理想の身長差
名前変換
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「名字マジでかくね?バケモンだよな」
「それなー」
す、好きででかくなったわけじゃないし、化け物じゃないし……!
思いつつ、少しの音も出さないよう、口を一生懸命手で覆った。しゃがみこんで体を丸めて縮こまって、なんとか巨体を教卓の下に潜ませる。
でかい、がせめて胸の話ならなぁ。それはそれで嫌だけど……。あぁもう、家の鍵を探していただけなのにどうしてこんなことに……。
放課後、家の鍵をなくしたことに気が付いたあと、慌てて教室に戻って必死に捜索して見つかったところまでは良かった。
ただその場所が悪かった。
教卓の下という、そんなところにしゃがみこんでいたせいで、大声で私の悪口を言いながら教室に入ってくる男子グループの死角になってしまったのだ。
悪口というか、まぁなにせ186センチ。
でかいのも化け物級なのも事実だし自覚しているし、家族からも言われることなので今更深く傷付いたりしないけれど、まさか私の話をしている中でひょっこりと教卓から現れるわけにもいくまい。
早く出ていって欲しいのに、こんな時間に教室の鍵が開いていたことに疑問を持ってほしいのに、彼らは話に夢中でそんな素振りさえ見せてくれない。
どうして私の話でそんなに盛り上がれるんだろう。お願いだから教卓の脇に置きっぱなしの私の鞄に誰か気付いて……!
「あれ、こんな時間まで何してるの」
「お、幸村」
新しい人の声がする。ユキムラという名前は、恐らくうちの学校に一人だけ。ユキムラセイイチくんだ。
同じクラスではないし話したことも一度もないけど、色々と噂の尽きないひとなので名前の音だけは知っている。
彼が触れただけで枯れそうになっていた花が息を吹き返しただとか、怖いことで有名なサナダくんのご主人様だとか、テニスをするとき相手の時間を止められるだとか、実は女の子であるとか、彼の描いた絵は幸運を呼ぶだとか。
私は高校入学組だったので立海の事情には疎く、このうちのどれほどが本当のことなのかは定かではないが、時々女子の話の種にさせてもらっていた。
どうやら男子グループの中の一人がユキムラくんとお友達だったようで、君たち帰宅部だったよね、なんてユキムラくんは訝しげな声を出している。
誰にでも丁寧な話し方をしそうな印象だったけど、私が知らなかっただけでそうでもないようだ。意外な一面が観られて少しラッキーだったかもしれない。
なんて思っていると。
「幸村さぁ、うちのクラスの名字って知ってる?こーんなでっかいやつ」
待って、こんな凄い人にまで私のでかさを広めないで!
「名字名前さんだっけ、知ってるよ。……確かに、背、高いよね」
がーん、と頭の中で鈍い音が響く。少しだけふわりと浮いた気分が一気に沈んでしまった。
あんなスーパースターにまでデカ女で知られているなんて。かなしすぎる。
「幸村も知ってんだな。あいつ目立つもんなー」
「あんなんマジ可哀想だよな。一生彼氏とかできなさそう」
「分かる!自分よりでかいのが彼女とか俺無理だもん」
そ、そこまで言わなくても。そりゃ、私が男でもそう思うかもしれないけど。
しかし悲しいかな、幼稚園の時から自分より背の高い同級生に出会ったことのない人生を送った私にとって、こんなことは言われ慣れているのだった。もはや傷つく心もないのだった。
影で言っているだけ彼らは優しい人達だ、なんて涙ながらに思っていると。
「……そこまで言わなくてもいいんじゃないかな」
え。
誰かがぽとりと声を零した。
もしかしたら私だったのかもしれないけど、ユキムラくんの次の言葉で、そんなことを気にしている暇はあっという間になくなってしまった。
「名字さんは、可愛いよ」
可愛いよ。
「……君たちは知らなくてもいいことだけどね」
頭の中で何度も何度も繰り返されるその言葉が一体何を意味するのか分からないほど、私は鈍感にはなれなかった。
一年生にして学校一のイケメンの爆弾発言に、場の空気がぴしりと固まる。
「えっと、あの幸村、もしかして」
「え!あ!ご、ごめん。俺ら気付かなくて……」
男子達のしどろもどろな声が聞こえる。
一方で私に訪れたのは、嬉しさや羞恥よりも困惑と動揺であった。
や、やめようよ。違うよ。ユキムラくんはきっと、人一倍優しくて、話したことのないデカ女相手でも心の底から思いやれる、そういう人なんだよ。
だから他意はなくて、ただでかいってだけで一生喪女とか言われてる女子生徒を憐れに思っただけなんだよ。そうでしょ。だって。ユキムラくんは、優しい人だってみんな言ってるし、……。
「ふふ、いいよ。ライバルが少なくてほっとした」
ぼっと耳が熱くなる。
なんてセリフを、そんな、すらすらと。
え、だって、これ、私のこと好きって言ってるのと同じだよ。同じだよね。私の頭がお花畑なわけじゃないよね。
どうやら男子達も私と同じような反応をしているみたいで、「ヤダイケメン」だの「男として圧倒的敗北」だのと聞こえてくる。
わ、分かる。私の中の男も敗北してる。
ユキムラくんのオーラに気圧されてかようやくお開きとなったらしい。話し声と共に足音が遠くなっていく。
ばらばらとした大人数の足音は階段の方へ。ぱたぱたとした一人の足音は隣の教室へ。
そういえばさっきユキムラくんは、忘れ物を取りに来たと言っていた。
じゃあ、今のうちに急いで出なきゃ!
