春が、きた

 膝に乗せた薪を抱きしめたまま、ぼんやりと幸せに浸ってしまった。完全なる色惚けだが、薪もしがみついたまま離れないし、そもそも休日に何をしようと二人の自由。それを互いに満喫しているまでだ。
 ふと、可愛らしい耳殻が紅く染まってるのに気づいて、吸い付いて唇で包み込むと……

「……っ……!」

 驚いて、腕の中で身を逸らす薪の見開いた目と、愛しさ満載の青木の細めた目が合って、照れながら、惹き合うように唇が重なった。

 そこからは、歯止めがきかない。

 邪魔な着衣を取り払いながら、露わになる肌を口づけでまさぐると、窓の開いた採光の良い室内で、身悶える綺麗な体はまるで春風に踊るようで、青木は屋外で睦み合ってるような妙な高揚感に浮かされのめりこむ。

 裸体を見られることに抵抗がないはずの薪だが、乱れた姿を視られるのはさすがに抵抗があるらしい。羞じらいに伏せた睫毛や、桃色に透き通る肌がまた、この上ない美しさで―――

 敏感な反応にも煽られて夢中で肌をむさぼっているうちに、薪の裸体がビクンと大きく仰け反った。

「……あ……」

 白濁に濡れた青木の手や衣服のことはさておいて、二人は気まずそうに見張った目を合わせる。

「……え、薄っ……」

「……言うなっ!」

 真っ赤になって震えながらも崩さない強気の姿勢が、またなんとも美味しい。青木は緩みそうな頬を必死で引き締めて、真顔を保とうとする。

「お前が来ると知ってれば……昨晩自己処理したりしなかった」

「ハイ、すみません。事前に報告しなかった俺のせいです」

 いや、何もそんなに正直に言わなくても……そんなところがまた擦れてなくて良いのだが。という心の声が、顔面に表れていたのだろう。

「こういうことは、言っちゃだめなのか?」

「え?あ、いえ、言っていただけた方が……」

「ならお前も言え。お前は直近いつ処理したんだ?」

「……いや、俺はもう毎日家の中がドタバタで、ソッチに意識が行きませんので……」

 ああ、薪さんったら。どうしてそんなに健気で律儀な……
“溜め込んでます”なんて白状すれば、たぶん直ぐ様“処理”に掛かるのだろう。
 世界でたった一人にしか発情しない男が、溜まった欲望を一心に向けてくるのを、薪が無視できるはずがない。
 が、青木はそういう流れを求めてはいないのだ。薪とのセックスは“処理”じゃなく“愛情表現”、そこは譲りたくない。
 

 でも結局、ソファの上で抱き合い一戦を交えてしまった。
 しかしそれは“処理”のためじゃない。ただただ愛し合う行為を、夜までお預けできなかっただけの話だ。

 眠りこける薪の満たされた寝顔をみていると、いちばん欲しいものを与え合った充足感が、じわっと自分の心身を隅々まで駆け巡るのがわかる。


 「あ……おき」

 目を覚ました薪がソファから呼んだ。
意識が戻る前から青木の存在を認識してるのは、キッチンで出来上がろうとしている夕食の優しい匂いが、ここまで漂ってきてたから。


「はい、何でしょう」

「そういえば買い物に行くとか言ってなかったか?」

「ああ……」

 キッチンからエプロンを外しながら出てきた青木は、テーブルのスマホを手にして覗きながら優しい声で答えた。

「買い物は、明日もいいお天気なので、散歩がてら行きましょう。桜も見れますし、ね」
4/4ページ
スキ