第五部

 宿場町で補給を終え、アリティア軍はただちに進軍を開始した。
 セパーから王都までの街道――通称〈王の道〉には、密林に接した場所が複数ある。奇襲を仕掛けてくるならそこだろう。
 猟師たちの狙撃を回避すべく、密林からは極力距離をとって街道を北へと進み、セルジョたち竜騎士団が先行して上空からの警護し、パオラたち天馬騎士団がしんがりをつとめた。
 ハノージェから王都までは馬車で半日ほどの距離になるが、奇襲を警戒しての進軍のため、馬の速度は落とさざるをえなかった。
 神経をすり減らしながら複数の警戒地帯を通過したが、反乱軍の気配はなかった。
 反乱軍も偵察を放っており、すでにアリティア軍が上陸し、王都へ向かって進軍していることは承知のはずである。だというのに攻めてこない。
 敵の動きがないまま、数刻がすぎた。
 冬の陽は大きくかたむいていた。この後は急激に暗くなる。宵闇の中での進軍は危険だ。なによりこの先の街道は両端が奇襲には格好の地点だ。
「この先の集落で野営をする。先に集落へ向かい、準備を進めてくれ」
 セルジョは部下に命じた。
 マルスたちが街道沿いの集落に着いたとき、陽はすっかり落ちていた。
 集落の東に天幕を張り、あたりに警戒網を張る。
「ひとまずここまで無事にこれたけど、かえって不穏だ」
 天幕で軍装を解きながら、マルスが言った。
 セルジョは重々しくうなづく。
「ここまで動きがないということは、夜襲を警戒したほうがよいでしょう」
 冷たく長い夜のあいだ、マケドニア・アリティア両軍は厳戒態勢で奇襲に備えたが、何事もなく朝を迎えようとしていた。
 東の空からほのかに光がのぼるころ、仮眠をとっていたセルジョは天幕の外へ出た。肌を刺すような冷気で、一気に目が冴える。
 あたりを見わたしていると、繁みにゆらりと動く人影が見えた。セルジョはとっさに剣をとったが、そこにいたのは粗末な麻布のマントをまとった農婦だった。
 セルショはほっと胸をなでおろす。
「早起きなのだな。それとも騒がしくて起こしてしまったか」
「……あんたがマケドニアの隊長さんかね?」
「そうだが?」
「ちょっと、あんたに話したいことがあるんだけど、いいかい?」
 農婦はひどく委縮していた。
 なにやら訳ありのようだった。
「……とにかく中へ」
 セルジョはいぶかしげに天幕のなかに招き入れた。
 農婦はあたりの様子をうかがいながら、すべりこむように奥へ入った。
「いったいどうしたというのだ?」
「あのね、いまから話すことはくれぐれもあたしから聞いたとは言わないでほしいんだけど……」
「よくわからぬが、内密の話なのだな?」
「そうさ、村の者たちには秘密にしといておくれ。じつは昨日ね……兵隊さんらが来る少し前に、村の若い衆が無理やり反乱軍に連れていかれたのさ」
「いったいなんのために?」
「そりゃ、あんたらと戦わせるためだよ。あたしの息子らまで反乱軍に入れられちまって……」
「どのぐらい連れていかれたのだ?」
「この村は女が多いから五人だけだけど、隣の村からは十二人だって聞いたよ。この街道沿いの村はどこもおなじじゃないかね」
 この一帯すべてから手駒となりうる若者たちを連れて行ったのなら、少なくとも五十は超えるだろう。
「それでお願いなんだけど、あの子たちを許してもらえないかね? あの連中ときたら、村の者に乱暴して、言うこと聞かないと村を焼き払うって言うもんだから、あの子たちは仕方なく協力してるんだ。反乱だなんてものにあたしらは関わりたくもないんだよ」
 この脅えようを見るに、反乱軍からの報復を恐れているのだろう。ほかの村人たちも集落の焼き討ちを恐れて言い出せなかったに違いない。
