01 行くぞガラル地方!数多の出会いと繋ぐ願い
名前ーイズー
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
膝あたりまで伸びた草むらを嗅ぎ分けて一つの茂みの向こう側へ、そこには隠しきれていない体の一部がひょっこりと飛び出していた。そっと忍び寄ってみたけれど人間よりも発達した感覚が察知したのかこちらを振り返る、だけど相手が気づいていた瞬間にはすでに私の手は目当てのものに触れていて。
轟轟と猛々しい炎の毛色、森の木漏れ日が射しこむ中で宝石のような輝きを放つそれは神秘的なものだった。
思わず手を伸ばしてしまったものだから火傷特有のジンジンする痛みにその場で泣き出した。突然何もなかったところに気配が出現し己の体に触れられたら誰しも驚愕し警戒心を露にするだろう、傍から見ればいきなり攻撃して喚いているのと何ら変わらない。今思うと結構危険行為だったなと感情に身を任せた自分の危なさが見て取れる。しかし、そんな素振りを一切見せず寧ろ近づいてきてはその場でオロオロと困ったように歩き回っていた。
ヒリヒリとした痛みを指先は訴え続け、泣き腫らした顔で帰路に着けばどうしたんだと心配されてから馬鹿なことをやるなと叱られて。色々手当を受けるうちに痕を残さず無くなった火傷だけれど、その過程があの日何かに出会ったことを如実に示していて、私は周囲の目を盗んで数日ぶりにまたあの日向かった草むらへ行く。もう一度、あの姿に会いたくて。クリッとした丸い瞳、四肢はすらりと伸びていて大地を踏みしめている、なによりも揺らめく碧瑠璃が目の奥にこびりついてしまった。
中央に不自然な窪みの生じた草藪を見つけてこの身を突っ込ませてみれば、「また会えた」というように、勢いよく駆け寄ってたキミは茂みがら突きだす私の頬を舐めてくれたね。
*
ピピピピピ…
無機質な音は、毎朝耳にする目覚まし時計。デジタル仕様のそれはぴったり7時を映し出していて開けた窓の向こうから陽光が刺し込んできている。冬場も近くなり日の位置は低めだからこの時間になるといつも目を覚ませと言わんばかりに目の奥を焼くような熱に苛まれる。
クアッとみっともないあくびを披露して、まだ寝ぼける頭を軽く振り身支度を整え階下でお決まりのおはようの挨拶。卓上には朝食が揃っていてこんがり焼けたトースターにレタスとベーコン、目玉焼きがのったそれを食べる。黄身半熟なのは甘みが出るから好きなんだけど、服を汚さないかひやひやして落ち着いて食べれないんだよなあ。
ブラックは無理だから母さん特性のカフェオレを飲み干して御馳走様。手持ちのポケモンたちはまだフーズを食べてる最中だから先に自分の部屋に戻り、昨日の内に用意した着替えや道具を念入りにチェックし直して愛用のレザーボストンに詰め込んでいく。何種類の色と柄があるうち無地のそれを選んだのは燻ぶる記憶の奥底で青が揺らめいたから。
「キキキッ」
「そうだねえ、貴方と出会った時の色でも勿論あるよ。これ買った時ゴルバットだったもんね」
バタバタと忙しなく4つの羽を羽ばたかせ狭い室内を飛び交回るのは紫の体躯をしたクロバットだ、シンオウ地方のあれたぬけみちで弱っているところを助けたら妙に懐かれてしまいそのままモンスターボールを向けたらゲット、バトルをしなくても仲間にできるんだと知った瞬間だった。先走りたくなる性格のようでボールから出したら最後、遥か彼方であちこちに頭をぶつけながら悲しそうに泣いていた、進化してからは目も発達して心も成長したのか傷を作ることは減ったけども、やっぱりスタートダッシュが早すぎてこけてしまうのはたまにきず。
そう思っていたら何故かクロバットがしょげている。どうやら私が胸の内でぼやいたことを察知したらしい。
「お前、どくひこうって言われながらエスパー持合せてるのか?」
「ギ?」
「そんなわけないよね、口にしてないこと分かったら流石に怖いわ」
「イズ~!間に合わなくなっちゃうわよお~」
「分かってます~」
私の部屋が二階の端であろうと一階からでも丸聞こえな母さんの声が急かしてくる。後に慌てなくていいように準備しているというのに、少しだけ機嫌を損ねるも初日から嫌な気持ちで行動したいとは思わない。大きなため息をついて幸せを逃がしながら鬱な心も吐き出す。
せっせと荷物を詰め込んで、忘れないようにとコートのポケットにしまっていたチケットも確認する。シンオウ地方を東西に隔てるテンガン山から離れた場所に建設された空港はコトブキシティからソノオタウンに向かう道の途中にある、ここは新幹線が走ったりしていないから基本移動手段は徒歩か自転車というなんという健康的で時間がかかるものか。人の足でも半日かかってしまうが家でのんびり寝て居られたのは、階段を駆け下りる私の後を追うクロバットの御蔭なのだ。
「忘れ物はない?ハンカチとティッシュ、何かあった時の薬は持っておきなさいよ。
おこづかいは前あげた分で足りるかしら…怪我したらちゃんと連絡するのよ」
「あーも—分かったって。一体出掛ける間際にいくつ言えば気がすむのよ」
「そんなこと言ったって、あなたは大事な子に代わりないんだから」
玄関先で腰をかけ吐きなれたスニーカーを履いていると、小言を増やしながら母さんが逸振りか頭を撫でてくる。出立の日はいつも同じことをするから子ども扱いされてることに嫌気がさして前回初めて反抗してその手を振り払ったのだが、驚いて悲しそうに笑ったのが記憶に残る。今回は大人しく撫でられれば満足そうに笑う母さんをみてため息を零すほかない。
「クロクロ」
「なあに、別に嬉しくもなんともないんだから」
どんなに旅に出て帰ってきたってまだまだ子供と扱われるのはどこかこっぱずかしい。すっと腰を上げれば段差がある分見上げる形にはなるけれど、同じ場所に並んだならば私の方が幾らか背は高いのに。
