トリップにとってはごく当たり前の世間話でしかなかったようだが、チャーリーにとってはその話は絶対に触れて欲しくはない事だ。
　その大会でチャーリーは父を喪っているのだから。
　流石にこれ以上、この馬鹿な催し物に付き合ってチャーリーの傷口に塩を塗り込むようなことはさせられないと思ったセツナはトリップとチャーリーの間に強引に割り込む。
　突然乱入してきたセツナの事を見たトリップは驚いたように目を見張る。
　そんな彼に対してセツナは愛想良くにっこりと微笑みかけるが、内心は腸が煮えくりかえりそうな程の怒りを感じていた。

　「今日は遠慮させて貰うね」

　「え？なんで？ここで引いたら皆のテンション下がるぜ？」

　「だとしたらそれまでの事でしょ？」

　「ノリ悪いな」

場の空気が読めていないかのような発言をするセツナに対し、トリップは不快だと言うかのようにセツナを睨めつけるが、そんな事で怯えて臆するような性格ではないセツナは笑みを絶やさぬままトリップを見つめる。

　「私達はドライブをしていて偶然ここに来た。水に入る予定なんて無いから水着なんて用意してないの。貴方は着替えがない女の子にずぶ濡れで家まで帰れっていうわけ？」

それはそれは最低な人ですね。
　朗らかに微笑みながらも吐き捨てるような口調でセツナが指摘をすると、トリップはばつの悪そうな顔をして自身の頭を乱暴に掻く。

　「だけどさ、皆期待してる。ここで降りたら全部水の泡になる」

　「貴方がそう仕向けたんだよね？」

ほんの数分の楽しみのために周りを上手く扇動したのだろう？
　咎めるかのような目でセツナはトリップを見つめれば、トリップはチッと舌打ちをする。

　「ここにいる人達の期待には貴方が１人で頑張って応えれば良い・・・貴方の下らない見栄のためにチャーリーを巻き込むのは止めてくれる？」

話はこれで終わりだ、自分達は帰る。
　そう告げようとしたセツナだったがトリップはそうはさせないと言うかのように口を開く。

　「別に１番手を君に譲るって訳じゃない。それなら君だって平気だろ？」

セツナと話すことは自分にとって都合の悪くなり、口で言い負かされると判断したトリップはチャーリーに向かって媚びるかのような口調で話しかけた。

　「ごめん。本当に悪いけど、今はもう飛込みをやってないの」

流石にこの展開は予想していなかったセツナがギョッと目を見張る中、チャーリーは戸惑うかのような声ではあったがトリップの誘いを断る。
　チャーリーもセツナもこれでこの話は終りだと思い、車に乗り込もうとしたときだ。
　トリップが勢いよく踵を返したかと思えば彼は全力で崖の方に向かって走っていくと、力強く地面を踏んで宙へと飛んだ後、海面に向かって吸い込まれていく。
　一寸遅れて聞こえてた水しぶきの音とトリップの勇気を讃えるかのような盛大な拍手が辺りに木霊する。
　次第にそれらはチャーリーに対して飛込みを強要する言葉へと変り始める。

　「アイツッ・・・！！」

トリップは意図的にチャーリーが逃げられない状況に追いやった。
　全ては自分が楽しみたいから、皆の中心に居て注目を集めたいから、トリップの下らない矜持のためだけにチャーリーは利用された。
　込み上げてきた怒りを隠すことができないセツナは崖を睨み付けていたが、チャーリーに対して早く飛び込むように囃し立てる者達の顔をゆっくりと見つめていた時だった。
　セツナのすぐ側をチャーリーが通り過ぎていく。
　いつもに増して頼りないチャーリーの後ろ姿に対して、セツナは思い止まるように言葉を投げかけようとしたが、今それを言ってしまえばチャーリーの決意を穢すだけだと判断すると悔しげに拳を握りしめた。