夜を歩く
ヨミエルの大きな手が、私のカラダをゆっくりゆっくりなでていく。黒い毛並みをなるべく乱さないようにと気を遣い、アタマの天辺から首筋へ手を滑らせ。シッポの付け根まで行ったところでふっと重みが消えた。
ある種の物足りなさを感じて視線で行方を追うと、私のアタマを通り過ぎたヨミエルの手は目の前のキーボードに着地してしまった。
せっかくヒザの上という特等席にいるのだから、もう少し構って欲しい。もう少し温もりに触れていてもらいたい。
そんな思いでヨミエルの手に鼻先を押し付けると、軽快なキーボードのリズムがピタリと止まり、優しい温もりがまた私へと戻ってきた。
「今夜中に終わらせないといけないシゴトがあるんだが…」
アゴの下のゼツミョウなトコロをくすぐるヨミエルの指がキモチいい。目をつぶってゆっくりノドを鳴らすと、コマったようなコエと月明かりを映したサングラス越しでもわかる優しい眼差しが降ってきた。
「そんなカオをされると構いたくなっちまうよ。キミは変わらないなあ、シセル」
にゃあ、と懐かしそうな声色に視線を合わせて応える。フツーの猫ならコレで終わりだが、なんせ私はフツーではない。
カオをほころばせたヨミエルへ、さらに自分のイシを伝えようと、私はカレのコアに“手”を伸ばした。
『そう言うヨミエルも変わらないな』
『パソコンに向かいっぱなしってコトか?』
『や。そっちじゃない。アンタのなで方のコトだ。“運命更新前”と同じ感触だった』
真っ赤な《死者の世界》では、考えているコトがそのまま伝わる。今。アゴに手を当てて考えているヨミエルから流れてきたのは驚きと戸惑いだ。反対に、私が感じている懐かしさと暖かさも伝わっているのだろう。
しばらくグルグルとめぐっていたカレの感情は、優しいため息と共に落ち着きを見せた。
『あの“運命更新”で何もかも変わったと思ったんだが。案外変わらないものもあるモンだな』
『そのようだ。ここに来る途中で出会ったリンネは相変わらず事件という名のエモノを追いかけ、小動物クンは小さなレディを立派に守っている。ジョード刑事とカバネラ警部も、バツグンのコンビでハンニンを追い詰めていた』
『…そう、か』
わずかににじんだ後悔という暗い色に、私は耳をパタパタと動かした。“運命更新前”の出来事は、ヨミエルにとっていいキオクではないのだろう。
しかし。カレと二人きりで過ごした十年間は、私にとって忘れられない幸せなキオクだ。
『“あの日”の出会いはなくなってしまったが…新しい《現在》でも、こうして私は特等席に座っている』
『なるほどな。根っこはそのままというワケか』
ヨミエルの《死の4分前》に戻り、運命を《トリカエ》するように私は不死になったが、悪いコトばかりではない。むしろ、このカラダの中でフシギなオーラを放つインセキに感謝するべきだろう。
『それに。今度は《死者のチカラ》でアンタと話すコトができる』
『ああ。…なあ、シセル』
『なんだろか』
『また、キミに会えてよかったよ』
『私もだ。ヨミエル』
人々が織りなす奇妙で美しい《運命》という模様…。丸くなって眺めてみるのもいいが、手繰ってみるのも面白いだろう。
思わずトンでもないコトになるかもしれないが、思わずトンでもないチャンスになるかもしれない。
《死者の世界》から元の世界に切り替えると、私はヨミエルの瞳に見守られながら心地よい眠りに落ちて行った。
新しい《現在》でも変わらない関係を。
ある種の物足りなさを感じて視線で行方を追うと、私のアタマを通り過ぎたヨミエルの手は目の前のキーボードに着地してしまった。
せっかくヒザの上という特等席にいるのだから、もう少し構って欲しい。もう少し温もりに触れていてもらいたい。
そんな思いでヨミエルの手に鼻先を押し付けると、軽快なキーボードのリズムがピタリと止まり、優しい温もりがまた私へと戻ってきた。
「今夜中に終わらせないといけないシゴトがあるんだが…」
アゴの下のゼツミョウなトコロをくすぐるヨミエルの指がキモチいい。目をつぶってゆっくりノドを鳴らすと、コマったようなコエと月明かりを映したサングラス越しでもわかる優しい眼差しが降ってきた。
「そんなカオをされると構いたくなっちまうよ。キミは変わらないなあ、シセル」
にゃあ、と懐かしそうな声色に視線を合わせて応える。フツーの猫ならコレで終わりだが、なんせ私はフツーではない。
カオをほころばせたヨミエルへ、さらに自分のイシを伝えようと、私はカレのコアに“手”を伸ばした。
『そう言うヨミエルも変わらないな』
『パソコンに向かいっぱなしってコトか?』
『や。そっちじゃない。アンタのなで方のコトだ。“運命更新前”と同じ感触だった』
真っ赤な《死者の世界》では、考えているコトがそのまま伝わる。今。アゴに手を当てて考えているヨミエルから流れてきたのは驚きと戸惑いだ。反対に、私が感じている懐かしさと暖かさも伝わっているのだろう。
しばらくグルグルとめぐっていたカレの感情は、優しいため息と共に落ち着きを見せた。
『あの“運命更新”で何もかも変わったと思ったんだが。案外変わらないものもあるモンだな』
『そのようだ。ここに来る途中で出会ったリンネは相変わらず事件という名のエモノを追いかけ、小動物クンは小さなレディを立派に守っている。ジョード刑事とカバネラ警部も、バツグンのコンビでハンニンを追い詰めていた』
『…そう、か』
わずかににじんだ後悔という暗い色に、私は耳をパタパタと動かした。“運命更新前”の出来事は、ヨミエルにとっていいキオクではないのだろう。
しかし。カレと二人きりで過ごした十年間は、私にとって忘れられない幸せなキオクだ。
『“あの日”の出会いはなくなってしまったが…新しい《現在》でも、こうして私は特等席に座っている』
『なるほどな。根っこはそのままというワケか』
ヨミエルの《死の4分前》に戻り、運命を《トリカエ》するように私は不死になったが、悪いコトばかりではない。むしろ、このカラダの中でフシギなオーラを放つインセキに感謝するべきだろう。
『それに。今度は《死者のチカラ》でアンタと話すコトができる』
『ああ。…なあ、シセル』
『なんだろか』
『また、キミに会えてよかったよ』
『私もだ。ヨミエル』
人々が織りなす奇妙で美しい《運命》という模様…。丸くなって眺めてみるのもいいが、手繰ってみるのも面白いだろう。
思わずトンでもないコトになるかもしれないが、思わずトンでもないチャンスになるかもしれない。
《死者の世界》から元の世界に切り替えると、私はヨミエルの瞳に見守られながら心地よい眠りに落ちて行った。
新しい《現在》でも変わらない関係を。