躇している間に彼は勢いよく駆け出した。咄嗟に赤い体毛をを掴み少女が落ちてしまわぬよう抱き寄せる。
ホップが連れていかれたところは横目にアーチ状の石碑を捉えたりしたことから其れなりに森の奥だったと思われるが、木々の間をぬうように走り川から飛び出た石に危なげなく着地しては木を飛び越えるほど跳躍してどんどん走り抜けていく。
なんだか不思議な気分だった。確かにポケモンと人間が共存している場面はあるししっかりポケモンセンターのように人がポケモンを助けてくれることは知っているが、ポケモンも又一人の人間を助けようとしているなんて。
「ポケモンって、すごい優しいんだな」
「ウォウ」
「あ、着いた!」
色々考えている内に森の先が開けている場所に辿り着く、出口だ。
再び体勢を低くしてくれた彼にありがとうと言って先に飛び降りて今なお意識を失ったままの少女を降ろし、背中に背負う。
「ここまで連れて来てくれてありがとうな!後は任せてくれ」
狼のような見た目をしているが返してくれる声は穏やかなものだった、小さく鳴いたそれは頼んだ、と言ったんだろうか。スクっと立ち上がって青い毛色を持つだろう森の奥へ一瞬で去っていく。その場にはホップと彼女だけになり、過ぎ去ってしまった時間に名残惜しく感じながらも、ホップは森を出て川を越えた先にある自分の家を目指すことにした。病院に向かわなければならないもののここは田んぼが広がる田舎町、隣町のブラッシータウンに
大きな病院があるが、呼吸がさらに小さくなっていく少女がだんだん怖くなってホップは頼りになる母のところへ行きたかったから。
身じろぎ一つしない彼女に一抹の不安は膨らむも、あんな凄いポケモン…かはわからないがとにかく託されたのだ。
ポケモンをもらえるということで湧き立つ体力と気持ちをいまここでばねにしながら必死に走り続ける。
「よし!もうちょっとでつくからな!」
「ヒーン…」
「ん?」
突然聞こえた寂しそうな声音にホップは何とか足をとめることなく振り返った、そこにはいつからいたのだろうか、しましま模様の角を生やし仔馬の見た目をしたポケモン。
図鑑で見た時はパステルカラーの毛は足元や首筋からふわふわとしていたが、水に濡れたのか地面に着いたそれらはここまで引きずっていたようで酷く汚れていたが一点を見つめる視線が酷くモノ悲しい。
「おまえ、どうしたんだ?」
そう問いかけたのと同時に、背負う少女が微かに身じろいだ。
「あれ、ホップじゃ~ん!何してんの~」
「プルル!?」
「あ、おいまてって!!」
馴染み深い声が耳に入った束の間、目をパチクリさせたポケモンはとても驚いたようで飛び上がるとそのまま森の方へ一心不乱に駆け出してしまう、ホップは引き留めようとした時には既に橋を渡り終えてしまっていた。走った後にはしっぽを引きずった跡がありありと残っている。
「ん?なんかいたの?」
「ソニア…」
近寄ったソニアは先ほどまでいたポケモンが見えていなかったらしい、こちらの状況を把握していないし野生のポケモンに何やってるんだと言いたいところだが彼女に悪気があったわけではない。だけどジトっとした目つきになってしまうのはしょうがない。
「何よその目は…てその子」
あきれた様子のホップにソニアは少々たじろいだがようやく彼が背負っている存在に気づく。ポケモンの一件で忘れていたことにホップはさっきの感触を思い出す。
「そうだ、ソニア!なんか色々話したいことはあるんだけどさ、コイツ森の中で倒れてた…んだ!」
「なんでそこで言葉を濁すのよ……というか森?まどろみの森ってこと?」
「そうだぞ、それでコイツずっと気を失ってたみたいなんだけどさっき少しだけ動いたんだ!俺、病院行かなきゃって思ったけど、凄く不安になって…かーちゃんのとこ行こうと思って」
「なんでそれを早く言わないの!!」
事の経緯を説明していたらソニアは辺りに響くような高い声音にホップはびくっと震え体を縮こませる。怒られる、そう思った彼だったが、ソニアはホップを見向きもせず少女の額に手を添える。
「酷い熱…ホップ、そのまま背負える?」
「え、おう…」