そんな私たちを微笑ましそうにクロバットが笑うから軽くどついた。
「離陸は確か11時だったけ」
「そうだよ、今8時過ぎだから余裕」
都会のコトブキシティを訪れた時にクイズに正解して貰った腕時計型で様々な機能が搭載されているポケッチは大分月日が経ったけれど今でも現役。困った時にコイントスはくるくる回る。それが表記する時間は予定よりも小さいものであったため大分余裕が持てた。
「そうね……あそこにも寄っていくんでしょう?」
「…うん」
「じゃあ、はいコレ。あの子にあげてもいいし、クロちゃんの旅のお供に」
手渡された四角い堤に入っていたのは楕円型で軽く装飾された母さんお手製のポフィン。赤、青、黄…いろんな色のポフィンが詰まっている。これも恒例行事みたいなもので半日ももたずに手元から無くなってしまうのだから、手持ちの子らは食い意地が張っていたのだろう。
「ありがと」
ポケモンは大喜びだから有難く受け取ってバッグの外口にあるポケットへ入れておく。
さて、時間もそろそろだ。靴を引っ掛けドアを開ける。大安の如く見事な快晴、順調な出だしだ。朝方でもぽかぽかとした陽気に眠気を誘われるが、あとからいくらでも寝れるんだ。頬をパチンと叩いて振り払う。
庭の日向で日光浴をしている彼はそんな私に気づいたようでノソノソとこちらに寄ってきた。
「ドダイトス、そろそろ行くね。母さんのこと宜しく」
地元であるシンオウ地方を初めて旅するために、ここを拠点に活動するナナカマド博士から貰った最初のポケモン、ナエトル。幾つものバトルを重ねていき、可愛らしい亀のような見た目をした彼は今や、まるで大陸が動くような、逞しい姿に進化している。
「別に私は大丈夫よお」
「そう言うけどさ、父さんはいつも家を留守にしてるし、一時ポケモンセンターに何度も私のこと聞いて回るのはほんとやめて。噴煙起こしそうな勢いで発熱したんだから」
「う、その節はごめんなさい」
父と母と私の三人暮らし、ポケモンは沢山住んでいるけれど、母さんたちが子供の頃より前からいるという子も多く皆のんびりしていることの方が多い、私も家を長期留守にすることからどっしりと構えるドダイトスには実家を守ってもらうのと母の寂しさ半減担当に任命。
「ドダァ」
素直な彼が大口を開けて一鳴きする姿にはほっこりするけれど、どこか寂しそうに眼を伏せたから頭を撫でてやれば気持ちよさそうに摺り寄せてきてくれて本当にかわいい。
腰に引っ掛けたモンスターボールを一つ母さんに手渡せば、ベルトに繋がっているのはクロバットのヒールボールだけ。
旅先に不安を覚えるのは無理という話だけれど、それと同じくらい未知の世界へのワクワクがとまらない。
「それじゃあ母さん、皆、行ってきます」
「行ってらっしゃい!偶には連絡頂戴ね、私もスマホに買い替えたからいつどこでも貴方の電話をとれるわよ!私からもトーちゃんの写真、一杯送るわね!」
「母さんのその切り抜きニックネームどうにかならないかな…まあいいや、ハイハイ分かりましたよ~それじゃあね~」
いつもの笑顔で送り出してくれる母さんに背を向けて、私はクロバットの背に飛び乗ると、彼は気合を入れて元気よく空へ向かって飛び出した。
「体に気を付けるのよ!三食ちゃんと食べて、元気にやってね!」背中越しに受けられる幾つもの懸念が投げかけられるも次第に聞こえなくなるあたりでクロバットはどんどん加速していく。風が頬を撫で、髪や服が勢いに乗って大きくはためいた。振り落とされないようにしがみつきながら眼下を覗けば炭鉱に囲まれたクロガネシティ、私の生まれ育った旅立ちの街。
「9時前になっちゃったか、母さん小言多すぎなんだよなあ…でも十分だね、ちゃんと報告してから向かおうか」
「キキキッ!!」
元気よく返事をしてくれたクロバットを一撫でする間に目先に連なるテンガン山。
あの頂にはこの地方に祀られる伝説のポケモンが降臨する祭殿がある、いつかまた見てみたいなあ。
*
ブルル、と形容しがたい寒気を感じ取り、全身を総毛だたせながら小刻みに体を震わせる。近場で休んでいた桃色の体躯に花の模様がのりバクのようなポケモン、ムンナは何事かと目を瞬かせると彼がまくし立てる言い分を聞いてふんふんと頷いて見せた。すっと目を閉じて何やら呻ると目を開ける。彼が何か分かったかと問い詰めてもムンナには目の前に見えた情景が良く分からなかったからどう伝えるものかと首を傾げた。といっても丸っこい見た目をしているムンナ、体ごと廻ってしまい一回転して元に戻る。
森が騒がしく吹き荒れたかと思ったら、空から何か影が迫ってきている、だなんて一周廻っても結局分からずじまいだった。都市部から大きく離れたこの森は比較的穏やかで騒々しくなるようなことはほとんどな、。それもこれもこの森で眠る彼らがいるからかもしれないが。ムンナは見たものをそのまま伝えたが、落ち込むそぶりは見せず寧ろ教えてくれてありがとうと笑っては森の中を流れる川を跨いでどこかへ走り去る姿を見届ける。
木々が鬱蒼と生い茂り日の光も抜けない暗がりの森、ここはむしポケモンや彼らを狙ったとりポケモンが多く生息する中で、あの姿はこの森では滅多に見かけないものだった。
親のムシャーナに聞いたところで確かな答えが返ってくることもなくいつの間にか住み着いたためムンナは時折会話を交わしているが、ふときまぐれに見てみれば水面に映る自分の姿をじっと見つめて居たり、柔らかな色合いのふわふわとした尻尾を一心不乱に追いかけたり、硬い蹄で地面を何度も掻いては感触を確かめているようで、なんとなく目を離せなる。ナルシスト、と言いたいわけではないが 自分を見返すような行動には何があるのだろうと思って、1度興味本位で川辺で眠っている時夢の中を覗いてみた。
