恋の予感【魚住純】
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『魚住!これ…!』
卒業式当日。最後のホームルームが始まる前、最後の制服姿を写真に収めようとにぎやかな雰囲気の中、苗字がわざわざ俺のところまでやってきて、紙袋を差し出した。
「おう、ありがとな」
俺も何か渡すものでも持ってこればよかったかもしれないが、そんなことは考えもつかなかった。
『それ、チョコレートだから』
わざわざ中身を教えてくれるとは、律儀な奴だ。
「チョコレートか。甘いものは結構好きだぞ」
『知ってる。3年間の付き合いだからね』
「そうだな…」
苗字とは、3年間同じクラスで、俺が気兼ねなく話せる女子だ。
俺は少々特別な感情を抱いている。
が……告白するなんていうタイミングは当に過ぎ、このまま仲のいい友達で終わりで良いと思っている。
淡い恋の思い出になるのも悪くないだろう。
寂しくなるけれど、これでいい。
もらったチョコレートを取り出そうとすると、
『待って!家でこっそり開けて。ほら、写真撮ったりさ、最後の思いで作ろ!あ、池上~、池上も写真一緒に撮ろう!』
「ああ、そうだな」
池上が俺たちのところにやってくると、苗字に手を差し出した。
「せっかくだから、2人で撮ったらどうだ?」
「何!?」
『え?いいの?』
「せっかくだから…な?」
池上は、さっとカメラを受け取ると、俺達の方へレンズを向けた。
「身長差あるから、魚住が座った方がいいぞ」
「おう」
『何か…緊張するね』
ピースサインをする苗字に習って、俺もピースを作る。
「もっと近づいて!魚住、笑えって」
池上の言葉に苗字が近づいて、ふわっといい匂いがする。
それに自然と口元が緩む。
池上が使い捨てカメラのダイヤルを巻いている時間が永遠に終わらなくても良いような気さえしてくる。
「よし!はい、チーズ」
池上の言葉に、フラッシュに目を閉じないようにしたつもりだが、大丈夫だっただろうか?
現像するまで分からないし、そもそもその写真を俺が見ることはないだろうし…
少しでもカッコよく映っていることを祈っている。
「魚住のカメラは?」
「いや、持ってきてないが…」
『そっか。じゃあ、写真、届けに行くよ』
「それは……」
『せっかくだから、いいでしょ?』
「魚住、プレゼントももらったんだろ?お礼もした方がいいんじゃないのか?」
池上のナイスアシストにより、卒業式後にもう一度会う機会を得たのだった。
卒業式が終わり、母親と共に家ではなく直接店へと行き、来られなかった親父に卒業の報告をした。
そして、調理衣に着替えて店のカウンターで卒業記念品などを見てから、苗字からもらったプレゼントを開ける。
中からは可愛くラッピングされたチョコレートと手紙が出てくる。
「純、プレゼントなんてもらったのか?…その手紙は、ラブレターだな」
「そんなんじゃない……」
「卒業式といえば、最後にラブレターとか渡したりするだろ?」
嬉しそうに親父が手紙を覗き込もうとするので、俺は慌てて手紙とチョコレートを紙袋に仕舞う。
「友達からだ」
「友達ってったって、その可愛い包みの感じだと女子だろ?純も意外とモテたんだなぁ~。父さん、うれしいぞ!」
ニヤニヤとしてくる親父をあしらう為にも、一旦このプレゼントは片づけた方がいいだろう。
そろそろ出勤してくる従業員にもからかわれるのが目に見えている。
「そんな純にぴったりな米を仕入れたから、今日はそれを炊いてやる」
「はぁ…」
俺は、物置に置いた鞄に隠すようにチョコレートを仕舞って、親父のところに戻る。
親父はカウンターにドンっとコメ袋を置いた。
「その名も【恋の予感】だ!」
「コシヒカリでいいんじゃないのか?」
「いいや、ネーミングも大事だ!純の彼女にもこの米、食わしてやりたいなぁ…」
「友達だって」
「ちなみに、この恋の予感をつかった酒もある」
「まだ未成年…」
「知っている。2人が大人になって、これを呑んで、卒業式の思い出話に花を咲かせる!…最高じゃねぇか!」