「もう少し頑張って、このままグロッシータウンの病院行こう。凄い高熱……急ぐわよ」
「あ、待ってよソニア!」
先導するように駆けだしたソニアをホップはずり落ちそうになった少女を背負い直して追いかける。大人に敢えて少しばかり見えない重荷が落ちたのか疲れてはいるけれどさっきより走りやすい。
*
プルル…振動と共になりだしたスマホをポケットから取り出して、ダンデは画面に映る名前を見て即座に着信をタップした。
「ソニアか!見つかったか?」
「ダンデ君今どこ!?」
お互いが切羽詰まったように繋がるやいなや開口一番問いかけるものだから相互の声が重なり会話が成立しない。ごめん、というタイミングも同じで、ダンデは一度リザードンに停止を命じ、直ぐ呼びかけに答えられるよう空中に浮遊する。
「それで、例の少女は見つかったか?」
「ダンデ君女の子が行方不明ってしか言ってないけどリアルタイムでこんなことになってたら多分この子だとおもうけどね?!私今ブラッシータウンにいるんだけどさ!」
どうやら走りながら電話を掛けてくれているようで息を切らしながら声を張り上げていることが分かった。あの少女が見つかった、その言葉を聞いた瞬間ダンデはリザードンに指示を出しソニアが告げた街に向かった。主人の焦燥を感じ取ったリザードンはいつも以上のスピードを出しているため体を低くしていなければ吹き飛ばされてしまう。風の流れも速く耳元に当てる携帯からは時々ノイズが鳴ったが、ソニアの言葉を拾おうとダンデは集中した。
「ダンデ君があった子、茶髪のロング?」
「髪は長かったと思うが…」
「グレーのパーカー来てる?」
「多分そうだったかな…」
「埒があかないわ!とにかくブラッシータウンの病院に来て!ちょっと高台にあるところ!」
「あぁ、覚えているさ。今リザードンが向かってくれている!」
「今日は迷ったりしないでよ!」
「勿論だ!ソニア、すまないがその子のこと宜しく頼む」
「ホップくん頑張ったんだからね!後からちゃんと褒めてあげて!」
それを最後に着信は途絶えてしまった、最後にホップが出てきたがまずは少女のことを最優先する。
電話を受けた時ワイルドエリアの東の方へに移動してしまっていたダンデ達。リザードンの働きで南西付近を捜していたのだが手掛かり一つ見つけられず、周囲に協力を仰ぎながらあたり一帯を探すため移動していたのだ。
会えば分かるはずだがソニアに指摘された通りうろ覚えな自分にはあきれしか生まれない。ポケモンバトル以外はからっきしだ。リザードンが居なければソニア達がいる街に向かうことさえ無理だろう。
「君の主人が見つかったかもしれない、このままついて来てくれ!」
「クロッ!」
リザードンのスピードはそこらのポケモンより秀でているものだが後れを取らず並走するクロバットをみてダンデは感心せずにはいられない。
「大切に、育てているんだな」
湖を幾つか通り過ぎて山を三つ四つと越えた先には長閑な街、ブラッシータウンが見渡せた。山々に囲まれる中、小さい頃怪我をするたびに世話になった病院を見つけて彼らはやっと地上に降り立つ。病院の外ではソニアが待ってくれていて、気づいた彼女はダンデに駆け寄った。
「すまないソニア、遅れた!」
「今日は幾らか早かったわね、大丈夫よ」
「…彼女の様子はどうだ」
「…会った時、違和感があったんだけど、あの子体の中に異常に河水を飲んでたみたいなの。ホップがまどろみの森で見つけたっていうから、多分何かしら原因があって川でおぼれたんじゃないかって…」
事の次第をソニアから伝え聞き、自分が関係ないところを探している間に辛い目にあっていたことを知ったダンデは自身の体温が急激に下がっていくのを感じた。
顔が強張るダンデにソニアは苦笑しながら、改めて大丈夫だと声を掛ける。
「危険な状態であることに変わりはないけど、さらにひどい状況になる前に病院に連れて来てくれたから一命はとりとめたわ。ごめんね、回りくどい言い方になっちゃって」
「大丈夫だ、ありがとう」
お互い安堵した表情になるが、ただ、とソニアは少しだけ顔を険しそうにゆがめる。
「どうしたんだ?」
「…うん、結構やばい問題なんだけど、それよりさ」
