若葉がトイレに行きたいと口にするとスタースクリームは仕方がない、という顔をして了承してくれた。
　けれど若葉はトイレに行くことをせずにケイドの元へと足を運んだのだ。
　若葉の行き先が違う事にスタースクリームが気づき、若葉の意図に気づいたときには何もかもが遅すぎた。

　「えぇっと・・・こんにちは。挨拶。えぇっとＨｅｌｌｏ？」

ぎこちなく微笑みながら若葉がケイドに声を掛ければ、ケイドは微笑ましいと言うかのように目を細めて笑い返してくれたのだが、その対応は若葉の望むものではない。
　そもそも若葉はケイドに対して先程の暴力行為への謝罪、そして改めて挨拶をしようと思って話しかけたのだ。
　ただ、悲しいことに英語を用いての会話というものは若葉にとってレベルが高すぎ、言いたいことが何一つ言えぬまま若葉は眉を下げながら右往左往することしか出来ずにいた。

　「・・・・？・・！・・・・」

何やら英語で話しかけてきたケイドは鞄の中から見覚えのある機械を取り出すと、それを若葉へと差し出してくる。
　それは以前、オプティマスの部下が持っていた機械だった事に気づいた若葉は、ケイドの手からソレを受け取ると耳と首に装着した。

　「解るか？」

　「はい。凄いですね、コレ」

首に装着した機械をそっと指先で撫でながら若葉は感嘆の声を上げる。
　普通、翻訳機という物は多少の時間を要するはずだ。けれど、今装着している翻訳機はタイムラグを感じさせない物だ。

　「（これは一度着けたら外すことが出来そうもないなぁ）」

ある意味で魔性の道具だ。
　そう若葉が思いながらそっと首につけている翻訳機を撫でていたときだ。

　「挨拶が遅れたな。今回、訳あって一緒に行動をさせてもらう事になったケイド・イェーガーだ。あっちに居るのが俺の娘のテッサだ。若葉とは同じ年頃だから色々と話し相手になってくれると助かる」

名乗ってもいないのにケイドが自分の名前を知っていたことに若葉はおや？と言うかのように一瞬だけ目を見開いたが、きっとシャーロット・メアリングから自分の事を色々と聞いているのだろうなぁと判断する。

　「若葉です。短い間ですがお世話になります」

　「あぁ。よろしく」

　「あの・・・ケイドさん？娘さんの隣にいる方は」

チラリとテッサの隣に居る青年へと視線を向ければ、彼はヒラヒラと手を振ってくれた。
　けれどその間もテッサの髪やら肩やらにベタベタと触れている。テッサも青年のそんな行動に対して何の反論もせず、むしろ嬉しそうに目を細めて青年の肩に頭をもたれている。
　誰がどう見ても幸せな恋人同士でしかない二人に対し、若葉は何とも言えない感情を抱いていたときだ。

　「アレか？アレはシェーンとかいう名前があるが、まぁそれは忘れてくれて構わない。彼奴を呼ぶときはアイリッシュ野郎で良い」

ニコニコと微笑みながらケイドは青年の事を教えてくれたが、その情報には悪意しかないことに気づいた若葉は引きつった笑みを浮かべながら返答を濁すことしか出来なかった。
　そんな２人を機内の者達は興味深そうに、または下らないと言うかのように、もしくはこれ幸いと恋人との会話で夢中になりながら見つめていたり、存在自体が目に入っていなかったりしている。

　「まぁ話は変わるんだが・・・アイツの事は良いのか？」

チラチラと若葉の背後へと視線を向けているケイドが躊躇いながら声を掛けてくる。
　その場所に誰が居るのか解っている若葉はにっこりと微笑みながら答える。

　「お気になさらず」

その顔を見ていると母親である博士から言われた辛辣なダメ出しを思い出したケイドの顔から少しばかり血の気が引いた時だ。