第四部

 ユスタスが団長室を出て行ってしばらくたったころ、ダリオ・モーロがふたたびリュッケのもとを訪れた。モーロはリュッケの部屋を訪れたユスタスの姿を見たとき、その目的を察して引き返してきたのだった。
「……それで、洗いざらい話してしまわれたと?」
 モーロからあきれたように詰問され、リュッケは鼻白んだ。
「すべてを話したわけではない。ロザリアに関わる話と、最初に受け取った書簡のことだけだ」
「いずれにせよ、このあたりが潮時でしょう。メスト公にロザリアへの不審をいだかれた時点でこうなるのはわかっていたことですので」
 モーロは短くため息をついて、
「じつは、少し前からメスト公のネズミがあなたの周囲をうろちょろ嗅ぎまわっていたのですが、お気づきでしたか」
「いや……そんなことだろうとは思っていたが」
「その点についてはご心配なく。手の者がすでに捕らえておりますので」
「捕らえた、だと……!?」
「ええ」
「そのようなこと、ユスタスに知られたら――」
「メスト公がこれを知ることはないと思いますよ」
 モーロは意味ありげに笑った。
 トルイユ伯は早くから連絡役にモーロを使っていたが、いまとなってはモーロのほうがリュッケよりもアカネイア側の内情にくわしいだろう。もはや自分とはかかわりのない場所で計画が動いていると思い知る。
 こんなことになるのなら、ユスタスの言うようにいまからでもミネルバ王女にすべてを話してしまえばどうかという考えが頭をよぎった。
 しかし、王女がいかに寛容であれ、旧体制の中枢にいた軍人たちをひそかにトルイユの傘下に加えるよう手引きしていたことを知れば許しはしないだろう。
 すでにリュッケの手勢はトルイユに取りこまれている。ラディス・シェンケルにダリオ・モーロ、追放されたディーター・ルーメルさえもそこに加わった。
 いかにリュッケが鞍替えしたとて、もはや後の祭り。謀叛人として捕らえられる以外の道はない。
 うなだれるリュッケに、いたわるような声音で、しかし獲物を狩る目つきでモーロが言った。
「ご友人を陥れるのは気が咎められますか」
「……あれは友人ではない」
「そうですか」
 モーロはうすく笑った。
「ではリュッケ将軍、メスト公の始末はあなたにまかせましょう」



 陽が落ちるころ、にわかに風が強くなり、雨がふりはじめた。
 リュッケはユスタスに言われるがまま馬車へ乗りこみ、アカネイア公館へと向かった。
 雨のいきおいは増し、天井を激しく叩く雨音がなかに響いている。
 ユスタスはいつになく無口で、ただ前を見すえていた。リュッケは居心地が悪そうに、時折窓の外を見やった。護衛の騎士が物々しく並走しているため、外の景色で気をまぎらわせることもできない。薄暗闇のなか、目抜き通りに点在する角灯の光が雨をまばゆく反射させている。
 アカネイア公館につくと、二人は随員に案内されるまま、警護の鉄騎士が居並ぶホールへと進んだ。二階の広間へと向かうと、またも鉄騎士団が両側を守る広間の扉がゆっくりと開かれる。
「おお、ユスタスどの。お待ちしておりました」
 トルイユは、十年来の親友にでも再会したかのような喜びを見せてユスタスを出迎えた。
 ユスタスはうやうやしく一礼をする。
「急な訪問をこころよく受けてくださり、感謝いたします」
「わたしたちの仲です。堅苦しい前置きなどなしにしましょう」
 部屋の中央の瀟洒な卓にうながされ、ユスタスはトルイユと対座した。リュッケはそのとなりに腰を下ろす。
「さて」
 トルイユはゆったりとくつろいだ様子で話を切り出す。
「かの件についてのご報告とのことですが、ミネルバ王女はご了承いただけるのでしょうか」
「……いえ」
「そうですか。王女は情のこわい方でいらっしゃいますからね」
