目的地に到着し、真っ先に車を降りた私は無意識のうちに凝り固まった体を伸ばす。必然的に見上げた空は雲ひとつない快晴で、ネアポリス市中の喧騒から離れたこの場所では近くの茂みに住む野鳥のさえずりがやけに大きく聞こえた。
「それではいきましょう」
平然と私のキャリーバッグを運ぶフーゴ君に催促されて私も敷地内部に足を踏み入れる。
園内にある無数の墓標はどれも似たデザインの石碑で、フーゴ君の口からこれらがすべて組の人間のものであることが説明された。
「……アバッキオは、ここに」
「……わかったわ、ありがとう。しばらく1人にしてくれる?」
「勿論です。それでは……」
30分後に迎えに来ると告げ、ぺこりと頭を下げたフーゴ君がその場を離れる。それに倣い頭を垂れた私は彼の姿が見えなくなるまで見送るとようやく目の前の墓標に視線を向けた。
「レオーネ・アバッキオ……本当に、そう、刻まれているのね」
石碑に刻まれた彼の名前と、去年の4月で区切りをつけられた日付に私は思わず目じりを潤ませる。
手元の花束を供えた私はフーゴ君に教えて貰った通りの作法で彼の魂を弔う。きっと間違えていても、空の上の彼は許してくれるだろうが。
「はは……こんな再会になるぐらいならあの時もっとたくさん話しておけばよかった」
頭の中で1年前の偶然の再会を思い返した私は鞄の中からひとつの小箱を取りだす。大きくアーモンドのイラストが印刷されているそれを揺らせば中身のキャラメルが箱にぶつかる気持ちの良い音が響いた。
「あの時レオーネがくれたアーモンドキャラメルの箱……勿体なくて捨てられてないんだからね」
私はそう独り言を零すと手元にあるアーモンドキャラメルを花束の隣に供える。
湿っぽくなった空気を一転させるために首を横に振り、髪を乱した私はすう、と深呼吸すると次にマーブル模様の便箋を取りだした。
「……レオーネ、手紙の返事、本当に嬉しかったわ。私、片時もあなたのことを忘れた事なんてなかったもの。でも……ずるいよ、私が送り返す前にいなくなっちゃうなんて」
フィレンツェのショップで購入したマーブル紙の封筒に記されているのは「いつも通り」私の名前と彼の名前のみだ。例外なのは今日の日付が記入されていることぐらいだろうか。
手元のこの手紙はもう二度と彼自身の目に触れることは無い。しかし分かっていても思わず書き連ねてしまったのはもはや仕方のないことだろう。
「だからね、私……もう二度と返事が返って来なくたって構わない。貴方への愛を綴った手紙を一方的に送ってやるわ」
糊付けも、シーリングスタンプも施されていない封筒から中身を取り出す。取り出されたかなりの数の紙の束にきっと天にいるレオーネも今頃ぎょっとしているだろうと鷹を括った私はニヤリと口を歪ませると「驚いた?」と声高々に言い放つ。
「もっと早く返事を書いていれば良かったって後悔するぐらい熱烈な気持ちなんだから……覚悟しててよね、レオーネ」
自然と涙は出なかった。
今はただ、遠くにいるレオーネの元にも届くように、声を張り上げてこの手紙を読みあげることにする。
「親愛なる友人、レオーネ・アバッキオへ。春風の心地よい季節になりましたがいかがお過ごしでしょうか…… …… ……」
30分後、迎えに来たフーゴ君とジョルノが思わず顔を見合わせるのが視界の端に映ったが、まだまだ手紙は半分以上残っている。
彼らの視線に気付かないふりをしてイタリアの春風に髪を揺らした私はレオーネの墓標周りのみに群生したイエローサルタンの甘い香りに包まれながら、したためた手紙とこの胸懐を声に乗せた。