そこが自分の所定位置です、と言うかのように若葉の頭上に置かれたままのスタースクリームの手は離れることはない。
　体格も違えば手の大きさも違うらしく、スタースクリームの掌は若葉の頭をがっしりと掴んでおり、このまま力を込められれば自分の頭は砕かれるのではないか？とある種の命の危機を察知した若葉は声を上げようとしたときだ。
　不意に着信音が室内に響き渡る。
　聞き覚えの無い音に若葉は音の発生音を確かめるかのように視線を動かしていると、隣に座っていたスタースクリームが上着から携帯を取り出す。
　表示されていた名前を見た瞬間、スタースクリームの眉間に深い皺が刻まれたことから相手は好ましい相手ではないと若葉は悟る。

　「ッチ……俺だ」

舌打ちをしてから通話ボタンを押したスタースクリームは相手と会話を始める。
　最初こそ日本語で会話をしていたが、途中から英語とも違う言語で話し始めたことから相手が人間では無いと判断した若葉は大人しくしていることを選んだ。
　最初こそ苛立った口調で会話をしていたスタースクリームであったが突然黙り込んだかと思えば、いつもとは全く違う口調で通話を再開し、通話相手に対して命令するかのような口調でいくつか何かを伝えた後、通話を切ると何かを考えるかのようにそのまま動かない為、若葉は話しかけない方が良いだろうと判断する。

　「日本には三日間滞在する予定だったがソレを切り上げてすぐに帰国する」

淡々とした口調でそう告げたスタースクリームは何が起こっているのか理解していない若葉の腕を掴むと立ち上がらせる。
　自分を見下ろすスタースクリームの顔つきが少しばかり険しく、雰囲気もどこか鬼気迫ったものだ。

　「ねぇ何が起こっているのか教えてよ」

　「……馬鹿な考えにとりつかれた愚かな連中が暴れているだけだ」

大したことがないと言いたげな口調で告げたスタースクリームであったが、本当に問題がないのならば帰国をするなどと言わない。なによりも先ほどの通話にてスタースクリームは若葉が理解できないように彼らの言語を使って会話をした。
　その意味がわからないほど若葉は愚かではない。

　「３６０秒後に迎えが来る。お前は何が起ころうとも気にせずに車に乗れ」

　「何が起ころうともって」

　「そのままの意味だ」

若葉の言葉に対してスタースクリームが返す答えは素っ気ないもので、それは今の状況が悪いことを意味しているのだと若葉は理解するのと同時に背筋に嫌なモノが伝い落ちていく気がした。
　ドクリドクリ、と心臓が早く脈打つ音がやけに大きく聞こえ、室内の音が遠ざかっていく中、ペチンと額に軽い衝撃が走った。

　「なんて顔をしている？お前の護衛はこの俺様だぞ？」

びっくりした顔をしながら自分の額を手で押さえながら若葉はパチパチと瞬きを繰り返していると、不遜な声が聞こえたため視線を向ける。
　そこには出会った時から変わらない傲慢そうな笑みを浮かべているスタースクリームの姿があり、彼の堂々とした姿を見た若葉は少しだけ冷静さを取り戻す。

　「うん。そうだね」

　「ほぅ？お前にしてはずいぶんと素直ではないか」

　「いざとなったらアンタを盾にする」

　「……小娘」

ヒクリ、と口元を引きつらせ、こめかみにうっすらと血管を浮かび上がらせたスタースクリームが何か言おうとするよりも早く、若葉は彼の手へと指を伸ばす。
　自分よりも少しばかり冷たたくて大きく硬い掌を縋るように若葉は掴む。

　「スタースクリーム、信じてるから」

いつもと同じように笑ったつもりであった若葉であったが、きっと自分の笑顔が酷くいびつに引きつっている事も解っているし、声だって情けないくらいに震えている。
　けれどそんな若葉に対してスタースクリームは何も言わず、ただ、掴んだ手を強く握り返してくれたその手は温かかった。