「殿下は民心の動揺を懸念しておられるのです。敗戦よりまだ一年。背景がどうあれ、ふたたびアカネイア軍が駐留するとなれば、民心に混乱を招くこととなりましょう」
 ユスタスは苦悩するように眉を下げて、
「殿下はアカネイアとの関係改善を心から願っておられますので、こたびの件がさらなる亀裂となりかねないとお考えなのです」
「関係改善を望まれるのであれば、すなおに要請をお聞き入れいただきたいものですが」
 トルイユ伯の声はやや辟易したものになった。
「わたしは貴国の状況をこの目でじかに見て判断すべく、皇帝陛下の命を受けておもむきました。この半年、ミネルバ王女とも緊密に交流を重ねてまいったつもりですが、やはりこの国は危険であるとの想いを強くしております」
「それはまことに残念なお言葉です。殿下のお人柄にふれてもそのように感じられるのですか」
「ミネルバ王女は非常に愛国心の強いお方。女だてらに竜騎士となられたのも、竜騎士団の力こそアカネイアに対抗する手段とお考えであるからでしょう?」
 ユスタスは無言のまま、あいまいな笑みをうかべる。
「どれほどの兵力を維持しておれば、わが国と事を構えるに足るのか、軍略を知悉された王女が、これほど必死なご様子を見るに、いずれ武をもってわれらを駆逐せんと思っておいでなのだと判断せざるをえません」
「それは誤解です。戦後、竜騎士団の凋落ぶりははなはだしく、もはや王女直属の白騎士団のほうがわが国の精鋭を名のるにふさわしいありさま。あまりに格好がつきませんので、建て直しに心血をそそいでおられるだけです」
「いずれにしましても、あのように武に執着されるのではなく、もっと姫君らしく――失礼、つまりは早々にご結婚され、お世継ぎをもうけるという形で国事に専念されていたなら、ハーディン陛下の信頼を得られていたでしょう。これまでいくどか王女にはご結婚をお勧めしてきたのですが、不機嫌になられるばかりで取りつく島もなく」
「お相手選びに難航しておるのです。以前はよいお相手がおりましたが、その者は残念ながら戦死しておりまして……」
 ユスタスはいったん言葉を止め、苦笑をこぼした。
「この話はよしましょう。不毛な議論にしかなりませんので」
「まことごもっとも」
「それで、軍の受け入れに代わる、こちらからの提案なのですが……」
「ほう?」
「アカネイア人の身の安全をはかるべく、竜騎士団の一部をアカネイアの傭兵として使役されてはいかがでしょうか」
 ユスタスの提案に、リュッケは唖然となった。
「先の戦争で竜騎士団の力は充分にご理解いただけているものと思われます。慣例上、竜騎士団の長は国王がつとめるもの。殿下はまだ即位されておりませんが、すなわち、次期王位継承権者ミネルバ王女のアカネイアへの忠誠の証として、その力を差し出す……というのはいかがでしょう?」
「……これはミネルバ王女もご承知なのですか」
「むろんでございます」
 トルイユはしばし無言のまま思案に耽っていた。虚を突かれたからではない。罠へかかった獲物をいかにして仕留めるべきか、と頭をめぐらせているのだ。
 それを知るはずもないユスタスは、おだやかな口調でつづける。
「殿下は〈赤い竜騎士〉と恐れられておりますが、それはあくまでドルーア帝国に併合されたマケドニアの将としての姿。いまはただひたすら民の暮らしの安寧のために尽くされている方です。近ごろの情勢は、なにかと不穏なものですが、マケドニアの象徴たる竜騎士団の力、アカネイアとの友好関係のためにお役立ていただければと存じます」
 二人は無言のままみつめ合っていた。いずれもその顔にうかぶのは笑みであったが、鍔迫り合いを見るかのような緊迫感をリュッケは味わっていた。
 先に口を切ったのはトルイユだった。
「あなたにはまいりましたよ」
 快活に笑って、
