無言のまま自分を見つめてくるフォールンの顔には何の表情も浮かんではいない。
　けれどその目だけは彼の本心を伝えるかのように揺らいでいて、だからこそ若葉はフォールンに対して憎いという感情を抱けなかった。

　「（師匠だとは聞いていたけれど・・・）」

何気ないフォールンの行動にメガトロンの影が見え隠れして、その度に若葉は言葉に出来ない感情が自分の奥底から込み上げてくることを感じ取っていた。
　ジリジリと音も無く忍び寄ってくる見えない何かにジワジワと絞め殺されるかのように若葉を責め立てる。
　出口を塞がれたかのような閉塞感を感じ取った若葉は声を上げて泣き叫びたくなってしまう。
　
　「（貴方が本当に嫌な人ならば）」

恨んでも仕方が無いほどの極悪人ならばよかった。
　けれど神様とはとても残酷だったらしく、若葉に恨むという事を許してはくれなかった。
　
　「（私の周りにいる人達は良い人が多すぎる）」

無償の愛情をずっとずっと向けてくれた母、ぎこちないが温かな愛情を示してくれたメガトロン。
　慈愛に満ちたオプティマスの言動、献身的なラチェットの言葉、ここで出会った沢山の人達の対価を求めぬ優しさ。
　それらがどうしようも無いほどに若葉へと訴えてくるのだ。
　彼等を憎むな、恨むな、許せ、と。
　それは若葉の気持ちをどうしようもないほどに踏みにじるものだ。
　踏みにじられた心が「痛い」と叫ぶのを若葉は無視をする。
　その声を聞いてしまえば、意識してしまえば、きっと自分の心が折れてしまうことが解っているからだ。



　「・・・・！・・・・ッ！！」



泣き叫ぶ幼子の声が聞こえた気がした。
　その声にこれ以上耳を傾けてしまえばきっと良くはない事態になると若葉は本能的に悟るとその声を押し殺すと、いつもと変わらぬ笑みを浮かべながら口を開く。

　「フォールン様。安心して下さい・・・」

きっとこれが最善のことで、誰もが笑っていられる未来なのだから。
　そう自分に言い聞かせた若葉は微笑む。
　心の奥底で引きつるかのような痛みがあったとしても、それを欠片も顔には出さず、ただなんてことないと言うかのように笑う。

　「閣下がこれ以上心を痛めるような事は起きませんから」

微笑みながら告げた言葉を聞いたフォールンの目が大きく見開かれる。
　何でも無いと言うかのように微笑んでいる若葉であるが、その目の奥に浮かぶ仄暗い感情。
　若葉にそんな感情を植え付けたのは他ならぬ自分だと言う事をフォールンは解っているが、だからと言って今更何も無かったかのように振舞うことなどできはしない。
　何かを手に入れる為には時として対価を支払う必要があるのだ。
　今回はその対価に若葉という人間が使われただけなのだ。

　「母にはすでに伝えていますが、私は今後アメリカで暮すことを決めています。住む場所に関しては閣下に色々と決めてもらう予定ですが、閣下はきっと私が言いなりになることを望まないでしょう」

　「だろうな。アレはお前が顔色を窺っていると知ったのならば色々と文句を言うだろう」

　「なら閣下に内緒でにフォールン様に連絡を取らなければなりません。携帯は多分チェックされるので使えませんので他の手段を用いるべきなのでしょうけど、何か方法はありますか？」

何もかもを解っていると言うかのように受け入れて微笑む若葉をフォールンは何も言えぬまま見つめる事しか出来ない。

　「悟られぬよう秘密裏に連絡を取るのならば情報参謀の協力を得るのが一番だろうな」

サウンドウェーブならばメガトロンに気づかれること無く動けるだろう。
　そう判断したフォールンが告げれば若葉は同意すると言うかのように頷く。
　何もかもが上手く運べている。
　それを喜ぶべきなのに、その影で誰かが犠牲になっていることが解っているフォールンには手放しでこの事態を歓迎することなどで気はしなかった。