飛行機が無事に空港に到着したのを窓越しに見つめていた若葉はホッと胸をなで下ろす。視界に見える日本語に帰ってきたんだなぁと思っていたときだ。

　「お前の家には明日向かう予定だ。今夜はホテルで過ごす」

スタースクリームからの言葉が予想外だった若葉は視線を向ける。
　てっきりすぐにでも自宅に向かうものだとばかり考えていた為、予想とは違った事態に対処できずに呆然とスタースクリームを見上げた。
　若葉の様子から大体何が言いたいのか悟ったらしいスタースクリームは一度だけため息をこぼすと口を開く。

　「今後アメリカを基準として過ごすのならば断捨離をする必要があるだろう？そういったことを行うには冷静な判断が必要となる。時差ぼけの修正をしたほうが良い」

その言葉に若葉はパチパチと数度瞬きをした後、それもそうかと言うかのようにコクリと一つ頷いた。
　若葉とて自分が今乗ってきた飛行機が特別なものであることは解っている。まるで政界の重要人物が乗っていても可笑しくないような飛行機に一般人でしかない自身が乗ることの意味をわからぬほど愚かでもない。
　そのように優れた飛行機の座席でも長時間同じ体制だったことで疲労していることを自覚していた。

　「（一般席だともっと酷かっただろうなぁ）」

肩を大きく動かしながら若葉は自分の置かれている立場を再認識する。
　誰もが若葉に対して配慮するのは母とメガトロンのことがあるからだ。
　あの二人が居なければ、母の血縁関係者でなければ、メガトロンが娘と認識していなければ、若葉の扱いなどここまで良くはない。

　「（まぁそれもあの子が生まれてくるまでだけれど）」

男児であれ女児であれメガトロンの子は何においても重宝される。
　そうなれば若葉という存在は無いに等しい扱いとなることくらい解っていた。
　選ぶ選択肢を間違えてしまえば待っているのは地獄。
　周りの大人達が若葉にその選択肢を選ばせぬように秘密裡に各々動いているだろうことは解っているが、彼らの行動に若葉の意思は尊重されない。
　そのことがどうしようもないほど若葉を苦しめる。

　「（私の考えを口にすることができたのならば……）」

自身の感情を考えを言えたのならばきっとこんな風にはならなかった。
　そう思いながらも若葉はソレは違うと言うかのように自嘲の笑みを浮かべる。
　結局のところ、自分の本心を口にすることができないのは若葉の弱さ故だ。
　嫌われたくはない、わがままな自分を見て失望されたくはない、等という利己的な防衛心が若葉の口を塞いた瞬間、コツンっと軽い何かが頭に触れたため若葉が顔を上げるとそこには不機嫌そうに双眸を細めているスタースクリームの姿があった。

　「降りるぞ」

　「は、はい」

座席の下に入れていた鞄を手にした若葉が慌てて座席から立ち上がるとスタースクリームは若葉の右手首をつかむと歩き出す。
　引きずられるかのように足を動かす若葉はキャビンアテンダントに対して一礼すると飛行機から出る。
　搭乗橋へと移動した若葉が無言のまま足を動かしていた時だ。

　「入国審査を含めた雑事は全てクリアしている。お前はこのまま俺と一緒にホテルに向かう」

幾ばくか不機嫌そうなスタースクリームの声音に若葉はここで下手に逆らったり、意見したりした場合を想像し、すぐに小さな声で「はい」と返答する。
　迷うこと無く歩くスタースクリームに先導される形で足を動かしていた若葉はいつの間にか玄関付近へと近づいていたらしく、微かに足下を伝う冷気と外の匂いに目を瞬かせた時だ。
　荒々しいエンジン音が聞こえた瞬間、スタースクリームがチッと舌打ちをする。

　「不満なら引き受けるんじゃねぇよ。クソガキが」

それがどういう意味なのか解らず眉を寄せた若葉を無視してスタースクリームは歩き出す。
　向かった先にいたのは銀色の車で少しばかりサイドウェイズと似ていた。
　奇妙な親近感を抱いている若葉とは対照的にスタースクリームは不機嫌さを隠さぬ荒々しい足取りで車に近づくと後部座席側のドアを乱暴に叩く。

　『急かすなよ』

聞こえてきた声に聞き覚えのあった若葉の右頬がヒクリと引きつった。