夜明け前の話(運命更新前)

「……ご老人。今夜は、セワになった」

冷静でいてしかし熱いコエが、手に持ったままだったデンワから遠ざかる。これからあのユーレイは、10年前から今夜まで続いている事件に、ケリを付けにいくのだ。ユーレイからカンリニン氏と呼ばれていた老人は、いつの間にか詰めていた息を吐き出し、その後ゆっくりと吸い込んだ。

「……結局。あやつの正体は分からずじまいだったの」

散らかり放題の部屋を見渡すと、床に落ちたままのニット帽が目に入る。しゃがんで手に取ると確かに柔らかく、勢いよく当たっただけでは死にはしない。そう、つい先程白いお調子者が《死》の運命から救われたコトで証明された。

『アイツを……相棒を、どうしても救いたいんだ。……頼むよ、センセ』

そう言ってアタマを下げてきた、当時いいウワサを聞かなかったオトコの、揺らぐことない執着心を思い返す。そして、頼まれた自分自身の、未知への探究心を改めて確認する。

「まあ……ワタシもイノチをかけるコトになるとは、思いもしなかったが」

それに、まさかユーレイがずっと追い求めていた答えを持って現れ、消された自分のイノチを救ってくれるとは思いもしなかった。《死者のチカラ》とは何と未知でフシギなモノだろう。時間があれば、気がすむまで研究したい。
だが今は、あのユーレイにはやるべきコトがある。囚人だったオトコにはコートを返した。きっと、優秀な刑事としてユーレイと協力して目的を果たしてくれるだろう。
役目の終わった自分に出来ることは、信じて待つことだ。

「夜明けが近いの、ドバトよ」

アタマの上に陣取る相棒にコエをかけ、ずり落ちてきたメガネを押し上げる。全ての答えが出るまで、寝るワケにはいかない。デスクの上に飾ってある石の写真にチラリと目をやると、眠気覚ましにコーヒーを淹れようと準備をするのであった。
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