自分の体のはずなのに思うように動かない四肢に若葉は混乱し、必死に動かそうとするが腕や足は鉛のように重い。
　自分の身に起きている異変に若葉の呼吸が乱れ始めたときだ。

　「薬に関するアレルギーはないと聞いていたのだが……少々効き過ぎのようだ」

酷く冷静な声が頭上から聞こえる。
　実験動物を見るかのような無機質な声、それはかつて実父が自分に対して話しかけてきた声と似ていて、若葉は恐怖から涙を流す。
　無言のまま涙を流す若葉の姿を見たオプティマスは驚いたように双眸を開く。

　「あぁ。安心してくれ。害はない。一時的に体の自由がきかなくなるだけだ」

抱きかかえている若葉の体をソファへと座らせ、背もたれに体を預けさせたオプティマスは涙で濡れる若葉の頬を優しく撫でる。

　「私が君を傷つけることなどするわけがないだろう」

酷く冷たい指先が頬を撫でていく度に体の芯が冷たくなっていく。
　自分の頬に触れる指先を叩き払いたいのに体はピクリとも動かずにソファに沈んだままだ。

　「今後は君の体質に合ったものを使用しようか」

弛緩している左手を掴み上げると薬指へとキスを落とす。
　ソレを不快だと全身で訴えているが薬の影響から抵抗一つできない状態の若葉を見てうっそりと満足そうに微笑む。

　「勿論君が抵抗しなければこんな事は二度と起こらないだろう……君は今後、私の妻として私のために従順で貞淑な妻でいれくれれば良い」

体は動かないが思考は害されてはいない若葉はオプティマスが告げた言葉にどういう意味だと問おうするが、口は思うように動かず微かな空気音しか出ない。
　オプティマスの発言に嫌な考えが浮かぶ。
　彼は以前、そういったことに関して拒否をしたはずだ。ソレなのに何故急に考えが変わったのだと思いながら若葉は今の自分にできることを必死に考え、探り、そして実行をする。
　全く自由にならない体で唯一動くのは眼球くらいだ。
　助けを求めるために必死に目を動かしていた若葉の視界はあるモノを見て動きを止める。
　一口も飲まれていないオプティマスのカップの中身。
　甘党であるはずの彼がソレが自分と同じものである事に気づいた瞬間、若葉はゆっくりとオプティマスに視線を向けると彼の様子をジッと見つめていたとき、ある事に気づく。

　「（目の色が）」

オプティマスの両目は晴天の空を連想させるかのような鮮やかな色をしていた。
　けれど今のオプティマスの両目は赤と青が混ざり合い、酷く濁った紫色だった。
　清廉であれ、強者であれ、なれど慈悲は忘れるな。
　理想とすべき姿であったはずのオプティマスが変わってしまったことに若葉は涙を流すことしかできない。
　彼に何かを言おうにも口も、舌も、自分の意に反して全く動いてはくれないのだから。　ただ、無言のまま涙を流している若葉の姿をオプティマスは暫しの間、無言のまま見つめていたが若葉の目元へと触れようとした瞬間だ。
　耳を劈くかのような破壊音が響く。
　一寸遅れて金属の大きな破片が室内へと飛び込んでくる。

　「若葉！！」

自分の名を呼ぶ声、それがスコルポノックのモノであることに気づいた若葉が視線を向けると、そこには怒りで眦をつり上げている子供の姿があった。
　名前を呼びたくて口を動かそうとしたが唇から出るのは掠れた呼吸音のみだ。
　それに気づいたスコルポノックの目から光が消える。

　「マスター！！！」

　「解っている。敵を排除するぞ」

スコルポノックの背後から現れたブラックアウトが獰猛な笑みを浮かべながらオプティマスへと告げると、ソレを聞いたオプティマスが喉の奥で低く笑う。
　
　「お前が？私を？……良いだろう。今後のためにも邪魔者は排除すべきだからな」

ゆらりと幽鬼のような動きでオプティマスはブラックアウトへと向き合った。