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雪氷の末路

もう少し冷えていれば雨が雪に変わるような、そんな季節。私の周りを取り巻く世界は劇的に変わった。
 目の前に広がるのは一面の赤、どす黒い赤。
 異形の鬼は突如降りかかる厄災のように私たちを襲った。使用人が次々と食いちぎられ、殺されていく後ろで両親が私を離れの蔵に隠した。そして耳を澄ませるとまた断末魔、叫ぶ母の声と抗う父の声、そしてそれらが聞こえなくなると次第にゴリゴリと何かを噛み砕く音と咀嚼音のようななんとも醜悪な音が、雨音が静かに響く夜の中に雑音として混じる。私は耳を塞ぐことも忘れて、まるで現実でないように茫然とその音を聞いていた。

「――――…ち……稀血は……」

何かを探すような声が聞こえたと思えば、今度は蔵のドアをガリガリと引っ掻く音が聞こえて私は咄嗟に声を出してしまった。急いで口に手を当てて声を封じるが既に遅く「ここかぁああ!!!」と怒鳴ったあと、今度は何かで打ち付けているような音と「血! 血をよこせ!!」と怒号が響く。
 閉めた閂が軋む音が聞こえる。少しずつドアが壊れて雨の音が鮮明に聞こえる。「ああ、私は死ぬんだ」と子供ながらに悟った。目の前で食い殺された使用人や、私を隠そうと必死に抵抗した両親と同じように。無残に食い散らかされるのだと。私は覚悟を決める。

「ッがあああああ!?」

しかし、私の耳に届いたのはドアを破る音ではなく異形の者の断末魔。そして暫くして「誰かいるのか」と問う声が聞こえる。私は声が出なくて、足も手も竦んでしまってその場にへたれこんでいた。
 するとドアはいとも容易く切られ、外から少年が入ってきた。
 私よりも年上そうな彼は刀身が青い刀を持っていて、きっとあれであの化物とドアを切ったのだ。

「…………怪我はないな」

ぼんやりと何を考えているか分からない濃い青い目が私を捉えている。
 庭の方で彼を「水柱」と呼ぶ人が生存者はと聞き、彼は一人と答える。やはり誰も生き残らなかった。私以外は。それは彼の後ろにかすかに見える血にまみれた両親の姿を見て確信した。
 彼は刀を鞘に納め、私に問いかけた。

「……これからの選択を決めろ。お前がこれからどうやって生きていくかの選択だ」
「…………ど、どうすれば……」
「鬼を恐れ隠れながら生きるか、鬼を滅し抗い生きるか、そのどちらかだ」

両親たちが殺された記憶を抱え、隠れいつも鬼に怯える暮らしか、逆に原動力に変え鬼を滅することでその忌まわしい記憶を惨めに思わないと。つまりはきっとそういうことだと私は思うことにする。彼の言葉は短く、けど適格ではあった。
 それに私にはもう誰も、いないのだ。どう生きようと、どこで死のうともう関係ない。

「行きます」

私は震える足になんとか力を入れ、立ち上がった。彼は私が立ったのを見ると蔵から出て他の人たちに何か話をしていた。すると話を聞いた一人が私を鬼殺隊の蝶屋敷という場所に連れていくと言ってくれた。
 埋葬が終わり、私が出発しようと屋敷から出たとき、あの青い目の人が入り口にいた。

「あの、ありがとうございました」
「…………」

彼は何も言わず、烏を連れて歩いて行ってしまったが、視線だけは向けてもらった。
 私は最後にもぬけの殻になった家に振り返り、「ばいばい」とだけ呟いた。
 雨が雪に変わった深夜のことだった。
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