「あなたもミネルバ王女も、われらをひどく警戒されているのはわかっております。マケドニアにもハーディン陛下に対するさまざまな悪評がとどいているのでしょうし」
「ええ、殿下もとまどっておられます。あの高潔なハーディン公がいかかがなされたのかと」
「すべてはハーディン陛下が他国より招かれし王であることに起因しております。ご存じやもしれませんが、陛下をお王家にお迎えするにあたり、五大侯に連なる者は異を唱えたのです。特にメニディ侯の態度は強硬なものでした。ディールの女侯爵もまあ似たようなものでしたね。唯一、あの方に友好的でいらしたのがアドリア侯でして、あの者を重用せざるをえなかったのです」
「皇帝は反乱分子を処刑されたとの噂も聞かれますが?」
「それも致し方ないことだったのです。あの方には敵が多く、パレスには命を狙う者もひそんでおります。先だっての貴族の処刑も謀叛の企みが発覚したためであり、陛下のよからぬ噂の多くは反体制派貴族が流した根も葉もないもの。あなたかの耳に入る陛下の噂は、悪意ある中傷と受けとっていただきたいのです」
「わが主君は情に厚い方。とりわけハーディン皇帝とニーナ王女には深い敬意と感謝の意を持っておられます。トルイユ伯が懸念されるようなことはございません」
 ユスタスの返答に、トルイユは上機嫌で、上質のアドリア産ワインをふるまった。ユスタスもまた上機嫌に見えた。トルイユの言葉を信じたわけもないが、ひとまずアカネイアの要求を退けることができて安堵しているのだろう。
 アカネイア宮廷の様子にくわえ、グラやグルニアの情勢についても語りあかし、公館を出たのは夜更けだった。
 馬車に戻ったとき、薄暗がりの中で見るユスタスの横顔はひどく険しいものだった。
「どうかしたのか」
 馬車が動き出すと、リュッケは声をかけた。ややあって、ユスタスが唇をゆがめて言った。
「あの男にうまくのせられたやもしれんな」
「……どういうことだ?」
「アリティアの件をよくよく思いかえしてみれば、われらの示した代案こそ、やつらの真の望みだったのではないか」
 ユスタスの読みは正しい。アカネイアの目的はマケドニアを支配下におくことにあるが、より直接的に言えばマケドニア軍をアカネイアの統率下におくことである。
 すぐさま気づく勘の良さに舌を巻きつつ、リュッケは取りつくろう。
「ともかく、アカネイア軍をわが国の領土内に入れずにすんだことはよろこばしいことではないか。王女もまずは安堵されるだろう」
「まったく、すべてが後手に回っているな」
 ユスタスは眼鏡をはずし、眉間に手をあてがったまま、目を閉じた。
 途中、馬車のゆれが急に強くなった。
 車輪の不調かと思われたが、道が悪くなったためだった。すでに目抜き通りからは大きく離れていた。
 じょじょに馬の速度が上がっていく。
 ――やはり、ここでか。
 モーロがユスタスの手の者を捕らえ、すでに亡き者としている以上、これ以上引きのばすことはできない。
 リュッケは顔をこわばらせ、となりを見やった。ユスタスは疲れているのか、軽く目をつぶったままだ。
 無防備な姿だった。
 ユスタスがリュッケをともなって公館へ出向いたのは監視のつもりだったのだろう。護衛がついている以上、自分に手出しはできぬと思い、安心しきっているのだ。
 さらに馬車のゆれが酷くなった。窓から見える景色にはまったく明かりが見えない。すでに王城へとたどりつかねばならぬ時間がすぎた。
 さすがに異変に気づいたようで、目をあけたユスタスは鋭い声を発した。
「どこを走っている!」
 馭者には聞こえたはずだが、まったく馬の速度をゆるめる気配はない。
「馬車を止めよ!」
 ユスタスは怒鳴り、激しく扉を叩いた。次の瞬間、一気に馬車の速度が弱まったが、ユスタスの剣幕に臆したわけではない。
 ようやく、そのときが来たのだ――
「……やはりおまえは、あいかわらずなのだな」