誰しも寝たからといって虚実の中を泳いでいるわけではないけれど、今回は運良くお目当てのものに辿り着いた。のは良いのだけれど、一口含んだだけで木の実にはないしょっぱい雫のような味が口いっぱいに広がった。胸を締め付けられるような、掴みたくてもすり抜けなてしまうような、言葉に出来ない悲しみが揺らめく炎から流れ込む。
自分が知る姿ではないけれど、まるで我が身のようにその足で広い草原を駈け抜けていくのだから、きっと君なんだろうね。何処までも、何処までも、終わりの見えない地平線を駆け抜けて、その先に夢でも見つけられなかったものを探し当てられると良いね。
「ヒーン…」
仄かな熱を感じてムンナの両目は目覚めよくパチリと開いた。漆黒のクリクリとした双眸が穴が開きそうなほどに覗き込んでいて、ムンナは驚いて全身を震わせた。
「ムンナッ!!!」
「フルルルル?」
「ムニャ…」
いつの間にか眠っていた自分を彼は心配して態々戻ってきてくれたようだった。大丈夫だと伝えれば嬉しそうにムンナの周りをくるくる回る。
元気の有り余る彼、隣人が捜し物を見つけられるのはいつになるやら。
あの予知夢、意外と近かったりするんだろうか。
「プヒッ」
目を回したようで彼を足下が覚束なくなりその場にへばった。なんとも間抜けである。
「ムシャーナ?」
「ムー……」
何処からか木の実を拾ってきた母を前にして、ムンナはやれやれといった様子。ムシャーナは何のことかさっぱりで眠たそうな目を更に伏せた。
全く重い事を考えていなさそうに人…ポケモンは見た目に寄らないものなのである。
*
物音一つ無い静粛な空間。
時々鼻を啜り涙ぐむような悲しい音。
でも、そのうち周りの音は何も聞こえなくなる。
唯々静かに祈りを捧げた。
霊峰を超えて、旅立ちの日にはいつも声をかける。
行って来るね、見守っていてね
それから、ごめんなさいと。
*
雲一つない青空を背にして広大な土地をクロバットの背に乗って滑空するのが、新しい地方に降り立った時にする私のルーティンみたいなもの。これまで4つの地方を回ったけれど何の気なしに始めたこの習慣はただその地方全土を見渡したいがためのもので空中散歩のような感じだ。ぐるっと一周して終わる何気ない空の旅。
今まで大事に至ったことは無いし浮遊感にも慣れた。何よりもクロバットが私のことを気遣って体勢を直したり空を飛ぶ鳥ポケモンを避けてくれているから何の問題もない。
だから今日だって、何気ない一日だと思っていた。風を浴びて、地方特有の街や自然を見下ろして、飛び立った場所に戻ってから始まる新しい旅路。
「クロバット、前より飛ぶの早くなったね!羽も大きくなった?」
「キキッ」
高速で羽ばたく四つの羽は、よく見ると以前より幾らか成長しているように見えた。そのことを聞いてみたら嬉しそうにクロバットは高く鳴く。ずっとそばにいるとそういう身近な変化に気づけないから、分かった時、それがあっていた時は凄く嬉しい。
「わぁ、凄い」
自然と笑みを浮かべてしまう顔をグッと引き締めた。
空港を出てから直ぐ空を飛んでみて北に向かうと遠巻きに天に聳え立つような建物が伺えた、しかし一気に天候が悪くなり猛吹雪、山の天気は変わりやすいというのは地元で学んでいる為そのまま大きく左へ廻って東へ進む。その間に目に映り込むガラル地方の姿には思わず感嘆してしまった。
街を繋ぐ線路がどこまでも続き、岩窟、草原、湖畔が幾つも臨み、振り返る先には険しい雪山。時折可愛らしい鳴き声や怒っているような雄たけびが。一瞬で通り過ぎる景色の中にとことこ歩く見知ったポケモンを見つければ口角が不思議と吊り上がってしまう。
「クロバット!後でここ歩いてみようね!!」
今ここで降りてもいいだろうと呆れたように返すクロバット、どこかふらつく軌道はきっと彼のせっかちな性格ゆえかもしれない。うずうずする気持ちを追違え抑えながらもう少し飛行を楽しんでいた時だった。
「———」
「ん?ごめん、クロバット止まって」
不意に人の声が聞こえてクロバットに静止を呼びかけた。どこから聞こえたのか分からず辺りをキョロキョロ見渡していると、突然視界が暗くなる。雲が太陽を隠したと思ったけれど周囲にはさんさんと陽光が降り注いでいて私だけが笠をかぶったみたい。
「うわっ」
「やあお嬢さん。こんにちは」
「ガウッ」
「こ、こんにちは」
見上げれば逆光のせいで真っ黒な影に思わず声を上げてしまった。目先にいるその姿は見たことがあるものだ、その勇ましい姿はまるで赤い竜、かえんポケモンリザードンが人の言葉を発した。
そんなわけはなく。
視界が白ばんでしまうけれど目上に自分の手でつばを倣えば何とかリザードンの背に乗る人影を視認できた。
キャップを深く被った男性、こちらを覗く金色の瞳はまっすぐ私達を見ていて、少しだけ顔に熱が集まる。
「ガラル地方では見ない珍しいポケモンに誰か乗っていたから思わず追ってきてしまったんだ。ガラル地方はアーマーガアタクシーか列車での移動が主流で、ポケモンに乗っての移動はなかなか見なくてね」
「アーマ…?タクシー?」
聞きなれない言葉に思わず首を傾げてしまう。ポケモンだろうか。
私の様子を見た彼はハハハと楽しそうに笑う。男性特有の低い声だけどやわらかい感じがして馴染みやすかった。
「やはりその様子だと最近この地方に来たばかりかな?」
「今日、来たんです。さっきシンオウ地方から飛行機に乗ってきて…」
「今日!?それもまたすごい、ポケモンに乗って飛ぶのに慣れてるんだな」
「地元だとそれが移動手段だったから」
なるほどな、と得心した彼はうんうんと何度もうなずいてみせ、少し高度を下げて隣に並んだ。好青年って彼のような人を指すんだろうか。
リザードンもこれまで見てきた中で上位に来る逞しさだったけれど、彼も又鍛えているんだろう、露出した腕は筋が通っていて筋肉が浮き出ている。王族っぽいマントを羽織っているけれど見た感じ肩幅もがっちりしていそう。どことなくスポーツマンのような恰好、キョロキョロ視線を巡らしてしまってクロバットに声を掛けられるまで黙り込んでいることに気づかなかった。
