第一部
トルイユ伯の到着から、あわただしく十日が過ぎ去った。ユスタス・メストは戦前とおなじように主宮と公館を行き来する生活を送っている。行きなれた廊下を進み、王の執務室に入ったとき、ミネルバ王女は香草茶を飲みながらタマーラと談笑していた。
タマーラは王妃モイラの専属女官で、モイラが王家に嫁ぐ以前よりメスト家に仕えていた。そのため幼少のころからユスタスとは気安い仲であり、慕わしげにほほえみかけてくる。
「ユスタスさま、お茶をお持ちしましょうか」
「いや、わたしはよい。それよりタマーラ。殿下のために仕立て屋を呼んでくれ。今後、大使との会食が頻繁にあるのでな。早急に夜会服を仕立ててほしい」
「まあ、姫さまは軍服でよいとおっしゃっていたものですから。しばらくはモイラさまのドレスで代用いたしましょうか」
「モイラのものなら、なんでもお似合いになるだろうが、一国の主にふさわしい装いをしていただかねば」
「そなたはいつもそんなことばかり言うのだな」
ミネルバがうんざりとため息をつくと、タマーラが笑いだした。
「それではさっそく手配いたしますわ。姫さま、お忙しいとは存じますが、採寸のお時間ぐらいはお空けになってくださいませ」
扉が閉まると、ミネルバはおだやかに目を細めた。
「そなたが戻ってから、タマーラはずいぶん明るくなった」
「そうですか。昔と変わりませんが」
「ならば、昔に戻ったということだろう」
ミネルバはふっと息をついた。
「この七年、タマーラには悲しみしかなかったのだ。兄が父を手にかけ、その罪をメスト家に帰責したこと、すべてわかっていただろうに、恨み言ひとつ口にしなかった。わたしが兄を裏切り、この手で討つにいたったことについても、なにも言わなかった。だが、そなたが生きていたと知ったとき、はじめてわたしの前で泣いたのだ」
「……まあ、あれはわたしが死んだものと思っていたでしょうから」
いつも二言目には皮肉を口にするというのにユスタスの歯切れは悪かった。メスト家が叛逆者となったことで、タマーラはいきなり不安定な立場に立たされた、その身の上を憐れに思えば、軽口を聞く気にはなれなかった。
「実は何度かタマーラに言ったことがあるのだ、メスト家の領地に戻ったほうがよいと。だが、彼女は聞かなかった」
「それはそうでしょう。タマーラは殿下にお仕えできることがなによりの幸せと思っておりますからね。なんといっても、あなたはモイラに生き写しですから」
ユスタスは肖像画のなかの従姉に目をはせた。年のころが近づくにつれ、ミネルバはますます母妃に似てきた。七年ぶりに再会した瞬間、とき、それは在りし日の従姉の面影とぴたりと重なった。
面差しだけではない。気性やしぐさもよく似ている。四歳で死に別れているため母の影響を受けたわけでもあるまいに、ふとした瞬間、そこにいるのが従姉であるように感じられることがあった。
女にしては厳格にすぎ、かわいげに欠ける。怜悧な美貌と相まって、見る者に近寄りがたさを感じさせるが、それが抗いがたいほどの高貴さとなって身をつつんでいる。
夜会用のドレスによけいな装飾はいらないだろう。ごてごてとした飾りはかえってその高貴さを損なわせる。むしろ軍服のほうが王女のうつくしさを引き立てるかもしれない。
並の王女ではたどりつけぬ威厳と気高さは、過酷な戦場に身をおいてきたからこそのものであろう。それはまさに王の風格である。
「……モイラが生きていれば、あなたを誇りに思ったことでしょう」
思わずユスタスが口にすると、ミネルバは顔をくもらせた。
「それはどうであろうな。母が今際の際にわたしに言い遺した言葉は、父のため、そして王となるべき兄のために尽くせというものだった。もし、母がこの国の惨状をごらんになれば、きっとわたしを許さぬのではないかと思う」
