閉じていた目をゆっくりと開いた若葉は自分が眠っていたことを今になってようやく理解した。眠い目を擦りながら腕時計を確認すると時刻はすでに１８時を回っており、かなりの時間ここで眠っていたのだと理解するとゆっくりと身体を起こした時だ。

　「・・・ん？」

見慣れない高そうなブランケットがいつの間にか自分に掛けられていた。
　肌触りの良いソレを触りながら若葉はコレはきっと母が掛けてくれたのだろうと思いお礼を告げようとした時だ。

　「目が覚めたか？」

聞き慣れぬ男の声に若葉はビクリと身体を震わせると、恐る恐ると言った顔をして視線を向ければそこには見た事が無い男が座っていた。
　少しくすんだ銀色の髪、血のように赤い目をした男はどう見ても一般人ではない雰囲気をしており、どちらかと言えばマフィアだなと寝起きで思考が鈍っている若葉はかなり失礼な事を考えながら無言のまま男を観察し始める。
　若葉が自分へと向けられているのにも関わらず、男は動じる様子も見せずに淡々とタブレットを凝視していた。時折、タッチペンを取り出すと画面にサインをするのを若葉は黙って見つめていたが、このままでは駄目だろうと思うと意を決して声を掛けた。

　「えぇっと・・・貴方はどちら様でしょうか？」

　「メガトロン。お前は若葉だな？」

　「あ、はい。よく知っていますね」

　「お前のことに関する話はアイツから色々と聞いている」

アイツ、そう言った瞬間に一瞬だけ男の目元が柔らかくなった。
　その変化に気づいた若葉はこの人がそうなのだと悟ると姿勢を正すと男へと向き合う。

　「貴方が母の再婚相手ですね？」

確信を持って告げた問いに対し男はタブレットへと向けていた視線を逸らし、ようやく真正面から若葉の事を視認した。
　無表情の男は若葉の方へと顔を向けたまま何も言わない。
　怒っているのかと思うほど鋭い男の赤い目を若葉が臆することなく受け止めれば男はその反応に一瞬だけ目を見開いた後、楽しそうに唇を歪めて笑う。

　「あぁそうだ。将来を誓った仲だ」

隠すことをせず肯定した言葉に対し若葉は何故かとても苦しかった。
　理由もなく泣き叫びたくなり、目の前の相手に罵声を浴びせたくなる。それを必死に堪えながら、どちらかと言えばそんな感情をごまかすかのように若葉は男に対して口を開く。

　「今回の旅費に関する事全てのお金を出して頂いてありがとうございます」
　
　「俺が来いと呼んだのだから資金を提供するのは当たり前のことだろう？」

　「この家は貴方の所有物ですか？」

　「違う。俺とアイツの所有物だ」

　「・・・・ここでの滞在中は私はどの部屋を使ったら良いのでしょうか？」

　「客室はいくつかあるが、どれを若葉の部屋にするのかはアイツしか知らない。アイツが戻るまでここで待機をしておけ。必要なモノがあれば申告しろ」

会話を交わす内に気づいた事だが男は随分と上目線で会話をしてきた。
　ましてや母のことをアイツと呼んでおり、男の中ではそう呼ぶことが当たり前のようになっていたことから若葉の顔が曇る。この男は母に対してもそんな態度なのだろうか？ならば許せないと思った時だ。

　「悪いな・・・俺は誰かに何かを命じる立場だ。それ故にどうしても口調は命令形になってしまう。悪気があるわけではないが、どうしてもこればかりはすぐに変えることが出来ん。可能な限りそうはならないようにするつもりだが出てしまった場合は許せ」

ガリッと乱暴に頭を掻きながら男が告げた言葉に若葉はキョトンとした顔をして男を凝視した時だ。
　玄関の方からロックを解除する音と共に「ただいまぁ」という聞き慣れた母の声がしたため若葉は逃げるようにソファから立ち上がると、玄関へと向かって小走りで向かっていった。