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雪氷の末路

碓氷を助けた当初は、まさか柱に上り詰めるとは想像もしていなかった。あの時かけた言葉も、怯える子供を立ち上がらせる為に発したもののようなもので、彼女の生き方を決めるものという認識はなかった。
 だから蝶屋敷に彼女を送ることにした。胡蝶カナエならきっとあの少女を守ろうとするだろうと。しかしそんな想像も叶わず、花柱は碓氷の意思を尊重した。
 碓氷が水の呼吸を会得し、鬼殺隊に入隊したと聞いたときはこれで彼女か竈門炭治郎のどちらかが水の呼吸を継いでいくのだとも思った。しかし、それも叶うことは無くなってしまった。
「なぜ、鬼殺隊に入った」
「義勇さんに助けてもらった命を貴方のために使わないわけが無いでしょう?」
隊士たちが訓練に集まって来ているなかで、無事に訓練を突破し、蝶屋敷で休んでいた碓氷に声をかけた。碓氷はいつもそうやって俺に笑顔を向ける。
 俺が助けたからなんだ。お前の親は死んでしまった。俺が到着するのが遅かったからだ。お前には俺に「なぜもっと早く来なかった」と怒る権利がある。
「恩か?」
「はい。義勇さんが憎む鬼を、私は一人でも多く殺します。それが私に出来る唯一の恩返しです」
碓氷には剣技の才があると胡蝶が話していた。その才能は街の裕福な環境で育っていれば開花することがなかった。碓氷はそれを「私にも出来ることがあった」と喜んでいるようだったが、俺はそうは思わない。
 剣技の才能がなければ鬼と戦う道を諦め、再び鬼とは無縁で平和な暮らしをしていたはずだ。……お前は、
「お前は鬼殺隊を辞めるべきだった」
俺に向けていた笑みが凍り付いた。
「辞めません。私は、義勇さんと共に戦い、貴方とお館様の為に命を燃やします。例え、義勇さんに理解されなくても」
何故だ。俺が碓氷を助け、その命は俺のものだと言いながら、どうして碓氷は俺の思っていることを分かってはくれないのだろう。
 俺は、お前に死んでほしくないないんだ。俺のためだと人が死ぬ姿は見たくない。俺を庇い死ぬ大切な人の姿を見たくない。
「それでは、私はこれから個人で鍛錬を行うので」
一人で、振り向きもせず去っていく碓氷の背中を初めて見た。隊服に身を包み、帯刀し、凛として廊下を歩いていても、やはり俺にはただの少女にしか見えない。
 薄藍色の矢絣の羽織は出逢った頃から変わらないのに、碓氷自身は大きく変わってしまったのかもしれない。
 偶然助けた少女を意識し始めたのは最近だ。それまでは水の呼吸を継ぐかもしれなかった少女、蝶屋敷に引き渡した子、才能があると言われ、その期待通りの出世を果たした剣士、とその程度の認識だった。
 碓氷は断るごとに俺に駆け寄ってきた。再会の時も、
『私、碓氷澪華と言います。覚えてらっしゃいますか?』
ああ、とと言うと屈託ない笑みを浮かべた。あれほどの美しい笑みを向けられたことは一度もなかった。
 しかし、俺が呼吸について問うと、申し訳なさそうに眉を下げた困ったような笑みに変えて水の呼吸から変えたと答えた。この時俺は、自分でも驚くほどに落胆したのを覚えている。この時はまだ、炭治郎が一番継げる可能性を感じて頃で、碓氷に関してはあわよくばを狙っていた。なのに、実際に聞いてみると喪失感が多くあった。
 そんな喪失感も、碓氷と共にいることで緩和された。水の呼吸を使わなくても良い。ただ傍にいると安心できた。
 そして、完全に意識を始めたのは那田蜘蛛山で胡蝶に俺が周りに嫌われていると聞いたあと。俺は咄嗟に碓氷に聞いてしまった。俺は嫌われているのか、と。
『えっ…………正直に言うと……はい、嫌われているかと。義勇さんは言葉が一言も二言も少ない上に言い方が悪いですから』
そんなに少ないのか……と、過去の発言を思い出していると碓氷は更に続けた。
『でも、少なくとも私は気にしていません。そういうところも含めての、義勇さんですから。私は頑張って、義勇さんの言っていることや思っていることを理解したいです』
――――ああそうだ、そうだった。碓氷は俺の思っていることをきっと理解してくれるだろう。だから、俺が碓氷を戦わせたくない理由もきっと、伝わって居る筈だ。

俺は、碓氷に恋をしている。
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