「だから、王位を望まれぬのですか。負い目に感じられて?」
ミネルバは答えない。
「責めを負うべきはミシェイル王子でしょう。あなたではない」
「……そなたは知らぬやもしれぬが、父の死の少し前に宮廷である噂が流れていたようだ」
「オズモンド陛下がミシェイル王子を廃し、あなたを王太子とするという噂のことですか」
「それだけではない。メスト公が宮廷を掌握せんがため、そなたとわたしを娶わせ、兄の廃位を画策していたというものだ。たぶん兄はその噂を真に受けたのだろう。結果、メスト公を暗殺の首謀者に仕立て上げ、その名誉を傷つけんとしたのだとわたしは思っている」
ユスタスにとってその話は初耳だったが、すべてが腑に落ちるものであった。
暗殺の首謀者として仕立て上げるのはシモン一人で充分だったはずなのだ。みずからが実権を握るべく、王の側近を始末する必要があったにせよ、忠臣の宰相を謀叛人に仕立て上げれば、かえって自信に疑いが向くことになろう。にもかかわらずミシェイルが実母をも貶める陰謀に手を染めたのは、メスト家への私怨にほかならない。
当時、ようやく十四歳になった王女の夫候補としてプラージ家の嫡子グイドバルドが挙げられていた。年齢のつり合いもとれ、当人同士の仲もよく、異を唱える者はいなかった。しかしドルーアの侵攻のおり、王女とともに前線に向かい、火竜の攻撃から王女をかばう形で戦死した。将来を嘱望された若き竜騎士の死を嘆く一方で、愚かな廷臣たちは次なる政略の駒を盤上へ上げようとした。
そのころ極秘でアリティアへ向かったユスタスは、コーネリアス王と面会し、マケドニアの窮状を訴えた。アリティアの重鎮たちはアカネイアの顔色をうかがい、援軍要請に難色を示していたが、コーネリアス王は早々の出陣を約束してくれた。そして臣下にも重ねて言った。暗黒竜の討伐は神剣ファルシオンの継承者のつとめである以上、アカネイアの意に反するものではないと。
これですべてが好転するはずだったのだ。
だというのに、宮廷人らの下卑た噂話が王太子の不満を激発させ、マケドニアはドルーアの併合下に置かれることとなった。ユスタスも父宰相と同様に宮廷に敵を作りすぎていたきらいは否めないが、そのが永の虜囚生活になる一因であったとは。
「まったくもって唾棄すべき話ですね」
「そなたの怒りはもっともだ。だがこの噂は、まったく根も葉もないものではなかったようだ。あのまま父と兄の対立がつづけば、メスト公は兄の廃位を進言した可能性はある。もちろん父上がそのようなことをなさるはずもないが、一時的な幽閉といった処置ならば充分に考えられたことだ。兄を王位簒奪者と呼ぶ者もいるが……たしかにそれは事実であろうが、それ相応の理由はあったものとわたしは思っている」
「つまりは、ミシェイル王子は王位簒奪者ではないから、兄王子を討ったあなたの行いに正当性がない、そうおっしゃりたいのですか」
「少なくとも、兄にのみ帰責すればよい問題とも思っておらぬ」
「はっきり申しあげますが、ミシェイル王子はアイオテの末裔でありながら、ドルーアに与し、その力を後ろ盾に他国を侵した。部不相応の野心を抱き、そして国が破滅するにいたった。父王殺しを差し引いてもなお誅されるは必然であり、あなたの行いには充分すぎる大義があったのです」
「正義だの大義だの、わたしはそんなもののために戦ったわけではない!」
ミネルバは叫ぶように言った。
「兄との一騎打ちはわたしが言い出したことだが、アカネイア側がそれを認めたのは、王族二人、共倒れとなればよいとの考えからだ。マケドニア人同士の戦いとしてわれらに主導権をゆだねたが、本音のところでは、マケドニア軍には徹底的に潰し合わせようと思っていた節がある。それでもわたしにはこの手で兄を討たねばならぬと思った」
「なぜです?」
