誰もが作戦実行の為に慌ただしく走り回る中、若葉は彼らの邪魔にならないようにするために格納庫の壁に寄りかかっていた。

　「俺はお前に逃げ道を用意したつもりだったんだがな」

隣に立っていたスタースクリームの声に若葉は視線を彼の方へと向ける。
　若葉が自らの考えを告げてからスタースクリームの様子が少しばかりおかしい事くらい解っていた。
　逃げ道、その単語を聞いた若葉は日本に向けて移動する飛行機の中でスタースクリームが言っていた言葉を思い出す。
　彼は何かにつけて警告じみたことを言っていた。

　「そうだね。ちょっとだけ解りづらい逃げ道だったけど」

ふふっと笑いながら告げた若葉の言葉にスタースクリームの顔が歪む。

　「てっきりお前なら解ると思ったのだが、どうやら俺様の見込み違いだったらしい。お子様にはもっと優しく解りやすく導いてやるべきだったな」

呆れたような口調でそう告げた直後、スタースクリームは深々とため息をこぼす。

　「お前はもう逃げられない」

メガトロンの掌の中から。
　今回の件に関してメガトロンは全て後手に回っている。
　若葉の事を大切に思っているメガトロンが自身の知らぬ間に若葉に関することを隠され、挙げ句の果てには自分に黙って日本に向かったと知ったのならば間違いなく怒り狂っていることくらい長年の付き合いであるスタースクリームには解っていた。
　だからこそ若葉が哀れだと思えた。

　「閣下はお前に首輪をつけるだろう」

二度と勝手に自分の側から離れていかないように。
　今回の襲撃に関してフォールンが何処まで知っていたのかはスタースクリームには解らない。博士との子供が産まれる前にあらたかの敵を排除すべきだと考えていたはずだ。
　当初考えていた計画を実行することができず、敵勢力が密かに戦力を蓄えていると知った時はすぐさま対処すべきだと進言したが、メガトロンはソレを選ばなかった。

　「（故にあの御方が出てきた）」

博士との親密な仲になったとしてもディセプティコンの長たる矜持を保っていたはずのメガトロンが非情な選択をできなかった相手。
　それが博士の娘であることに気づいたフォールンは自分自身の目で若葉という人間の真価を探った。
　結果、幸か不幸か解らないが若葉はフォールンの眼鏡にかなった。フォールンが若葉のことをそれなりに愛していることはスタースクリームには一目見て解ったが、ソレはメガトロンの子供を守るためならば若葉を犠牲にすることを厭わない程度の愛情だ。

　「（中途半端に聡い小娘にも問題があるがな）」

こちらを逆手にとって出るかのような狡猾な娘ならば、いっそ開き直って好き勝手するような打算的な娘であれば、ある意味で全員が迷うことなく自分たちの理想のために舵を切っただろう。
　けれど若葉はそれとは対照的な存在だ。
　だからこそこれから先、若葉が歩むだろう人生が哀れだとスタースクリームには思えた。

　「お前の望むものは全て手に入るだろう。だが、本当に願うものは絶対に手に入らない」

誰かの思惑が常に若葉を絡め取り、自由などと言うものは存在しなくなる。今後の人生は全てメガトロンの筋書き通りになり、そこに若葉の意思は反映されない。多少の配慮はされるだろうが、それすらも周りの参謀達が奸計を廻らせ、上手く誘導するだろう。

　「（閣下もあぁみえても不器用だからな）」

愛しているからこそ大切したいという思考はスタースクリームにも解る。
　けれど強すぎる愛情は時に相手を押しつぶしてしまうことをメガトロンは知らない。否、知っていてあえてそうする御方だとスタースクリームは思う。

　「それでも限られた幸せがあるのならば私は良いよ」

　「掌に収まる程度の些細な幸せでもか？」

　「うん」

　「本当に良いのか？」

　「……今回の件は少しばかり堪えた」

自分が動くことで誰かが犠牲になるという可能性があることを知ってしまった。
　若葉は誰かを犠牲にしてまで自由に振る舞いたいとも思えない。

　「すごく、怖いよ」

自分の命を脅かす者達がいる事も、自分を守るために誰かが犠牲になることも。
　命を天秤にかける事が怖くてたまらない。
　そう言うかのような若葉の姿を見たスタースクリームは哀れだと思いながらひっそりと呟く。

　「……お前が本当に愚かだったのならば良かった」

聞こえないと思っていたその言葉は若葉の耳に届いたらしく、若葉は困ったように眉を下げて笑う。

　「みんなして私のことを馬鹿扱いしないでよ」

ニッと口角を上げて笑う若葉の顔からスタースクリームは視線を逸らす。
　それは一瞬のことで、ゆっくりと向けられた赤の双眸はいつもと変わらぬ不敵な光があり、ソレを見た若葉は安心したように微笑む。

　「お願いね。スタースクリーム」

　「誰に言っているんだ？俺様はディセプティコンNO.２だぞ？」

ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたスタースクリームの言葉に若葉は驚いたように目を見開いた後、安心したかのように無邪気な笑みを浮かべた。