「親父…酔っぱらってるのか?」
「んなわけないだろ!息子の将来の嫁さんかもしれないんだから、こんな嬉しいことはねぇぜ!」
「よ、嫁さんって…」
「その子のこと、好きなんだろ?」
「う…それは……言わない」
「素直じゃないなぁ…なんのために純粋の純の名前をつけたとおもってるんだ」
「俺が頼んだ訳ではない」
「まぁそう固いこと言うな。ということで、純の嫁さん候補に、プレゼントのお礼に店で飯でも食わせてやったらどうだ?この米、炊いてやるぞ」
「嫁さん候補じゃない……が、飯は頼む」
「素直でよろしい!」
こうして、苗字に俺の店(厳密には親父の店だが…)に来てもらうことになった。
ーーー数日後。
『お邪魔します』
「いらっしゃいませ!」
当日の親父の張り切りようといったら……
俺も、久しぶりに会う苗字に緊張している。
俺が作るのを手伝った飯を食べてもらうのも、まるで初めてバスケの試合に出た時のような心境だ。
身体を動かせない分、ソワソワした気持ちの持って行き場がない。
『こんな高級なお店初めてで…』
「まだ、営業前だから気にしなくていい」
平静を装っているが、内心ドキドキだ。
『でも、魚住、本当にご馳走になっちゃっていいの?』
「ああ、チョコレートのお礼だ」
「カウンターに座ってもらおうかと思ったが、若い二人の邪魔しちゃ悪いから、個室へどうぞ」
『ありがとうございます』
苗字がぺこりとお辞儀したのを確認して、個室へと案内する。
2人で向き合って座ってみるが、妙に緊張してしまう。
『なんか、緊張しちゃうね…』
「飯食うだけだけどな」
『そうだ!写真、渡しておくね』
「おう」
苗字が渡してくれた写真は、目をつぶっていることもなくちゃんと撮れていた。
『けっこう良い感じに撮れたと思うんだ』
「そうだな。そうだ、チョコレートと……手紙もありがとな」
『うん。手紙、読んでくれたんだ』
苗字からの手紙には、チョコレートは遅れたバレンタインだと書いてあった。
本当は、ずっと言いたかったことがあるけど、今は言わないとも…
もしかしたら、苗字も同じ気持ちだったんじゃないかと淡い期待も抱きつつ、どう切り出していいか分からない。
「今日は、ホワイトデーのお返しも兼ねてると思ってくれ」
『なんだか、倍返し以上で申し訳ないよ』
「そんなことはないさ…で、あの手紙の……」
ガラガラ…
「飯、出来たぞ!」
肝心なところで、親父がお盆を持って入ってきた。
『あ、ありがとうございます!』
「む……」
「純が炊いたご飯と、純がとった出汁で俺が作った料理だ。さ、食べてくれ!」
定食スタイルの料理が2人分、届けられた。
『すっごくいい匂いですね!楽しみ』
「米は、恋の予感という名前のブランド米で、今のお2人さんにぴったりだろ!」
そういうと、親父はそそくさと個室の扉を閉めた。
…ったく、変な雰囲気になっちまう。
「変な親父ですまん」
『う、ううん!面白いお父さんだね!!…冷めないうちに、頂きます』
苗字は手を合わせて、料理を口に運ぶ。
『美味しい!』
「良かった」
『魚住は、毎日こんなにおいしいご飯食べれて幸せだね』
「そうか?」
『うん、お米もすごく美味しい!』
半分ほど、食べ進めたところで、俺は、改めて話を切り出す。
「あの手紙のことなんだが……」
『ごめん!』
苗字は箸をおいた。
『私は短大、魚住は板前修業で別々の道を歩むから、今は言えない。だから、私が短大卒業して、それでも伝えたいって思ったら伝えに来てもいい?』
俺も箸をおく。
「そうか。この米の名前の通りかもしれないけれど、今はうつつをぬかすときじゃないかもしれないな」
『私のワガママ聞いてくれてありがとう』
「こっちこそ、すまん。もっと早く伝えた方が良かったんじゃないかと思っていた」
『ううん。まだ私達にはそういう関係は早すぎるんだよ』
その後は、高校の思い出話に花を咲かせ、苗字は綺麗に飯を平らげた。
『卒業式したら、このお店、予約してくるね』
そう言い残して帰って行った。
ーーー二年後。
「純、今日は仕事を休め」
仕込みがほとんど終わり、もう間もなく開店という頃、突然親父が言い出した。