「ただの私情だ。大義などない。父を手にかけ、ドルーアと与した兄が憎かった。ただそれだけのことだ」
口迅に言い捨て、ミネルバは窓に近づいた。
「アカネイアがわたしに祖国の統治を許したのは、戦後の混乱を最小限におさえたかっただけだ。聖王家を裏切ったマケドニア王家の存続など望んではいない。いずれアカネイアはわれらに先の戦争の贖いを求めてくるだろう。そのとき、王位の放棄は最大の切り札として使える。だから……」
一拍おき、ゆっくりと告げる。
「わたしは王位を継がぬ」
「王にならずして、いかにしてこの国を導かれるおつもりですか」
「むろん王族としての責務は果たす。あらゆる手を使い、この国を立て直す。そなたが言っていたではないか。われらはみな〈アイオテの裔〉だと。わたしもそのひとりだというだけだ。そもそも女が王位を継いだ例などないし――」
「では、ご結婚をお考えください」
ぴくりと肩がはね上がった。ミネルバは面食らったようであったが、ユスタスは冷淡につづけた。
「アカネイアの思惑はどうあれ、今後、情勢はいくらでも変わります。 百年前、カルタス王がアイオテをマケドニア王と認めたのは、ドルーアと戦った英雄でなければ混乱をおさめられぬからです。それはいまもおなじです。にもかかわらず、唯一の王位継承権者たるあなたが王となられないのであれば、あなたがお産みになった王子をお立てになるほかの道はないのです。そのこと、いかがお考えなのですか」
「……すまないが、そういうことは考えていなかった」
「では、いまお考えください」
ユスタスは佇立したままのミネルバににじり寄った。
「いましがた、王族としての責務は果たすとおっしゃったではありませんか。それとも……」
不敬に思われるほど、主との距離をつめた。
「なにも考えられずに王位を拒んでおられたのですか」
「……いや、そういったことを決めるのはわたしではないと思っていただけだ」
ふいと目をそらし、捨て鉢に言い放った。
「カゾーニとでも相談して適当に決めてくれ」
その怜悧な横顔は、まさしくモイラ妃そのものだった。
タマーラは王妃モイラの専属女官で、モイラが王家に嫁ぐ以前よりメスト家に仕えていた。そのため幼少のころからユスタスとは気安い仲であり、慕わしげにほほえみかけてくる。
「ユスタスさま、お茶をお持ちしましょうか」
「いや、わたしはよい。それよりタマーラ。殿下のために仕立て屋を呼んでくれ。今後、大使との会食が頻繁にあるのでな。早急に夜会服を仕立ててほしい」
「まあ、姫さまは軍服でよいとおっしゃっていたものですから。しばらくはモイラさまのドレスで代用いたしましょうか」
「モイラのものなら、なんでもお似合いになるだろうが、一国の主にふさわしい装いをしていただかねば」
「そなたはいつもそんなことばかり言うのだな」
ミネルバがうんざりとため息をつくと、タマーラが笑いだした。
「それではさっそく手配いたしますわ。姫さま、お忙しいとは存じますが、採寸のお時間ぐらいはお空けになってくださいませ」
扉が閉まると、ミネルバはおだやかに目を細めた。
「そなたが戻ってから、タマーラはずいぶん明るくなった」
「そうですか。昔と変わりませんが」
「ならば、昔に戻ったということだろう」
ミネルバはふっと息をついた。
「この七年、タマーラには悲しみしかなかったのだ。兄が父を手にかけ、その罪をメスト家に帰責したこと、すべてわかっていただろうに、恨み言ひとつ口にしなかった。わたしが兄を裏切り、この手で討つにいたったことについても、なにも言わなかった。だが、そなたが生きていたと知ったとき、はじめてわたしの前で泣いたのだ」
「……まあ、あれはわたしが死んだものと思っていたでしょうから」
いつも二言目には皮肉を口にするというのにユスタスの歯切れは悪かった。メスト家が叛逆者となったことで、タマーラはいきなり不安定な立場に立たされた、その身の上を憐れに思えば、軽口を聞く気にはなれなかった。
