例えば手があったのなら

ネコというのはフシギな生きモノだ。
夜でもよく見える眼に、ヒトでは考えられないほどの跳躍力と瞬発力。そして、どんなところでもくぐり抜けられる、驚異的な柔軟性。
元“ニンゲン”で、今は“亡きがら”であるヨミエルでも、相棒である黒猫のカラダにいる時はどうしてもニンゲンとしての動きが基本である。

ところが、どうだろう。

今。目の前でキモチよさそうに毛づくろいしている黒猫は、後ろ足を前に。そして前足を後ろにグッと回し、上半身をくまなく使っているのだ。

「シセル……。オマエ、まさかカラダを操っているんじゃないだろうな……?」

読んでいた雑誌から思わずカオを上げ、コエをかけるヨミエルなど気にしたそぶりも見せず、黒猫の毛づくろいはいよいよ佳境に差し掛かる。

「おっと」

元々危ういバランスで成り立っていたのが崩れそうになった時、ヨミエルは黒猫のカラダを支えた。暖かい、ふわりとした毛並みが情報として手に伝わる。
生きモノとしての鼓動と、パチリと瞬く小さな瞳が、驚いた様子でヨミエルを見つめて。

「……気を付けてくれよ。ケガでもしたら、どうするんだ」

にゃあと応えた声が大丈夫といったフンイキでヨミエルの手を舐め、また毛づくろいを始めた黒猫を優しいため息で見守るしかなかった。
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