今日初めて会う男と二人きりという空間は若葉にとって恐怖でしかない。
　どうすれば良いのだろうか？そう思った若葉の額に嫌な汗が滲む。　
　バクバクと早く脈打つ心臓の音だけがやけに鮮明に聞こえていて、それだけで自分が緊張しているのだと若葉が思った時だ。

　「タバコを吸っても構わないか？」

　「え、あ、はい。どうぞ」

若葉が了承するのと同時に男は上着のポケットからタバコを取り出す。
　見るからにお高そうなタバコに火をつけた男の様子は慣れたもので、彼がこうしてタバコを時折嗜んでいるのだなぁと思いながら若葉はその姿を見つめる。
　生真面目そうな男がタバコを吸う姿は少しばかり意外で若葉はジッと男を見ていると、その視線に気づいた男の視線が向けられた。

　「不快か？」

風の向きでタバコの煙は若葉の位置には流れてはいないが、タバコ特有の臭いが辺りには充満していることに気づいた男が先程よりも少しだけ強ばった声で問う。

　「いえ・・・タバコ、吸われるんですね。少しばかり意外でしたから」

　「そうか？」

　「えぇっと、お名前を聞いても？」

　「サウンドウェーブ」

淡々とした声で会話を行っていたサウンドウェーブは上着のポケットから携帯灰皿を取り出すと、その中に灰を入れた事から彼がこの辺りに吸い殻を落としている犯人ではないのだと若葉は理解する。

　「お前はメガトロン様の結婚に反対か？」

タバコ一本吸い終わったタイミングでサウンドウェーブは問う。
　若葉はどういう意味だと言うかのように視線を向けると、サウンドウェーブは新しいタバコを手に取っており、ソレに火をつけるとゆっくりと紫煙を吐き出す。

　「なんで、そう思うんです？」

　「ただの勘だ。それで？反対なのか？」

　「・・・反対ってわけじゃあないですけど」

　「ならば何が不満なのだ？あの方はお前の母親と結婚するために尽力をしている。回りから何を言われようともな・・・そしてお前の母親もまた、あの方のために心を砕いている事くらいお前も解っているのだろう？」

先程までは全くと言って良い程感じなかったタバコの臭いが今の若葉には酷く不快だった。
　思わず顔をしかめてしまった若葉は膝の上でキツく拳を握りしめると、ソレに気づいたらしいサウンドウェーブは火をつけたばかりのタバコを消す。

　「そんなの・・・私が知りたい」

ポツリと出た声は微かに震えていた。
　ずっとずっと自分の中にあった疑問の声。ソレを声にした瞬間、どうしようもないほど若葉は不安になってしまう。
　鼻の奥が熱くなり、ツンッとした痛みを持ち始めたことを感じ取った若葉がこれはまずい、そう思った直後に視界がグニャリと歪む。

　「おい、どうした？」

コレまで冷静さを保っていたサウンドウェーブが動じたかのような声で問いかけてきたときだ。
　ガチャリとドアが開くのと同時に上機嫌な鼻歌が若葉の耳に届く。

　「・・・サウンドウェーブ！？何でここに居るんだよ！？」

聞いたことの無い男の声を合図に若葉は座っていた木箱から立ち上がると、ドアの前に居る男の横を走り抜ける。
　背後からサウンドウェーブが必死に呼び止める声が聞こえてきたがソレを無視して若葉は建物の中を走り回ることとなった。