衝撃によってその場に立っている事が出来なかったセツナはその場に尻餅をつくと、何が起こったのだと思いながら音の発生源へと視線を向ける。
　そこにあったのは濃紺の腕だ。
　ソレが自分の少し離れた場所を殴ったのだと理解したセツナの顔から血の気が引く。
　少しズレていたのならば、命中していたのならば、きっと自分の命はこの世界から消えていたのだと思うのと同時に、頭の片隅ではこの濃紺の腕の持ち主がわざと外したのだということも解っていた。

　「セツナッ！？無事か？怪我はないか？」

慌てて駆け寄ってきたパウエルがセツナの身体を抱き起こす。
　恐怖からか未だに足に力が入らないセツナはふらつきながらも、必死に自分の足で立とうとする。

　「・・・すみません」

　「お願いだから彼等を挑発するような事はしないでくれ。彼等がその気になれば我々なんて一瞬で殺されるのだから」

セツナ背中をあやすように撫でながらパウエルは忠告する。
　事実、その通りだと思いながら セツナは砕け散ったコンクリートの塊、へしゃげてしまった金属などが音を立てて落下して床に落ちていくのを呆然とした顔をして見つめる事しか出来なかった。
　落下した破片やらが耳障りな音をたてる中で、低く唸るような声がセツナの頭上から投げかけられる。

　『次はない。・・・・人間が調子に乗るなよ？』

恐る恐る声のした方を見るとそこには濃紺のロボットが立っていた。
　自分へとヒタリと向けられている赤い目が不快感と殺意に満ちていることに気づいたセツナは、一瞬息をするのを忘れてしまう。
　恐怖で顔を歪めるセツナの顔を見たそのロボットは満足そうに排気を一つすると、言いたいことを告げて満足したらしくバンブルビーの元へと向かって去って行く。

　『すまないな。ドロップキックが失礼した。アイツには予めセツナがここに来る前に『傷つけるな』と言っていたのだが・・・まさかあのような行動をするとは私にも予想出来なかった』

申し訳ないと言うかのように謝罪の言葉を告げたシャッターだったが、恐らく彼女にはドロップキックが先程の行動をすることが解っていたようにセツナには思えた。
　だからこそ”傷つけるな”ということしか言っていない。
　つまりソレ以外の事はしても良いのだとドロップキックに告げたのと同じだ。
　そしてドロップキックはシャッターの言うようにセツナを傷つけこそしなかったが、物理的な力を使って脅してきたのだ。

　「（どこまで解っていてやったの？）」

何もかもがシャッターの掌で行われている事のようにセツナには感じられた。
　セツナの反抗的な態度も、それに対して脅しを掛けてきたドロップキックの行動も、そして自分達に逆らわないパウエルの対応も、何もかも見透かした上でシャッターはこの場に自分を呼んだのだということを悟ったセツナは、自分の置かれている立場がとても拙い事に気づく。
　焦りと混乱、そして先が全く予想出来ない恐怖により、鈍くなった思考能力を必死に働かせるがこの場を乗り越えられる考えが浮かばない。

　『セツナ。君をここに呼んだのには聞きたいことがあるからだ』

　「私に？」

怪訝な声でセツナが返答をするとシャッターは満足そうに一つ頷いた後、バンブルビーの方へと向けたその目に浮かぶのは冷淡な殺意だけで、自分の返答によってはバンブルビーの命が消されてしまうと思ったセツナは手を握りしめ、緩んでいた自分の気持ちを引き締め直す。

　『Ｂ－１２７の記憶回路には欠損があり、全てのデータが消えてしまっている。意図的に排除したのか、または何らかの原因があるのかは解らないがね。我々には失われていたその記憶がどうしても必要なのだよ』

　「･・・私が記憶を失う前のビーから何か重要な事を聞いていないかって？」

　『理解が早くて助かるよ』

解ったのならば早く持っている情報を教えろ。
　そう言うかのようにシャッターはバンブルビーへと向けていた視線をセツナに戻してきた。