現れた銀色のベンツを見た瞬間、ティスランドは自分のスパークが何かに怯えるかのように震えたことを感じ取る。
　あのベンツは駄目だ。
　近づいては駄目だ。
　そう声を荒げてサムとカーリーに警告をしたいのに、何故か唇は全く動いてはくれず、身体も指一本動かすことが出来ない。
　無理矢理動かそうとした瞬間、視界一面にエラーが表示される。
　一つ目のエラー表示を切っ掛けに次々と表示される身体の異変、まるでこの時を待っていたと言うかのようなエラー表示に対してティスランドは何の対処も出来ぬまま立ち尽くす。
　せめて声だけでも、せめて二人に警告をすることが出来たら、と願うのだが、その願いはいとも簡単に踏みにじられる。
　ティスランドの目の前でサムとカーリーがベンツの中に乗り込む後ろ姿をただ黙って見つめる事しか出来なかった時だ。
　突然、車からサムだけが放り出される。
　手入れのされた芝生の上に投げ出されたサムは何が起こったのか解らないという顔をしていたのだが、未だに車の中に閉じ込められたままのカーリーに金属の触手のようなモノが今にも彼女に襲いかかりそうになっていることに気づくと顔から血の気を引かせた。

　「カーリーッ！！」

転ぶようにして立ち上がったサムはカーリーの元へと向かう。
　必死にドアガラスを叩いて割ろうとするのだが、普通の車相手でも難しいその行動はトランスフォーマー相手には通じる訳など無い。
　自分1人の力では無理だ、そう判断したサムは助けを求めかのように視線を彷徨わせていたとき、見慣れた人物の姿を捉えると安心したように目元を和らげる。

　「ティスランド！助けてくれ！カーリーが中に閉じ込められているんだ、頼むよッ！！」

いつ持っている拳銃でも良いし、本来の姿に戻って助けてくれても良い、そう願いながらサムは頼むのだがティスランドはその言葉にピクリとも反応をしない。
　青い目は虚空を見つめたままサムを見ることはせず、表情を消し去ったいる顔は人形のようにサムには感じられたとき、ようやくこの時になってティスランドの身にも異変が起きている事に気づく。

　「・・・サム」

掠れた声がサムの耳に届けられる。
　虚ろな目がゆっくりとサムへと向けられたのだが、青いはずの目が時折赤い色へと変化することに気づいたサムの目が大きく開かれた。
　少しずつ、少しずつ、青は消え赤の色へと変わっていく。

　「にげろ」

なけなしの気力を振り絞りそう告げただろうティスランドは出口を示すかのように視線をゆっくりとある方向へと向けた。
　きっとその道へと進めば助かることは解っていた。
　そう、サムだけが助かるのだということを。
　カーリーを見捨てて、ティスランドを見捨てて、この場から逃げて、バンブルビーに助けて貰う。
　それはこの異変を伝えるためには必要な逃亡なのかもしれない。
　けれどサムにはそんな事はできなかった。

　「・・・っ！！そんな事出来るわけ無いだろうッ！！！！」

怒りに身を任せてサムが叫んだ瞬間、ティスランドの唇が歪な笑みを浮かべた時だった。どこからか現れた金属の触手がティスランドの首筋へと音を立てて突き刺さる。
　赤黒い液体が数滴、宙に飛び音も無く真っ白なタイルの上に落ちるのをサムは黙って見つめる事しか出来なかった。
　再び無表情になったティスランドがガクリとその場に膝を着いたのと同時にサムは地面を蹴っていた。

　「ティスランド！」

　『ソレをその名で呼ぶな』

聞こえてきたエフェクトの強い音声にサムは思わず歩みを止め、声のした方を振り返ればそこには見慣れないトランスフォーマーが立っていた。
　そのトランスフォーマーの腕の部分から伸ばされている金属の触手がティスランドの首に突き刺さっていた。
　いくらティスランドの正体が人間では無いとは言え、そんな事をして良い理由にはならないとサムは理解するのと同時に、今すぐティスランドからその不気味な触手を放せと告げようとした時だ。

　『ストラトス。さぁ・・・起きる時間だ』

至極楽しそうな声と共にそのトランスフォーマーは嬉しそうに赤い目を細めて笑った瞬間、耳を覆いたくなるかのような悲痛な悲鳴が夜の庭に響いた。