☆2065 X'mas パラレルなよりみちのおはなし
薫り高い邸宅街を、少年の歩幅に合わせて進むこと約10分。
重厚な佇まいの日本家屋の豪邸に張り巡らされたセキュリティをくぐり、少年は俺を中の部屋へと案内する。
「お、お邪魔しますっ!」
「誰もいないよ。ケーキはそこに置いて」
つよしくんが指差した茶の間の立派なテーブルに、俺はケーキを据える。
茶の間も食卓も台所も一続きになったバリアフリーの大部屋を見渡すと、片隅に立派な介護用ベッドが据えられていた。
「普段はここに澤村さんがいるんだけど、時々容態が悪くなって……今日も急に入院してしまったから、家には僕一人なんだ」
「君は普段その“澤村さん”と二人暮らしということ?」
「うん。澤村さんは僕の親代わりの人で、体が不自由なんだ。日中はヘルパーがいるけど、夕方から学校に出掛けるまでは僕と二人暮らし………って、一行!?」
俺が泣いてるから、つよしくんが慌てる。
「あの、僕はあなたに泣かれるほど、辛い生活をしてるわけじゃないし……」
「いや感動したんだよ。そうやって小さな君が澤村さんを当たり前に支えてることに。澤村さんは君をどんなに頼もしく、愛しく感じてるだろう……って、つよしくん!?」
今度は俺が慌てる番だった。
「なんでかな。あなたの言葉は的を射てるわけじゃないのに……なんかすごく報われた気持ちになるのは……」
つよしくんは、真ん丸に見開いた目から涙を流しながら、不思議そうな顔でそう言った。
ちょっと辛辣で極めて素直なその少年を、俺は抱き締めずにはいられなかった。
「ねぇ一行…………苦しいんだけど」
「ああ、すみません」
「クスッ………何でまた敬語?」
つよしくんは固く抱きしめられていた俺の腕の中から笑いながら出てきて、ささやかなパーティーのしたくを始める。
涙を一気に流したせいか、二人とも気持ちは晴れ晴れと軽かった。
「つよしくん、夕食は?」
「夕方、病院の帰りにコンビニで済ませたよ。その時にケーキを見て、去年のクリスマスのこと思い出して……」
「去年?」
「うん。去年はまだ僕が……両親を亡くしたばかりで、クリスマスの夕食は母の親戚の家でいただいたんです。その帰りの車でケーキの半額セールを見かけて、あれならお小遣いで買えそうって思って………」
つよしくんは、笑った。
あれ?僕なんでこんなに喋ってるんだろう、とひとりごちながら。
「俺は職業柄、聞き上手なのかも」
「職業柄?人柄でしょう?」
つよしくんは、真顔で俺に語った。
「僕の境遇を知ると大抵の人は、可哀想な目で僕を見る。だけどあなたは最初から肯定しかしなかった。さらには澤村さんと一緒に泣いて、僕に心から賛辞をくれた。そうやってどんな人の気持ちも受け入れ寄り添えるあなたには、みんな自然と心を開いてしまうと思うけど?」
声変わりしてない天使の声が、まるで上司みたいな褒め言葉を俺に綴る。
この子はやはり、薪剛なのだ。
まだ9才、俺がこの世に存在する前から、類い稀なる資質と過酷な運命を小さな背に負い、飄々と美しく生きている。
「さあ、一行。ケーキを食べよっか……飲み物は紅茶でいい?」
「ああいいよ、君は座ってて。俺が出すから」
ケーキをセットした俺は、紅茶を戸棚から出そうと椅子に乗って手を伸ばすつよしくんをひょいっと抱えて下ろし、準備を交代する。
「すごいなぁ………どうしたら一行みたいに大きくなれるんだろう」
まるで伝説の珍獣でも見上げるようなつよしくんの感嘆の瞳に、俺はつい頬を緩めた。
重厚な佇まいの日本家屋の豪邸に張り巡らされたセキュリティをくぐり、少年は俺を中の部屋へと案内する。
「お、お邪魔しますっ!」
「誰もいないよ。ケーキはそこに置いて」
つよしくんが指差した茶の間の立派なテーブルに、俺はケーキを据える。
茶の間も食卓も台所も一続きになったバリアフリーの大部屋を見渡すと、片隅に立派な介護用ベッドが据えられていた。
「普段はここに澤村さんがいるんだけど、時々容態が悪くなって……今日も急に入院してしまったから、家には僕一人なんだ」
「君は普段その“澤村さん”と二人暮らしということ?」
「うん。澤村さんは僕の親代わりの人で、体が不自由なんだ。日中はヘルパーがいるけど、夕方から学校に出掛けるまでは僕と二人暮らし………って、一行!?」
俺が泣いてるから、つよしくんが慌てる。
「あの、僕はあなたに泣かれるほど、辛い生活をしてるわけじゃないし……」
「いや感動したんだよ。そうやって小さな君が澤村さんを当たり前に支えてることに。澤村さんは君をどんなに頼もしく、愛しく感じてるだろう……って、つよしくん!?」
今度は俺が慌てる番だった。
「なんでかな。あなたの言葉は的を射てるわけじゃないのに……なんかすごく報われた気持ちになるのは……」
つよしくんは、真ん丸に見開いた目から涙を流しながら、不思議そうな顔でそう言った。
ちょっと辛辣で極めて素直なその少年を、俺は抱き締めずにはいられなかった。
「ねぇ一行…………苦しいんだけど」
「ああ、すみません」
「クスッ………何でまた敬語?」
つよしくんは固く抱きしめられていた俺の腕の中から笑いながら出てきて、ささやかなパーティーのしたくを始める。
涙を一気に流したせいか、二人とも気持ちは晴れ晴れと軽かった。
「つよしくん、夕食は?」
「夕方、病院の帰りにコンビニで済ませたよ。その時にケーキを見て、去年のクリスマスのこと思い出して……」
「去年?」
「うん。去年はまだ僕が……両親を亡くしたばかりで、クリスマスの夕食は母の親戚の家でいただいたんです。その帰りの車でケーキの半額セールを見かけて、あれならお小遣いで買えそうって思って………」
つよしくんは、笑った。
あれ?僕なんでこんなに喋ってるんだろう、とひとりごちながら。
「俺は職業柄、聞き上手なのかも」
「職業柄?人柄でしょう?」
つよしくんは、真顔で俺に語った。
「僕の境遇を知ると大抵の人は、可哀想な目で僕を見る。だけどあなたは最初から肯定しかしなかった。さらには澤村さんと一緒に泣いて、僕に心から賛辞をくれた。そうやってどんな人の気持ちも受け入れ寄り添えるあなたには、みんな自然と心を開いてしまうと思うけど?」
声変わりしてない天使の声が、まるで上司みたいな褒め言葉を俺に綴る。
この子はやはり、薪剛なのだ。
まだ9才、俺がこの世に存在する前から、類い稀なる資質と過酷な運命を小さな背に負い、飄々と美しく生きている。
「さあ、一行。ケーキを食べよっか……飲み物は紅茶でいい?」
「ああいいよ、君は座ってて。俺が出すから」
ケーキをセットした俺は、紅茶を戸棚から出そうと椅子に乗って手を伸ばすつよしくんをひょいっと抱えて下ろし、準備を交代する。
「すごいなぁ………どうしたら一行みたいに大きくなれるんだろう」
まるで伝説の珍獣でも見上げるようなつよしくんの感嘆の瞳に、俺はつい頬を緩めた。