冷たい金属からセツナは唇を離すと、驚いたように青い目を見開いているバンブルビーへと向かって微笑みかける。
　
　『”今、キスした？”』

聞き覚えのある声を使ってバンブルビーは問いかけながら、先程セツナがキスをした場所をそっと手で押さえていた。
　その姿を見たセツナは声を上げて笑う。
　自分達の知っているバンブルビーは何も変わってはいない。
　茶目っ気のある可愛いイタズラ蜂でしかないということが嬉しくて仕方がない。

　「えぇしたわよ？貴方のほっぺにね？」

あの時のチャーリーの言葉を用いて返事をしてやるとバンブルビーは頭部パーツをピコピコと動かしながら嬉しさを伝えてくる。
　
　「アンタ・・・本当に良い性格しているわ」

呆れたような腹立たしいかのような口調でそう告げたのはチャーリーで、怒っていますと言うかのように目をつり上げているのだが両頬が恥ずかしさからか紅潮していることに気づいたセツナだったが、それを口にはしないでおくことを決める。
　互いの顔を見たまま黙り込んでいたチャーリーとセツナだったが、堪えきれないと言うかのように肩を震わせた後大きく声を上げながら笑い始めた。
　その目から流れる涙には色々な感情が宿っていて、２人の頬を伝い落ちていく涙が日の光を浴びてキラキラと輝くのをバンブルビーは黙って見つめ続ける。
　
　「私ね」

頬を伝う涙を指先で拭いながらセツナは誰に話しかけるでもなく唇を動かす。

　「今日のこと、今日まであった事、絶対に忘れない」

涙で濡れた瞳が、赤く腫れた目元が見つめる先に居るのはバンブルビーだ。
　痛々しいその面差し。
　いつだって頼りなさを、か弱さを最初に抱くセツナだったが、今の彼女にはそれが無い事にバンブルビーは気づく。
　目の前にある色を、姿を、何一つとして決して忘れはしないのだと言うかのような強い、強い眼差し。
　その眼差しと言葉の意味を解ったバンブルビーは無言のまま頷くとゆっくりと立ち上がる。
　眼下に見えるゴールデンゲートブリッジを見下ろしながら、自分の体格に合うだろう車のサイズを探していると自分にぴったりの車を見つけてスキャンを開始した。
　組み替えられていく身体。
　見慣れた愛らしいビークルの姿から、今風のスポーツカーへとその身を変えたバンブルビーをチャーリーが唖然とした顔をして見つめる。

　「何ソレ・・・え？その気になればカマロになれたって事？」

あんな今にもボロボロなビークルから流行のスポーツカーへと変身できたのか？ならば何故すぐにそれをしなかったのだ？と問うかのようにチャーリーはバンバンとバンブルビーのドアを叩く。

　「もぅ！人間ってのはね、流行とか欲望とかに忠実なのよ！？解ったら次からは持ち主の要望にきちんと応えなさいよ！？」

そうするのが義務なのだと言うかのようにチャーリーが告げれば、バンブルビーは車のクラクションを一度だけ鳴らす。
　驚いたチャーリーが離れたのを確認したバンブルビーがゆっくりとしたスピードで走り出す。
　聞こえてくる音楽がまるで彼の心情を物語っているかのような歌詞であった。

　「ビーッ！！」

元気でね、無茶しないでね、言いたいことはたくさんあるはずなのにそれは言葉にならずにセツナの胸の内に消えていく。
　その代りと言うかのようにセツナは大きく手を振り続ける。
　バンブルビーの姿見えなくなるまで。
　言葉なくバンブルビーを見送ったチャーリーへとセツナが視線を向けると、ゴールデンゲートブリッジへと視線を向けているチャーリーの姿があった。
　セツナも視線を向けてみると、見慣れたカナリアイエローの姿を見つけることが出来た。
　すぐ側を走るトレーラーを追い越そうとしたカマロであったが、何かに気づいたかのように速度を急に落とすとトレーラーと併走を始める。

　「ビーが仲間に会えると良いな」

心からソレを歓迎しているはずなのに、ソレを選ぶことは自分との別れであることを解っているチャーリーは微笑みながら涙を流していた。
　そんな幼なじみの姿に気づいたセツナは、そっとチャーリーの身体を抱きしめた。