オートボット達が帰還した格納庫はいつも騒がしい。
　他愛ない会話やら、今後の方針やら、リペアに関する物騒な話などがされている。
　彼らが常に話しかけているのはティスランドに対してだ。

　『ティスランド』

　『なにかご用ですか？将校殿』

　『ジャズで良いって言っただろ？』

　『貴方は私の上官だ。そして私は新兵。・・・軽々しく名前で呼べるわけなど無い』

きっぱりと断られたジャズが微かに落胆したかのように電子音を鳴らす。
　ジャズにしてみれば可愛がっていた弟分のバンブルビーが居なくなった今、新たに仲間に加わったティスランドをいじりたいのだ。
　右も左も解らないだろう生まれたてのオートボットに接するのは久方ぶりであった。
　サイバトロン星があった頃は、生まれたてのオートボットと触れることがあったのだが母星が滅んでからはそんなことはない。
　誰もが興味津々でティスランドに話しかけている。
　何も知らない赤子を生かすために、様々な知識を与えようとしているのだ。

　『もっと楽に接してくれって！！俺達は仲間なんだから』

　『仲間でも節度を持って接することは大切かと思います』

もっともな反応にジャズの心は一瞬折れそうになる。
　だが、ここで引き下がれば少し離れたところで虎視眈々とティスランドとの交流する機会をうかがっているラチェットとアイアンハイドにティスランドを奪われるのは明らかだ。

　『レノックスから聞いたんだがお前、俺達の居ない間に随分と人間と色々と出かけたりしていたみたいだな』

　『えぇ・・・人の生活というのを実際に見てみたかったので』

事実は違うがここはレノックスの顔を立てるため、ジャズと話を合わせたティスランドであったが、人の生活という言葉を口にした瞬間、声を上げて笑いたくなる。
　そもそも、自分はセイという人間だったのだ。
　国は違えど人間の暮らしなど十分知っていることであるのに、人の生活を見てみたかったという言葉が酷く滑稽に感じられ、そして同時にとても虚しく感じられたのだ。
　今の自分はもう人間ではない。
　そっと自分の両手を見下ろしてみる。
　そこにあるのは金属の手だ。
　慣れ親しんだ柔らかな皮膚でできた手ではない。
　戦いになればこの右手はライフルへと変わり敵を容赦なく撃ち殺す武器となる。

　『ティスランド？どうした？』

　『・・・いえ、少し、考え事を』

ブレインに熱がこもり始める。
　処理しきれない感情、処理することが難しいデータに苦戦をするが、ブレインはそれ以上処理することを停止し、処理しきれなかったデータは次々と消去されていく。
　トランスフォーマーだった”ストラトス”はそれを当然のことと受け入れている。
　人間だった”セイ”はそれをあり得ないことだと判断し受け入れを拒否する。
　相反する二つの考えに、ティスランドの混乱はさらに激しくなっていく。

　『ジャズ、離れろ。ティスランドの処理速度が可笑しい。エラーを起こしかけている』

様子を見ていたラチェットが近づいてくると、自身の腕からコードを伸ばしティスランドへとそれを接続する。
　何が原因でティスランドがそうなったのか調べ、そして対処をしなければならない。

　『恐らく人間との交流をしたことで大量のデータを入手し、ソレの処理が追いつかないだけだろう。少し私の方でデータ処理を手伝えばすぐにエラーは解消するさ』

まだ誕生して日の浅いティスランドが人と触れることにより、何かしら触発されることは予想済みだった。そしてそれによる混乱とエラーが起るだろう事も。
　ラチェットは優秀な軍医だが、それはトランスフォーマーに対してだ。
　トランスフォーマーと人の意識が混濁しているティスランドにはラチェットの常識は通用しない。
　人としての部分が未だ根強く残っているティスランドはラチェットから伸ばされたコードを拒否するかのように無理矢理抜くと、驚いたようにラチェットの青い目がティスランドを射貫く。
　その視線に対し、ティスランドは怯えたような視線を向ける。

　『ティスランド、大丈夫だ。私は君を治療したいだけだ。大人しくしていてくれ』

再度伸ばされたコードを見た瞬間、ティスランドはビーグルモードになりその場から逃げ出した。