はっと彼らを見やれば、少しぽかんとした様子の彼と主を横目に見やりそっと息をつくリザードン。
「ごめんなさい、凄く鍛えてるように見えたから」
「ん、そうか?ありがとう!」
ありがとうと言われても率直な感想だったからいいこと言えたとは思えないしそういえば自己紹介もしておらずお互い名前を知らない状況を打破するにもどうしたものかと思った矢先、下方から赤い光が立ち上り私は急いでクロバットを後退させたが突風が吹いたため振り落とされないよう必死に彼に捕まった。
何か攻撃を仕掛けてきたのだろうか?突然のことで頭が回らない、少し離れたところにリザードンに捕まる彼の姿が見えた。大丈夫かと聞かれて問題ないことを伝えると彼もほっとした様子だった。
「ダイマックスだ!攻撃に備えてくれ!」
声を張って伝えてくれる言葉の中に、最近耳にしたものがある。目の前の光景を前にして、その情報は本当かと半信半疑だった過去の自分を殴りたい。
ダイマックス、ガラル地方にある願い星という鉱石の力でポケモンが巨大化する現象。
バトルの際に圧倒的なパワーを見せるそれは、一定の地域で見られ野生でも出現すると報道していた。
ぐんぐん大きくなり、いかつい黒曜の瞳がぎょろりとこちらを睨みつけた、ぶるりと体が震えて身の毛がよだつ。私は今、凄い場面に臨んでいるのかもしれない。
テレビを通してしか知らなかったポケモンの新たな生態を、初日から見れるなんて。
長く突き出た鼻に一本歯の下駄をはいたような足、足元まで垂れる立派な白髪から覗く威圧的な相貌がぎょろりとこちらを睨み標的に定めたように構える。
「ダーテング…」
よこしまポケモンダーテング、一振りするだけで民家を遠くまで吹き飛ばすような風を巻き起こすと言われている葉っぱの扇子を大きく振りかぶって…え?
「ダアアアアァァ!!」
猛々しい方向と共に繰り出された暴風がそこら一帯を飲み込んでいく。何の備えもしていなかった私達はリザードンに乗る彼から一言受けていたにもかかわらずもろに喰らってしまった。
「キャ…うぅ…」
余りの風の速さに口を開く余裕もなく情けない悲鳴が零れ一気に体が飛ばされそう。
荒れ狂う風にもまれて言うことの利かない自分の体の節々も痛みを訴えてきて、必死にクロバットにしがみついていた手を放してしまった。
あっという間もなく、風に飲み込まれてクロバットはどんどん遠ざかっていく。
砂塵も巻き込んだ竜巻の中で無抵抗な体を持ち上げられる中、ここに来るまでの情景が一瞬で流れていく。フラグって言うんだよね、何か起こしそうな時は意外と話していることだったりするやつ。慣れてるから大丈夫だなんてそんなことなかった。ダイマックスのこ怖さをちゃんと頭に入れておかなかったから。
クロバット、無事でいて。
重力に従い下降していくスピードに耐えきれなくて、私の意識はそこでブツリと切れた。
*
ダイマックスしたダーテングは暴風を放ったものの荒々しい気性は収まらず再び雄たけびをあげた。やり場を失ったダーテングの前に突如立ちふさがったのは紅い炎を滾らせるリザードン。灼熱の炎が繰り出され草タイプのダーテングはひとたまりもなく、一気に沈静化。
巨大化した体は縮小していき、元居た場所には目を回すダーテングが伸びていた。
無事バトルに勝利したはいいが、さっきまで会話をしていた少女の姿が見えず、地上に降りていた彼は辺りを見渡すもそれらしき姿は見えない。暴風のせいで目を開けていることが出来なかったため、あの時離れてしまったことが悔やまれた。探すあてはないが動かずにはいられないため通常通りの大きさになったリザードンに再び跨って大空を飛びあがりあたりを捜索しているとこちらに向かってくる影が一つ。慌てたように4つの羽を羽ばたかせるクロバットだった。ガラル地方には生息していないズバットの最終進化形態。恐らく彼女の相棒に変わりないだろうと近づいていけば、体のあちこちを傷つけながらも涙を浮かべ目を潤ませる彼はポケモンを捕まえるためのボールを一つ咥えている。
どうしたんだ、と尋ねてもやはり長年付き添っているパートナーとは違い慌てふためいている様子しかわからなかったが、見るからに充分であった。
「クオー !」
必死に訴えかけるクロバットの背には、何もなかった。さっきまでダイマックスを前にうっすら笑みを浮かべていた彼女の姿はどこにもない。暴風によってどこかへ飛ばされてしまったのだと理解したとき、ドクリと心臓が早鐘を打った。クロバットから渡された桃色のそれはポケモンを捕まえたらその体力と状態異常にかかっていたら直してくれる特別ボール。
クロバットを優しく撫でていた少女の内が垣間見れる。
「———大丈夫だ!俺も一緒に君の主人を探そう、ついて来てくれるかい?」
「ク…」
「グオゥ」
早く見つけ出さなければ、連絡手段のないクロバットは此方についてきてもらうようリザードンに説得してもらい共に辺りの捜索を始めた。ダーテングが技を向けた方角は南寄りだったはずだが風の吹きようではどこへ飛ばされてもおかしくない。高く登った竜巻。生身の人間が喰らって無事でいられる保証はない。馴染み深い友人に事の顛末を短く告げて何かあったら知らせてほしいと頼んだ。傍から見るとものすごい剣幕だが電話越しだと全ては伝えきるということはない、事を争うと理解した相手は二つ返事で了承してくれたため、ダンデは携帯をしまうと直ぐ目を凝らして探し始める。出会って間もない少女の形容しがたい危うさを肌に感じた。彼の胸の内では焦燥が掻き立てる。
明後日の方向を指さして頼んだ!と託されたリザードンは何も変わらない主人に小さく肩を落とすとクロバットと共に彼が指差した真逆の方向へ飛んでいく。
▼ダーテングの吹き飛ばし!