要領を得られないダンデは聞き返すことしか出来ないが、ソニアが指差した先を見て間抜けにもアッと声を漏らした。
「その…ポケモン?大丈夫?」
閉まった扉の前で右へ左へ行き来するクロバットは目元に溢れる涙を零すまいとしているようだったが今にも決壊しそうだった。
*
人が通る道から大分逸れた茂みの中で、全身が濡れ泥に塗れる一匹のポニータがぐったりと横になっていた。力不足で川で溺れてしまった時、見知らぬ2匹のポケモンが少女と共に川辺に引き上げてくれたのだ。凛々しいその姿に憧憬を抱いたのも束の間、少女が危ないことを彼らに言われたポニータはそれ以上何もすることが出来ず、全く目を空けない少女に顔を舐めたり体を突いてみたりすることしか出来なかった。どのくらいそうしていたことだろうか、たまにゴポリと音を立てて少女の口元から漏れる水に毎回吃驚していると、いつの間にか姿を消していた、名前を聞くところにザシアンは一人の人間を連れてきており臆病なポニータは森の奥に逃げてしまったのだが、いつのまにかもう一方のザマゼンタにまたがって森から出ようとしているではないか。咄嗟に追いかけるも泳ぎ着かれた体では満足に走ることが出来ず、音を聞き分け森の出口に向かって既に遠い少年と背負われた少女の姿を見つけて何とか追いつくことが出来たのだ。
彼女は大丈夫か、君は悪いことをしないか。
色々問いかけたかったが自分の言葉では別の生物と話すことは出来ないし、突然知らない声が飛んでくるうえ大きいものだったから驚きの余り森にUターンしてしまったのだ。ここまで怯える自分の性格が恨めしいと思ったことは無い。
結局森に戻ったところで体はヘトヘトで覚えたての技をだし続けたことが止めとなったが、これでよかったのだろうとポニータは考える。自分では彼女をあれ以上助けることが出来なかった、人間に任せた方がきっと良い結果になるというのは記憶が証明している。
だけど、会うことが出来た。ずっとぽっかり空いた穴が塞がったような気さえした。
自分が元気になったら、また彼女に会いに行こう。そう心に決めてポニータは重たくなる瞼をそのまま閉じた。
そこへ忍び寄る二つの影、深い意識の中で眠り続ける幼子をじっと見つめると労うようにオボンのみと水を含んで重たくなったそれを音が鳴らないようにそっと添えてその場を立ち去った。
▼ポケモンが何かを訴えている…
ガサガサガサと木が大きく揺らぎ鳥ポケモンが一斉に森の外へ飛び出していく。驚いて陸地や水中にいたポケモンたちはいっせいにこちらへ逃げるように向かってくる。何事かと身を震わせながら逃げてきた方を見ていると、木々の間を縫って一つの影がボチャンと水しぶきを上げて川に落ちたのを見た。どうしようと一瞬迷いながらも勢いのまま踏み出し現場に向かってしまったのはこの場にいない友達が見たものと酷似していたからか。
予知夢とは、すごい。ムンナが言っていたことはちゃんと当たっていたと話したい。
森の深部には人造的な石碑がありその向こう側には木々に囲まれるようにして川上から流れてくる水が溜まっている。辿り着いたはいいものの何をどうすればいいのだろうか、何が落ちてきたかもわからない、正体不明のものに足が引けてしまう。ポコリ、と水面の一点に気泡が幾つも浮かんでははじけているのが見えたが、すぐに無くなってしまった。
その時、頭の中で閃光が弾け一つの情景が流れ込んでくる。
「水中で息を吐いたら、その分水が圧迫されるからこういう風に気泡っていう泡が出来るんだよ!こういう風にね…スゥー…」
深く息を吸い込み姿を消した彼女は透き通る水の中でゆらゆらと揺れブクブクブク…と突如連鎖的に現れる幾つもの膨らみに驚いていると、水面下から勢いよく浮き上がってきた彼女はへにゃりと垂れた長い髪から雫を幾つも滴らせケラケラと笑っていた。
「ね、スゴいでしょう!」
笑みを絶やさない彼女を真似して自身も水中へ潜り息を吐いてみた。ボコッと口から幾つもの泡が漏れ、不思議とリング状に広がったそれが水面に向かいはじけて消える。
