朝食を食べ終えた若葉は食後のコーヒーをソファに座って飲んでいた。
　母の再婚相手は外見に似合わぬほど家庭的な男らしく、食器洗いから洗濯まで完璧に行っていた。若葉も手伝うと言ったのだが、大人しく座っていろと言われたため何もすることが出来ぬまま、何を言っているのか解らないテレビのニュースを見ている事しかできない。
　壁に掛けられているお高そうな時計を見ると、時刻はようやく９時を回ったところだった事に若葉はどうやって母が不在の間の時間を潰すべきか考えていた時だ。
　テーブルに置かれていた再婚相手の携帯電話が突然、けたたましく鳴り響いたためビクリと身体を震わせる。
　音も無くリビングへと来た男は携帯を手に取ると表示されている名前を見ると不快そうに顔を歪めた事から、恐らくあまり好きではない相手からなのだなぁと若葉は密かに思うのと同時に奇妙な親近感を抱く。
　若葉自身、バイト先にあまり好きではない先輩が居て、その先輩からよくＬＩＮＥで「今何してるの？」やら「今度遊びに行こうよ」といった誘いがある為、なんとなくだがこの母の再婚相手に対して少しだけ態度を軟化させるべきかもしれないなぁと思った時だ。

　「・・・今日は連絡してくるなと言っておいたのにあの愚か者めが」

苛立ちを押し殺したような声音でそう呟いた男は問答無用で通話を切った。
　あまりにも慣れているかのような、至極当然だと言うかのように行われた無慈悲なその動作に若葉は思わず声を掛けてしまう。

　「えっ！？」

　「なんだ？」

　「あのぉ・・・出ないんですか？何か用事があるから電話をしてきたのでは？」

　「アレは愚か者だが有能だ。故に俺が不在の間の職務を任せたのだ」

　「そうかもしれませんけど、もしかしたら想定外のことが起きてしまって貴方の指示を仰がなければならない事態が起きているんじゃ？」

やんわりとだが自分の考えを若葉が伝えると男はムッとした顔をして携帯を睨み付けるその顔はかけ直そうか迷っているかのように若葉には見えた。

　「もしもまた掛かってきたのなら出てみては？」

　「・・・・そうだな」

渋々、と言った顔をして答えた直後、再度携帯が鳴り響く。
　男は今度は切ることはせず、通話ボタンを押すと携帯を耳に添える。
　電話の相手は声が大きいのか何やら凄まじい勢いで何かをしゃべっており、その声の大きさと勢いから男は携帯を微かに耳元から離すほどだ。

　「スタースクリーム。貴様そのような事も満足に処理できんのか？・・・解った。もう良い。今からそちらに向かう。サウンドウェーブとショックウェーブにも招集を掛けておけ。あぁ、それからこっちに車を回せ。それくらいならば愚かな貴様にも出来るだろう？」

やはり問題が起きていたらしく部下からの報告に関し、男は呆れたような声でそう告げると通話を切ると疲れたようなため息を一つだけこぼす。

　「すまんな。俺も仕事が入った」

　「そのようですね」

携帯を上着の内側ポケットに入れた男は少しだけ困ったように眦を下げて若葉に告げてくる。仕事ならば仕方が無いというかのように若葉が一つ頷きながら返答をすると、男は何かを考えるかのように目線を足下に落としていたがすぐにその赤い目は若葉へと向けられる。

　「お前を一人にするわけにはいかん」

　「気にしないで下さい。ここで大人しくテレビでも見ていますから」

　「子供を一人にするほど俺は愚かではない。第一、昼食はどうするつもりだ？アイツも俺も夕方まで戻れんぞ？」

　「料理くらい出来ます。冷蔵庫の食材を使って何か食べるので心配なさらず」

　「却下だ。子供一人で料理をするなど危険すぎる。お前も俺と一緒に来い」

何故そうなるのだ？そう言うかのような顔をした若葉の腕を掴んだ男は玄関へと向かって歩き出す。
　ドアのロックを解除した男が外に出ると、いつの間にかお高そうな外車が一台停車しており男の姿に気づくとドアが自動的に開く。
　当たり前のように後部座席に乗り込んだ男の隣に座った若葉は何が起こっているのか理解出来ぬうちに、ドアは閉まり車は音も無く滑らかに走り出した。