轟轟と猛々しい炎の毛色、森の木漏れ日が射しこむ中で宝石のような輝きを放つそれは神秘的なものだった。
思わず手を伸ばしてしまったものだから火傷特有のジンジンする痛みにその場で泣き出した。突然何もなかったところに気配が出現し己の体に触れられたら誰しも驚愕し警戒心を露にするだろう、傍から見ればいきなり攻撃して喚いているのと何ら変わらない。今思うと結構危険行為だったなと感情に身を任せた自分の危なさが見て取れる。しかし、そんな素振りを一切見せず寧ろ近づいてきてはその場でオロオロと困ったように歩き回っていた。
ヒリヒリとした痛みを指先は訴え続け、泣き腫らした顔で帰路に着けばどうしたんだと心配されてから馬鹿なことをやるなと叱られて。色々手当を受けるうちに痕を残さず無くなった火傷だけれど、その過程があの日何かに出会ったことを如実に示していて、私は周囲の目を盗んで数日ぶりにまたあの日向かった草むらへ行く。もう一度、あの姿に会いたくて。クリッとした丸い瞳、四肢はすらりと伸びていて大地を踏みしめている、なによりも揺らめく碧瑠璃が目の奥にこびりついてしまった。
中央に不自然な窪みの生じた草藪を見つけてこの身を突っ込ませてみれば、「また会えた」というように、勢いよく駆け寄ってたキミは茂みがら突きだす私の頬を舐めてくれたね。
*
ピピピピピ…
無機質な音は、毎朝耳にする目覚まし時計。デジタル仕様のそれはぴったり7時を映し出していて開けた窓の向こうから陽光が刺し込んできている。冬場も近くなり日の位置は低めだからこの時間になるといつも目を覚ませと言わんばかりに目の奥を焼くような熱に苛まれる。
クアッとみっともないあくびを披露して、まだ寝ぼける頭を軽く振り身支度を整え階下でお決まりのおはようの挨拶。卓上には朝食が揃っていてこんがり焼けたトースターにレタスとベーコン、目玉焼きがのったそれを食べる。黄身半熟なのは甘みが出るから好きなんだけど、服を汚さないかひやひやして落ち着いて食べれないんだよなあ。
ブラックは無理だから母さん特性のカフェオレを飲み干して御馳走様。手持ちのポケモンたちはまだフーズを食べてる最中だから先に自分の部屋に戻り、昨日の内に用意した着替えや道具を念入りにチェックし直して愛用のレザーボストンに詰め込んでいく。何種類の色と柄があるうち無地のそれを選んだのは燻ぶる記憶の奥底で青が揺らめいたから。
「キキキッ」
「そうだねえ、貴方と出会った時の色でも勿論あるよ。これ買った時ゴルバットだったもんね」
バタバタと忙しなく4つの羽を羽ばたかせ狭い室内を飛び交回るのは紫の体躯をしたクロバットだ、シンオウ地方のあれたぬけみちで弱っているところを助けたら妙に懐かれてしまいそのままモンスターボールを向けたらゲット、バトルをしなくても仲間にできるんだと知った瞬間だった。先走りたくなる性格のようでボールから出したら最後、遥か彼方であちこちに頭をぶつけながら悲しそうに泣いていた、進化してからは目も発達して心も成長したのか傷を作ることは減ったけども、やっぱりスタートダッシュが早すぎてこけてしまうのはたまにきず。
そう思っていたら何故かクロバットがしょげている。どうやら私が胸の内でぼやいたことを察知したらしい。
「お前、どくひこうって言われながらエスパー持合せてるのか?」
「ギ?」
「そんなわけないよね、口にしてないこと分かったら流石に怖いわ」
「イズ~!間に合わなくなっちゃうわよお~」
「分かってます~」
私の部屋が二階の端であろうと一階からでも丸聞こえな母さんの声が急かしてくる。後に慌てなくていいように準備しているというのに、少しだけ機嫌を損ねるも初日から嫌な気持ちで行動したいとは思わない。大きなため息をついて幸せを逃がしながら鬱な心も吐き出す。
せっせと荷物を詰め込んで、忘れないようにとコートのポケットにしまっていたチケットも確認する。シンオウ地方を東西に隔てるテンガン山から離れた場所に建設された空港はコトブキシティからソノオタウンに向かう道の途中にある、ここは新幹線が走ったりしていないから基本移動手段は徒歩か自転車というなんという健康的で時間がかかるものか。人の足でも半日かかってしまうが家でのんびり寝て居られたのは、階段を駆け下りる私の後を追うクロバットの御蔭なのだ。
「忘れ物はない?ハンカチとティッシュ、何かあった時の薬は持っておきなさいよ。
おこづかいは前あげた分で足りるかしら…怪我したらちゃんと連絡するのよ」
「あーも—分かったって。一体出掛ける間際にいくつ言えば気がすむのよ」
「そんなこと言ったって、あなたは大事な子に代わりないんだから」
玄関先で腰をかけ吐きなれたスニーカーを履いていると、小言を増やしながら母さんが逸振りか頭を撫でてくる。出立の日はいつも同じことをするから子ども扱いされてることに嫌気がさして前回初めて反抗してその手を振り払ったのだが、驚いて悲しそうに笑ったのが記憶に残る。今回は大人しく撫でられれば満足そうに笑う母さんをみてため息を零すほかない。
「クロクロ」
「なあに、別に嬉しくもなんともないんだから」
どんなに旅に出て帰ってきたってまだまだ子供と扱われるのはどこかこっぱずかしい。すっと腰を上げれば段差がある分見上げる形にはなるけれど、同じ場所に並んだならば私の方が幾らか背は高いのに。
そんな私たちを微笑ましそうにクロバットが笑うから軽くどついた。
「離陸は確か11時だったけ」
「そうだよ、今8時過ぎだから余裕」
都会のコトブキシティを訪れた時にクイズに正解して貰った腕時計型で様々な機能が搭載されているポケッチは大分月日が経ったけれど今でも現役。困った時にコイントスはくるくる回る。それが表記する時間は予定よりも小さいものであったため大分余裕が持てた。
