明らかに様子のおかしくなった若葉に気づいたスタースクリームは一瞬だけ、それこそ人間には解らない程のほんのわずかな時間であったが驚いたように目を見開く。
　いつも強がって小生意気そうな態度を崩さなかった若葉が見せた初めての恐怖。
　そうなった原因をスタースクリームは知っている。

　「（実の父親に利用された哀れな小娘）」

血の繋がりを、遺伝子の繋がりを、情を求めた愚かな娘。
　馬鹿馬鹿しいと、自業自得だと、言って切捨ててしまえば良いと解っているのだが、何故かそうすることがスタースクリームには出来なかった。
　それは長い年月を経てようやく孵った雛達が一心不乱に親代わりであるスタースクリームを慕う姿と若葉の姿が被って見えたからだ。
　雛達も見知らぬ者達を見ると酷く警戒し、自らへと伸ばされる手を見て怯えていた。
　そんな雛たちと若葉の姿はとてもよく似ていた。

　「（泣くことしか出来ぬ無力な者）」

近づく手が自分を虐げるのか解らず怯え、理不尽な暴力に恐怖する哀れな子ども。
　かつての自分ならばそんな者達を迷うことなく蹂躙した。
　けれど今は違う。
　無力な雛たちに対し、少しばかりの情を抱いてしまっている。
　スタースクリームはらしくないと思いながらも若葉に向かい大丈夫だと言うかのようにそっとその髪に触れる。

　「貴様のようなお子様にはコレがお似合いだな」

若葉の髪越しに頭を乱暴になで回すその手つきには力が全く入ってはいない。
　強ばっていた顔から力が抜け、呆けたような顔をする若葉はいつも必死に背伸びをしていた子どもではなく年相応な無防備な顔をしていた。
　その顔はきっとあの腹立たしい参謀２人は見た事が無いのだろうなと思うのと同時に、スタースクリームは若葉の顔を密かに録画するとそのデータを厳重にロックした。

　「（コレくらいの役得はあっても良いだろ？）」

自ら志願した任務では無かったものだが、あのいけ好かない同僚２人が大切にしている者の何気ない顔を見られた事がスタースクリームの自尊心を満たしていく。

　「（これはコレで悪くはない）」

ニヤニヤとどこか勝ち誇ったかのような顔をしたまま頭を撫で続けているスタースクリームに対し、若葉はどんな態度を取れば良いのか解らずにいた。
　若葉の知っているスタースクリームは不遜な態度を崩さず、人の弱いところを容赦なく狙って攻撃してくる男だ。
　けれどそんな男と今のスタースクリームの言動と行動が一致しない為、若葉は何とも言えない気持ちになりながら間近にある顔を見続ける。
　本人には絶対に言いたくはない事ではあるし、なにより若葉自身認めたくはないのだがスタースクリームの顔の造形は整っていると言って良い。
　切れ長の目元と形の良いパーツをしている彼の顔は文句なしにイケメンの部類に入る。
　ただ若葉にとってスタースクリームをイケメンと断言する事が出来ないのは、彼の顔に彫られている入れ墨が原因だった。

　「（顔にまでも刺青があるっていうのはちょっとねぇ）」

顔にある刺青は首筋にも彫られているらしく、襟首から時折チラチラと見え隠れしていることから間違い無く身体にも彫られている。
　若葉にとって入れ墨とは反社会的組織の人達という印象でしかなかったのだが、日本に来る海外の観光客達がファッションとして入れ墨を彫っていて、海外では当たり前の事の一つなんだなぁと思っていた。
　頭では解っているのだが、すぐに何もかもを受け入れられるわけではない。
　それ故に若葉は顔や首筋にまで入れ墨を彫っているスタースクリームに対して少しばかり警戒してしまったのは無理もない事だ。
　なによりスタースクリームとの初対面は最悪で、その事が未だに少しだけ若葉の心の中で尾を引いている。

　「なんだ？随分と大人しいな？」

スタースクリームの知っている若葉ならば何かしら小生意気な反応やら言動を返してくるはずなのに、今回は妙にされるがままである事が少しばかり気になった為、動かしていた手を止めた時だ。

　「貴方が意外にも私に対して優しいので・・・・これはもしやとんでもない不幸が起こる前兆で、もしかしたら命の危機かもしれないと考えていました」

　「そんなわけあるか！！第一、俺はいつだって親切だ！！クソッ！らしくもなく落ち込んでいるのかと思って色々と心配して損した」

ムッとした顔をしてそっぽを向いたスタースクリームだったが、自分が何を言ったのか理解をするのと同時に怒りとは違う意味で顔を真っ赤にすると頭を抱えて黙り込む。