主の心を連れ去ったもの
「ミネルバ! 早く来るんだ!」
主を呼ぶ王子の声が、いまでもふいに頭をよぎる。そのたびに胸にずきりと痛みが走る。
「急いでくれ! いまならまだ間に合うかもしれない!」
マルス王子は立ちすくむミネルバさまの手を強く引かれ、寂れた開拓村のほうへ走ってゆかれた。わたしもその後を追った。
胸がはじけそうなほど早鐘を打っていた。その先になにが待っているのか、おぼろげながらわかっていた。急がねばならないのにひどく足が重かった。これより先に進むことを体が拒否しているかのようだった。
村を囲む朽ちた柵の前に、主とマルス王子が立っておられた。おそるおそる近づくと、お二人の前に傷ついた飛竜がぐったりと横たわっていた。飛竜がゆっくりと頭をもたげたとき、わたしは息をのんだ。飛竜の足元に、うなだれたミシェイルさまの姿が見えた。身体のいたるところに深い傷を負い、口からは血を流しておられるのに、手は槍をにぎりしめておられた。
声がもれそうになり、口元を両手で押さえた。手が小刻みにふるえ、歯もかたかたと音をたてはじめた。頭上を飛び交う野生の飛竜が狂ったように高く鳴いていた。
主は、しばらくその場で立ちつくしておられた。
やがてミシェイルさまの身体ががくりとかしいで、槍が枯れた草の上を転がった。
その瞬間、主は一歩を踏み出し、駆けよろうとされた。しかし力なくくずおれてしまわれた。それでもすがるように手をのばし、なんとか兄君のお手をとられたが、そのまま微動だにされなかった。
マルス王子はかける言葉もないようにお見受けした。ただ無念そうに肩をふるわせておられた。
「……申しわけありません、王子。少々取り乱してしまいました」
ようやくお立ちになったミネルバさまが淡々とおっしゃった。
「もはや一刻の猶予もないようです。竜の祭壇へ急ぎましょう」
一瞬、マルス王子はあっけにとられたような顔をされた。主はどんな顔をされていたのだろうか。きっと泣いてはおられなかったはず。もしかしたら微笑さえうかべておられたかもしれない。
まっすぐに背筋をのばし、兄君のもとを立ち去る後ろ姿にわたしは見覚えがあった。
祖国が二つに割れた決戦の日――血にまみれた盾と槍を手に帰還されたときとまるでおなじだったのだ。
主を呼ぶ王子の声が、いまでもふいに頭をよぎる。そのたびに胸にずきりと痛みが走る。
「急いでくれ! いまならまだ間に合うかもしれない!」
マルス王子は立ちすくむミネルバさまの手を強く引かれ、寂れた開拓村のほうへ走ってゆかれた。わたしもその後を追った。
胸がはじけそうなほど早鐘を打っていた。その先になにが待っているのか、おぼろげながらわかっていた。急がねばならないのにひどく足が重かった。これより先に進むことを体が拒否しているかのようだった。
村を囲む朽ちた柵の前に、主とマルス王子が立っておられた。おそるおそる近づくと、お二人の前に傷ついた飛竜がぐったりと横たわっていた。飛竜がゆっくりと頭をもたげたとき、わたしは息をのんだ。飛竜の足元に、うなだれたミシェイルさまの姿が見えた。身体のいたるところに深い傷を負い、口からは血を流しておられるのに、手は槍をにぎりしめておられた。
声がもれそうになり、口元を両手で押さえた。手が小刻みにふるえ、歯もかたかたと音をたてはじめた。頭上を飛び交う野生の飛竜が狂ったように高く鳴いていた。
主は、しばらくその場で立ちつくしておられた。
やがてミシェイルさまの身体ががくりとかしいで、槍が枯れた草の上を転がった。
その瞬間、主は一歩を踏み出し、駆けよろうとされた。しかし力なくくずおれてしまわれた。それでもすがるように手をのばし、なんとか兄君のお手をとられたが、そのまま微動だにされなかった。
マルス王子はかける言葉もないようにお見受けした。ただ無念そうに肩をふるわせておられた。
「……申しわけありません、王子。少々取り乱してしまいました」
ようやくお立ちになったミネルバさまが淡々とおっしゃった。
「もはや一刻の猶予もないようです。竜の祭壇へ急ぎましょう」
一瞬、マルス王子はあっけにとられたような顔をされた。主はどんな顔をされていたのだろうか。きっと泣いてはおられなかったはず。もしかしたら微笑さえうかべておられたかもしれない。
まっすぐに背筋をのばし、兄君のもとを立ち去る後ろ姿にわたしは見覚えがあった。
祖国が二つに割れた決戦の日――血にまみれた盾と槍を手に帰還されたときとまるでおなじだったのだ。
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