ロマンスでした【岸本実理、金平】
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Side.金平
週に一回、銭湯に行って行きつけの居酒屋に寄るのがここ数年、唯一の楽しみだ。
豊玉高校での苦い監督デビューの後も、縁あって大阪の高校でバスケの監督をメインに教師をしている。
東京とは違う人情あふれるこの大阪という街は嫌いではない。
俺が大阪弁をしゃべろうとすると、苦虫をかみつぶしたような顔をされることが多いから、未だに大阪弁はしゃべれず標準語のままだが。
嫁さんがいない独り身はやはり寂しいと思うけれど、居酒屋やその辺で出会う大阪のおっちゃん達は面白おかしく、時にずうずうしく身の上話を聞いてくれるから、意外と悪くない環境だ。
今日もサウナで汗を流して、ゆっくり風呂に浸かった後の生ビールを楽しみに銭湯に来たけれど、思いもよらない男と再会した。
豊玉高校時代のバスケ部の教え子、岸本がサウナに入ってきたのだ。
彼らのいた豊玉高校バスケ部は、前監督の北野さんの影響が強く、指導に苦労した。
というより、俺の指導を全く聞こうとしてもらえなかった。
まあ、高校自体がガラが悪く、喧嘩騒ぎも日常茶飯事で、慣れるまでは毎日殺されるんじゃないかとびくびくしたものだ。
それに当時のキャプテンの南は、エースキラーと言われるほど激しい接触プレーが多く、冷や冷やしていた。
それでも、ラン&ガンをスローガンに指導されていたこともあり圧倒的なスコアリング能力がある選手が多く、県内大会でも優勝まではいかなくてもいい成績を残しているから多少ラフなプレーも目をつぶっていた。
俺の求心力がなかったから、見て見ぬふりをせざるを得ない部分があったことは否めないし、あの時の俺はああするより他なかった。
そして、上手くいかないことは重なるもので、あの当時、遠距離恋愛中の恋人とも上手くいっておらず何とかしたいと思っていた。
起死回生を狙い、彼女に少しでもいいところを見せて惚れ直してもらおうと、忙しい合間をぬってわざわざ広島まで来てもらったインターハイ初戦。
湘北という全国大会初出場の高校と当たるから、当然勝てるつもりでいた。
俺の晴れ舞台になる予定だったのに、キャプテンの南は絶不調、そして生意気な岸本を俺は試合の最中にも関わらず殴ってしまったのだ。
当時はそこまで大事にならなかったが、教師としては最低なことをしてしまった。
結局、その夜、長く続いた彼女とも別れてしまったのだ。
そんな記憶がぶわっと溢れてきて、岸本の「どーも」という挨拶に返すのがやっとだった。
豊玉時代は全くといっていいほど良い思い出はないけれど、インターハイ初戦敗退後、彼らは何か吹っ切れたようにバスケを楽しむようになったし、俺も独りになって若い彼らからパワーをもらうように身の振り方を含め前を向けた。
そんな風にある程度関係は良くなったとはいえ、何となくわだかまりを残したまま南、岸本たちの代を送りだし、残った部員達に何かを教えたという手ごたえもないまま豊玉を去ったことは未だにしこりとなって俺の心に残っている。
そんな微妙な関係だから、岸本と会っても会話が弾むわけもないのだが、俺の恋愛話に興味あるなんて言うもんだから、話したくてうずうずしてくる。
あのインターハイの夜、別かれてしまったけれど、今も大切なナマエとの思い出を。
彼女とは同じ大学で出会って、割と早い時期に俺の方から告白して付き合うようになった。
俺はバスケさえ出来れば大学の講義なんてどうでもいいという思いで大学にいたが、彼女は教師を目指し、真面目に講義を受けていた。
だから、自然と彼女と同じ講義を取っているうちに、高校教師になるのも悪くないと思うようになった。
部活を早めに引退し、教員実習にも行き、高校バスケ部指導を実際にしてみて、俺にはバスケ部コーチと教師が合っていると思うようになった。
彼女は東京の教員採用試験に合格し、俺は比較的バスケが強い東京の高校の教師として雇われることになった。
お互いに忙しい教師となってからも付き合いが続いたのは奇跡だったのかもしれない。
俺が豊玉へスカウトされて遠距離恋愛になり、相手もキャリアアップの時期でお互い仕事が忙しくすれ違うことも多くなり、『一生一緒にいようね』って笑いあった日を思い出すこともなくなった。
相手の嫌なとこ、自分の弱いところばかりが目につくようになったのもこの頃だった。
それでも、週に一回、義務のように短くても彼女は電話をくれたし、俺からも月に一回は電話をしていた。
年頃の俺たちは互いの両親から、結婚はいつかとしょっちゅう急かされていたのも原因だ。
あの頃の俺は、あっちが仕事を辞めて俺のところにくる以外の選択肢は頭に無くて、ずいぶん喧嘩もした。
インターハイ初戦が終わった夜。
久しぶりに彼女と顔を突き合わせて食事をする前から、今日で終わりの予感はあった。
お互いの口から出る言葉は、「ありがとう」と『ごめん』ばかりで彼女の『今日で最後にしたい』の言葉にも頷くしかできなかった。
新幹線のホームまで送り届ける道は、手をつながせてくれた。
『本当にありがとう』「こっちこそありがとう」
最後に離れた手のぬくもりと少し寂しそうな横顔は未だ忘れられない。
どんな風にしていたら、俺とあいつが結婚できたというのか…?
