岸壁の前に立ったチャーリーは海面を見つめたまま微動だにしない。
　チャーリーが今何を思っているのか、どんな気持ちであの場所に立っているのか、何一つ知らない者達から容赦の無いヤジが飛び交うのをセツナは黙って聞いていた。
　本当ならば今すぐ彼等に対して「黙れッ！」と叫びたいのだが、それをするとあの場所に独りで立っているチャーリーの努力が水泡と化すことを解っている為、今はただ黙って小さな背中を見つめる事しかセツナには出来ない。
　
　「こんな下らないこと」

早く終われば良いのに。
　吐き捨てるかのようにセツナが呟いた時だ。
　辺りに吹きすさぶ潮風の音、心ない中傷の言葉、五月蠅いくらいに鳴り響く音楽、それらの雑音に混じってチャーリーの声が聞こえた気がセツナにはした。
　一瞬、勘違いかと思えてしまうかのような掠れた声であったためセツナはチャーリーを案じるが故の幻聴かと思った時だ。

　『“俺はいつだって君を呼んでる”』

バンブルビーのカーラジオから聞こえてきた音楽にセツナが弾かれたかのようにバンブルビーを見ると、まるで「そうだ」と言うかのように一瞬だけ光ったライトを見たのと同時にセツナはその場から動いていた。
　行く手を遮るかのように立ちふさがっている人達を手でかき分け、目的の人物の元へと向かう。
　崖の上に立つチャーリーの背中は震えており、セツナは音も無く近づくとそっと彼女の手を掴む。

　「セツナ。セツナ・・・」

　「大丈夫だよ。もう、大丈夫だからね」

幼子のようにセツナの名前を繰り返し呼び続けるチャーリーの目は虚ろだ。
　やはり無理にでも止めさせるべきだったのだと、数分前の自分の愚かさに激しい怒りを感じながらセツナはチャーリーを抱きかかえるようにして岸壁から離れる。
　途端に聞こえてきたのはチャーリーに対するブーイングで、下らないことをする連中を一瞥することをしないままセツナは彼等に対して告げた。

　「文句があるなら飛び込んでから言ってくれる？・・・・飛び込む勇気が無い負け犬程よく吠えるのね」

友人と言っているくせに誰一人としてトリップには続かなかった、自らが勇気を示すわけでもないのに、よくもチャーリーに侮辱的な発言ができたものだとセツナが冷めた口調で告げれば、辺りに響いていたブーイングはピタリと止る。
　誰もがばつの悪そうな顔をして視線を背け、チャーリーを連れたセツナに対して道を譲ってくれたのでセツナはこれ幸いと言うかのようにその道を通ってバンブルビーの元へと向かう。
　チャーリーを運転席へと座らせたセツナは声を潜めながらバンブルビーへと話しかける。

　「ビー。帰りの運転は任せても良いかな？」

　『”最高！！”』

　「お願いね？・・・チャーリーはハンドルを握ってて」

青白い顔をしたまま焦点の合わない目をしたチャーリーがぎこちなく首を動かしたのを確認したセツナは、ホッと息を吐き出すとメモへと視線を向ける。
　
　「ごめん、帰りは私が助手席に座っても良い？」

　「あぁ。その・・・大丈夫なのか？」

　「・・・多分、落ち着いたらいつものチャーリーに戻るから。それまでは何も触れないでいてくれると助かる」

　「うん。解った」

さすがにこの状況で自分の気持ちを優先することが出来なかったメモは素直に頷くと、後部座席に座るため助手席のシートを倒したときだった。

　「あらあら・・・飛び込まなかったんだ？せっかく良いところを見せるチャンスだったのにね」

嘲笑うかのような声が聞こえてきたことにセツナはスッと顔から表情を消すと声のした方を見ると、そこに居たのはティナと彼女の友人達だ。