本当だ、スゴい!と思ってしまったが最後、簡単に口と鼻から水が浸入してきて息が急に苦しくなり、体にも上手く力が入らない。パニックになり始めたその時、なにかが体に巻き付き、あれよあれよといつの間にか陸に戻っていた。ゆっくり目を開ければ丸い瞳が心配そうに伏せていて硬い額で傷つけないよう優しく突き合わせてくれて不安な気持ちが晴れていく。
「———ごめんね!まさか真似すると思わなくて…直ぐポケモンセンターに行こう!ここからだと…よし、———、ボールに戻っててね直ぐに元気になるから!」
赤い光に包まれて、自身が入ったボールは胸の前で抱えられているから彼女の顔がよく見える。髪を乾かす暇なんてないから彼女の唇は青くなっている。走っていくうちにポロポロととめどなく溢れるそれに、足元を並走する友達は大丈夫だよと一つ鳴く。
誰かを一身に追いかける夢はたまに見るのだが、何気ないワンシーンが唐突に浮かぶことがある。走馬灯というのは死の間際に過去の記憶を見せるというが、果たしてこれはその部類なのだろうか、はたまた別の意図を孕んでいるのか分からない。プルプルと小鹿のように震える足、どれだけ時間が経過したか分からない が怯えを振り払い深く息を吸い込むと、息を止めるのと同時に水中へ飛び込んだ。
ボリュームのある鬣や尻尾が重くうまく泳げないが、いつの日からかこの森で過ごし始めた。何もわからなくて何度も失敗してきた。ポケモン同士の縄張り争いに巻き込まれることは何度もあって一杯けがをしたし、隠していた木の実もいつのまにか消えてしまっていて、ムンナ達に助けてもらわなければ今こうして生きていないかもしれない。
助け合いは大事な言葉だけど、弱肉強食も力が地位を示す世界において当然の摂理。
違和感のある体で立ち向かえるように臆病な自分を振り切ってきた。水中にだってそこを縄張りとするポケモンは居るし、遊んで泳ぎはしても目的を持って素潜りをしたことなんてこれまで一度と無い。沢山の不安を覚えながらも何かに掻き立てられるようにして必死に中心部まで泳ぎ一気に肺に空気をため込んで潜ってみると川底に転がる影が。それを目にした時まるで電撃を浴びた様な痺れが全身を走る。
電気技を身に受けたわけではなく体が動かないということもない、寧ろどこにこんな力があったのかというくらいすごい勢いでそれに近づき最近覚えた念力を使い、一気に浮上を目指す。
水面まであと少し、必死に足を回し水をかいていくが、やはり慣れないことは体力の消耗が激しく、息が続かない。駄目だと念じていても空気を欲する要求は意識に反し開口してしまい。空気の泡が水中に溶けていき口内に水が侵入してくる。
苦しい、痛い。体が重い。
それでも諦めないと念力には意識を集中し続ける。これ以上沈んでは助けられるか分からない、そんなのは嫌だ。
水圧を受け力を無くしていく脚は錆びた機械のように動きが鈍い。前へ前へと思っても気持ちだけが先走るだけで次第に意識が遠のき水面が離れていく。
無力が身に染みて目の裏が熱くなり零したものは空に溶けていく。
自分は、何も助けられないのだろうか。夢の中で苦しみを知った自分は、君を助けられないんだろうか。
気を失う直前何かが腹を掴み、緩やかに水が傍を流れていくと視界が一気に白ばんだ。
*
まどろみの森、木々が鬱蒼と茂り森の中には木洩れ日が射しこみ神秘的だ、人気が無く静かな空間はものを考えるうえでも自分にとっては大好きなものだとホップは思っている。
彼の夢はガラル地方のチャンピオンになること、彼の実兄であるダンデは現チャンピオンであり、近々こちらに出向いてポケモンをくれるという。
兄を目指して準備を進めてきた、ワクワクする気持ちは収まらず手持ちのウ―ルーと騒いでいたら母にうるさいと叱られ外に出された。待っている間何もすることが無ければまた騒いで親に怒られてしまうのでなんの気なしによく訪れる近所の森に入っていた。
「あれ、今日はやけに湿気ってるぞ?」
「メエエ?」
「こんなに霧がでていることあったっけ?」
森の中はいつもの様子と違うことに気づき相棒のウールーと首を傾げながら深い霧が立ち込めている中へ歩みを進め最深部を目指す。途中草むらをかき分けているとことりポケモン、ココガラが飛び出してきたため一戦交えた。ウールーは相手に臆せず体当たりをくらわせ危なげなく勝ち星を掴んだ。目を回していたココガラはそれほど時間をかけずパチリと目を覚まし森の中を飛んでいく。