 リュッケは嘲笑をふくませて言った。
「またしても、敵の巣へ無防備にのりこんでくるとはな」
「リカルド、おまえ……」
 怒気をはらんだ目が向けられたが、そんなものはリュッケの心をまったく動かすものではなかった。
「わたしとトルイユの接触を知った時点で、いま少し慎重になるべきだったのだ」
「……いつからだ?」
 ユスタスは
「いつから、おまえは殿下を裏切っていたのだ?」
「なにをいまさら……」
 リュッケは肩をゆらして笑い、ユスタスを見すえた。
「はじめからだ」
 馬車が止まり、外側から荒々しく扉が開かれた。
 ユスタスはかたい面もちで外の様子をうかがった。城下の明かりは東に見える。この西部地区は王都のなかの貧民街であり、ユスタスのような者は足を踏み入れたこともない場所だろう。
 このうらぶれた通りにふさわしくない馬車を、五人の衛兵たちがぐるりと囲っている。
 すべては、たった一人を逃さぬために。
「メスト公」
 衛兵の一人、松明の明かりを背後から受け、闇のように立ちはだかる男がゆっくりと近づいてきた。
 ダリオ・モーロであった。護衛の騎士にモーロがまじっていたことにユスタスは驚いていた。これまでずっとモーロを手下に監視させていたようだが、その手下はすでに捕らえられ、息の根を止められている。むろん、ユスタスがそれを知ることはない。
「なるほど、そういうことか……」
 モーロの姿ですべてを察したのだろう。ユスタスは馬車から降りた。
「……一応、聞いておこう。貴様らはなにが目的だ?」
「あなたのお命です、メスト公」
「ずいぶんと、卑小な目的だな」
「あなたの死が、この国の騒乱の口火を切ることとなるのです」
「大層な物言いをする。わたしごときの命でなにが変わるというのだ?」
「ご謙遜を。ミネルバ王女の右腕、一の忠臣ともあろうお方ではありませんか」
「右腕がもがれたとて、あの方の信念は変わらぬぞ」
「それはどうでしょう?」
 モーロは嘲笑する。
「あなたという支柱を失った王女が、どのようにアカネイアやストラーニらと渡りあってゆけると?」
「それはあの方を見くびりすぎだろう」
 ユスタスの態度は堂々としたものだったが、声音にはいつもの張りがなかった。会話を引きのばすことで、突破口を探しているようだった。
 彼はいま丸腰である。古くからの慣例にならい、アカネイアの役人の前ではけっして帯剣しようとしなかった。
 かつてのユスタスならば、この状況を脱することができたかもしれない。しかしいまだ牢獄生活の後遺症をかかえ、膂力も視力もいちじるしく落ち、たとえ帯剣していたとて、まともに扱えはしないだろう。護衛に頼りきった結果がいまである。
 そもそもユスタスは若くして竜騎士団を除隊したために、武人としての勘が鈍りきっている。八年前の軽率な行動もそれゆえのものだ。
 長きにわたる虜囚生活に耐えたとて、結局、本質は変わらなかったのだろう。
 リュッケは腰の剣に手をかけ、馬車から降り立った。
 ミネルバ王女がユスタスを呼びよせたあの日から、この日が来る予感はあった。おのれが高みにのぼるべく、いずれ追い落とすべき者となった。あらたな時代を王家の忠臣として生きる道があったというのに、すべて台なしとなってしまった。
 ――そうだ。この男が宮廷に舞い戻ってきたために、わたしはアカネイアの誘いにのらざるをえなくなったのだ。
 その考えは、まぎれもない逆恨みであろう。しかし、リュッケにとってはこれこそが真実となっていた。
(――おまえの生まれには同情する)
 恵まれた者の無神経な言葉が、リュッケの心に火をつける。
(――一臣下の分際でマケドニア王となれる夢を見るなどおこがましいにもほどがある)
 どの口が言うのだ。
 おまえこそが王女の負い目につけこみ、王位を得んとする奸臣ではないか――!