「そうね……あそこにも寄っていくんでしょう?」
「…うん」
「じゃあ、はいコレ。あの子にあげてもいいし、クロちゃんの旅のお供に」
手渡された四角い堤に入っていたのは楕円型で軽く装飾された母さんお手製のポフィン。赤、青、黄…いろんな色のポフィンが詰まっている。これも恒例行事みたいなもので半日ももたずに手元から無くなってしまうのだから、手持ちの子らは食い意地が張っていたのだろう。
「ありがと」
ポケモンは大喜びだから有難く受け取ってバッグの外口にあるポケットへ入れておく。
さて、時間もそろそろだ。靴を引っ掛けドアを開ける。大安の如く見事な快晴、順調な出だしだ。朝方でもぽかぽかとした陽気に眠気を誘われるが、あとからいくらでも寝れるんだ。頬をパチンと叩いて振り払う。
庭の日向で日光浴をしている彼はそんな私に気づいたようでノソノソとこちらに寄ってきた。
「ドダイトス、そろそろ行くね。母さんのこと宜しく」
地元であるシンオウ地方を初めて旅するために、ここを拠点に活動するナナカマド博士から貰った最初のポケモン、ナエトル。幾つものバトルを重ねていき、可愛らしい亀のような見た目をした彼は今や、まるで大陸が動くような、逞しい姿に進化している。
「別に私は大丈夫よお」
「そう言うけどさ、父さんはいつも家を留守にしてるし、一時ポケモンセンターに何度も私のこと聞いて回るのはほんとやめて。噴煙起こしそうな勢いで発熱したんだから」
「う、その節はごめんなさい」
父と母と私の三人暮らし、ポケモンは沢山住んでいるけれど、母さんたちが子供の頃より前からいるという子も多く皆のんびりしていることの方が多い、私も家を長期留守にすることからどっしりと構えるドダイトスには実家を守ってもらうのと母の寂しさ半減担当に任命。
「ドダァ」
素直な彼が大口を開けて一鳴きする姿にはほっこりするけれど、どこか寂しそうに眼を伏せたから頭を撫でてやれば気持ちよさそうに摺り寄せてきてくれて本当にかわいい。
腰に引っ掛けたモンスターボールを一つ母さんに手渡せば、ベルトに繋がっているのはクロバットのヒールボールだけ。
旅先に不安を覚えるのは無理という話だけれど、それと同じくらい未知の世界へのワクワクがとまらない。
「それじゃあ母さん、皆、行ってきます」
「行ってらっしゃい!偶には連絡頂戴ね、私もスマホに買い替えたからいつどこでも貴方の電話をとれるわよ!私からもトーちゃんの写真、一杯送るわね!」
「母さんのその切り抜きニックネームどうにかならないかな…まあいいや、ハイハイ分かりましたよ~それじゃあね~」
いつもの笑顔で送り出してくれる母さんに背を向けて、私はクロバットの背に飛び乗ると、彼は気合を入れて元気よく空へ向かって飛び出した。
「体に気を付けるのよ!三食ちゃんと食べて、元気にやってね!」背中越しに受けられる幾つもの懸念が投げかけられるも次第に聞こえなくなるあたりでクロバットはどんどん加速していく。風が頬を撫で、髪や服が勢いに乗って大きくはためいた。振り落とされないようにしがみつきながら眼下を覗けば炭鉱に囲まれたクロガネシティ、私の生まれ育った旅立ちの街。
「9時前になっちゃったか、母さん小言多すぎなんだよなあ…でも十分だね、ちゃんと報告してから向かおうか」
「キキキッ!!」
元気よく返事をしてくれたクロバットを一撫でする間に目先に連なるテンガン山。
あの頂にはこの地方に祀られる伝説のポケモンが降臨する祭殿がある、いつかまた見てみたいなあ。
*
ブルル、と形容しがたい寒気を感じ取り、全身を総毛だたせながら小刻みに体を震わせる。近場で休んでいた桃色の体躯に花の模様がのりバクのようなポケモン、ムンナは何事かと目を瞬かせると彼がまくし立てる言い分を聞いてふんふんと頷いて見せた。すっと目を閉じて何やら呻ると目を開ける。彼が何か分かったかと問い詰めてもムンナには目の前に見えた情景が良く分からなかったからどう伝えるものかと首を傾げた。といっても丸っこい見た目をしているムンナ、体ごと廻ってしまい一回転して元に戻る。
森が騒がしく吹き荒れたかと思ったら、空から何か影が迫ってきている、だなんて一周廻っても結局分からずじまいだった。都市部から大きく離れたこの森は比較的穏やかで騒々しくなるようなことはほとんどな、。それもこれもこの森で眠る彼らがいるからかもしれないが。ムンナは見たものをそのまま伝えたが、落ち込むそぶりは見せず寧ろ教えてくれてありがとうと笑っては森の中を流れる川を跨いでどこかへ走り去る姿を見届ける。
木々が鬱蒼と生い茂り日の光も抜けない暗がりの森、ここはむしポケモンや彼らを狙ったとりポケモンが多く生息する中で、あの姿はこの森では滅多に見かけないものだった。
親のムシャーナに聞いたところで確かな答えが返ってくることもなくいつの間にか住み着いたためムンナは時折会話を交わしているが、ふときまぐれに見てみれば水面に映る自分の姿をじっと見つめて居たり、柔らかな色合いのふわふわとした尻尾を一心不乱に追いかけたり、硬い蹄で地面を何度も掻いては感触を確かめているようで、なんとなく目を離せなる。ナルシスト、と言いたいわけではないが 自分を見返すような行動には何があるのだろうと思って、1度興味本位で川辺で眠っている時夢の中を覗いてみた。
誰しも寝たからといって虚実の中を泳いでいるわけではないけれど、今回は運良くお目当てのものに辿り着いた。のは良いのだけれど、一口含んだだけで木の実にはないしょっぱい雫のような味が口いっぱいに広がった。胸を締め付けられるような、掴みたくてもすり抜けなてしまうような、言葉に出来ない悲しみが揺らめく炎から流れ込む。