「ココガラ―ありがとなー」
「メェェ」
バトルをしてくれたことにお礼を言って、先に進もうと足を踏み出そうとした時
ウォーン
聞き覚えのない獣の鳴き声が森の中に響き渡る。何事かと見渡しても霧が深まり遠くまで見通すことが出来ない、ジワリと汗が垂れるが此処で立ち止まっても仕方がないとホップは勇敢に奥地を目指し走り出した。
「メェ…」
「なんか、やばい感じの霧に突っ込んじゃったな…ウールーはボールに戻ってるか?」
「メエエエ!」
「一緒にいてくれるのか!ありがとな」
ボールに戻ることを拒否したウールーを前に、ホップは嫌な予感が胸の内に膨らみ内心ほっとしていた矢先それは的中する。
間近のものさえ識別できないほど霧が森の中に立ち込めており、方角も分からなくなってしまったのだ、さらに近づく謎の遠吠え。これまで聞いたことのない声に動揺せずにはいられなかった。
「兄貴、早く来てくれないかな…」
ぽろりと、大きな背中を思い出し呟くと背後から見られているような気がしておそるおそる振り返った先には見たことが無い不思議なポケモンが佇んでいた。
獣のような風貌で青い毛を生やしている。どこからか吹き抜ける風に鬣は揺らめき圧倒的存在感を示していた。
「え、ポケモンか!?」
「メェ!」
「あ、待てウールー!」
尻込みしたホップだったが、相棒を守ろうとウールーは真正面から向かっていき体当たりを謎のポケモンに食らわせる。しかし、全く動じた様子を見せないそのポケモンが一鳴きするだけで空気はびりびりと震えウールーはコロコロと転がって後退してしまう。
「ウールー!くそぉ、どうしよう…っあれ?」
謎のポケモンに向き直ったはずが、さっきいた場所にはいない。
どこかへいってしまったのだろうか。
「グオゥ」
「アレ」
振り返ったらまた背後にそのポケモンが居て、襟首を加え上げ、走り出した。ってあれ。
「えええ!?ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ!どうしようどうしよう…ウールー!何とか兄貴でも誰でもいいからこのこと伝えてくれ———!」
軽く首が閉まっているけれどなりふり構っていられない。叫べるだけ声を出してウールーに伝言を残し、何もできないまま謎のポケモンに連れ去られてしまった。
「…メエ?」
相方の遠のいていく声に何とか気づき、目を覚ませば霧が晴れた場所に転がっていたウールー、良く通っている道だしホップのことが心配だが追いかけるよりも彼の言う通りにしようと思い、踵を返してホップの自宅へ駆けだした。
*
「ヒエエエどこまで連れてくんだよ~列車よりも早え~…」
霧が深くなっていく中何も見えないホップだったが、自身を加えるポケモンは迷うことなく右へ左へ曲がっては川を飛び越え駆け抜けていく。自分の何十倍も速い脚、景色が目まぐるしく変わり一人感想をごちながらも襟首を支点にぶら下がっている状態のホップは何度も振り子のように大きく揺れぐるぐると目を回していた。
それほど時間は経過していなかったのかもしれないが揺れまくった頭では何も考えることが出来ず、自身を連れ去ったポケモンが静かに地上へ卸してくれたのだがものの数秒も持たずへなへなと倒れ込む。
「うわぁずっと目が回ってるぞ~…」
力ない声に流石に謎のポケモンも配慮が足りなかったと改めたのかホップの頬を一舐めするも、視界の揺らぎが落ち着くまでは時間を要した。
暫くして揺らぎが落ち着いたホップであったが、目の前の光景を見て「まだ俺調子戻ってないのかな」と零すほかなかった。
森の中で現れたポケモンは青かったが、目の前にいるそれは紅い体躯に群青の鬣がまるで侍のようにまとまり、風に揺らいでいる。前者よりもがっちりとしたイメージを持つが、見た目が似ていること以上は考えられなかった。威厳あるポケモンの腹部にはもたれかかるようにしている少女がいたから。
兄と一緒に見た映画で、不思議な鉱石を持った少女が空から落ちてくる場面があったが、これでは