「おまえは、牢で朽ち果てていればよかったのだ……」
 リュッケのうめくような声に、ユスタスはふりかえった。
「生きながらえたことを幸運と思い、おとなしく領地で暮らしておればよかったのだ……。欲をかいたがために、おまえはすべてを失うのだ」
 リュッケは腰の剣を抜き、丸腰の男に迫った。
 ユスタスは身じろぎこそしたが、逃げようとはしなかった。まだ自分が助かるとでも思っているのか、まっすぐにリュッケを見すえた。
「リカルド、おまえはなにを言っている――」
「おまえになにがわかるというのだ」
 リュッケは息をあえがせ、ユスタスの首に手をかけた。
「おまえは、すべてを手に入れねば気がすまんのか!」
「――いったい、なんの……ことだ……? わたしは――」
「黙れ!」
 リュッケは剣を投げ捨て、両手で首を締めあげた。ユスタスの手が腕をつかんだが、リュッケはその弱々しい抵抗を易々と封じ、端正な顔をゆがめてもがく男の首に、ぎりぎりと力をこめていく。
「――がっ……はっ――」
 ユスタスは息をつまらせ、こと切れたかのように、体から力が抜けていった。
 一瞬、リュッケはひるんだ。こんなふうに人を殺めたのは初めてのことである。首から手をはなそうとしたとき、ユスタスは思いもかけぬほど強い力でリュッケの手をふりほどいた。しかし立つ力はなかったのか、泥水のなかに倒れこんだ。
 ユスタスは身体を折り曲げ、激しく咳きこんでいる。
 泥にまみれる無様な姿を眺めるうちに、リュッケのなかから激情は去り、じわじわと喜悦めいたものに満たされていた。北のはずれの僧院で、ぼろ布をまとい、垢と汚泥にまみれたユスタスの姿を見たときのことが思い起こされていた。
 ああ、これがおまえにふさわしい姿だ。
 リュッケは剣を拾いあげた。ぬかるんだ土を踏みしめ、一歩、さらに一歩と、歩を進める。
「リカ……ルド……」
 命乞いなどするはずもない男が、訴えるかのように名を呼んだ。リュッケはためらうことなくユスタスの体にのしかかり、その胸に剣を突き立てた。心臓へ向かって、刃が沈んでいく。
「ああ……ミネルバ、姫……」
 やはり最期に呼ぶのは王女の名だった。
 リュッケは剣を引き抜きながら立ちあがった。息絶えた男をじっと見下ろしているうちに、手から力が抜け、剣がすべり落ちていった。
「将軍。ご苦労さまでした」
 リュッケは顏をあげた。そこにはトルイユ伯が立っていた。
 トルイユは身をかがめ、剣を拾いあげた。
 手渡された剣をリュッケは鞘におさめ、動かなくなったユスタスに目を落とす。
「これを、どうするつもりなのだ……?」
「われらにおまかせください」
 モーロはマントをはずし、ユスタスの亡骸にかけた。そしてトルイユに近づき、なにかを耳打ちしていた。トルイユの側近のようにふるまうさまを見て、リュッケはひたすら徒労感にさいなまれていた。
 この日が来ることを覚悟していた。ユスタスの死は彼の望むところではあった。
 しかしほん一時わきあがった歓喜は、いまや跡形もなく消え失せていた。
「将軍」
 モーロは馬を引き、手綱をリュッケににぎらせた。
「こちらにのって王城へお戻りを。主城門の衛兵はあなたに気づきませんのでご安心ください」
「……わかった」
 リュッケは口元にうつろな笑みをうかべ、馬にまたがった。遺体の処理も、衛兵への根回しも、結局は彼らにまかせるほかない。そもそもユスタスにかけた罠は、ほとんどトルイユらのお膳立てによるものであり、リュッケの行いもまたその手のうちにすぎないのだ。
 望んだこととはいえ、虚しいばかりであった。
 ゆっくりと空を見上げる。
 夜明けにはまだ遠い。冷たい雨に打たれながら、ぼんやりたたずむリュッケに、モーロは低い声で念を押した。
「今宵、あなたはずっと王城内におられた。どうぞそのおつもりで」
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