「なんでだ?予約入ってるって言ってただろ?」
「まぁ、いいから。さっさと着替えてカウンターに座れ」
訳の分からない展開だが、親父に言われるままに俺は着替えてカウンターへと戻った。
と、同時に、
『こんにちは』
若い女性の声が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
条件反射でそう言って、店の入口に目をやって一瞬固まった。
「……苗字?」
『魚住、約束通り来たよ』
あの頃より大人びた化粧の苗字に見惚れそうになるのを抑えて、親父の顔を見ると得意げに笑った。
「純に内緒で予約を依頼されて……な?」
『はい』
「さ、純も今日は休みだから、2人でゆっくりしていってくれ」
『え?そうなんですか?』
「ああ。あの時と同じ個室へどうぞ」
この親父の前であれこれ話すのも憚られて、個室へと案内する。
あの時と同じように苗字と向き合って座る。
すぐに親父が、恋の予感の米を使った山猿という日本酒の瓶とお猪口、俺が仕込んだお通しを持ってくれた。
「酒、飲めるかい?」
『少しなら』
「よかった。じゃ、ごゆっくり。後の飯は純が取りに来いよ」
「分かったよ」
親父が個室を出たのを確認して、瓶からお猪口に酒を注ぐ。
『このラベルのお猿さんかわいい。そういえば、魚住ってボス猿って呼ばれたことあったよね?』
「バスケの試合でな。しかし、よく覚えてるな…」
『好きな人のことなら何でも覚えてるよ』
「す……」
こんなに早く切り出されるとは思わず、かっと熱くなる。
日本酒を注いだお猪口を苗字の前に置き、深呼吸をした。
二年間、温めておいた言葉を紡ぐ。
「俺からも言わせてほしい。高校の時からずっと、苗字が好きだった。今日数年ぶりに会っても、その気持ちは変わっていない」
『私も、2年経ってもやっぱり魚住が好き』
お互い日本酒のラベルの猿のような赤い顔をしているだろう。
照れながらもゆっくりお猪口を持ち上げて、カチリと触れ合わせた。
***
2023.3.18.
SD今月のお題企画【卒業】をお借りしました。
お話の中の日本酒は、こちら→純米酒 山猿 恋の予感
こぼれ話→恋の予感【魚住純】
卒業式当日。最後のホームルームが始まる前、最後の制服姿を写真に収めようとにぎやかな雰囲気の中、苗字がわざわざ俺のところまでやってきて、紙袋を差し出した。
「おう、ありがとな」
俺も何か渡すものでも持ってこればよかったかもしれないが、そんなことは考えもつかなかった。
『それ、チョコレートだから』
わざわざ中身を教えてくれるとは、律儀な奴だ。
「チョコレートか。甘いものは結構好きだぞ」
『知ってる。3年間の付き合いだからね』
「そうだな…」
苗字とは、3年間同じクラスで、俺が気兼ねなく話せる女子だ。
俺は少々特別な感情を抱いている。
が……告白するなんていうタイミングは当に過ぎ、このまま仲のいい友達で終わりで良いと思っている。
淡い恋の思い出になるのも悪くないだろう。
寂しくなるけれど、これでいい。
もらったチョコレートを取り出そうとすると、
『待って!家でこっそり開けて。ほら、写真撮ったりさ、最後の思いで作ろ!あ、池上~、池上も写真一緒に撮ろう!』
「ああ、そうだな」
池上が俺たちのところにやってくると、苗字に手を差し出した。
「せっかくだから、2人で撮ったらどうだ?」
「何!?」
『え?いいの?』
「せっかくだから…な?」
池上は、さっとカメラを受け取ると、俺達の方へレンズを向けた。
「身長差あるから、魚住が座った方がいいぞ」
「おう」
『何か…緊張するね』
ピースサインをする苗字に習って、俺もピースを作る。
「もっと近づいて!魚住、笑えって」
池上の言葉に苗字が近づいて、ふわっといい匂いがする。
それに自然と口元が緩む。
池上が使い捨てカメラのダイヤルを巻いている時間が永遠に終わらなくても良いような気さえしてくる。
「よし!はい、チーズ」
池上の言葉に、フラッシュに目を閉じないようにしたつもりだが、大丈夫だっただろうか?