「…兄貴、森の中に女の子がいるぞ」
謎の少女がそこにいたとしか説明しようがなかった。
*
そこからの流れはトントンと進んでいった、連れてくる分にも一瞬だったかもしれないけれど立ち直りまで時間がかかったから、ホップはもう良く分からない。
というのも、2匹の謎のポケモンはどうやら彼を女の子に会わせたかったようだった。青いポケモンに背中を突かれて促されるまま少女に近づいてみれば二匹が心配そうにしているのも納得がいった。全身ずぶぬれで、呼吸がか細い、寒さゆえか唇も青く、手の甲に自分の手を重ねてみると氷のように冷たい。何故こんな状況になっているのか分からなかったが彼らが助けようとしてくれたのは理解し、とにかく病院へ連れて行かなければと思い至る。
「二人ともこの子を助けてくれたんだな、ありがとう!俺が病院に連れていくから安心してくれ!」
「ウォーウ」
覇気のある姿に腰が引けてしまうのはしょうがないことだと思うが、彼らは別段気にする様子はなく、優しい眼差しで終始力なくもたれかかる少女を起こすポップを眺めていた。不可抗力でポケモンの赤い毛並みに触れたのだが大分ふわふわでギャップを感じてしまうも、もう一度触りたくなる欲求は抑えた。
此処から帰らないと助けることが出来ない。ホップは迷うことなく背負おうとして少女に背を向けた時だった。赤い見た目のポケモンが態々回り込んできたと思ったらまたその体制を低くしたのである、その行為の糸が分からずボケッとしていればそれは顎でしゃくったりホップに鼻面を突いてきたりして何かを伝えようとしているようだった。
「もしかして、乗せてってくれるのか?」
少女が落ちないよう慎重に持ち上げて乗せてからホップはポケモンの背に乗るもどこを掴んでいればいいのか躊躇している間に彼は勢いよく駆け出した。咄嗟に赤い体毛をを掴み少女が落ちてしまわぬよう抱き寄せる。
ホップが連れていかれたところは横目にアーチ状の石碑を捉えたりしたことから其れなりに森の奥だったと思われるが、木々の間をぬうように走り川から飛び出た石に危なげなく着地しては木を飛び越えるほど跳躍してどんどん走り抜けていく。
なんだか不思議な気分だった。確かにポケモンと人間が共存している場面はあるししっかりポケモンセンターのように人がポケモンを助けてくれることは知っているが、ポケモンも又一人の人間を助けようとしているなんて。
「ポケモンって、すごい優しいんだな」
「ウォウ」
「あ、着いた!」
色々考えている内に森の先が開けている場所に辿り着く、出口だ。
再び体勢を低くしてくれた彼にありがとうと言って先に飛び降りて今なお意識を失ったままの少女を降ろし、背中に背負う。
「ここまで連れて来てくれてありがとうな!後は任せてくれ」
狼のような見た目をしているが返してくれる声は穏やかなものだった、小さく鳴いたそれは頼んだ、と言ったんだろうか。スクっと立ち上がって青い毛色を持つだろう森の奥へ一瞬で去っていく。その場にはホップと彼女だけになり、過ぎ去ってしまった時間に名残惜しく感じながらも、ホップは森を出て川を越えた先にある自分の家を目指すことにした。病院に向かわなければならないもののここは田んぼが広がる田舎町、隣町のブラッシータウンに
大きな病院があるが、呼吸がさらに小さくなっていく少女がだんだん怖くなってホップは頼りになる母のところへ行きたかったから。
身じろぎ一つしない彼女に一抹の不安は膨らむも、あんな凄いポケモン…かはわからないがとにかく託されたのだ。
ポケモンをもらえるということで湧き立つ体力と気持ちをいまここでばねにしながら必死に走り続ける。
「よし!もうちょっとでつくからな!」
「ヒーン…」
「ん?」
突然聞こえた寂しそうな声音にホップは何とか足をとめることなく振り返った、そこにはいつからいたのだろうか、しましま模様の角を生やし仔馬の見た目をしたポケモン。
図鑑で見た時はパステルカラーの毛は足元や首筋からふわふわとしていたが、水に濡れたのか地面に着いたそれらはここまで引きずっていたようで酷く汚れていたが一点を見つめる視線が酷くモノ悲しい。
「おまえ、どうしたんだ?」