「よく知らせてくれた」
 セルジョは農婦にやさしく語りかける。
「そなたの息子たちが母君のもとへ戻ってこられるよう尽力いたそう」
 農婦はマントの端で涙をぬぐい、何度も頭を下げながら出ていった。
 セルジョは急ぎ、マルスのいる天幕へとむかった。すでに起き、身支度をしているマルスに一部始終を伝える。
「……おそらく、やつらはかき集めた民兵を盾とするつもりでしょう」
「なんと卑劣な……!」
 ジェイガンが怒りをあらわにした。
 マルスも嫌悪をうかべている。
「王子、民兵たちは集落の者を人質に取られていると思われます。この反乱は、軍の分断によって起こったもの。なんの罪もない民にこれ以上の苦しみを強いるわけにはいきません」
「もちろんだ。脅されて戦に駆り出された民と戦うわけにはいかない。みんな、生きて家族のもとへ返してあげなくては」
「……マルス王子」
 セルジョはふかくこうべをたれた。
「……ほんとうに、なにからなにまで……感謝いたします」
「問題は、やつらをどうさばくか、ですな」
 ジェイガンが机上の地図に目をやった。
 セルジョは険しい目つきで、北の街道を指さす。
「ごらんのとおり、この先の街道はかなり狭隘で、両端に密林が覆い茂っております。ここに来るまでにも危険な拠点はありましたが、ここまで仕掛けてこなかったことを考えると、やつらの狙いはここでの強襲しかありません。密林にひそませた民兵と猟師による襲撃で攪乱し、前方から騎兵部隊の突撃、上空からは竜騎士の奇襲……といったところでしょう」
 ジェイガンがみつめたままうなる。
「民兵たちには降伏を呼びかけるとして、竜騎士と騎兵を同時に相手にするのは……厳しいでしょうな」
 アランも同調する。
「民兵たちはともかく、猟師たちの襲撃がやっかいです。この狭隘な街道での迎撃は自殺行為と言わざるをえません」
 当然の指摘だった。
「では……」
 セルジョは意を決して告げた。
「われら飛行部隊が先回りし、砦を襲撃します。竜騎士団と騎兵部隊はこちらで引き受けましょう」



 十三日の朝。
 セルジョは後方に護衛の部隊を残し、竜騎士二十騎を引きつれてエルザガン砦へと向かった。
 エルザガン砦群は、百五十年ほど前の開拓時代、アカネイアが司令部として築いた城がもとになっている。マケドニア王国が建国されて以後は、王都防衛の拠点として機能してきた。そしていま、反乱軍に占拠され、王都への行く手を阻んでいる。
「同胞とて遠慮はいらぬ、すべて討ちとるのだ!」
 セルジョは号令を発し、みずから先頭を切って攻撃を仕掛けた。
 砦の襲撃は反乱軍も想定していたようで、西側の砦には強固な防衛線が敷かれていた。
 しかしそれはあくまで数の上の話。中身はまったくともなってはいなかった。あきらかに軍属でない、軽装の歩兵が前面に押し出されている。至近距離に迫る竜騎士を前に、完全に腰が引けている。
「民兵には手を出すな!」
 セルジョは地面すれすれに飛び、いまにも逃げ出さんばかりに右往左往する兵に呼びかける。
「武器を捨てて投降せよ! 案ずるな、村にはいっさいの手出しはさせぬ!」
 ややあって、東の砦の東側に配備されていた竜騎士が襲いかかってきた。その数は十騎にみたない。
 一騎を三騎で囲いこみ、確実に仕留めていく。先の戦争の激闘でつちかわれた連携攻撃に、反乱軍はなすすべなく散っていく。
 圧倒的な優勢のなか、セルジョの胸に不穏が去来した。竜騎士も騎兵も斥候の報告にくらべ数が少ない。
 なにより砦が襲撃されているというのにルーメルが出てきていない。
 いったん空へ上がり、砦群を見下ろしていると、南方からセルジョめがけて迫ってくる竜騎士がいた。一瞬、敵部隊の奇襲かと思われたが、後方に残した部隊からの伝令だった。