未だ分からないと嘆いてしまうのは、未練があるからなのだろう。
そんな俺と彼女の話をしようとすれば、岸本は暑いと言ってサウナをすぐに出ていき、冷たいと言って水風呂から湯船へと移る。
そして、ランアンドガンだとすぐに風呂から上がってしまった。
まったく、相変わらずせっかちな奴だ。
すっかり俺の過去の恋愛話をする気は失せて、牛乳一本を奢った後、岸本とは別れた。
今日は何だか居酒屋に行く気分になれず、コンビニで酒とつまみを適当に見繕って、家へと帰った。
「ただいま」
返事のない部屋に帰ることにもすっかり慣れた俺は、机につまみと酒を並べて缶ビールを開ける。
今日はナマエのことをたくさん思い出してしまう。
ここ最近は、名前さえ思い浮かぶことが無かったのに。
「元気でやってるか」
せめてもの健康のためにと選んだ枝豆をつまみながら、ビールをあおり、
「愛してる」
なんて、口に出してみて誰も聞いてやしないのに恥ずかしくなる。
あの日別れた時から、女性もいない未来は簡単に想像できて、独身のまま今日まできた。
このまま、死ぬまで……
俺もナマエも、元気で年老いることが出来ればいい。
綺麗なままの思い出をたまに噛みしめながら、あおるビールはいつもよりほろ苦い。
でもその苦さが心地いい。
そういや、岸本の髪の長さと別れた時のナマエの髪の長さはおんなじくらいだったな。
少し霞がかかってきた頭の中で二つの顔が重なり始める。
まずい……
そう思った時には遅くて、ナマエの顔が岸本になり始める。
「最悪だ……」
俺は、ナマエを思い浮かべるときには岸本もセットになってしまうのか…?
二本目のビールを煽りながら、もんもんと頭を悩ませることになってしまったのだった。
***
2023.10.27.
こぼれ話→「ロマンスでした【岸本実理、金平】」
週に一回、銭湯に行って行きつけの居酒屋に寄るのがここ数年、唯一の楽しみだ。
豊玉高校での苦い監督デビューの後も、縁あって大阪の高校でバスケの監督をメインに教師をしている。
東京とは違う人情あふれるこの大阪という街は嫌いではない。
俺が大阪弁をしゃべろうとすると、苦虫をかみつぶしたような顔をされることが多いから、未だに大阪弁はしゃべれず標準語のままだが。
嫁さんがいない独り身はやはり寂しいと思うけれど、居酒屋やその辺で出会う大阪のおっちゃん達は面白おかしく、時にずうずうしく身の上話を聞いてくれるから、意外と悪くない環境だ。
今日もサウナで汗を流して、ゆっくり風呂に浸かった後の生ビールを楽しみに銭湯に来たけれど、思いもよらない男と再会した。
豊玉高校時代のバスケ部の教え子、岸本がサウナに入ってきたのだ。
彼らのいた豊玉高校バスケ部は、前監督の北野さんの影響が強く、指導に苦労した。
というより、俺の指導を全く聞こうとしてもらえなかった。
まあ、高校自体がガラが悪く、喧嘩騒ぎも日常茶飯事で、慣れるまでは毎日殺されるんじゃないかとびくびくしたものだ。
それに当時のキャプテンの南は、エースキラーと言われるほど激しい接触プレーが多く、冷や冷やしていた。
それでも、ラン&ガンをスローガンに指導されていたこともあり圧倒的なスコアリング能力がある選手が多く、県内大会でも優勝まではいかなくてもいい成績を残しているから多少ラフなプレーも目をつぶっていた。
俺の求心力がなかったから、見て見ぬふりをせざるを得ない部分があったことは否めないし、あの時の俺はああするより他なかった。
そして、上手くいかないことは重なるもので、あの当時、遠距離恋愛中の恋人とも上手くいっておらず何とかしたいと思っていた。
起死回生を狙い、彼女に少しでもいいところを見せて惚れ直してもらおうと、忙しい合間をぬってわざわざ広島まで来てもらったインターハイ初戦。
湘北という全国大会初出場の高校と当たるから、当然勝てるつもりでいた。
俺の晴れ舞台になる予定だったのに、キャプテンの南は絶不調、そして生意気な岸本を俺は試合の最中にも関わらず殴ってしまったのだ。
当時はそこまで大事にならなかったが、教師としては最低なことをしてしまった。
結局、その夜、長く続いた彼女とも別れてしまったのだ。
そんな記憶がぶわっと溢れてきて、岸本の「どーも」という挨拶に返すのがやっとだった。
豊玉時代は全くといっていいほど良い思い出はないけれど、インターハイ初戦敗退後、彼らは何か吹っ切れたようにバスケを楽しむようになったし、俺も独りになって若い彼らからパワーをもらうように身の振り方を含め前を向けた。
