ジッと棚を見つめるチャーリーの目は今にも泣き出しそうな程歪められている。ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせたチャーリーは、バンブルビーの方へと視線を向けるとぎこちなく微笑む。

　「大きな声を出してごめんね。びっくりしちゃった？」

今のは自分が悪かったのだ、と告げるようにチャーリーがバンブルビーへと手を伸ばすとその手に自分の頬を押しつけたバンブルビーは気にするなというかのように瞬きをする。
　カシャカシャという金属が擦れ合う音を聞いたチャーリーは困ったように眦を下げた後、短く息を吐き出すとバンブルビーに話しかける。

　「コレ聞いてみたい？パパのお気に入りだったの」

そう言ったチャーリーが棚から取りだしたのはレコードだ。
　レコードをセットし針をそっと盤上に置くとトットットッという微かなノイズ音が短く鳴った後、ゆっくりとしたバラードがガレージの中に鳴り響く。

　「おじさん、この歌好きだったよね」

チャーリーが父親と一緒にこのガレージでコルベットの修理をし、セツナは２人の手伝いをしているときに必ず流れていたのがこの歌だった。
　楽しい時間を過ごしているときに聞いた時には美しい旋律だと思えたが、今こうして改めて聞いてみると二度と戻れないあの日々の記憶が蘇ってきて、美しいはずの旋律が何故かとても悲しいもののように感じられたセツナはチャーリーに近づくと、そっと彼女を抱きしめる。

　「パパが言っていたの。音楽は車を喜ばせるって・・・・」

バンブルビーの好きな音楽を見つける事にチャーリーが躍起になっていた理由、それは彼女の父がそう言っていたからなのだ。

　「土日は私とパパで車の修理をしてたんだよ」

部屋の隅に置かれているコルベットをチャーリーが指さすと、バンブルビーはそっとコルベットへと近づき物言わぬ車をジッと見つめる。

　「でも、もう一緒に車の修理をすることは出来ないんだ」

込み上げてきた感情を必死に堪えながらしゃべるチャーリーの声は震えていて、その事に気づいたバンブルビーはコルベットに向けていた視線をチャーリーへと向ける。
　いつもと様子の違う、初めて見るチャーリーの状態に、オロオロとしながら近づいてくると「大丈夫？」と問うかのように青い目でチャーリーを真っ直ぐ見つめる。

　「さっきビーが見ていたビデオはね、パパと最期に言葉を交わした時のものなの。パパはあの後すぐに、心臓発作を起こして・・・・」

そこから先の言葉をチャーリーは口にすることが出来なかった。
　何かを言おうとするかのように唇が動くが、声が出てくることは無い。

　「チャーリー、良いんだよ。嫌な事を口にしないでも」

傷口を自ら広げるようなことはしなくても良いのだ、そう告げるかのようにセツナは慰めるかのようにチャーリーの背中を撫でる。
　こんな事しか出来ない自分が心の底から情けなくて、セツナは泣きたくなる。けれど涙を流さないのは、誰よりも父を喪ったことを悲しみ、そして父を喪った傷が未だに癒えてはいないチャーリーが泣くのを必死に堪えているからだ。

　「あのコルベットが直ったら私の声が、パパに届くかなって思ってずっと修理してるの。だけど、中々難しくて・・・・私一人じゃ、駄目なのッ！！！」

まるで自分の声など父には届かないと言われているような気がした。
　そう呟いたチャーリーの目からついに涙が零れ出す。
　次々と流れ出した涙をセツナはそっと拭うが、一度決壊してしまった涙腺は止ることを忘れてしまったかのように次々と雫を流し続ける。
　どうしたら涙を止められるのだろうか？必死にセツナが考えていると、大きな手がチャーリーとセツナをまとめて抱き上げた。
　まるで慰めるかのようにそっと二人を抱きしめる金属の腕。
　暖かさの欠片もなく、固いだけのはずのその腕が何故かとても温かく感じられた。

　「パパに抱きしめられているみたい・・・・ありがとう、バンブルビー」

縋るようにバンブルビーの頬に自分の顔を押しつけたチャーリーは黙り込むが、微かに聞こえてくる嗚咽から彼女が泣き止むまでセツナはそっとしておくことに決めると、バンブルビーの顔をのぞき込む。
　青い目がキュルッという音を立てて向けられた事に気づいたセツナは自分の唇に人差し指を添え、ゆっくりと頷くとバンブルビーは「了解」と言うかのようにカシャンッと瞬きを一つした。