「隊長!」
「いかがした!」
「遠征部隊の後方より騎兵が奇襲! 街道で混戦となっております」
 セルジョの予感は的中した。部隊の半数を後衛に残してきたが、精鋭はこの奇襲部隊に偏っている。
「こちらは粗方片づけた。ただちに加勢に向かう!」



 カチュアたち天馬騎士の小隊は遠征部隊の後方を守っていた。密林に潜む民兵と猟師、前方からの騎兵の突撃を警戒して進軍していたが、そこへ突如として敵騎兵部隊が現れた。
 敵は夜のうちに密林に潜み、部隊の後方から一気に奇襲をかけてきたのだ。
 不意を突かれたものの、アリティア騎士団の動きは早かった。迎撃用の密集陣形に切り替え、弓兵が一斉射撃を放った。
 カチュアたちは気を取り直し、天馬騎士が得意とする一撃離脱により騎兵に攻撃を仕掛けた。アリティア軍の援護を受けながら、敵を押しかえし、戦況がひっくり返ったかに思えたところ、竜騎士が飛来した。
 エルザガン砦に配備されている竜騎士は約二十とされる。その約半数が奇襲を仕掛けてきたのだ。背後を取られる形となった天馬騎士たちは、散り散りになって逃げざるをえなかった。
 カチュアはなんとか部下たちと連携をとり、一騎ずつ竜騎士を仕留めようとしたが、森から放たれた二本の矢が左腕と天馬の翼をかすめた。
 愛馬ミリルが驚いて暴れ、カチュアは大きく体勢を崩した。持ち直すことができず、ほとんど落馬に近い形で地上に降り立った。興奮した愛馬をなだめながら、密林の木陰に隠れる。
 木々が覆い茂る密林は、冬の弱々しい陽光がわずかしかとどかない。木々から垂れ下がる太い蔦が視界をさえぎっている。
 しかし、カチュアは察知していた。
 冷たい殺意が自分を狙っていることを。
 愛馬を守りながら、息をひそめた。鼓動が高鳴り、冷汗が背を流れる。少しでも動けば容赦なく撃たれる。
 じりじりと迫ってくる気配。
 このままやられるわけにはいかない。
 祈るように槍を構えた瞬間、鋭い風切り音とともに、短い悲鳴があがった。苔むした大樹の根元に、弓をもった猟師が倒れている。
 カチュアは息をのみ、矢が放たれた方向に目をやった。そこには、二十歳すぎに見える金髪の猟師が立っていた。
「ウォレン……なの?」
 カチュアは茫然とつぶやいた。
 ウォレンはカチュアの幼なじみで、騎士だったカチュアたちの父親の所領に住んでいた。カチュアが天馬騎士となったとき、とてもよろこんでくれて、彼を愛馬の背にのせてともに空を駆けたこともあった。
 しかし先の戦争が始まってからは会うこともなくなっていた。
 六年ぶりに会う幼なじみの青年は、背がのび、服の上からでもわかるほど盛り上がった筋肉をまとっていた。
「……あなたも、反乱軍に雇われたのね」
「俺はただの猟師だ。金をもらえばなんだってするさ」
「だったら、どうしてわたしを助けてくれたの?」
「雇われたからといって、やつらの言いなりになる気はない。……腕、見せてみろ」
 返事を待つことなく、ウォレンはカチュアの腕をとった。矢がかすめた傷はそれほど深くはないが、血はまだ止まっていない。
 ウォレンはまとっていたマントの端を引き裂き、血のにじむカチュアの腕にきつく巻いた。
「たいしたことはないようだが、部隊に戻ったらちゃんと手当てしてもらえ」
 そっけなく言って、矢を受けた天馬の翼を丹念に見ていく。
「少し羽を痛めてるようだが、このぐらいなら飛べるだろう。ちょっとびっくりしちまったんたろうな。……なあ、ミリル。もう大丈夫だぞ」
 首をなでて笑いかける。昔と変わらぬやさしげな横顔に、カチュアは
