無駄に分厚い財布から容赦なく札を取り出した若葉は母の飲むだろうミネラルウォーターと自分の飲み物を購入すると、メガトロンの飲み物を買おうとしたときだった。

　「えぇ……どれだろう？」

無糖、微糖から始まり、ミルクの有無、豆の好み等の選択肢が多数あるコーヒーに若葉が悩んでいたときだ。

　「メガトロンならばエスプレッソだ」

聞こえてきた親切な声に若葉はすぐに反応することができなかった。
　恐る恐る声のした方を見ると、そこには会いたくはない男の姿があった事に盛大に顔を歪めながらも、言われたとおりのオーダーを自動販売機へとする。
　鈍い音を立てながらコーヒーマシンが動くのを「早く早く」と願っていたときだ。

　「お前の母親は死ぬ」

突然の言葉に若葉は不快感を露わにすると、センチネル・プライムを見つめた。

　「博士の肉体はすでに限界だ。幸いなことに胎児の体重は必要最低限な基準を満たしている。近々、ラチェットを主体とした人間による帝王切開手術が行われるだろう」

　「だったら母は助かるのでは？」

　「助からんよ」

淡々と当たり前のことのように答えたセンチネルに対して若葉は嫌な予感を抱く。
　センチネルは母が死ぬのは必然のことだと言うかのような言動をしている。それはある種の確信を得ているからこそ、何人も変える事のできない未来が決まっているかのような口調であった。

　「合うことのないパズルのピースを無理矢理合わせた。かみ合わなかった不都合をお前はどうする？」

人間と金属生命体との間にできた奇跡。
　その代償を何を持って支払うのだ？と問いかけられた若葉は答えを言えない。
　否、答えはわかっていた。
　母はそういう人だ。
　そう若葉が思った時、コーヒーマシンが軽快な音を出す。
　震える手でコーヒーカップを手にした若葉の姿をセンチネルはジッと見つめていたが、感情の宿らぬ声で若葉に話しかけた。

　「この場所に来ている者達全員が理解をしているだろう……博士を犠牲にして次代のディセプティコンを率いるだろう者の誕生を選ぶことを」

　「そんなわけない。閣下は母さんのためにこの場所を」

　「愚かな。大人の思惑に容易く騙されるとは……博士は全てを受け入れている。生まれてくる子供を助けるために彼女はここに来ることを選んだ。自らの命を犠牲にしてでもメガトロンの子を産むことを決めた」

無慈悲なその言葉を聞いた瞬間、若葉が持っていたコーヒーカップが彼女の手から離れる。
　リノリウムの床の上にカツンッと軽快な音を立てて落ちた紙コップから零れたコーヒーが床に広がっていく事すら若葉は気づかぬまま、若葉は目の前に居る人物を無言のまま見つめる。

　「うそ、ですよね？」

酷く震えた声が若葉の口から出た。
　それが自分らしくない声であったことに若葉は気づかぬまま問う。
　若葉の動揺を見たセンチネルは顔には出さないが、内心、満足げに笑うと最後の手札を出す。

　「元々ディセプティコンは戦闘に特化している。だが我々オートボットは違う」

正義の名の下に大衆を生かすために活動をしてきた。
　決して暴力による支配を望んではいないのだ、と告げれば若葉の目が揺れる。その動揺はセンチネルにとって望んでいたものだ。

　「私は永い時間を生きてきた……故に他者が知らぬ手段も持っている」

無言のままセンチネルは手を差しのばす。
　微かな希望に縋るのか、否か、若葉に選択を迫る。

　「一時の迷いで全てを失うか、一時の好機をその手に掴むのか……若葉、君はどちらを選ぶ？」

差し出された手を若葉は少しの間、涙を流しながら見つめていたが意を決したかのようにその手を伸ばす。
　自身の掌に触れた若葉の手をセンチネルは強く掴む。
　痛みすら感じるほどの強さに若葉が顔を歪めた時、ふいに先ほどの感触を思い出す。
　母のお腹越しに感じた弱々しいほどの微かな感触。
　あの子を生かすことが、あの子が母と過ごす時間が作れるのならば、そのためならば自分はきっと何だってできると思いながら若葉は自身の掌へと視線を向けた時だ。
　痛いくらいに顎を掴まれたかと思えば視線を強引に上げられ、その先に居たのはセンチネルだ。
　ギラギラとした群青の瞳がきらめくのは狂気なのか、それとも自らの野望が掌の中に収まったからなのかは若葉には解らない。
　けれど一つだけ若葉にも解ったことがあった。

　「逃がさんぞ。小娘」

ようやくお前を捕まえた。