現像するまで分からないし、そもそもその写真を俺が見ることはないだろうし…
少しでもカッコよく映っていることを祈っている。
「魚住のカメラは?」
「いや、持ってきてないが…」
『そっか。じゃあ、写真、届けに行くよ』
「それは……」
『せっかくだから、いいでしょ?』
「魚住、プレゼントももらったんだろ?お礼もした方がいいんじゃないのか?」
池上のナイスアシストにより、卒業式後にもう一度会う機会を得たのだった。
卒業式が終わり、母親と共に家ではなく直接店へと行き、来られなかった親父に卒業の報告をした。
そして、調理衣に着替えて店のカウンターで卒業記念品などを見てから、苗字からもらったプレゼントを開ける。
中からは可愛くラッピングされたチョコレートと手紙が出てくる。
「純、プレゼントなんてもらったのか?…その手紙は、ラブレターだな」
「そんなんじゃない……」
「卒業式といえば、最後にラブレターとか渡したりするだろ?」
嬉しそうに親父が手紙を覗き込もうとするので、俺は慌てて手紙とチョコレートを紙袋に仕舞う。
「友達からだ」
「友達ってったって、その可愛い包みの感じだと女子だろ?純も意外とモテたんだなぁ~。父さん、うれしいぞ!」
ニヤニヤとしてくる親父をあしらう為にも、一旦このプレゼントは片づけた方がいいだろう。
そろそろ出勤してくる従業員にもからかわれるのが目に見えている。
「そんな純にぴったりな米を仕入れたから、今日はそれを炊いてやる」
「はぁ…」
俺は、物置に置いた鞄に隠すようにチョコレートを仕舞って、親父のところに戻る。
親父はカウンターにドンっとコメ袋を置いた。
「その名も【恋の予感】だ!」
「コシヒカリでいいんじゃないのか?」
「いいや、ネーミングも大事だ!純の彼女にもこの米、食わしてやりたいなぁ…」
「友達だって」
「ちなみに、この恋の予感をつかった酒もある」
「まだ未成年…」
「知っている。2人が大人になって、これを呑んで、卒業式の思い出話に花を咲かせる!…最高じゃねぇか!」
「親父…酔っぱらってるのか?」
「んなわけないだろ!息子の将来の嫁さんかもしれないんだから、こんな嬉しいことはねぇぜ!」
「よ、嫁さんって…」
「その子のこと、好きなんだろ?」
「う…それは……言わない」
「素直じゃないなぁ…なんのために純粋の純の名前をつけたとおもってるんだ」
「俺が頼んだ訳ではない」
「まぁそう固いこと言うな。ということで、純の嫁さん候補に、プレゼントのお礼に店で飯でも食わせてやったらどうだ?この米、炊いてやるぞ」
「嫁さん候補じゃない……が、飯は頼む」
「素直でよろしい!」
こうして、苗字に俺の店(厳密には親父の店だが…)に来てもらうことになった。
ーーー数日後。
『お邪魔します』
「いらっしゃいませ!」
当日の親父の張り切りようといったら……
俺も、久しぶりに会う苗字に緊張している。
俺が作るのを手伝った飯を食べてもらうのも、まるで初めてバスケの試合に出た時のような心境だ。
身体を動かせない分、ソワソワした気持ちの持って行き場がない。
『こんな高級なお店初めてで…』
「まだ、営業前だから気にしなくていい」
平静を装っているが、内心ドキドキだ。
『でも、魚住、本当にご馳走になっちゃっていいの?』
「ああ、チョコレートのお礼だ」
「カウンターに座ってもらおうかと思ったが、若い二人の邪魔しちゃ悪いから、個室へどうぞ」
『ありがとうございます』
苗字がぺこりとお辞儀したのを確認して、個室へと案内する。
2人で向き合って座ってみるが、妙に緊張してしまう。
『なんか、緊張しちゃうね…』
「飯食うだけだけどな」
『そうだ!写真、渡しておくね』
「おう」
苗字が渡してくれた写真は、目をつぶっていることもなくちゃんと撮れていた。
『けっこう良い感じに撮れたと思うんだ』
「そうだな。そうだ、チョコレートと……手紙もありがとな」
『うん。手紙、読んでくれたんだ』
苗字からの手紙には、チョコレートは遅れたバレンタインだと書いてあった。
本当は、ずっと言いたかったことがあるけど、今は言わないとも…
もしかしたら、苗字も同じ気持ちだったんじゃないかと淡い期待も抱きつつ、どう切り出していいか分からない。