自分が知る姿ではないけれど、まるで我が身のようにその足で広い草原を駈け抜けていくのだから、きっと君なんだろうね。何処までも、何処までも、終わりの見えない地平線を駆け抜けて、その先に夢でも見つけられなかったものを探し当てられると良いね。
「ヒーン…」
仄かな熱を感じてムンナの両目は目覚めよくパチリと開いた。漆黒のクリクリとした双眸が穴が開きそうなほどに覗き込んでいて、ムンナは驚いて全身を震わせた。
「ムンナッ!!!」
「フルルルル?」
「ムニャ…」
いつの間にか眠っていた自分を彼は心配して態々戻ってきてくれたようだった。大丈夫だと伝えれば嬉しそうにムンナの周りをくるくる回る。
元気の有り余る彼、隣人が捜し物を見つけられるのはいつになるやら。
あの予知夢、意外と近かったりするんだろうか。
「プヒッ」
目を回したようで彼を足下が覚束なくなりその場にへばった。なんとも間抜けである。
「ムシャーナ?」
「ムー……」
何処からか木の実を拾ってきた母を前にして、ムンナはやれやれといった様子。ムシャーナは何のことかさっぱりで眠たそうな目を更に伏せた。
全く重い事を考えていなさそうに人…ポケモンは見た目に寄らないものなのである。
*
物音一つ無い静粛な空間。
時々鼻を啜り涙ぐむような悲しい音。
でも、そのうち周りの音は何も聞こえなくなる。
唯々静かに祈りを捧げた。
霊峰を超えて、旅立ちの日にはいつも声をかける。
行って来るね、見守っていてね
それから、ごめんなさいと。
*
雲一つない青空を背にして広大な土地をクロバットの背に乗って滑空するのが、新しい地方に降り立った時にする私のルーティンみたいなもの。これまで4つの地方を回ったけれど何の気なしに始めたこの習慣はただその地方全土を見渡したいがためのもので空中散歩のような感じだ。ぐるっと一周して終わる何気ない空の旅。
今まで大事に至ったことは無いし浮遊感にも慣れた。何よりもクロバットが私のことを気遣って体勢を直したり空を飛ぶ鳥ポケモンを避けてくれているから何の問題もない。
だから今日だって、何気ない一日だと思っていた。風を浴びて、地方特有の街や自然を見下ろして、飛び立った場所に戻ってから始まる新しい旅路。
「クロバット、前より飛ぶの早くなったね!羽も大きくなった?」
「キキッ」
高速で羽ばたく四つの羽は、よく見ると以前より幾らか成長しているように見えた。そのことを聞いてみたら嬉しそうにクロバットは高く鳴く。ずっとそばにいるとそういう身近な変化に気づけないから、分かった時、それがあっていた時は凄く嬉しい。
「わぁ、凄い」
自然と笑みを浮かべてしまう顔をグッと引き締めた。
空港を出てから直ぐ空を飛んでみて北に向かうと遠巻きに天に聳え立つような建物が伺えた、しかし一気に天候が悪くなり猛吹雪、山の天気は変わりやすいというのは地元で学んでいる為そのまま大きく左へ廻って東へ進む。その間に目に映り込むガラル地方の姿には思わず感嘆してしまった。
街を繋ぐ線路がどこまでも続き、岩窟、草原、湖畔が幾つも臨み、振り返る先には険しい雪山。時折可愛らしい鳴き声や怒っているような雄たけびが。一瞬で通り過ぎる景色の中にとことこ歩く見知ったポケモンを見つければ口角が不思議と吊り上がってしまう。
「クロバット!後でここ歩いてみようね!!」
今ここで降りてもいいだろうと呆れたように返すクロバット、どこかふらつく軌道はきっと彼のせっかちな性格ゆえかもしれない。うずうずする気持ちを追違え抑えながらもう少し飛行を楽しんでいた時だった。
「———」
「ん?ごめん、クロバット止まって」
不意に人の声が聞こえてクロバットに静止を呼びかけた。どこから聞こえたのか分からず辺りをキョロキョロ見渡していると、突然視界が暗くなる。雲が太陽を隠したと思ったけれど周囲にはさんさんと陽光が降り注いでいて私だけが笠をかぶったみたい。
「うわっ」
「やあお嬢さん。こんにちは」
「ガウッ」
「こ、こんにちは」
見上げれば逆光のせいで真っ黒な影に思わず声を上げてしまった。目先にいるその姿は見たことがあるものだ、その勇ましい姿はまるで赤い竜、かえんポケモンリザードンが人の言葉を発した。
そんなわけはなく。
視界が白ばんでしまうけれど目上に自分の手でつばを倣えば何とかリザードンの背に乗る人影を視認できた。
キャップを深く被った男性、こちらを覗く金色の瞳はまっすぐ私達を見ていて、少しだけ顔に熱が集まる。
「ガラル地方では見ない珍しいポケモンに誰か乗っていたから思わず追ってきてしまったんだ。ガラル地方はアーマーガアタクシーか列車での移動が主流で、ポケモンに乗っての移動はなかなか見なくてね」
「アーマ…?タクシー?」
聞きなれない言葉に思わず首を傾げてしまう。ポケモンだろうか。
私の様子を見た彼はハハハと楽しそうに笑う。男性特有の低い声だけどやわらかい感じがして馴染みやすかった。
「やはりその様子だと最近この地方に来たばかりかな?」
「今日、来たんです。さっきシンオウ地方から飛行機に乗ってきて…」
「今日!?それもまたすごい、ポケモンに乗って飛ぶのに慣れてるんだな」
「地元だとそれが移動手段だったから」
なるほどな、と得心した彼はうんうんと何度もうなずいてみせ、少し高度を下げて隣に並んだ。好青年って彼のような人を指すんだろうか。
リザードンもこれまで見てきた中で上位に来る逞しさだったけれど、彼も又鍛えているんだろう、露出した腕は筋が通っていて筋肉が浮き出ている。王族っぽいマントを羽織っているけれど見た感じ肩幅もがっちりしていそう。どことなくスポーツマンのような恰好、キョロキョロ視線を巡らしてしまってクロバットに声を掛けられるまで黙り込んでいることに気づかなかった。