「ねえ、ウォレン。あなた、反乱軍を抜けるつもりなんでしょう? それならわたしたちに力を貸して! ミネルバさまが王城に囚われてるの!」
「報酬はいくらだ?」
「え……」
 カチュアが唖然となった。
「俺はあんたみたいに騎士道なんてものはどうだっていいからな。いま言っただろ、金をくれりゃなんでもやるってな」
「なに言ってるの! この近くの村人たちだって、むりやり連れていかれて戦わされているのよ! 早く反乱軍を鎮圧しないと国中が大変なことになるわ」
「それもこれも中央の連中が好き勝手にやりやがった結果だろ」
 ウォレンは揶揄するように言った。
「風の噂で聞いたが、王女と宰相が邪魔な軍人をことごとく追放しようとしてて、それで宰相が殺されたらしいな。怒った王女が連中を粛清しようとして、逆に恨みを買って捕らえられたってとこなんだろ?」
「違うわ!」
 カチュアは声を荒らげた。
「そんなんじゃない! ミネルバさまは――」
 いきなりウォレンが矢をつがえた。カチュアはびくりと身をふるわせたが、ウォレンの視線はカチュアの背後の繁みに向いていた。
「おい、やめろウォレン、俺たちだ」
 繁みの奥から、猟師が三人現れた。
 ウォレンは無表情のまま弓を下ろした。
 近づいてきた猟師たちは、木の根元で息絶えている同胞を見やる。
「おまえは一人仕留めたのか。こっちはもう四人やったぜ」
「なあ、ウォレン。おまえも俺たちと来いよ。間違っておまえに撃たれちゃたまらねえ」
「……俺はそんなヘマはしない。そっちはそっちで好きにやれ」
「ったく、おまえはよ……」
 ウォレンと猟師たちの会話を、カチュアは茫然として聞いていた。
「……どういうことなの?」
 困惑するカチュアに、猟師の一人がこたえる。
「俺たちは反乱軍に協力してるやつらを狩ってるのさ。残りはあと五人だな」
 カチュアはおそるおそる尋ねる。
「それじゃあ……あなたたちも反乱軍と戦ってくれるってこと?」
「おうよ。あんなはした金でやつらのいいように使われてたまるかって」
「残りの金は討ちとった数で決めるとか抜かしやがって。どうせばっくれるつもりだっただろうぜ」
「ルーメルの野郎を討ちとって、王女さまにご褒美もらうほうがいいわな」
 猟師たちが豪快に笑いあっていた。
 カチュアの顔に笑顔が戻る。
「ありがとう! わたしたち、この街道を北に抜けたいの。援護をおねがいできる?」
「おう、まかせとけお嬢ちゃん」
 猟師たちは後ろ手に手をふり、樹木の根がでこぼこと隆起する道なき道を難なく駆けていった。
 一時はどうなることかと思ったものの、思いもかけぬ加勢を得ることができた。カチュアが安堵から放心していると、ウォレンはなにも言わずに背を向けた。そのまま去っていこうとするのを、慌てて呼びとめる。
「待って! あなたは一緒に戦ってくれないの?」
 ウォレンは立ちどまり、背を向けたまま言った。
「……俺は村の連中が食うに困らない生活ができるなら、どこの誰がこの国を治めようがどうだっていいんだよ。貴族ってのは自分らの面子のために平気で人を陥れようとしやがる。正義だなんだとご大層なこと言っても、結局あいつらのやってることは動物の縄張り争いと一緒だ。……そんなものに巻きこまれるのは俺はごめんだ」
「ウォレン、聞いて! ミネルバさまは人々が住みやすい国をつくろうと努力されていた。戦争で荒廃したマケドニアをなんとか建て直そうと、さまざまな改革を行おうとされていたのよ。反乱を起こした者たちにだって言い分はあるのかもしれないわ。でもあの者たちは国や民のことなんてこれっぽっちも考えてない……! 反乱軍の行いを見ていればわかるでしょう? このままだと国中が荒れて、民の暮らしがめちゃくちゃになってしまうわ。あなたはそれでもいいというの!?」
