レノックスに連れてきてもらった家は見るからに母の好きそうな造りをしていた。ある意味ではこの軍事基地に建てられていることがあまりにも不自然だと思える建造物。
　それをマジマジと若葉は見つめていると、中に入ることをしない若葉に対してレノックスが気遣うかのような視線を向けてきたため、若葉は何でもないと言うかのように微笑む。
　
　「えぇっと・・・案内ありがとうございました」

若葉が拙い言葉で英語でお礼を告げれば、レノックスは嬉しそうに破顔しながらバンバンと若葉の肩を乱暴に叩く。
　何やら凄まじい勢いで何かを言った後、若葉の肩に腕を回すと玄関へと向かう。
　ドアの側にあるパネルに対して指を差したレノックスの行動に若葉は訝しむかのような顔をして彼を見つめていると、業を煮やしたレノックスが若葉の右手を掴む。
　なんだ？そう思うがその疑問を英語で口にすることが出来ぬまま若葉の掌をパネルに押しつければ、ピピッという音が微かに聞こえた直後にカチリと何かが外れる音が聞こえた。

　『指紋を認証しました』

　「ん？認証？」

機械音声がどこからか聞こえ、その内容に対してなんだと思いながら小首を傾げた瞬間、若葉の目の前でドアが開く。

　「・・・おぉ！！」

感嘆の声を上げた若葉は目を輝かせながらドアを見つめる。
　さすがはアメリカだ、もしかしてコレは最先端の技術ではないのか？と思いながらドアを見つめていると、レノックスが何か声をかけてくる。
　彼は室内を指さしていることから、恐らく早く中に入るように言っているのだろうなと判断した若葉が家の中に入るとレノックスはホッとしたように肩の力を抜く。
　
　「・・・・！・・・・・。・・・・！？」

小難しそうな英語で何かを説明したレノックスはヒラヒラと手を振ると若葉に背を向けて去って行く。

　「え？ちょっ！！あの！！！」

このまま何の説明もなく去ってしまうのだと悟った若葉は慌ててレノックスを追いかけようとしたが、そうはさせるかと言うかのようにドアは音を立てて閉じられた。
　その事に驚き一瞬動きを止めた直後、ピーッという音を鳴らしながらガチャンッ！という音が聞こえたのと同時に自分がこの家に閉じ込められたことを理解する。
　
　「嘘でしょ！？」

慌ててドアを開けようとした若葉だったが何故かドアは開くことはしない。
　ロックを解除しようと思ったが、その肝心の解除方法を知らないため若葉は誰も居ない玄関で一人パニック状態になってしまう。
　どれくらいの間、ドアと対峙していたのかは解らないが一向に開くことのないドアを見て若葉は諦めた。

　「もういい。ちょっと休もう」

肉体的にも精神的にも疲れた身体を引きずるようにして若葉は廊下を歩く。
　突き当たりのドアを開ければそこはリビングがあり、大きなソファを見つけたのと同時にそのソファへと近づき無言のまま倒れ込む。
　
　「疲れた」

本当に色々な意味で疲れた。
　少しの間は何もせず、何も考えず、こうして倒れていたとしても誰も怒らないだろうと若葉は思いながらソファに倒れたままだった。
　耳鳴りがするほど静かな空間がこの家には誰も居ないのだということを若葉へと伝えてくる。
　
　「広い家だなぁ」

今居るリビングだけでも日本で母と暮している家と比べるのが失礼だと思えるような広さがある。
　壁に掛けられている大きなTV、すぐ近くにある見るからに高そうなスピーカー、母の好みそうな家具。

　「・・・ちょっとくらい探検しても良いよね？」

夏休みの間はここで暮すのだから、どこに何があるのか把握するためには必要な行為だと自分に言い聞かせた若葉は早速行動を開始した。