「実は何度かタマーラに言ったことがあるのだ、メスト家の領地に戻ったほうがよいと。だが、彼女は聞かなかった」
「それはそうでしょう。タマーラは殿下にお仕えできることがなによりの幸せと思っておりますからね。なんといっても、あなたはモイラに生き写しですから」
ユスタスは肖像画のなかの従姉に目をはせた。年のころが近づくにつれ、ミネルバはますます母妃に似てきた。七年ぶりに再会した瞬間、とき、それは在りし日の従姉の面影とぴたりと重なった。
面差しだけではない。気性やしぐさもよく似ている。四歳で死に別れているため母の影響を受けたわけでもあるまいに、ふとした瞬間、そこにいるのが従姉であるように感じられることがあった。
女にしては厳格にすぎ、かわいげに欠ける。怜悧な美貌と相まって、見る者に近寄りがたさを感じさせるが、それが抗いがたいほどの高貴さとなって身をつつんでいる。
夜会用のドレスによけいな装飾はいらないだろう。ごてごてとした飾りはかえってその高貴さを損なわせる。むしろ軍服のほうが王女のうつくしさを引き立てるかもしれない。
並の王女ではたどりつけぬ威厳と気高さは、過酷な戦場に身をおいてきたからこそのものであろう。それはまさに王の風格である。
「……モイラが生きていれば、あなたを誇りに思ったことでしょう」
思わずユスタスが口にすると、ミネルバは顔をくもらせた。
「それはどうであろうな。母が今際の際にわたしに言い遺した言葉は、父のため、そして王となるべき兄のために尽くせというものだった。もし、母がこの国の惨状をごらんになれば、きっとわたしを許さぬのではないかと思う」
「だから、王位を望まれぬのですか。負い目に感じられて?」
ミネルバは答えない。
「責めを負うべきはミシェイル王子でしょう。あなたではない」
「……そなたは知らぬやもしれぬが、父の死の少し前に宮廷である噂が流れていたようだ」
「オズモンド陛下がミシェイル王子を廃し、あなたを王太子とするという噂のことですか」
「それだけではない。メスト公が宮廷を掌握せんがため、そなたとわたしを娶わせ、兄の廃位を画策していたというものだ。たぶん兄はその噂を真に受けたのだろう。結果、メスト公を暗殺の首謀者に仕立て上げ、その名誉を傷つけんとしたのだとわたしは思っている」
ユスタスにとってその話は初耳だったが、すべてが腑に落ちるものであった。
暗殺の首謀者として仕立て上げるのはシモン一人で充分だったはずなのだ。みずからが実権を握るべく、王の側近を始末する必要があったにせよ、忠臣の宰相を謀叛人に仕立て上げれば、かえって自信に疑いが向くことになろう。にもかかわらずミシェイルが実母をも貶める陰謀に手を染めたのは、メスト家への私怨にほかならない。
当時、ようやく十四歳になった王女の夫候補としてプラージ家の嫡子グイドバルドが挙げられていた。年齢のつり合いもとれ、当人同士の仲もよく、異を唱える者はいなかった。しかしドルーアの侵攻のおり、王女とともに前線に向かい、火竜の攻撃から王女をかばう形で戦死した。将来を嘱望された若き竜騎士の死を嘆く一方で、愚かな廷臣たちは次なる政略の駒を盤上へ上げようとした。
そのころ極秘でアリティアへ向かったユスタスは、コーネリアス王と面会し、マケドニアの窮状を訴えた。アリティアの重鎮たちはアカネイアの顔色をうかがい、援軍要請に難色を示していたが、コーネリアス王は早々の出陣を約束してくれた。そして臣下にも重ねて言った。暗黒竜の討伐は神剣ファルシオンの継承者のつとめである以上、アカネイアの意に反するものではないと。
これですべてが好転するはずだったのだ。