 カチュアは涙声になる。
「……わたし、悔しいの。わたしたちがおそばにいればミネルバさまをお守りできた。絶対に守ってみせた……。けっしてこんなことには――」
「泣くなよ、カチュア」
 カチュアが顔をあげると、困ったような目と合った。
「……悪かった。あんたがそれだけ必死なんだから、俺の行くべき道ははじめからひとつしかなかったんだろうさ」
 ウォレンの顔には昔とおなじ、やさしい笑みがうかんでいた。
「王女の救出、手伝ってやるよ。腕のいい弓兵は一人でも必要だろうからな」



 セルジョが後方部隊に駆けつけたとき、パオラ率いる天馬騎士たちが一撃離脱戦法で、迫りくる騎兵部隊を討ちとっていた。しかしいかに精鋭の白騎士と言えどやや疲れが見え、技にキレがない。
「パオラどの!」
 セルジョは騎兵に鋭い一打を与えて旋回した。
「セルジョ卿!」
 パオラの顔に安堵がひろがった。
「間に合ってよかった……みんな無事か!」
「はい! わたしたちはなんとか……。前衛はどうなっているのですか」
「大丈夫だ。わたしの部下たちが遠征隊を守りながら街道を北上している」
「よかった……! 一時はどうなることかと――」
「敵襲!」
 天馬騎士が声を張りあげた。
 北の方角から五騎の竜騎士が迫っていた。
 想定より竜騎士の数が多い、
 セルジョは天馬騎士らを背に立ちはだかり、迫りくる竜騎士たちを迎え討とうとした。
 しかし。
「あの者たちは――」
 先頭の竜騎士が、騎乗のままセルジョに向かって敬礼をした。竜騎士たちが近づくにつれ、セルジョの顔が歓喜にかがやく。
「おまえたち……」
 先頭の少年が誇らしげに胸に手を当てる。
「アゴスト隊長、ただいま参上いたしました」
「ヴィル・ロット……よくぞ来てくれた……」
「われらはあのような反乱の徒になど屈しません」
 ヴィルのほか、四人の竜騎士たちはみな夏に入団した新兵たちである。セパーの鎮圧部隊には加えなかったため、この十日ほど王城に留め置かれていたはずであるが、隙をついて抜け出してきたのだろう。
「おまえたちとの再会はよろこばしいが、話はあとだ。反乱軍を討ち、エルザガン砦を制圧する」
「はい!」
「ではわれらもマルス王子のもとへ参ろう――」
 セルジョはパオラたちをうながすように後ろをふりむいた。そこには微笑をうかべたパオラの顔があったが、突如として黒い影が覆いかぶさった。
 それは一瞬だった。
 あたりに疾風が巻き起こり、急降下するワシにも似た速さで、頭上から一竜騎士が襲いかかった。
「パオラどの!」
 セルジョは叫んだ。
 パオラは反射的に身をよじったが、完全によけ切ることはできなかった。
 天馬が高くいななき、白い羽が空に散る。。
 セルジョはすばやくパオラのもとへ飛び、迫る槍をなぎ払う。
「よく、いまのをよけたものだ」
 鷲鼻の男が、ゆがんだ笑みをうかべた。
「セルジョ・アゴストか。探す手間が省けたな」
「ルーメル……!」
 セルジョが槍を構えると、
「隊長! われらも加勢します!」
 ヴィルたちが四方からいっせいに仕掛けようとした。
「やめろ! おまえたちの敵う相手ではない!」
 新兵らを制し、セルジョが立ちはだかると、ルーメルが笑う。
「ふん、ひよっこどもが……いかに数をそろえたとて無駄なことよ」
 不敵に言い放ち、ルーメルはセルジョめがけてまっすぐに迫ってきた。
 セルジョはそれをすぐさまなぎ払い、一打を繰り出した。しかしルーメルはそれを難なくよけ、さらに加速して突撃をくりかえしてくる。
 竜騎士は天馬騎士より動きが鈍重になりがちだが、ルーメルの速度は野生の飛竜に近い。
