目を覚ました若葉の視界に映り込んだのが見慣れない部屋だった事に一瞬、驚きのあまり息をするのを忘れてしまう。
　慌てて上半身を起こしたのと同時に、自分が今は日本に居るのではないことを思い出す。

　「そうだった・・・」

右手で額を押さえながらベッドから降りた若葉はぐっと大きく伸びると、部屋の隅に置かれている時計へと視線を向ければいつもの起床時間よりも若干早い事に気づく。
　二度寝をしようかと思ったが、今寝てしまえばきっと昼まで寝続けるだろうと判断すると部屋を出る。
　ドアを開いてすぐに美味しそうな匂いを嗅ぐと、それを合図にするかのようにお腹が空腹を訴え始め、リビングへと続くドアを妬ましげにジッと見つめながら若葉は途方に暮れたような顔をして立ち尽くす。

　「・・・母さん、絶対に怒ってるよなぁ」

昨日の自分の態度は母にとってきっと許せなかっただろうと若葉は理解していた。
　もしかすると今もまだその怒りは解けていないのかも知れない、ならば部屋に戻って大人しくしていた方が良いのかもしれないと考えるのだが、空腹を訴え続けるお腹が限界を訴えるかのように何度も鳴っている。
　どうしたものか、そう考えていた若葉の耳にドアが開く音が届けられる。

　「起きたか」

現れたのは母の再婚相手の男だった。
　意外な人物が現れたことに心の準備が何一つとして出来ていなかった若葉は、引きつった笑みを浮かべながら軽く会釈する。

　「お、おはようございます」

　「あぁ。朝食はどうする？すぐに食べられるが？」

　「いえ・・・お構いなく」

ふるふると軽く首を振って答えた瞬間、今までとは比べものにならない大きさでお腹が鳴った為、慌ててお腹を押さえた若葉が恐る恐る男を見る。男は驚いたように赤い目を見開いた後、着いてこいと言うかのように顎をしゃくるとリビングへと姿を消す。
　羞恥から顔を真っ赤にしながら若葉は男に続いて室内に入ると、パンが焼けた香ばしい匂い、いつもと似ていて少しだけ違うコーヒーの匂いで満ちていて空腹状態の人間にとっては拷問とも思えるような魅力的な匂いで満ちている。
　昨晩、何も口にしていない若葉が無意識の内にゴクリと生唾を飲み込んでしまうのは仕方がない事だ。

　「その椅子に座れ」

座るように指示されたダイニング椅子に座った若葉はリビングの中を見渡すが、母の姿はどこにも無いことに今になって気づくと小首を傾げた。

　「アイツならば仕事に行った」

まさかの爆弾発言に若葉は顔を引きつらせる。
　昨日に引き続き今日も不在なのかと声を荒げて母に文句を言いたくなったが、肝心の相手がいないため若葉はどうすることも出来ぬまま、苛立ちと不安を抱きながら膝の上できつく手を握りしめた時だ。
　目の前にあるテーブルの上に音も無くトレーが置かれる。
　こんがり焼けたトーストが一枚、湯気の上がるスープ、彩りが鮮やかなサラダ、オムレツにはカリカリベーコンが添えられており、見るからに美味しそうな朝食セットだ。

　「・・・あの？」

　「味は悪くないと思うぞ。アイツのお墨付きだ」

　「貴方が作ったんですか？」

　「そうだが？共働きの家庭では家事を分担するものだろう？」

当たり前のことのように返された言葉に若葉は何も言えなかった。
　母の再婚相手はどこからどう見ても絶対にこんな事をするようなタイプには思えなかったからだ。ある意味で母に全て押しつけていても何ら違和感を感じないような男なのに、と大変失礼な事を考えながら若葉は出された朝食をジッと見つめる。

　「いただきます」

トレーに置かれていたフォークを手に取った若葉はオムレツを一口食べてみる。
　それは悔しいことに母と同じ味がした。