☆2065 X'mas パラレルなよりみちのおはなし
ここがどこなのかも知らない余所者が、所轄でもないのに職質なんてハッタリどころか職務濫用だ。
時間稼ぎの質問をいくつかした後で、コンビニに住所を尋ね、電話を借りて、一般人の顔で不審者情報を通報しておくのが関の山だった。
俺は、その一連のやりとりの中で知った“ここが荻窪である”という事実を、まだ呑み込めずにいた。
福岡でタクシーに乗った俺が、どうしたらその晩のうちに荻窪に来れるのか?
その傍らで、あの少年が無事家に帰り着いているといいと願う。
そして俺も帰らなくてはいけない。
世界の果てに飛ばされたわけじゃない、荻窪なら時間はかかっても、帰り方は分かる。
たとえ日付けが変わるまでに戻れなかったとしても、舞はサンタを待っている。
だが、本当に距離だけの問題なのだろうか?
気を取り直そうとしても、どこか、何かが俺の心に引っ掛かり、胸騒ぎが収まらない―――
「あの……おじさんは、本当の警察官なんですか?」
「えっ、君……」
コンビニを出た俺は、足元から呼びとめる声に視線を落として驚く。
ケーキを抱えたさっきの男の子が、見覚えのある眼差しでこっちを見上げていたからだ。
「ああ………俺は警察官だよ。捜査員だけどね」
「なるほど、じゃあ所轄署のお巡りさんじゃないから、さっきはあえて手帳を出さなかったんですね?」
「ああ………見てたんだね」
俺は腰を屈めて利発な少年の瞳を覗き込んだ。
好奇心に輝くその色は、間違いなく俺の憧れの上司と同じものだ。
少年が言い当てた“所轄の問題”だけじゃない。
繋がらない携帯のように、他にも何かが違うここでは、俺の持っている手帳が通用しないことも想定したからだ。
そう考えた一番の理由は、この少年の存在で。
コンビニで現在地の住所を聞いたとき、それはさらなる確信へと変わっていた。
俺は時間と距離を越えた、とんでもなくパラレルな寄り道をしているのではないかと。
「君にも幾つか質問していい?」
「ええ、どうぞ」
「君は、小学生?」
「はい。Gifted classの6年生で、10才です」
ああもう、やはり俺は時を遡ったのだ。そしてこの子は、俺の知るあの人でしかないだろう。
「………そう、優秀なんだね。名前を聞いていいかな?」
「ええ、勿論。薪剛といいます。あなたは?」
震える声を抑える大の男に、その少年は穏やかな微笑みで答える。
「あぉ………一行です」
名乗りを噛んだみたいでカッコ悪いが、俺は咄嗟に苗字を伏せて答えた。
“薪剛”ときいただけで、背筋が伸び敬語になる自分の条件反射にも驚くが、それよりも彼が本当に薪さんなら、俺たちは本来“出会ってはいけない”関係なんじゃないかと思ったから。
過去との接触によって、彼の記憶とかその後の人生に“混線”をきたさないようにと、本能的に“いつもの呼び名”を伏せたのだ。
「それは……あなたのほんとの名前ですか?」
「ああ、そうだよ」
「僕も……ほんとです。知らない人に名前教えるのはどうかと思ったけど、一行さんになら大丈夫と思って」
「そうか、ありがとう。あと“一行”でいいよ。“さん”付けはくすぐったいから。あと敬語も」
「……わかりました」
俺の要望に素直に応じる薪さんなんて激レア過ぎる………俺は思わずキュンとして、つよしくんに見惚れた。
「あの、一行……」
さっそくの名前呼びに、今度は胸がドキンと高鳴った。
「は、はい」
「この後……用事とかある?」
「………いや………無いよ」
「…………」
ごめんな、舞。
時空を超えたことが確定したこの状況下で、もはや時間を気にしても仕方がないと思うんだ。
必ず帰る。
それだけは忘れず力を尽くすから、今はつよしくんの望みを叶えたい。
「もしかして、君の家に連れてってくれるのかな?」
俺は俯いて黙ってしまったつよしくんに、さりげなく助け船を出す。
彼がいざとなると甘え下手になるのは、よく知っているから。
「え……来てくれるの?」
「ああ。これは俺が持つから、道案内を頼むよ」
俺はケーキの箱を小さな手からそっと受け取って微笑んだ。
「うん!こっち」
つよしくんは笑顔になって、街頭に照らされた道を駆け出した。
時間稼ぎの質問をいくつかした後で、コンビニに住所を尋ね、電話を借りて、一般人の顔で不審者情報を通報しておくのが関の山だった。
俺は、その一連のやりとりの中で知った“ここが荻窪である”という事実を、まだ呑み込めずにいた。
福岡でタクシーに乗った俺が、どうしたらその晩のうちに荻窪に来れるのか?
