いつの間にか夜が明け、辺りは太陽の光で満ちていた。
　一晩中起きていたことで身体は倦怠感に包まれていたが、それでもソレを感じないのはきっとこれからくる別れの時があるからだ。
　バンブルビーを走らせていたチャーリーはそろそろ頃合いだと言うかのように、少し開けた場所でバンブルビーを停車させるとエンジンを切る。
　別れを惜しむかのようにチャーリーはハンドルを指でなぞっていたが、名残惜しいと言うかのように指先をそっと離す。

　「チャーリー」

　「もう決めた事だから」

ぎこちなく微笑んだチャーリーはドアを開くと外へと出る。
　その姿を見たセツナもバンブルビーから降りるとチャーリーへと近づく。
　眼下に見えるゴールデンゲートブリッジを見下ろしているチャーリーの手をそっと握ると、縋るように握り返してきた手は冷たい。
　何を言えばチャーリーの心を癒やせるのだろうか？と考えていたセツナの耳にドアが開く音が届けられる。

　「駄目よ。もう一緒には居られないの」

その言葉を聞いたバンブルビーはガチャガチャと音を立てながら変形をしていく。
　見慣れた姿になったバンブルビーはチャーリーと目線を合わせるかのように膝を折ると、チャーリーに対して「なんで？」と言うかのように青い目を向ける。

　「アンタの事を・・・待ってる仲間が居るんでしょう？」

今にも泣き出しそうな顔をしているがチャーリーは涙を流すことはしない。泣くのを必死に堪えながら微笑むその姿は痛々しく、バンブルビーが悲しそうに目をそっと伏せるとチャーリーは困った子だと言うかのようにそっとバンブルビーの頬に手を添える。

　「ビー」

コレでお別れなのだと言うかのようにバンブルビーの名前を呼ぶと、バンブルビーは閉じていた目を開く。
　何かを思いついたと言うかのようにカシャンッとゆっくりと瞬きをするとチャーリーが着けてくれたラジオへと指を伸ばす。

　『”ありがとう””君が””声をくれたんだ”』

今使っているラジオはチャーリーが父親との繋がりを保つため、ずっとずっと大切に扱ってきた車に搭載していたものである事をバンブルビーは知っている。
　チャーリーが大切な車から自分のためにラジオを与えてくれたから、声を失ってしまったバンブルビーはこうして会話をすることが出来るようになった。

　「お礼を言うのは私の方よ」

泣くのを必死に堪えていたチャーリーであったがバンブルビーのお礼の言葉を聞いた瞬間、呆気ない程簡単に涙腺は決壊して次々と涙が溢れ出す。

　「ビーと会って自分が生きているって感じられるようになれた」

まるで父が生きていた頃と同じように何もかもが色づいていて、そして鮮明に感じられたのだ。
　その世界はずっとずっと失っていたものだった。
　父を喪ってからずっとずっと自分が生きる希望を見失ってチャーリーは生きてきた。
　悲しみを共感してくれるセツナは側に居てくれたからこそ、世界と自分とを切捨てる事こそしなかったがいつもぽっかりと心の中に穴が空いていた。
　けれどその穴を塞いでくれたのがバンブルビーだった。

　「本当にありがとう」

目の前にあるバンブルビーの顔を両手で抱きしめたチャーリーの姿をセツナは黙って見つめていた。
　バンブルビーと別れる事でまたチャーリーが落ち込んでしまうのではないか？と思ったのだがソレは杞憂で終わったことにホッと胸をなで下ろす。
　別れの悲しさ事あるが今のチャーリーならばこの別れを良いものへと変えられるようになっていた。
　それもきっとバンブルビーのおかげなのだろうなと思っていると、チャーリーはバンブルビーの頭からそっと離れていく。
　
　「バンブルビーと出会えて本当に良かった」

愛おしむかのように金属の頬をチャーリーは一撫でするとその手を離した。