雪氷の末路

刀鍛冶の里の襲撃事件後の柱合会議に出席命令が出た碓氷は、いつもの目つきの鋭さより更に冷やかさを増していた。柱でない自分が呼ばれる理由はないが、心当たりはある。碓氷はもう半年近く前に柱となる条件を満たしていた。
 それでも柱とならなかったのはその当時は柱の席は全て埋まっており、彼女自身もまだ柱にはなりたくないと思っていた。鬼を斬り続けることで階級は自然と上がっていく。しかし彼女は鬼を斬るという目的は果たすが、柱になることが終着点では当然ない。だから今度、もし柱の誰かが欠けて、新たに柱を選ぶ時には継子からにしてほしいと思っていた。
 会議を行っている部屋の縁側で碓氷は呼ばれるのを待っていた。長らく訓練を行うという話をするまで放置されていた碓氷はとても帰りたい気持ちになっていた。訓練の話になるまでに冨岡のコミュニケーション不足が原因で話がややこしくなったり、彼の言葉の少なさをある程度理解している碓氷にとっては胃が痛かった。
「それでは、長らく待たせてしまいました」
お館様のお内儀であるあまねに呼ばれ、襖で隠れていたところから出て、室内にいる柱たち全員に見える場所に出る。
「輝哉からの言伝を加えてお伝えします。〝碓氷澪華を柱に任命する。しかし鬼との決戦も迫っているため暫くは継子に近い形で教育を頼みたい〟と」
「澪華ちゃんなら私も賛成だわ! お館様の仰る教育も柱訓練で良いんじゃないかしら」
甘露寺が最初にそう言い、他にも大きく反論が出ることがなかった。あまり接点のない柱たちでもお館様の言うことならと思っているのかもしれない。
「ただ訓練受けさせるだけなら他の隊士と一緒だろうがァ、それだと教育にならねェ」
不死川の言葉もまた、柱たちを納得させるものであった。不死川にその眼光を向けられるが彼女もその冷やかな眼差しを彼に向け返した。
「期限だ。それぞれの柱の訓練を四日で達成しろ。無理なら柱は止めちまえ」
「はい。分かりました」
二つ返事で了承した碓氷に対し、胡蝶が少し戸惑ったように声を掛ける。
「良いのですか?」
「勿論です。隊士たちを育てる訓練の中で私も一緒に教育を施してくださる。むしろ個別の時間を皆さんに掛けて迷惑ではと思っていたところです。私は、お館様の信頼に私の可能な限り沿いたいと思います」
「一つ問わせてもらおう」
今まで黙っていた悲鳴嶼が言葉を発した。碓氷はすぐに彼の方に顔を向けた。悲鳴嶼のことは今回の会議で碓氷が一番緊張していた要因だった。伊黒は言葉がねっちこいだけで言っていることは正論であり事実だ。彼なりの感性はあっても間違いではない。不死川も威圧的ではあるものの先ほどの教育の面を重視した意見は確かに必要不可欠であった。
 しかし悲鳴嶼は碓氷本人を見てものを訪ねる。人の真意を見ている。それが碓氷には恐ろしいものだった。
「柱になることをどう思う」
「――――誇らしくは思います。今まで私がしてきたことが評価されたのだと。けれど、正直に口にすれば、柱にはなれないと思っています。私は自分の力を柱の皆さんと近いもののようには思えない。どうしても劣っているように私には自分が映って見えます」
下弦の肆を殺したのは半年前。殺した鬼の数はもう覚えていない。そんな自分の立場があやふやでそのことが根底に不安を生んでいると碓氷は説明した。
 話した内容は本当だ。彼女の思っていることの全てではないが紛れもない事実で、碓氷はこの本音を悲鳴嶼に受け入れてもらえないのではと思っていた。
「柱になってもなれなくても、私は鬼殺隊の隊員として鬼を滅します」
悲鳴嶼は碓氷の言葉を最後まで聞き、数珠を絡めた手を合わせたまま呟いた。
「嗚呼、これで私の疑いは晴れた。碓氷澪華、私は君を柱として認めよう」
不死川が驚いたように短く声を上げた。まさかこんなすぐに柱として太鼓判を押されるなど思っていなかったのだろう。しかし、それは碓氷も同じだった。
「だが不死川が提案した訓練は受けてもらおう」
「――――はい!」
一瞬状況を理解出来ないでいたが悲鳴嶼に言われ大きく返事をした。
 その後、会議は解散となり、甘露寺にお祝いに甘味を誘われたが訓練の合否のあとにと断りを入れた後、なぜか伊黒に睨まれた。そして新たな日輪刀を打つこともあり、あまねと少しこれからのことについて話をした。
 訓練突破のあとに玉鋼から選ぶのは時間がかかるため前もって選んでおき、事前に玉鋼を選ぶことになった。碓氷としては複雑であったが仕方ないと割り切る。
「輝哉は柱に就任した際にはぜひ顔を見たいと言っていました」
「そうですね、お館様のお顔を拝見出来ないのは誠に残念ですが、お体に障りますから。訓練突破後には書状を送らせていただきます」
あまねとも別れたあと、碓氷は一先ず蝶屋敷に行くことにする。訓練が始まるまでは休暇扱いなので、いつもの休暇のように蝶屋敷に戻るのだ。
 そういえば、私があの場で話しているとき、義勇さんは何を考えていたのだろうかと、ふと思ってしまった。
 最初は碓氷が水の呼吸を継ぐのだと冨岡は思っていたらしい。胡蝶カナエや胡蝶しのぶもきっとそれを汲んで育手に水の呼吸を選んでくれたのだろう。しかし、彼女はその意思に沿うことが出来なかった。水の呼吸は彼女には合わなかったのだ。しかも、そのことが分かり新たに合う呼吸を探す前に、水の呼吸を会得したことが冨岡に伝わり、そこから呼吸が変わったことを知らせたのは碓氷が彼に助けてもらってから初の再開時だった。
 その時の彼の反応を碓氷は今でも鮮明に思い出す。
『水の呼吸を使うのか』
『え、あの、実は呼吸を変えたんです』
いつも表情が変わらないと周りの評判を聞いていたが、その時は大きく反応があった。それは今日に至るまでの交流で理解した。
『…………そうか』
そのたった一言で碓氷は理解出来た。一時は期待したそれを全うすることが出来なかった。のちに冨岡が助けた鬼を連れた隊士も水の呼吸を学ぶものの、ヒノカミ神楽という水の呼吸とは違うものに進んでいると聞いてその重圧は更に圧し掛かった。
 そして碓氷は水柱としてではなく、氷柱として新たに始まろうとしている。
「義勇さんにどんな顔をして会えばいいんだ……」
会議で全員を前にするときとは違う緊張感。お陰で全く表情も会議中に見ることが出来なかった。
「いや、義勇さんがずっと生きていてくれるならそれでいいんだ。私は」
家族が惨殺された時点で彼女の人生は一度終わった。冨岡はそんな全てを失った彼女に、鬼を滅するという新たな人生を与えてくれた。その恩のため、碓氷は闘い、生き延び、彼の後ろで、これからは隣で彼を護る。
 それがあの運命の日に彼女が誓ったことだった。
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