そう問いかけたのと同時に、背負う少女が微かに身じろいだ。
「あれ、ホップじゃ~ん!何してんの~」
「プルル!?」
「あ、おいまてって!!」
馴染み深い声が耳に入った束の間、目をパチクリさせたポケモンはとても驚いたようで飛び上がるとそのまま森の方へ一心不乱に駆け出してしまう、ホップは引き留めようとした時には既に橋を渡り終えてしまっていた。走った後にはしっぽを引きずった跡がありありと残っている。
「ん?なんかいたの?」
「ソニア…」
近寄ったソニアは先ほどまでいたポケモンが見えていなかったらしい、こちらの状況を把握していないし野生のポケモンに何やってるんだと言いたいところだが彼女に悪気があったわけではない。だけどジトっとした目つきになってしまうのはしょうがない。
「何よその目は…てその子」
あきれた様子のホップにソニアは少々たじろいだがようやく彼が背負っている存在に気づく。ポケモンの一件で忘れていたことにホップはさっきの感触を思い出す。
「そうだ、ソニア!なんか色々話したいことはあるんだけどさ、コイツ森の中で倒れてた…んだ!」
「なんでそこで言葉を濁すのよ……というか森?まどろみの森ってこと?」
「そうだぞ、それでコイツずっと気を失ってたみたいなんだけどさっき少しだけ動いたんだ!俺、病院行かなきゃって思ったけど、凄く不安になって…かーちゃんのとこ行こうと思って」
「なんでそれを早く言わないの!!」
事の経緯を説明していたらソニアは辺りに響くような高い声音にホップはびくっと震え体を縮こませる。怒られる、そう思った彼だったが、ソニアはホップを見向きもせず少女の額に手を添える。
「酷い熱…ホップ、そのまま背負える?」
「え、おう…」
「もう少し頑張って、このままグロッシータウンの病院行こう。凄い高熱……急ぐわよ」
「あ、待ってよソニア!」
先導するように駆けだしたソニアをホップはずり落ちそうになった少女を背負い直して追いかける。大人に敢えて少しばかり見えない重荷が落ちたのか疲れてはいるけれどさっきより走りやすい。
*
プルル…振動と共になりだしたスマホをポケットから取り出して、ダンデは画面に映る名前を見て即座に着信をタップした。
「ソニアか!見つかったか?」
「ダンデ君今どこ!?」
お互いが切羽詰まったように繋がるやいなや開口一番問いかけるものだから相互の声が重なり会話が成立しない。ごめん、というタイミングも同じで、ダンデは一度リザードンに停止を命じ、直ぐ呼びかけに答えられるよう空中に浮遊する。
「それで、例の少女は見つかったか?」
「ダンデ君女の子が行方不明ってしか言ってないけどリアルタイムでこんなことになってたら多分この子だとおもうけどね?!私今ブラッシータウンにいるんだけどさ!」
どうやら走りながら電話を掛けてくれているようで息を切らしながら声を張り上げていることが分かった。あの少女が見つかった、その言葉を聞いた瞬間ダンデはリザードンに指示を出しソニアが告げた街に向かった。主人の焦燥を感じ取ったリザードンはいつも以上のスピードを出しているため体を低くしていなければ吹き飛ばされてしまう。風の流れも速く耳元に当てる携帯からは時々ノイズが鳴ったが、ソニアの言葉を拾おうとダンデは集中した。
「ダンデ君があった子、茶髪のロング?」
「髪は長かったと思うが…」
「グレーのパーカー来てる?」
「多分そうだったかな…」
「埒があかないわ!とにかくブラッシータウンの病院に来て!ちょっと高台にあるところ!」
「あぁ、覚えているさ。今リザードンが向かってくれている!」
「今日は迷ったりしないでよ!」
「勿論だ!ソニア、すまないがその子のこと宜しく頼む」
「ホップくん頑張ったんだからね!後からちゃんと褒めてあげて!」
それを最後に着信は途絶えてしまった、最後にホップが出てきたがまずは少女のことを最優先する。
電話を受けた時ワイルドエリアの東の方へに移動してしまっていたダンデ達。リザードンの働きで南西付近を捜していたのだが手掛かり一つ見つけられず、周囲に協力を仰ぎながらあたり一帯を探すため移動していたのだ。