その傍らで、あの少年が無事家に帰り着いているといいと願う。
そして俺も帰らなくてはいけない。
世界の果てに飛ばされたわけじゃない、荻窪なら時間はかかっても、帰り方は分かる。
たとえ日付けが変わるまでに戻れなかったとしても、舞はサンタを待っている。
だが、本当に距離だけの問題なのだろうか?
気を取り直そうとしても、どこか、何かが俺の心に引っ掛かり、胸騒ぎが収まらない―――
「あの……おじさんは、本当の警察官なんですか?」
「えっ、君……」
コンビニを出た俺は、足元から呼びとめる声に視線を落として驚く。
ケーキを抱えたさっきの男の子が、見覚えのある眼差しでこっちを見上げていたからだ。
「ああ………俺は警察官だよ。捜査員だけどね」
「なるほど、じゃあ所轄署のお巡りさんじゃないから、さっきはあえて手帳を出さなかったんですね?」
「ああ………見てたんだね」
俺は腰を屈めて利発な少年の瞳を覗き込んだ。
好奇心に輝くその色は、間違いなく俺の憧れの上司と同じものだ。
少年が言い当てた“所轄の問題”だけじゃない。
繋がらない携帯のように、他にも何かが違うここでは、俺の持っている手帳が通用しないことも想定したからだ。
そう考えた一番の理由は、この少年の存在で。
コンビニで現在地の住所を聞いたとき、それはさらなる確信へと変わっていた。
俺は時間と距離を越えた、とんでもなくパラレルな寄り道をしているのではないかと。
「君にも幾つか質問していい?」
「ええ、どうぞ」
「君は、小学生?」
「はい。Gifted classの6年生で、10才です」
ああもう、やはり俺は時を遡ったのだ。そしてこの子は、俺の知るあの人でしかないだろう。
「………そう、優秀なんだね。名前を聞いていいかな?」
「ええ、勿論。薪剛といいます。あなたは?」
震える声を抑える大の男に、その少年は穏やかな微笑みで答える。
「あぉ………一行です」
名乗りを噛んだみたいでカッコ悪いが、俺は咄嗟に苗字を伏せて答えた。
“薪剛”ときいただけで、背筋が伸び敬語になる自分の条件反射にも驚くが、それよりも彼が本当に薪さんなら、俺たちは本来“出会ってはいけない”関係なんじゃないかと思ったから。
過去との接触によって、彼の記憶とかその後の人生に“混線”をきたさないようにと、本能的に“いつもの呼び名”を伏せたのだ。
「それは……あなたのほんとの名前ですか?」
「ああ、そうだよ」
「僕も……ほんとです。知らない人に名前教えるのはどうかと思ったけど、一行さんになら大丈夫と思って」
「そうか、ありがとう。あと“一行”でいいよ。“さん”付けはくすぐったいから。あと敬語も」
「……わかりました」
俺の要望に素直に応じる薪さんなんて激レア過ぎる………俺は思わずキュンとして、つよしくんに見惚れた。
「あの、一行……」
さっそくの名前呼びに、今度は胸がドキンと高鳴った。
「は、はい」
「この後……用事とかある?」
「………いや………無いよ」
「…………」
ごめんな、舞。
時空を超えたことが確定したこの状況下で、もはや時間を気にしても仕方がないと思うんだ。
必ず帰る。
それだけは忘れず力を尽くすから、今はつよしくんの望みを叶えたい。
「もしかして、君の家に連れてってくれるのかな?」
俺は俯いて黙ってしまったつよしくんに、さりげなく助け船を出す。
彼がいざとなると甘え下手になるのは、よく知っているから。
「え……来てくれるの?」
「ああ。これは俺が持つから、道案内を頼むよ」
俺はケーキの箱を小さな手からそっと受け取って微笑んだ。
「うん!こっち」
つよしくんは笑顔になって、街頭に照らされた道を駆け出した。