 小柄で瘦せ型。騎士には不適格な体格だが、それがかえって有利に働いている。セルジョにとって、もっとも相手にしたくないたぐい飛竜の乗り手だった。
 さらにルーメルはその小柄な体躯に見合わぬ長大な槍を手にしている。すでに四十のなかばを越え、竜騎士としては衰えが見られてもおかしくないというのに、難なく重量のある槍をあやつっている。
「くらえ!」
 すぐさま繰り出される一打を、セルジョは力で押しかえし、その反動で離脱しようとした。しかし避けきれず、左の上腕が切り裂かれる。
 手ごたえを感じてか、ルーメルは高らかに笑った。
「ずいぶんと腕が鈍ったのではないか、セルジョ。勝者の立場にあくらをかき、鍛錬を怠っておったのだろう?」
「おまえはこの一年、ただ恨みと憎しみに支配され生きてきたのか。愚かな……」
「なんとでも言うがよい。愚かなのはおまえたちのほうだ。どれほど国に尽くしても、不要となれば切り捨てられるというのに」
「あなたは不要だから切り捨てられたのではない。罪ゆえに、罰を受けただけだ。その罪を贖う道もあったというのに、反乱を起こしたことであなたは未来を失ったのだ」
「未来だと?」
 嘲笑を響かせる。
「この世界はもうじき生まれ変わるのだ。おまえらのような偽善者どもが大きな顔をしていられるのもいまのうちよ。せいぜい、おまえらの信じる正義とやらを貫いてみせるのだな」
「あなたはなにを言っている――」
「知る必要もない、おまえはここで死ね!」
 正面から突撃を受けとめるべく、セルジョは槍を構えた。
 しかしその穂先はセルジョにとどかなかった。
「――ぐっ……わ……」
 森から飛んできた矢が、ルーメルの首をななめから貫いたのだ。
「ばかな……リュッケ将軍、後を……た――」
 ルーメルは飛竜から落下し、頭から地面に叩きつけられた。
 セルジョは降下し、ルーメルに駆け寄ったが、脈をたしかめるまでもなく息絶えていた。
 セルジョは矢の飛んできた森の奥を見やった。
 枝と蔦が覆い茂る低木の陰に、金髪の若い猟師の姿が見えた。セルジョが呼び止めようとしたが、男はなにも言わずに立ち去っていった。



 エルザガン砦は落ちた。
 事前の情報のとおり、前線に立たされていた兵士のほとんどが周辺の集落からかき集められた者たちだという。危険はないと判断した者から集落に帰還させた。
 戦いに一段落ついたとはいえ、まだどこかに反乱軍が潜んでいるかもしれない。セルジョは砦の探索と周囲の警戒を指示していると、部下が近づいてきた。
「隊長、セパーから来たという者がマルス王子と面会を申し出ております。いかがいたしましょうか」
「王子に? どういった者なのだ」
「どうも異国からの旅人のようなのですが……。あの馬にのっている者でございます」
 そこには栗毛にまたがった少年がいた。髪にターバンを巻き、全身を枯草色のマントでおおっている。その背には大きな革袋を背負い、一見すると行商のようにも見える出でたちだった。
 セルジョは少年に近づく。
「そなたは何者だ? 王子にどういったご要件なのだ?」
 顔を上げた少年は、いたずらっぽく笑う。
「わたしです、セルジョさん」
 若い女性の声だった。セルジョはその者の顔を見て、目をみひらく。
「リンダどの!?」
「驚かせてごめんなさい」
 リンダはターバンをほどいた。長い栗色の髪がばさりと背をおおう。
 ミロア司祭の娘リンダは、戦後はパレスでニーナ王妃に女官として仕えているはずであったが、粗末な上衣と脚衣を身につけており、化粧気もなく、アカネイアの高位貴族とは思えぬ姿である。
「なぜそのような格好を?」
「女の一人旅ですもの」
「供の者はおられぬのか」