はっと彼らを見やれば、少しぽかんとした様子の彼と主を横目に見やりそっと息をつくリザードン。
「ごめんなさい、凄く鍛えてるように見えたから」
「ん、そうか?ありがとう!」
ありがとうと言われても率直な感想だったからいいこと言えたとは思えないしそういえば自己紹介もしておらずお互い名前を知らない状況を打破するにもどうしたものかと思った矢先、下方から赤い光が立ち上り私は急いでクロバットを後退させたが突風が吹いたため振り落とされないよう必死に彼に捕まった。
何か攻撃を仕掛けてきたのだろうか?突然のことで頭が回らない、少し離れたところにリザードンに捕まる彼の姿が見えた。大丈夫かと聞かれて問題ないことを伝えると彼もほっとした様子だった。
「ダイマックスだ!攻撃に備えてくれ!」
声を張って伝えてくれる言葉の中に、最近耳にしたものがある。目の前の光景を前にして、その情報は本当かと半信半疑だった過去の自分を殴りたい。
ダイマックス、ガラル地方にある願い星という鉱石の力でポケモンが巨大化する現象。
バトルの際に圧倒的なパワーを見せるそれは、一定の地域で見られ野生でも出現すると報道していた。
ぐんぐん大きくなり、いかつい黒曜の瞳がぎょろりとこちらを睨みつけた、ぶるりと体が震えて身の毛がよだつ。私は今、凄い場面に臨んでいるのかもしれない。
テレビを通してしか知らなかったポケモンの新たな生態を、初日から見れるなんて。
長く突き出た鼻に一本歯の下駄をはいたような足、足元まで垂れる立派な白髪から覗く威圧的な相貌がぎょろりとこちらを睨み標的に定めたように構える。
「ダーテング…」
よこしまポケモンダーテング、一振りするだけで民家を遠くまで吹き飛ばすような風を巻き起こすと言われている葉っぱの扇子を大きく振りかぶって…え?
「ダアアアアァァ!!」
猛々しい方向と共に繰り出された暴風がそこら一帯を飲み込んでいく。何の備えもしていなかった私達はリザードンに乗る彼から一言受けていたにもかかわらずもろに喰らってしまった。
「キャ…うぅ…」
余りの風の速さに口を開く余裕もなく情けない悲鳴が零れ一気に体が飛ばされそう。
荒れ狂う風にもまれて言うことの利かない自分の体の節々も痛みを訴えてきて、必死にクロバットにしがみついていた手を放してしまった。
あっという間もなく、風に飲み込まれてクロバットはどんどん遠ざかっていく。
砂塵も巻き込んだ竜巻の中で無抵抗な体を持ち上げられる中、ここに来るまでの情景が一瞬で流れていく。フラグって言うんだよね、何か起こしそうな時は意外と話していることだったりするやつ。慣れてるから大丈夫だなんてそんなことなかった。ダイマックスのこ怖さをちゃんと頭に入れておかなかったから。
クロバット、無事でいて。
重力に従い下降していくスピードに耐えきれなくて、私の意識はそこでブツリと切れた。
*
ダイマックスしたダーテングは暴風を放ったものの荒々しい気性は収まらず再び雄たけびをあげた。やり場を失ったダーテングの前に突如立ちふさがったのは紅い炎を滾らせるリザードン。灼熱の炎が繰り出され草タイプのダーテングはひとたまりもなく、一気に沈静化。
巨大化した体は縮小していき、元居た場所には目を回すダーテングが伸びていた。
無事バトルに勝利したはいいが、さっきまで会話をしていた少女の姿が見えず、地上に降りていた彼は辺りを見渡すもそれらしき姿は見えない。暴風のせいで目を開けていることが出来なかったため、あの時離れてしまったことが悔やまれた。探すあてはないが動かずにはいられないため通常通りの大きさになったリザードンに再び跨って大空を飛びあがりあたりを捜索しているとこちらに向かってくる影が一つ。慌てたように4つの羽を羽ばたかせるクロバットだった。ガラル地方には生息していないズバットの最終進化形態。恐らく彼女の相棒に変わりないだろうと近づいていけば、体のあちこちを傷つけながらも涙を浮かべ目を潤ませる彼はポケモンを捕まえるためのボールを一つ咥えている。
どうしたんだ、と尋ねてもやはり長年付き添っているパートナーとは違い慌てふためいている様子しかわからなかったが、見るからに充分であった。
「クオー !」
必死に訴えかけるクロバットの背には、何もなかった。さっきまでダイマックスを前にうっすら笑みを浮かべていた彼女の姿はどこにもない。暴風によってどこかへ飛ばされてしまったのだと理解したとき、ドクリと心臓が早鐘を打った。クロバットから渡された桃色のそれはポケモンを捕まえたらその体力と状態異常にかかっていたら直してくれる特別ボール。
クロバットを優しく撫でていた少女の内が垣間見れる。
「———大丈夫だ!俺も一緒に君の主人を探そう、ついて来てくれるかい?」
「ク…」
「グオゥ」
早く見つけ出さなければ、連絡手段のないクロバットは此方についてきてもらうようリザードンに説得してもらい共に辺りの捜索を始めた。ダーテングが技を向けた方角は南寄りだったはずだが風の吹きようではどこへ飛ばされてもおかしくない。高く登った竜巻。生身の人間が喰らって無事でいられる保証はない。馴染み深い友人に事の顛末を短く告げて何かあったら知らせてほしいと頼んだ。傍から見るとものすごい剣幕だが電話越しだと全ては伝えきるということはない、事を争うと理解した相手は二つ返事で了承してくれたため、ダンデは携帯をしまうと直ぐ目を凝らして探し始める。出会って間もない少女の形容しがたい危うさを肌に感じた。彼の胸の内では焦燥が掻き立てる。
明後日の方向を指さして頼んだ!と託されたリザードンは何も変わらない主人に小さく肩を落とすとクロバットと共に彼が指差した真逆の方向へ飛んでいく。
▼ダーテングの吹き飛ばし!
1/5ページ