理想の身長差
名前変換
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け、結局一睡もできなかった。
どよん、とした気持ちで朝日を迎える。新聞配達のバイク音がむなしい。
物事を深く受け止めすぎて無駄に疲れてしまうのは私の悪い癖だ。しかし、分かっていてもやめられないのが癖というもの。
悩みに悩み抜いて解決したのは、ユキムラくんの名前は幸村と書くということだけだった。
サナダくんも真田くんだったんだ。じゃあ、二人揃うと真田幸村になるんだ。すごい。だからといってなんだ。
もうほんとどうしよう。
眠れなさすぎて部屋の中に居るのも落ち着けず、いつもならまだ寝ている時間に家を出た。
早起きなんて滅多にしないけど、たまにするとすごく気持ちがいい。早朝という時間はそれだけで価値があると思う。空気は澄んでいるし、街は静かだし。
きらきら輝る水面を横目に道を歩いていると、だんだんと胸も軽くなっていくような気がした。
やっぱり、そんなに気にしなくていいんじゃないかな。きっと幸村くんだって気にしてない。昨日のことは、大したことじゃなかったんだ。
最終的には鼻歌だって歌えてしまいそうな心地で学校に行くと、校門の前に人影。
こんな時間に珍しい、と顔を上げると、間違いなく、幸村くんが立っていた。
「名字さんおはよう。少し話があるんだけど、いいかな」
さっきの気分が嘘みたいだ。閻魔様の前に立つときって多分こういう感じなんだろう。
当然幸村くんのキラキラオーラに私ごときが刃向かえるわけがなく、蚊の鳴くような声ではい、と返事をした。
もうほんと、ほんとに、どうしよう。
少し前を進むローファーのかかとを追いかけながら考える。
ホームルームまでは充分すぎるほど時間がある。どこへ連れて行かれても始まるまでに余裕で戻ることが出来るだろう。
幸村くんはあれ以降喋ってくれないし、どこに向かっているのかも教えてくれない。
お、怒ってる。やっぱり怒ってるんだ。不可抗力とはいえ盗み聞きしていたこと、無視したこと、無かったことにしようとしたこと。
ああもう、こんなことなら昨日、鍵なんて取りに戻らなければよかった。親が帰ってくるまで家の前で一人寂しく待っている方がずっと良かった。
目的地に辿り着いたらしく、幸村くんが立ち止まる。私も、断頭台に登るような気持ちで立ち止まった。
処刑場は中庭。幸いにもギャラリーは無し。朝早く出てきてよかった。
「名字さん」
「は、はい」
どうして名前を呼ぶだけでこんなにも迫力があるのだろう。美人だからだろうか。美人は怒ると怖いと言う。
などと関係の無いことを考えていないと、もう緊張でおかしくなってしまいそうだった。あぁ、せめて用件が昨日のことじゃありませんように……。
「昨日はごめんね、驚かせてしまって。それと……気を使ってくれて、どうもありがとう。優しいんだね」
早速昨日の話がぶち込まれる。
優しいわけがない。嘘をついてまで逃亡したというのに。一瞬、皮肉か何かかとも思った。
だが、昨日のようにぽっと頬を赤らめている姿から、そうではなさそうである。皮肉ならどれだけ良かったか。
ぶるぶると首を横に振ると、幸村くんは眉を下げて困ったように微笑んだ。
「それで、ええと、聞いていたとは思うんだけど。改めて言わせて欲しい」
あ、改めて言うんですか。嘘でしょ幸村くん。
ちょっと待ってください、口にする前にそっと手を取られる。
「……君のことが好きです。付き合ってください」
高校生とは思えない少しキザな行動も、顔が整っていれば様になる。
握ると言うよりは触れるといった感じで、ふんわり包まれた手は見る見るうちに熱くなっていく。
あぁ、手汗、手汗が出てしまう。
心なしかぬる、としてくる手のひらに焦っていたところでハッとした。
うっかり目の前の「頬を赤らめて愛の告白をするイケメン」に見惚れてしまったが、それを受けているのは私であり、そして全く心当たりのないものである。
素直に喜べないし、むしろ困る。
どうして私なのか。ありったけの少女漫画脳をフル稼働させる。
話したことがなくて、同じクラスでもなくて、ということは一目惚れとか。
……いや無い。どう考えてもない。今だって、背伸びをしたら幸村くんのつむじが見えそうなのに。
そんなに背が高い、言葉を選ばず言うとでかい上に、こんなにも陰気な女に一目惚れって。ないない。
私も、幸村くんはスーパースターであるので、まさか恋心を抱くなんて真似はしていない。別世界の住人に恋をするほど夢見がちな性格ではないし、というかそもそもだから、私と幸村くんは話したことないし。
「……ダメ、かな」
「へ!?あぁいや、その」
あれこれ考えていると、焦れたように幸村くんが返事を催促してきた。
「えっと……」
私よりも大きな目がじっとこちらを見つめる。私よりもふさふさな睫毛のおかげで眼力が凄い。
プレッシャーに負けて目をそらすと、すぐそばの木までが私を急かすみたいに揺れているのが見えた。
……中庭の、大きな木。
思い出してしまった。
中庭には大きな桜の木がある。それから、それから、この桜の木には、ジンクスがあって。
────中庭の桜の木の下で成就したカップルは、ずっとラブラブでいられるんだって。
よくもまぁ皆そんな話を信じるよね。
そう言っていた友達の呆れ顔が私に向かって突きつける。あの幸村精市とずっとラブラブって、アンタ耐えられる?って。
答えはノーだ。無理、絶対無理。
なんていうかもう、何もかも無理だけど、私みたいなのが彼女になることで幸村くんの華麗なる経歴に傷を付けてしまうのが一番無理。
だけど、でも、そんなことを言って。
もし本当に幸村くんが私をす、好きなのだとしたら、幸村くんを傷付けることになるのも、無理だ。
「私は、あの……」
どうしよう。どうしよう。
「名字さん」
「ひゃい!」
幸村くんはすっかり困り顔だ。なんてことだ、学園の王子様をあまつさえ困らせてしまうなんて!
「あのね、そうして真剣に悩んでくれることは嬉しいよ、とても。だけど、俺は君を困らせたいわけじゃない」
「わ、私のことなんていいんです。私こそ幸村くんを困らせてしまってて本当に申し訳なくて、」
「そういうことじゃなくてね、……うーん、そうだな。名字さん、少しだけ俺の話を聞いてくれないかな」
ぱっと口を閉じる。様子を見てか幸村くんはふっと顔を綻ばせた。
「俺と、友達になってくれませんか」
ともだち。
いつも大人っぽい幸村くんの口から零れるにしては、なんというか幼い単語だ。不意をつかれてぽかんとしてしまう。幸村くんは続けて言った。
「またいつか、改めて君に告白するから……その時に、返事を聞かせて欲しいな」
にこ。幼い笑みだ、と思った。
そして同時に悟る。私の中で、幸村くんは素性の分からないスーパースターから、同級生の女の子に……わたし、に、恋をする、高校一年生の男の子に変身してしまったのだと。
「わ、かりました」
本当? それじゃあ、これからよろしくね。
嬉しそうな顔はより一層幼さが増している。
その顔にうっかりときめいてしまったなんて、そんな、まさか、馬鹿な。