「……ええ、内密の旅ですので」
「よくここまで一人で……。ともかく、王子のもとへ案内しよう」
 セルジョはリンダがのる馬のくつわを引き、ジェイガンと話しているマルスのもとへ向かった。
 馬から降りたリンダは、マルス王子に駆け寄っていった。ふわりと明るい笑顔をを見せる。
「おひさしぶりです、王子」
「リンダ……!?」
 マルスとアリティア騎士たちは思いがけぬ来訪者に驚きを隠せない。
「どうしてきみがこんなところに……?」
「はい……。じつはマルス王子にお会いしようとグルニアへ向かったんです。そしたらアリティア軍はマケドニアに行かれたと聞いて、急いで追いかけてきたんです。この砦までは、港町で雇った用心棒の人に連れてきてもらいました」
「そうだったのか。でも、いったい僕になんの用があったんだい?」
「それは……」
 リンダは周囲を見わたして口ごもった。供の者すらつけずにやってきたことからして、なにやら深刻な事情があるようだった。
「王子、ひとまず砦の中へご案内しますので、そちらで」
 セルジョは、マルスとリンダ、そしてジェイガンをともなって、砦の二階にある司令官室へ移動した。
「じつは、ニーナさまから預かりものがあるのです」
 リンダは背負っていた革袋から白いつつみを取り出した。大切そうに卓上におき、丁寧につつみをほどいた。布がすべて取り払われたとき、なかからあらわれた黄金の盾が、燭台の明かりを受けて鋭くきらめいた。
 盾の中央には、燃えさかる炎が刻まれている。
「これは、〈炎の紋章〉じゃないか……」
 驚愕するマルスに、リンダはこわばった顔でうなづく。
「ニーナさまはこちらをマルス王子にお渡しするように言われました」
「どういうことなんだ?」
「よくわかりません……ただ、ニーナさまは悲しそうな顔をされていました……」
 〈炎の紋章〉はアカネイア王家の代理として、正義の戦いを遂行する者に託される。
 皇帝の命令で反乱鎮圧のためにやってきたマルスになぜこのようなものが託されるのか。
 マルスは釈然としない顔になり、しばしなにかを考えこんでいた。
「ところで、リンダ。きみはいつパレスを発ったの?」
「え……? たしか、二の月の十四日だったかと」
 それを聞いたマルスの顔もいぶかしげなものとなる。
「……ジェイガン、アカネイアの使者が来たのはいつだった?」
「二の月の十五日でしたな。部隊を編成し、グルニアへ出立したのが二十日です」
 マルスの顔がくもる。
「ねえ、リンダ。ニーナさまはきみに直接グルニアへ向かうようおっしゃったのか」
「……ええ、そうです。王子はグルニアにいらっしゃるはずだから、と」
「では、グルニアで反乱が起こって、僕が鎮圧に向かうことをニーナさまは知っておられたということなのか」
「それは……よくわかりません」
 リンダは困ったように眉を下げた。
「ニーナさまは、ただこれをマルス王子に届けてほしいとだけ言われたのです。そのほかはなにも……。わたしもグルニアがアカネイアの占領下にあることは知っていましたが、まさかロレンス将軍が反乱を起こしただなんて思わなくて……驚きました」
「では、ニーナさまはグルニアの惨状をご存じでいらしたんだね?」
「きっとそうだと思います」
「だとしたら……ニーナさまは僕にラング将軍を止めてほしかったのかもしれない。そのために僕に〈炎の紋章〉を託してアカネイアの正義を行使してほしかったんじゃないだろうか」
 マルスはリンダに向きなおる。
「マケドニアを鎮圧したら僕たちはアカネイアに向かうつもりなんだ。それまできみも僕たちと一緒にいてほしい」
「はい」
 彼らのやりとりをながめながら、セルジョは胸騒ぎをおぼえた。
