誰かが泣いている。
　独りにしないでと、私を置いていかないでと叫ぶかのように。
　その声をセツナは知っている。
　意地ばかり張って自分の本心を誰にも言わない大切な幼なじみ。
　父親を失ってからは一緒に修理をしていた車に関する事以外は無気力になり、どこか影のある笑みを浮かべる事しかしなくなってしまった。
　けれどバンブルビーと出会ってからは少しずつ、他人に対して心を開くようになって、昔のように無邪気な笑みを浮かべるようになっていった。

　「・・・チャーリー」

掠れた声で名前を呼んだ瞬間、セツナの意識はゆっくりと浮上し始める。
　閉じていた瞼を開くと飛び込んできたのは無骨な鉄骨とコンクリートだったことに、何故自分がここに居るのかすぐに理解出来ずにいた時だ。

　「セツナ？気がついたか！？」

聞こえてきた声に視線を向けるとそこにはメモが居た。
　視線が合うと彼は安心した、と言うかのように微笑みながらセツナの肩を軽くポンポンと叩く。

　「私、なんでここに？」

身体を起こそうとすると全身が鈍く痛んだことにセツナは呻き声を上げながらその場に倒れ込む。
　思い切り顔を冷たいコンクリートに叩付けてしまったセツナは、その凄まじい痛みに顔を両手で覆いながら悶絶することしか出来ない。
　そんなセツナの姿を見たメモは「それは痛い」と言いながら自分の顔を手でさすり続けていた。
　痛みがある程度治るとセツナはゆっくりと身体を起こすと、今居る場所がどこなのか確認するために視線を動かしたときだった。

　「ビーッ！！お願いだから目を覚ましてッ！！！アンタにまでおいていかれたら、私は・・・私はもうッ！！！」

痛々しい声でそう告げたのはチャーリーだ。
　彼女の前には力無く四肢を投げ出して倒れているバンブルビーの姿があった。
　その姿を見てセツナは自分が何故ここに居るのか、そして何故バンブルビーがそうなってしまったのか理解すると口元を両手で覆う。
　いつもは青い光を放っているはずのバンブルビーの目には光はなく、灰色の瞳をしておりまるでバンブルビーの命は既にもうその身体にはないのだと無言のまま伝えてくる。
　
　「・・・ビー？」

セツナがバンブルビーの名前を呼んだ瞬間、チャーリーは驚いたように振り返る。
　チャーリーの足下には電気銃がいくつも落ちており、彼女が必死にバンブルビーの蘇生処置を行った事を意味していた。

　「セツナ。ビーが・・・ビーがッ！！！」

持っていた銃がチャーリーの手から滑り落ち、ガシャンッと耳障りな音を立てた。
　広い格納庫の中で無慈悲に響いたその音を聞いたセツナは痛む身体を無視して、チャーリーへと近づくと彼女を抱きしめる。

　「ごめん。私、守ろうとしたけど」

何も出来なかった。
　そう告げるとセツナはチャーリーの肩口に額を押しつけた。
　互いに相手の存在だけが唯一の救いだと言うかのようにチャーリーとセツナは相手の身体を抱きしめる。
　胸の中にぽっかりと空いてしまった穴を、大切な人を失った悲しみを、どうやって埋めていけば良いのだろうか？と考えていた時だった。
　鈍いモーター音が聞こえてきたかと思えば、金属の擦れるような音が聞こえた事に驚いたチャーリーとセツナが音のした方を見ると、そこにはバンブルビーの姿があった。
　上半身を起こしたまま力無く座っているバンブルビーの光を失っていた目には青い光が宿っていた。

　「ビー？」

チャーリーが名前を呼ぶとバンブルビーは何だと言うかのように頭部のパーツをピコピコと動かしながらチャーリーへと視線を向けた瞬間、堪えきれない、そう言うかのようにチャーリーはバンブルビーへと近づくと抱きしめる。
　そんな２人の姿をセツナは本当に良かったと思いながら見つめていた時だった。

　「大変だッ！！アイツ等、爆弾を仕掛けた！！」

穏やかではないメモの声が聞こえた瞬間、感動の再会によって和んでいた雰囲気が一瞬で消え去った。