だというのに、宮廷人らの下卑た噂話が王太子の不満を激発させ、マケドニアはドルーアの併合下に置かれることとなった。ユスタスも父宰相と同様に宮廷に敵を作りすぎていたきらいは否めないが、そのが永の虜囚生活になる一因であったとは。
「まったくもって唾棄すべき話ですね」
「そなたの怒りはもっともだ。だがこの噂は、まったく根も葉もないものではなかったようだ。あのまま父と兄の対立がつづけば、メスト公は兄の廃位を進言した可能性はある。もちろん父上がそのようなことをなさるはずもないが、一時的な幽閉といった処置ならば充分に考えられたことだ。兄を王位簒奪者と呼ぶ者もいるが……たしかにそれは事実であろうが、それ相応の理由はあったものとわたしは思っている」
「つまりは、ミシェイル王子は王位簒奪者ではないから、兄王子を討ったあなたの行いに正当性がない、そうおっしゃりたいのですか」
「少なくとも、兄にのみ帰責すればよい問題とも思っておらぬ」
「はっきり申しあげますが、ミシェイル王子はアイオテの末裔でありながら、ドルーアに与し、その力を後ろ盾に他国を侵した。部不相応の野心を抱き、そして国が破滅するにいたった。父王殺しを差し引いてもなお誅されるは必然であり、あなたの行いには充分すぎる大義があったのです」
「正義だの大義だの、わたしはそんなもののために戦ったわけではない!」
ミネルバは叫ぶように言った。
「兄との一騎打ちはわたしが言い出したことだが、アカネイア側がそれを認めたのは、王族二人、共倒れとなればよいとの考えからだ。マケドニア人同士の戦いとしてわれらに主導権をゆだねたが、本音のところでは、マケドニア軍には徹底的に潰し合わせようと思っていた節がある。それでもわたしにはこの手で兄を討たねばならぬと思った」
「なぜです?」
「ただの私情だ。大義などない。父を手にかけ、ドルーアと与した兄が憎かった。ただそれだけのことだ」
口迅に言い捨て、ミネルバは窓に近づいた。
「アカネイアがわたしに祖国の統治を許したのは、戦後の混乱を最小限におさえたかっただけだ。聖王家を裏切ったマケドニア王家の存続など望んではいない。いずれアカネイアはわれらに先の戦争の贖いを求めてくるだろう。そのとき、王位の放棄は最大の切り札として使える。だから……」
一拍おき、ゆっくりと告げる。
「わたしは王位を継がぬ」
「王にならずして、いかにしてこの国を導かれるおつもりですか」
「むろん王族としての責務は果たす。あらゆる手を使い、この国を立て直す。そなたが言っていたではないか。われらはみな〈アイオテの裔〉だと。わたしもそのひとりだというだけだ。そもそも女が王位を継いだ例などないし――」
「では、ご結婚をお考えください」
ぴくりと肩がはね上がった。ミネルバは面食らったようであったが、ユスタスは冷淡につづけた。
「アカネイアの思惑はどうあれ、今後、情勢はいくらでも変わります。 百年前、カルタス王がアイオテをマケドニア王と認めたのは、ドルーアと戦った英雄でなければ混乱をおさめられぬからです。それはいまもおなじです。にもかかわらず、唯一の王位継承権者たるあなたが王となられないのであれば、あなたがお産みになった王子をお立てになるほかの道はないのです。そのこと、いかがお考えなのですか」
「……すまないが、そういうことは考えていなかった」
「では、いまお考えください」
ユスタスは佇立したままのミネルバににじり寄った。
「いましがた、王族としての責務は果たすとおっしゃったではありませんか。それとも……」
不敬に思われるほど、主との距離をつめた。
「なにも考えられずに王位を拒んでおられたのですか」
「……いや、そういったことを決めるのはわたしではないと思っていただけだ」
ふいと目をそらし、捨て鉢に言い放った。
「カゾーニとでも相談して適当に決めてくれ」
その怜悧な横顔は、まさしくモイラ妃そのものだった。