少しでも気を抜いてしまえば倒れてしまうような感覚を抱きながら若葉は男の前に立っていた。
　きっとこれが威圧というものなのだなぁ、と酷く場違いな事を考えてしまうほど自分の身に起きている事から目を背けたかった。

　「こんな所で何をしていた？」

　「てを、あらいに」

　「そうか。事はすんだのか？」

　「はい」

　「ならばメガトロンの所の戻るとよい。私も少し話があるので案内しよう」

　「ありがとうございます」

まるで靄が掛かったかのような思考の中で若葉は言葉を返す。
　今自分が立っているのか、歩いているのか、または倒れているのか解らないまま、ただ目の前に居る男に黙って従うことしか出来ない。

　「名乗るのが遅れたな。私はセンチネル・プライム」

　「プライムさん、ですか？」
　
　「・・・プライムの名を持つものはもう一人いる。故に私のことはセンチネルと」

　「はい」

センチネルと名乗った男の声をまるで見えないフィルター越しに聞きながら若葉は、黙ってセンチネルの後ろを歩く。
　センチネルはメガトロンの事をどう思うのか？母とメガトロンの再婚をどう思うのか？という事を聞いてきては若葉の意見を求めてくる。
　一つ答えれば間髪をおかずに次の問いが投げかけられるため、全くと言って良いほど気が休まることがない若葉は、段々と気分が悪くなってきていた。
　今にも卒倒してしまいそうな感覚を抱きながら、必死に意識を堪えながらセンチネルからの問いかけに対して答えていた時だった。

　「お前の母親も愚かだ。相手などいくらでも選べるというのにディセプティコンを選んだ。よりにもよって選んだのがメガトロンなどと愚の骨頂ではないか」

吐き捨てるようにセンチネルが告げた言葉には明確な悪意が込められていた。
　それが母と再婚相手の二人に対するもので、センチネルの声には明らかな侮蔑と嘲笑が混じっていたことに若葉は気づいた瞬間、今まで自分の頭の中にあった靄も、自分を支配していた威圧感も、一瞬で霧散する。
　代わりに若葉を支配したものは身を狂わすほどの激しいほどの怒りだ。

　「取り消して」

はっきりとした明確な敵対心を宿した声音にセンチネルは若葉へと視線を向ける。
　先程までは自分に怯え、萎縮してた哀れな人間の娘しか居なかったはずだったが、今はそこにその人間は居ない。居たのは強い敵意を宿した鋭い目をした若葉が立っており、その目に浮かぶ怒りが自分に対して向けられているのだと悟ったセンチネルは不快そうに微かに目を細めた。
　
　「母さんが選んだ事に関してアンタに言われる筋合いはない」

　「私は客観的な事実を言っているにすぎん」

　「違う。それはアンタの勝手な考えでしかない」

　「・・・口の利き方がなっていないな」

　「失礼には失礼で返すのが私のルールだから。アンタがそう感じたのなら、アンタの私に対する態度がそうなんじゃない？」

怒りで語尾を震わせながら若葉はセンチネルに対して言葉を返す。
　脳裏に浮かぶのはコレまで自分を育ててくれた母の姿と、そしてここに来てから不器用ではあるが自分に配慮してくれた母の再婚相手、メガトロンの姿だ。
　センチネルがメガトロンを何故こうも嫌っているのかは若葉には解らない。
　なにかこうなる原因があったのかもしれないが、若葉にとってはそれは母の幸せを妨害する理由にはならないのだ。

　「アンタの敵意を私に押しつけるな」

吐き捨てるようにそう告げた若葉はセンチネルの横を荒々しい足取りで通り過ぎると、そのまま一度も振り返ることなく彼と別れた。