例えば手があったのなら

ヒトというのはフシギな生きモノだ。
よく動き、よく喋る。それに、朝夕晩ときっちり3食よく食べる。時々、シゴト熱心な刑事たちが食事を抜くコトがあったが、補うようにギリギリのセトギワまで収められる量と、彩りのある会話はキョーミ深い。
“ネコ”であり“死者”でもあるシセルは、食に関して大した執着心はなく、小さなレディが毎日用意してくれるゴハンで、お腹は満たされているハズだった。

しかし、どうだろう。

今。目の前でディナーを楽しむヨミエルと優しそうなレディのテーブルに乗ったチキンの、なんと美味しそうなことか。今日はどうした明日はどうしようなどの、彼らの会話も味わいがいがある。

(キチンと食事する理由……。わからないでもない、な)

きっとコレが日常の一部なのだろう。
と、レディの腕に水差しが当たった。このままでは、優雅な時間に文字通り水が差され、終わりを迎えてしまう。そうなるのは、シセルの主義に反するコトだ。

「あっ」

ヨミエルが危機に気付くより先に、シセルのタマシイはカラダから離れ、近くにあったワゴンへ取り憑き、テーブルにぶつかった。衝撃で、倒れかけていた水差しが体勢を立て直す。

「どうしたの?ヨミエル」
「……いや。なんでもない」

そのまま平和に続けられる2人の食事を、シセルは上機嫌でノドを鳴らし眺めていた。



「今日も来ていたんだな、シセル」

彼女が席を外すと、それを待ってたようにヨミエルが感謝のコトバをかける。
ゆったりと微笑むのは、以前とちがった表情だ。少しばかりココロに余裕が出来た、なによりの証拠。

『ああ。キミたちの生活を、こうして眺めるのも悪くない』
「“観察”ってワケか。……そう言えば。毛づくろいをしてるシセルを眺めてるのは、悪くなかったな」

対するシセルは、金色の瞳をそっと細める。《コア》に届けるコトバは、“あの夜”を越えた本人たちしか聞こえない。

「あら、ネコちゃん。ヨミエルと何を話してたの?」

戻ってきた彼女に、1人と1匹が同時に振り向く。片方はいたずらっ子のように人差し指を口元に添えて。片方は誇らしげに座り直して。

「オレとコイツの秘密さ」
「にゃあ」

明日は何をしようーー。それを考えるのもまた、悪くなさそうだった。
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