そんな風にある程度関係は良くなったとはいえ、何となくわだかまりを残したまま南、岸本たちの代を送りだし、残った部員達に何かを教えたという手ごたえもないまま豊玉を去ったことは未だにしこりとなって俺の心に残っている。
そんな微妙な関係だから、岸本と会っても会話が弾むわけもないのだが、俺の恋愛話に興味あるなんて言うもんだから、話したくてうずうずしてくる。
あのインターハイの夜、別かれてしまったけれど、今も大切なナマエとの思い出を。
彼女とは同じ大学で出会って、割と早い時期に俺の方から告白して付き合うようになった。
俺はバスケさえ出来れば大学の講義なんてどうでもいいという思いで大学にいたが、彼女は教師を目指し、真面目に講義を受けていた。
だから、自然と彼女と同じ講義を取っているうちに、高校教師になるのも悪くないと思うようになった。
部活を早めに引退し、教員実習にも行き、高校バスケ部指導を実際にしてみて、俺にはバスケ部コーチと教師が合っていると思うようになった。
彼女は東京の教員採用試験に合格し、俺は比較的バスケが強い東京の高校の教師として雇われることになった。
お互いに忙しい教師となってからも付き合いが続いたのは奇跡だったのかもしれない。
俺が豊玉へスカウトされて遠距離恋愛になり、相手もキャリアアップの時期でお互い仕事が忙しくすれ違うことも多くなり、『一生一緒にいようね』って笑いあった日を思い出すこともなくなった。
相手の嫌なとこ、自分の弱いところばかりが目につくようになったのもこの頃だった。
それでも、週に一回、義務のように短くても彼女は電話をくれたし、俺からも月に一回は電話をしていた。
年頃の俺たちは互いの両親から、結婚はいつかとしょっちゅう急かされていたのも原因だ。
あの頃の俺は、あっちが仕事を辞めて俺のところにくる以外の選択肢は頭に無くて、ずいぶん喧嘩もした。
インターハイ初戦が終わった夜。
久しぶりに彼女と顔を突き合わせて食事をする前から、今日で終わりの予感はあった。
お互いの口から出る言葉は、「ありがとう」と『ごめん』ばかりで彼女の『今日で最後にしたい』の言葉にも頷くしかできなかった。
新幹線のホームまで送り届ける道は、手をつながせてくれた。
『本当にありがとう』「こっちこそありがとう」
最後に離れた手のぬくもりと少し寂しそうな横顔は未だ忘れられない。
どんな風にしていたら、俺とあいつが結婚できたというのか…?
未だ分からないと嘆いてしまうのは、未練があるからなのだろう。
そんな俺と彼女の話をしようとすれば、岸本は暑いと言ってサウナをすぐに出ていき、冷たいと言って水風呂から湯船へと移る。
そして、ランアンドガンだとすぐに風呂から上がってしまった。
まったく、相変わらずせっかちな奴だ。
すっかり俺の過去の恋愛話をする気は失せて、牛乳一本を奢った後、岸本とは別れた。
今日は何だか居酒屋に行く気分になれず、コンビニで酒とつまみを適当に見繕って、家へと帰った。
「ただいま」
返事のない部屋に帰ることにもすっかり慣れた俺は、机につまみと酒を並べて缶ビールを開ける。
今日はナマエのことをたくさん思い出してしまう。
ここ最近は、名前さえ思い浮かぶことが無かったのに。
「元気でやってるか」
せめてもの健康のためにと選んだ枝豆をつまみながら、ビールをあおり、
「愛してる」
なんて、口に出してみて誰も聞いてやしないのに恥ずかしくなる。
あの日別れた時から、女性もいない未来は簡単に想像できて、独身のまま今日まできた。
このまま、死ぬまで……
俺もナマエも、元気で年老いることが出来ればいい。
綺麗なままの思い出をたまに噛みしめながら、あおるビールはいつもよりほろ苦い。
でもその苦さが心地いい。
そういや、岸本の髪の長さと別れた時のナマエの髪の長さはおんなじくらいだったな。
少し霞がかかってきた頭の中で二つの顔が重なり始める。
まずい……
そう思った時には遅くて、ナマエの顔が岸本になり始める。
「最悪だ……」
俺は、ナマエを思い浮かべるときには岸本もセットになってしまうのか…?
二本目のビールを煽りながら、もんもんと頭を悩ませることになってしまったのだった。
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2023.10.27.
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