部屋の中に響くのは金属のへしゃげる音、ガソリンと鉄の混ざったような臭い、そして苦悶の声だ。
　
　「この程度の実力で私に挑んでくるとは……なんとも愚かなことだ」

嘲笑を浮かべながら相手を蔑むオプティマスのその姿は若葉の知っているものではない。
　すでに意識を失っているスコルポノックを守るかのように抱きかかえながらブラックアウトはオプティマスを睨めつけている。
　満身創痍なブラックアウトの体から時折、火花が散っており、彼が酷い怪我を負っていることくらい若葉にも理解できた。

　「だまれ。俺は、閣下に下された任務を」

　「遂行する？無理だな。だって相手はこの私なのだから」

絶対的強者の笑みと余裕を見せつけながらオプティマスはブラックアウトの肩を蹴り倒す。
　突然の攻撃に床の上に倒れたブラックアウトであったが、なおもオプティマスに対して攻撃をしようとしていた。
　ソレを見たオプティマスの顔から笑みが消える。

　「戯れは終わりとしようか」

ブラックアウトの息の根を止めることを決めたらしいオプティマスは死刑宣告を告げる。
　このままではブラックアウトは殺されてしまう。
　そのことに気づいた若葉は必死に体を動かす。
　効果が良いが短時間のみの薬だったのか、先ほどよりも動くようになっている四肢を無理矢理動かしてソファの上から転げ落ちた若葉は這いずるようにしてオプティマスへと近づく。
　その間も絶えず聞こえてくるブラックアウトの呻き声に若葉ははやる気持ちを抑えながら必死にオプティマスの元へと向かう。
　ようやく目的の場所へとたどり着くのと同時に若葉はオプティマスの上着の裾を掴む。

　「若葉嬢？……あぁ。すまないね。今すぐコレをスクラップにして終わらせる。だから待っていてくれ」

朗らかに微笑みながら若葉の手から上着を離そうとしたが、若葉はそれを拒否するかのようにゆるく頭を振る。
　そんな若葉の姿を見たオプティマスは不快そうに目を細める。
　
　「あまり私を困らせないでくれるかい？」

その言葉に若葉は何も言わずに頭を左右に振り続ける。
　ソレが酷く不快だったオプティマスは強引に若葉の手から上着を引きはがすと、若葉の首に手をかけ上半身を持ち上げた。
　体が弛緩している若葉にとって苦痛でしかなく、苦しげな顔をしながら酸素を求めるかのように大きく口を開く若葉に対し、オプティマスは冷酷な顔をしたまま告げる。

　「私の邪魔をするな」

　「おぷてぃますさん」

　「黙れ。私はオプティマスではない」

無表情のままそう告げたオプティマスは紫色の瞳を光らせながら口を開く。

　「創造主様より新たに与えられた私の名はネメシス・プライム」

オプティマスとういう存在はすでに無い。
　宣言するネメシスの言葉を聞いても尚、若葉は彼に向かい手を伸ばしながら名を呼ぶ。

　「おぷてぃますさん」

高潔な精神をもっている彼はこんな事などしない、こんな事を彼は望まない。
　一縷の望みをかけて若葉がオプティマスの名を呼んでいたときだ。
　紫色をしたオプティマスの瞳に一瞬ではあるが青い色が戻る。
　その瞬間、オプティマスは若葉の首から手を離す。
　床に倒れ込んだ若葉は激しく咳き込む。
　涙で歪む視界の中、自分を見下ろすオプティマスへと向かい手を伸ばす。
　戻って来て欲しい。
　願いと共に伸ばされたその手をオプティマスが握り返そうとしたときだ。

　『「小娘。私はソレを望まん……お前は大人しく従順にオートボットの後継を産み落とせば良いだけ。ソレがお前の役割だ」』

エフェクト混じりの女の声がオプティマスの口から聞こえた直後、若葉は自分の体に走った衝撃によって意識を失う。
　力なく床の上に倒れた若葉を無表情のままオプティマスが見下ろす。
　紫色の瞳をした彼の目から涙が一粒だけ流れ落ちたのを見たものは誰も居ない。