会えば分かるはずだがソニアに指摘された通りうろ覚えな自分にはあきれしか生まれない。ポケモンバトル以外はからっきしだ。リザードンが居なければソニア達がいる街に向かうことさえ無理だろう。
「君の主人が見つかったかもしれない、このままついて来てくれ!」
「クロッ!」
リザードンのスピードはそこらのポケモンより秀でているものだが後れを取らず並走するクロバットをみてダンデは感心せずにはいられない。
「大切に、育てているんだな」
湖を幾つか通り過ぎて山を三つ四つと越えた先には長閑な街、ブラッシータウンが見渡せた。山々に囲まれる中、小さい頃怪我をするたびに世話になった病院を見つけて彼らはやっと地上に降り立つ。病院の外ではソニアが待ってくれていて、気づいた彼女はダンデに駆け寄った。
「すまないソニア、遅れた!」
「今日は幾らか早かったわね、大丈夫よ」
「…彼女の様子はどうだ」
「…会った時、違和感があったんだけど、あの子体の中に異常に河水を飲んでたみたいなの。ホップがまどろみの森で見つけたっていうから、多分何かしら原因があって川でおぼれたんじゃないかって…」
事の次第をソニアから伝え聞き、自分が関係ないところを探している間に辛い目にあっていたことを知ったダンデは自身の体温が急激に下がっていくのを感じた。
顔が強張るダンデにソニアは苦笑しながら、改めて大丈夫だと声を掛ける。
「危険な状態であることに変わりはないけど、さらにひどい状況になる前に病院に連れて来てくれたから一命はとりとめたわ。ごめんね、回りくどい言い方になっちゃって」
「大丈夫だ、ありがとう」
お互い安堵した表情になるが、ただ、とソニアは少しだけ顔を険しそうにゆがめる。
「どうしたんだ?」
「…うん、結構やばい問題なんだけど、それよりさ」
要領を得られないダンデは聞き返すことしか出来ないが、ソニアが指差した先を見て間抜けにもアッと声を漏らした。
「その…ポケモン?大丈夫?」
閉まった扉の前で右へ左へ行き来するクロバットは目元に溢れる涙を零すまいとしているようだったが今にも決壊しそうだった。
*
人が通る道から大分逸れた茂みの中で、全身が濡れ泥に塗れる一匹のポニータがぐったりと横になっていた。力不足で川で溺れてしまった時、見知らぬ2匹のポケモンが少女と共に川辺に引き上げてくれたのだ。凛々しいその姿に憧憬を抱いたのも束の間、少女が危ないことを彼らに言われたポニータはそれ以上何もすることが出来ず、全く目を空けない少女に顔を舐めたり体を突いてみたりすることしか出来なかった。どのくらいそうしていたことだろうか、たまにゴポリと音を立てて少女の口元から漏れる水に毎回吃驚していると、いつの間にか姿を消していた、名前を聞くところにザシアンは一人の人間を連れてきており臆病なポニータは森の奥に逃げてしまったのだが、いつのまにかもう一方のザマゼンタにまたがって森から出ようとしているではないか。咄嗟に追いかけるも泳ぎ着かれた体では満足に走ることが出来ず、音を聞き分け森の出口に向かって既に遠い少年と背負われた少女の姿を見つけて何とか追いつくことが出来たのだ。
彼女は大丈夫か、君は悪いことをしないか。
色々問いかけたかったが自分の言葉では別の生物と話すことは出来ないし、突然知らない声が飛んでくるうえ大きいものだったから驚きの余り森にUターンしてしまったのだ。ここまで怯える自分の性格が恨めしいと思ったことは無い。
結局森に戻ったところで体はヘトヘトで覚えたての技をだし続けたことが止めとなったが、これでよかったのだろうとポニータは考える。自分では彼女をあれ以上助けることが出来なかった、人間に任せた方がきっと良い結果になるというのは記憶が証明している。
だけど、会うことが出来た。ずっとぽっかり空いた穴が塞がったような気さえした。
自分が元気になったら、また彼女に会いに行こう。そう心に決めてポニータは重たくなる瞼をそのまま閉じた。
そこへ忍び寄る二つの影、深い意識の中で眠り続ける幼子をじっと見つめると労うようにオボンのみと水を含んで重たくなったそれを音が鳴らないようにそっと添えてその場を立ち去った。
▼ポケモンが何かを訴えている…