「今日は、ホワイトデーのお返しも兼ねてると思ってくれ」
『なんだか、倍返し以上で申し訳ないよ』
「そんなことはないさ…で、あの手紙の……」
ガラガラ…
「飯、出来たぞ!」
肝心なところで、親父がお盆を持って入ってきた。
『あ、ありがとうございます!』
「む……」
「純が炊いたご飯と、純がとった出汁で俺が作った料理だ。さ、食べてくれ!」
定食スタイルの料理が2人分、届けられた。
『すっごくいい匂いですね!楽しみ』
「米は、恋の予感という名前のブランド米で、今のお2人さんにぴったりだろ!」
そういうと、親父はそそくさと個室の扉を閉めた。
…ったく、変な雰囲気になっちまう。
「変な親父ですまん」
『う、ううん!面白いお父さんだね!!…冷めないうちに、頂きます』
苗字は手を合わせて、料理を口に運ぶ。
『美味しい!』
「良かった」
『魚住は、毎日こんなにおいしいご飯食べれて幸せだね』
「そうか?」
『うん、お米もすごく美味しい!』
半分ほど、食べ進めたところで、俺は、改めて話を切り出す。
「あの手紙のことなんだが……」
『ごめん!』
苗字は箸をおいた。
『私は短大、魚住は板前修業で別々の道を歩むから、今は言えない。だから、私が短大卒業して、それでも伝えたいって思ったら伝えに来てもいい?』
俺も箸をおく。
「そうか。この米の名前の通りかもしれないけれど、今はうつつをぬかすときじゃないかもしれないな」
『私のワガママ聞いてくれてありがとう』
「こっちこそ、すまん。もっと早く伝えた方が良かったんじゃないかと思っていた」
『ううん。まだ私達にはそういう関係は早すぎるんだよ』
その後は、高校の思い出話に花を咲かせ、苗字は綺麗に飯を平らげた。
『卒業式したら、このお店、予約してくるね』
そう言い残して帰って行った。
ーーー二年後。
「純、今日は仕事を休め」
仕込みがほとんど終わり、もう間もなく開店という頃、突然親父が言い出した。
「なんでだ?予約入ってるって言ってただろ?」
「まぁ、いいから。さっさと着替えてカウンターに座れ」
訳の分からない展開だが、親父に言われるままに俺は着替えてカウンターへと戻った。
と、同時に、
『こんにちは』
若い女性の声が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
条件反射でそう言って、店の入口に目をやって一瞬固まった。
「……苗字?」
『魚住、約束通り来たよ』
あの頃より大人びた化粧の苗字に見惚れそうになるのを抑えて、親父の顔を見ると得意げに笑った。
「純に内緒で予約を依頼されて……な?」
『はい』
「さ、純も今日は休みだから、2人でゆっくりしていってくれ」
『え?そうなんですか?』
「ああ。あの時と同じ個室へどうぞ」
この親父の前であれこれ話すのも憚られて、個室へと案内する。
あの時と同じように苗字と向き合って座る。
すぐに親父が、恋の予感の米を使った山猿という日本酒の瓶とお猪口、俺が仕込んだお通しを持ってくれた。
「酒、飲めるかい?」
『少しなら』
「よかった。じゃ、ごゆっくり。後の飯は純が取りに来いよ」
「分かったよ」
親父が個室を出たのを確認して、瓶からお猪口に酒を注ぐ。
『このラベルのお猿さんかわいい。そういえば、魚住ってボス猿って呼ばれたことあったよね?』
「バスケの試合でな。しかし、よく覚えてるな…」
『好きな人のことなら何でも覚えてるよ』
「す……」
こんなに早く切り出されるとは思わず、かっと熱くなる。
日本酒を注いだお猪口を苗字の前に置き、深呼吸をした。
二年間、温めておいた言葉を紡ぐ。
「俺からも言わせてほしい。高校の時からずっと、苗字が好きだった。今日数年ぶりに会っても、その気持ちは変わっていない」
『私も、2年経ってもやっぱり魚住が好き』
お互い日本酒のラベルの猿のような赤い顔をしているだろう。
照れながらもゆっくりお猪口を持ち上げて、カチリと触れ合わせた。
***
2023.3.18.
SD今月のお題企画【卒業】をお借りしました。
お話の中の日本酒は、こちら→純米酒 山猿 恋の予感
こぼれ話→恋の予感【魚住純】
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