説明を終えたメアリングは顔には出さないが突然すぎる展開に言葉を失って立ち尽くしている若葉に対して少しだけ同情していた。
　ここに来てから大人の都合で振り回され続ける若葉の事は報告書を読んでいるから解っている。頼りの母が入院したこと、母の再婚相手が金属生命体だったこと、現れた実の父が狂った研究者だったこと、あまりにも短い期間で起きた出来事は平凡な人間にとって受け入れることは難しい。
　ましてや多感な時期である思春期真っ只中の若葉がそれに対して戸惑う事は解っていた。

　「（報告書に書いてあったように確かに限界だということは間違い無いわね）」

実際に自分の目で若葉と会ったことによりメアリングは自分が想定していた以上に事態は悪い方へと進んでいることを理解する。
　それは色濃く浮かぶ隈、血の気の引いた顔色、どこか生気の無い雰囲気をしている若葉の姿を見たからだ。
　お人好しでお節介な者達からメアリングの元へと報告がいくつかされていたが、予想以上に疲弊している若葉を見た時こそ、あまりにも酷い状態に絶句してしまうほどだった。
　ここには子どもを守るべき立場である大人が沢山居いる。尚且つ、若葉の側には絶えず誰かしら控えていたはずなのに何故こんな状態になっているのだ？あぁここには大人の成りをした子どもしか居なかったのだ。そもそもここに居るのは人間では無くて金属生命体だったなぁと思うのと同時に、メアリングは咎めるかのようにレノックスへと再度絶対零度の視線を向けていた。
　今の若葉を見たのならば誰もが一時帰国をさせることに関して反対してくる事は無いだろうというくらい、今の若葉の状態はかなり切羽詰まったものになっている。

　「（表向きは療養と今後アメリカで暮すための準備をするための帰国、か）」

その提案をしてきたフォールンへと視線を向ける。
　若葉を日本に帰国させたいとメアリングへと話を持ちかけたのはフォールンだ。
　そして何よりもこの提案が恐ろしいのは、帰国の件は若葉の母親とメガトロンには報告されてはいない事だ。
　極一握りのディセプティコンとオートボット以外には報告がされていないほどの厳命だ。
　そのためにフォールンとメアリング、そしてレノックスが秘密裏に動いて若葉をディエゴガルシア基地からこっそりと脱出させようとしているのだ。

　「メアリングさん」

　「なにかしら？」

　「母さんは一緒に帰国しないのですか？」

不安で微かに擦れた声音を聞いたメアリングは思わず若葉を慰めるため、華奢な肩に手を乗せるとそっと撫でていた。

　「・・・今の彼女を動かすことは出来ない。だから帰国は貴方１人だけになります」

　「母は知っているんですか？」

　「えぇ。貴方の事を頼むと言われたわ」

母は若葉の事で何かを決めなければならないとき、必ず声を掛けて若葉の意思確認をしてから決断してくれた。
　今回、それをしなかったということ、それはつまり自分はついに母に愛想を尽かされて見捨てられてしまったのだと若葉は理解するのと同時に、こうなったのは自業自得だと思うと自嘲の笑みを浮かべながらそっと視線を足下へと落とす。

　「そうですか」

　「メガトロンからも抗議があったけれど最終的には了承しています。彼の部下が貴方の護衛として同行する予定で、すでに飛行機に乗って待機しているから今後は彼の指示に従うように」

何も知らないメガトロンから抗議などありえないことだが、若葉を説得するためには少しばかりの嘘が必要だった。
　嘘を織り交ぜながらメアリングは若葉に話しかける。
　フォールンが保護者達の許可を得ずに強硬手段を行ったのは今の若葉にとって必要な事であることくらいメアリングとて理解していた。

　「解りました」

　「・・・護衛ばかりとなれば貴方も気が滅入るでしょうから、私の信頼できる人達を同行させます」

彼等との関わり合いで若葉の気持ちが少しばかり晴れれば良い。否、そうであって欲しいと願いながらメアリングは告げる。
　若葉とよく似た家庭環境である彼等ならば、似たような感情を持っているからこそ解る事があるのだ。