本当、とんでもないことを聞いてしまった。
いや、でも、やっぱり咄嗟についた嘘だったのかも。多分きっとそうだ。
だって、だって私はユキムラくんと話したことがないのだから。だからユキムラくんが私のことを、す、好きなんて、そんなのあるわけがないのだから。
どちらにせよ早く帰らなくては。ユキムラくんに気づかれる前に。
いざ……!
ごんっ、がたんっ。
「痛い!」
呻き声をあげて頭をさする。
無理に体を折りたたんでいたせいで頭をぶつけた上、バランスを崩して転げ出るようになってしまった。更には結構派手な音が響いてしまう。
しまった、なんて焦っているのも束の間、きゅっきゅとこちらに近づく上靴の音。動けずにいる私。
まるでドラマのワンシーンのようなスローモーションで、ユキムラくんは現れてしまった。
「えっ」
「あ……」
えっ、はユキムラくんの声で、あ、は私の声だ。
どうして戻ってきちゃったんですか……!
名字さんは可愛いよ。
君たちは知らなくてもいいことだけど。
ライバルが少なくてほっとした。
走馬灯のように先程のユキムラくんの言葉たちが身体中を駆け巡る。
どうしよう。顔が赤くなってしまう。ユキムラくんに、さっきの話を全部聞いていたことがバレてしまう。
に、逃げねば。
傍にあった鞄を掴み、勢いよく立ち上がる。
何も、何も言わずに立ち去れば恐らく全て無かったことになるはず。上手く行けばまっくろくろすけ的な妖怪だと思われて終わる。経験上。
ユキムラくんすみません、でもユキムラくんを思ってのことなんです、許してください……!
まだ驚いて固まっているユキムラくんを素早く避けて廊下に走り出る。
「待って!!」
聞こえてませんというフリもできないくらいの声量だ。これで気付かない聞こえないは流石に不自然になってしまう。
少しだけ迷って、恐る恐る振り返った。
「あの……さっきの、聞いてた……よね、?」
真っ赤である。
顔も耳も首も、腕までも。茹でたてのタコも裸足で逃げ出すほど。
ユキムラくんは教室の入口に縋るように手をかけながら、わなわなと震えて不安げに、真っ赤な顔でこちらを見ていた。
そ、そんな情けない子どもみたいな表情もするんですね。
しかしこうも赤くなられるとこちらにも移ってしまう。じわ、と熱くなる頬を答えと見たのか、ユキムラくんは可哀想に更に顔を歪ませてしまった。
「きっ、聞いてません!」
「え?」
「その、あの、実は私、教卓の下でうっかり寝てまして!誰かが来て話をしていたのは分かるんですが内容まではちょっと……」
ねてた、とぼんやり繰り返すユキムラくん。こくこくと必死で頷いて、私は自分の腕時計をちらりちらりと見た。
「わ、私、もう行かなくちゃいけないので。こここれで失礼します!ユキムラくん、それじゃあ!」
曖昧に手を振ってパッと走り出す。
こ、これで多分きっと大丈夫。何がって、私の心労とかユキムラくんのプライドとか。
しかし当然、ユキムラくんが納得してくれているとは限らない。明日、そのことについて言及されることもあるかもしれない。
家に帰ってからそのことに気が付いた私は、頭を抱えて眠れない夜を過ごすのだった。