 いかに五大侯のひとりとはいえ、ラングの横暴は皇帝の権威でどうとでもなるはずだった。アカネイア聖王家唯一の生き残りであるニーナが、夫であるハーディンにラングを更迭するよう伝えればよいのである。だというのに、ニーナ王妃があえてマルス王子に〈炎の紋章〉が託したということは、グルニア侵略はほかならぬハーディンの意思で行われており、ニーナでさえ異を唱えることができないという証左ではないのか、と。
 ――この世界はもうじき生まれ変わるのだ。
 ルーメルの放った言葉が、しばらく頭を離れなかった。



 陽がすっかり落ちたころ、セルジョは司令官室に部下たちを集めた。ヴィル・ロットら新兵を交えて、王都進軍のための作戦会議を始める。
「ヴィル、まずは王都の様子を教えてくれ」
「いまのところ暴動は起こっていませんし、民はおとなしくしております。ただ、反乱軍に協力しようとする者もおります。特に武器商などはこの機に甘い汁を吸おうとしているらしく、民の強い反発を買っていると聞きました。もしかしたら一悶着起こるかもしれません」
「アカネイア大使らの様子はわかるか」
「くわしくはわかりませんが、反乱軍がアカネイア公館を取り囲んでいる様子はありませんでした。トルイユ伯は城内に拘束されているのではないでしょうか」
「では、殿下がどこに囚われているかわかるか」
「あくまで噂ですが、どうやら殿下は主宮の東翼に監禁されているようです。たしかにあの一帯の警備は異様なものでした」
「そうか……」
 セルジョの顔に安堵がよぎる。
 ユスタス宰相が殺されてのち、ミネルバ王女の体調は思わしくなかった。私室で過ごす時間が長くなり、いつも顔色が悪かった。この寒波のおり、息も凍りそうな牢に閉じこめられていればそれだけで命にかかわる。
「他の者たちの様子は?」
「レント・プラージ伯は城門塔の牢に囚われているという話です。プラージ伯の連隊はリュッケ将軍の指揮下に入っております」
「……レントもまた人質ということか」
「プラージ伯は怪我を負われているようですし、部下たちは逆らえないのだと思います。なにが起こってるのかわからないまま、ひとまずリュッケ将軍に従っているだけの者も多くいるのではないでしょうか」
「突き崩すならそこからだな。……助かったヴィル、おまえのおかげで反乱軍が一枚岩ではない確信が得られた」
「ただ……」
 ヴィルが言いよどんだ。
「どうしたのだ?」
「……マチス・ヴェーリ伯が反乱軍に協力しているようなのです」
「どうしてマチスが……」
 パオラが動揺する一方、
「……やられたな」
 セルジョはため息まじりに言って、目元をおおった。
 パオラがはっと息をのむ、
「まさか、テオフィラ修道院が……」
「いくら反乱軍とて孤児の多いあの修道院を狙うとは思っていなかったが、やつらは使えるものならなんでも利用するつもりなのだろう。……甘かった」
「そんな……あそこにはマリアさまもいらっしゃるのに……」
 カチュアもひどく動揺していた。
 マチスはヴェーリの私兵に修道院を守らせていた。ミネルバ王女も王城よりはるかに安全な箱庭だと信じていたから妹を住まわせていたのだろう。それが却って仇となったというわけだ。
 セルジョは苦渋をにじませる。
「いずれにせよ、王都奪還と殿下の救出が最優先だ。しかし修道院を放っておくわけにはいかぬ。マチスも妹の無事が知れれば反乱軍に協力する理由はなくなるだろうからな」
 パオラに向きなおり、
「あなた方は修道院へ。どうかレナどのとマリアさまを保護してほしい」
「承知いたしました」
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