ドアを閉めた母の元へと到着した若葉は何とも言えない顔をして、母の顔を見つめる事しか出来なかった。
　言うべき言葉は次々と浮かんできては若葉の中で音も無く消えていく。それを声に出来ぬまま若葉は母の顔を凝視していたが、意を決した顔をすると最初の第一声を出す。

　「・・・おかえり」

　「ただいま」

出てきたのはいつも通りのありふれた言葉だ。
　ここが住み慣れた家ならば当たり前の言葉なのだろうが今居る家は違う。
　母とその再婚相手との家だというのが若葉の認識である為、居候である自分がそれを口にして良いのか若葉には解らず一瞬だけ言葉に詰まってしまったが、母は当たり前のように言葉を返してくれる。

　「良い子にしてた？」

　「あー・・・うん。まぁね」

　「あら、寝てたの？」

　「え？なんで解ったの？」

何故？と言うかのように小首を傾げた若葉の反応に母は苦笑を浮かべると、困ったように微笑みながら若葉へと近づきそっと髪を撫でてくれる。

　「寝癖がついてるからすぐに解ったわ」

楽しげに言われた言葉に若葉は納得したと言うかのように小さく頷くと、寝癖が出来ているだろう場所を慌てて手櫛で直す。
　いつもと変わらぬ娘の様子を見た母の顔に一瞬だけ浮かんだ安堵の笑みを若葉は見逃すことは出来なかった。

　「ねぇ、母さん」

　「問題は無事に解決したか？」

聞きたいことが色々とあるのだと問いかけようとしたよりも先に、いつの間にか背後に来ていたらしい母の再婚相手が問いかけをする。
　悪気があった事は無いとは解っているが、何ともタイミングが解らない男だ、空気の読めない男だと思いながら若葉はメガトロンへと恨みがましい視線を向けるが、そんな視線など痛くもかゆくもないと言うかのように涼しげな顔をして黙殺される。

　「あら？帰っていたのね。てっきり今日は帰れないものだとばかり思っていたのに」

　「ブラックアウトを中心とした何人かが動いてくれたおかげで無事に問題が解決した。全く、あの愚か者には困ったものだ・・・懲りもせずに同じ事ばかり繰り返す」

　「あぁ見えて寂しがり屋さんだもの。つまり、貴方に構って欲しいのよ」

　「俺が構いたいのはお前だけだ」

慣れた様子でメガトロンは母へと近づくと母の頬に触れるだけのキスをする。
　それがこちら流の挨拶である事くらい若葉も知っている。映画やドラマなどで何度も見ていて、そういうものなのだと認識していたはずだった。
　けれど、目の前で当たり前のようにそれを行う男と、それを当然のように受け入れた母の姿を見て言いようのない感情が頭のてっぺんから爪先へと向かって駆け抜けたのを感じ取る。

　「私の方は貴方の宿敵さんが色々と動いてくれたおかげで無事に解決したわ。いつもそうしてくれれば私としても嬉しいのだけれどね」

　「珍しいな。明日はきっと槍が降るぞ」

　「ふふふ。きっと今日は若葉ちゃんが来るから気を遣ってくれたのよ」

　「そもそもいつも最初に問題を起こすのはアイツだ。俺は巻き込まれているだけだ」

　「はいはい。そうですね」

楽しげに交わされる母と再婚相手との会話を聞いていると泣き叫び出したくなるような衝動を若葉は抱く。